殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

現場はいま…

2020年08月25日 17時09分36秒 | シリーズ・現場はいま…
盆明けから入社した48才の新人女性、神田さんは

元気に働いておられる様子だ。

まだ入社してない頃に名前を聞いて

夫の知り合いだと思い込んでいたが、いざ来てみたら違っていた。

その姉だか妹だからしい。


私はまだ会ってない。

暑いので会社へ出てないのもあるが、行ったって会えない。

だって今のところ、神田さんの仕事はドライブ。

連日、昼あんどんの藤村が運転する車の助手席に座り

県内の支社、支店、営業所を挨拶がてら見学して回るのが日課である。


藤村はこれを新人研修とうそぶくが

定年エイジとなった夫から人事権が移行して以来

初めて自分が入れた社員であり、しかも自分好みの女性。

嬉しさのあまり、社内各所で女連れを見せびらかしつつ

彼女には会社の規模を見せびらかしたいのだ。

自分の会社なら自由だろうが、雇われの身でたいした度胸だ。


ともあれ、藤村の大胆不適で厚顔無恥な行いは早晩、噂となって

藤村は直属の上司である河野常務にこっぴどく怒られるはずだった。

我々はその日を待ち望んでいたが、お楽しみはまだ訪れない。

おバカな藤村にも計算高い部分はあるようで

河野常務は盆前から入院中。

腰の手術なので、しばらくは出社できない。

藤村はそれを見越して彼女を盆明けに入社させ

鬼の居ぬ間に遊び倒す所存だった。


しかし藤村の愚行はすでに、病床に伏す常務の耳に入っている。

なぜなら藤村が彼女と挨拶回りに行った先には

常務の妹ヨリコさんが働く支社も入っていて、彼女がチクッた。

常務は自分の妹であるヨリコさんを支社の一つに

別の支社へは彼女の息子を入社させているのだ。

身内に甘いのもあるが、自分の息のかかった者を要所に配置し

各種の情報を入手する目的もある。

こういうことをするから常務には敵が多いとも言えるが

敵が多いからこその措置とも言える。


ヨリコさんは、常務にそっくりのいかつい顔立ち。

俗に言うお局(つぼね)で

立場はいち事務員ながら支社を牛耳っており、支社長より断然強い。

そして兄の虎の威を借り、自分だけでなく

息子の就職まで甘えるような女性だから、気性がきつい。

気性のきつい女性が、自分に甘く他人に厳しいのはお決まりで

この状況を看過するわけがなかった。


一方の藤村は一人っ子なので、きょうだいの結束を知らない。

行った先に上司の妹がいて、全部告げ口されるなんて

考えてもいないのだった。


ちなみに常務は、自分の子供たちを入社させていない。

彼の子供たちは優秀なので

父親の勤める会社に入れてもらう必要は無かったのである。


ヨリコさんと我が夫は、同い年で仲がいい。

年に一度、全社員が集まる新年会で

たまたま隣りの席に座ったのが発端。

スポーツ特待で遠くの高校へ行った夫の同級生に

彼女の中学の同級生がいて、そこから親しくなり

時々、電話で情報交換を兼ねたおしゃべりをしている。

無口で物腰の柔らかいダメオと

きつくて口が立つ猛女の相性が良いのは

夫と私の関係性を見ても明らかである。


どこの会社でも、合併してもらった側の人間は新体制の厄介者。

昇進の道を閉ざされ、還暦を迎えたら

速攻でお払い箱になるケースが多い。

しかし夫は、ヨリコさんと同い年という共通点があるために

生き延びている気がする。

63才の年令を理由に夫を退職させるなら

同時に彼女も退職させなければ示しがつかないからだ。

私は常々、夫は強運だと思っているが

その強運とはこういうことなのである。



さて、ヨリコさんの話によれば

藤村の行状を知った常務は怒り心頭だったという。

最も怒り狂ったのは、藤村のこの発言。

「女の運転手を増やして、会社をハーレムにする」

藤村特有のジョークだ。

ジョークとは言えないが、藤村はジョークだと思っている。

そこが彼のバカなところ。


しかしまた一方、それは藤村の本音でもあった。

夫に息子たちに社員…みんな、中途で入った藤村より先輩で

藤村より仕事を知っている煙たい存在だ。

マウントを取りたい性格の藤村が、何も知らない女性を集めて

その上に立つというのは、彼なりの名案ではあった。


夫は最初のうち、「楽しみは後になるほど大きい」

と言って藤村の行いを奨励しつつ

常務にお灸をすえられる日を待っていた。

しかし歯止めがきかなくなっていく藤村を見ているうちに

だんだん腹を立てるようになった。


「見苦しい!最低だ!」

家で私に訴える夫。

最初は奨励していた手前、本人たちには言えなくなったのだ。


「ほんまじゃね、気持ちが悪いね」

私は応じながら、密かにほくそ笑む。

忘れたんけ?あんたも何十年か前に

その見苦しくて最低なことをしてたじゃないの…

なんて本当のことは、武士の情けじゃ…言わない。


もう26〜7年前になろうか、夫は愛人を会社に入れ

仕事そっちのけで見せびらかすために連れ歩いたり

ランチをご馳走したり、提灯持ちのごとく機嫌を取っていたものだ。

自分が昔やっていたことを他人がやり

それを毎日見せつけられるのは、無性に腹が立つらしい。

藤村、神田さん、夫…

あまりに面白くて、今はこの3人から目が離せない。
コメント (2)
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