殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

現場はいま…それぞれの春・8

2021年04月24日 14時28分19秒 | シリーズ・現場はいま…
ヒロミが入社して数日間は、本社から入れ替わり立ち替わり

人がやってきた。

女性の運転手が入ったとなると、用事にかこつけて見物に来るのだ。

神田さんが入った時もそうだった。


一方、本社に押しかけて藤村のパワハラを訴えた園田君が入った時は

ほとんど来なかった。

男は見たくないらしい。

暇な人たちだ。

仕事せぇ。


ただ神田さんの時のように、あちこちの支社や支店からも

続々と見物客が来ることは無かった。

“自分のオンナ”を見せびらかしたい藤村が

来い、来いと呼んでいたのもあるが、そのうち訴訟問題が起きたため

藤村の子分を気取って足しげく訪れていた黒岩は

何かと冷遇されるようになっていた。

用も無いのに出入りすると、自分たちも危ないと思ったのだろう。


ヒロミの入社で何より良かったのは、藤村があまり来なくなったこと。

先日、夫に有休を取らせる策に失敗して以降

毎日来ていたのが1日おきになり、来ても早く帰るようになった。

もしもヒロミが女っぽくて、藤村の食指が動けば結果は違っただろうが

外見、内面ともに老けた少年状のヒロミは

ヤツの広大なストライクゾーンに入らなかった。

これで藤村は会社に通う目的を一つ、失ったようなものである。

彼女はそれだけで、いい仕事をしているのかもしれない。


ヒロミのいい仕事は、それだけではない。

去年の夏、藤村が実権を握った時に

事務所の壁に貼り付けた、ハングル文字の禁煙プレートを

覚えておいでだろうか。

いまいましいプレートを剥がしたいのは山々だが

剥がすとなると、壁にダメージが残るのは必然。

事務所は昨年の春、本社の出資で建て替えているので

まだ新しい壁を傷めるのは気が引ける。

必要以上に大きなプレートは目立つ位置にあり

剥がしてもポスターなどで隠しにくい部分なのだ。

藤村がわざと厄介な場所を選んで貼ったと思うと、憎たらしさ倍増だが

良策は浮かばないままズルズルと日が経っていた。


ところがヒロミ、このプレートに言及。

「私、ハングル見たら気分が悪くなる〜!」

在日の旦那から酷い目に遭わされ、姑に言ったらキムチを売らされたのだ。

ハングル文字に過敏な反応を示すのは、無理もない。


社員の精神衛生を守るという立派な理由を見つけた夫は

すぐさまプレートに手をかけた。

荒っぽい夫のやることなので壁の表面も一緒に剥がれ、無残な傷跡が残った。

が、なにしろ社員のためなんだから仕方がない…

そういうことにしようではないか。


実際の仕事でも、ヒロミは夫の役に立っている。

日に何台か、近くの工場へ納品する仕事があるのだが

危険物を扱う所なので、通用口を出入りするたびに手続きを行う。

男の運転手は、ひらすら走り続けるのを好むため

ダンプを降りたり上がったり、証明書を提出して係員と話したり

何か書いたりを面倒がるが、女はこういうことがあまり苦にならないものだ。

ヒロミも例外ではなく、嬉々として工場へ行く。

機嫌よくちょこまかと動き回るヒロミの存在は

夫にとって清涼剤の役割をしている。


クラッチは今のところ、無事。

入社早々に道路標識を1本、ミラーに引っ掛けて吹っ飛ばしたが

クラッチの方はまだだ。

思うに、これまで彼女が転々としてきた会社は

起伏の激しい山にあった。

しかしうちは、市街地に近い場所にある。

そしてヒロミの仕事は、女性の体力と技術を考慮して

近場の配達を中心にしているため、町なかの平坦な道路を走る。

そのためダンプに負荷がかかりにくく

焼けるには日数がかかるのかもしれない。


しかしヒロミは、確実に夫の役に立っている。

夫にとって良い社員とは

人より余計に走って売り上げを上げる社員ではない。

夫にストレスをかけない社員である。

その意味で、ヒロミは良い社員ということになる。

夫が楽なら、私はそれでいい。

クラッチなんぞナンボでも焼け!

そう思っている。


ヒロミが案外使えると判明した今日この頃

彼女より半月先輩のスガッちが浮き始めた。

重機を習得させ、夫の助手にする目的で雇い入れたはずが

一向に上達せず、今では重機に乗ろうともしない。

そのくせ口だけは達者でブツブツ言い通しなので、夫はうんざりしている。


重機をあきらめて雑用をさせることにした夫は

いつも自分が仕事の合間にやっている水撒きや敷地の整備を

一緒にやろうと言ったが、彼にはそれが不服らしく

「何で俺が?」

とふくれる始末。

大手ゼネコンのプライドが捨てきれないのだ。


はたで見るのは面白いが、こういう態度が大嫌いな夫は

内心ものすごく怒っている。

来年の契約更新は、無いだろう。


さて、ここにきて、藤村がなぜ解雇されなかったのかが判明。

認知症の母親の浪費が原因で

彼が本社から500万円の借り入れをしたのは、以前お話しした。

彼が稀代の大嘘つきとわかった今となっては

母親の認知症が眉唾なのはともかく

500万円を借りる際、本社は保証人を要求した。

彼は入社早々にも、幾ばくかのまとまった金を本社から借りていて

まだ返済の途中だったからである。


そこで保証人になったのが、藤村の直属上司である永井営業部長。

部下思いではない。

藤村に案内されたフィリピンパブで、骨抜きにされて久しい永井部長は

自分の恥を握る藤村の頼みをきくしかなかったのだ。


以後、毎月の給料から天引きで返済を続けている最中に

神田さんと園田君の事件があった。

通常ならクビは確定だが、借金はまだ残っている。

藤村が辞めると、残りの借金は永井部長にかかってくる。

藤村の解雇で困るのは、藤村本人よりも彼だった。


永井部長は40代で取締役に抜擢され、数年が経つ。

嘘と芝居で成り上がったロクでもないゲスだが

揃って70代の取締役の中では、若手のホープということになっている。

しかし彼は年令的に、マンションのローンと子供たちの学費が重なる時期。

藤村の借金を肩代わりする余裕は無い。

そのため、彼は全力で藤村をかばい続けた。


永井部長があまりにも必死なので、他の取締役も強行手段に出にくい。

藤村を解雇して永井を窮地に立たせるより

若い永井に責任を押し付けた方が得策…

取締役一同は、そう結論を出した。

古狸とは、そういうものさ。


それぞれの春のはずが、そろそろ初夏になりそうなので

一旦これにて終了させていただこう。

《完》
コメント (4)
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