殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

レジェンド・10

2016年04月01日 19時30分55秒 | みりこんぐらし
これまで、仕事に悩む若者について

色々な事柄をお話しさせていただいた。

実はこれらは全て、若かりし日の私なんじゃ。


昭和の頃、結婚を

「永久就職」と呼ぶのが流行った。

離婚の増えた昨今では死語になったが

知らない所へ一人で入るシステムや

入ってみないと実情がわからないところ

周りが皆、上司みたいな生活は

給料が出ないことを除けば就職に似ている。


私は結婚するまで働いたことがなかったので

結婚が最初の就職もどき。

ここで知らず知らずに

見てくれが悪い、出勤が遅い、無愛想

この三拍子をやっていた。

もしも最初にどこかへ就職していたら

その職場でやっていただろう。


三拍子が損なのは、周囲に軽視されるからだ。

車でも家電でも

標準装備を満たしてない品物は安い。

三拍子は標準装備を満たしてないサインであり

安く見られ、軽く扱われるのは当然なのである。



私の苦しみは突然始まった。

新婚から6年の別居を経て

夫の両親と同居を始めた時からだ。

いくら鈍感でも、自分が見下げられているのはわかる。

私の扱いは、家族でなく無給の家政婦だった。


義父は、私に厳しく接する理由をたびたび口にした。

「帰る家の無い者は、どんな目に遭わせても

苦情がこない」

つまり私の実家が複雑なことが

突っ込みどころであるらしかった。


しかし義父はズケズケ言うタイプではあるものの

世間では人情家で通っている。

その彼が、私にのみ残酷を執行するのは

大きな疑問だった。

義父の残酷を引き出している張本人が

まさか自分だとは思いもよらず

おののくばかりだった。



まず私は、見てくれで失敗している。

夫の両親は、自他共に認める町一番の伊達こき。

そこへノコノコやって来たのが、一人のデブだ。


そうよ‥私は昔、デブだったのさ。

元は痩せていたが、出産で膨張したのだ。

太っているのが悪いわけではないが

私の場合、太るには背が高すぎた。

その姿は、さながら女横綱。


同居を始めた頃、義父は糖尿病で激痩せし

食事制限が始まったところだった。

おまけに夫の姉はガリガリに痩せており

よく倒れるので、両親はいつも心配していた。


そんな人々にとって

野放図に肥え太った私はイライラの種。

「だから亭主に浮気されるんだ」

「怠け者だから太れるんだ」

折に触れて、義父に痛いところを突かれた。

太ってはいけない家に来たのを知らず

私は嫁いびりだと根に持った。


女横綱は、出勤でも失敗していた。

主婦の出勤は、朝、起きて台所へ入る時だ。

夫と子供を送り出すんだから

自分では普通に起きているつもりだったが

両親を計算に入れる頭は、まだ無かった。


私は三世代の家族をカバーしきれず

朝食を待たされる両親はいら立った。

今思えば、彼らには血糖値の問題があり

空腹の朝は機嫌が悪いのだが

私はイジメだと思い、やはり根に持った。


女横綱は、愛想も悪かった。

年中ガミガミ怒られ、亭主は浮気三昧

嫁いだ小姑は毎日帰って来る。

この背景で無給の家政婦なんだから

意地でも愛想なんかするもんか。

そんな私には、デブに加えて

ブスの称号も与えられ、ますます根に持った。


義理とはいえ、親の一人や二人を懐柔できず

実家の親にも親孝行どころか心配させ続け

育ちやしつけを疑われながら

泣いて暮らしたのは他でもない、私なのである。


当時の両親の気持ちを知ったのは、40代の頃だ。

結婚に辞表を出すか‥つまり離婚

人生に辞表を出すか‥つまり死

この二者択一を日夜考えあぐねて10年

第3案である同居に辞表を出した私は

病院の厨房で働いていた。


ある日、職場に身長170センチ、体重85キロの

文字通り大型新人が入った。

私より5才年上のその女性、エミさんは

同じ町の顔見知り。


が、顔見知りと同僚じゃ全く違う。

「何とはなしにイラッとくる」

それが彼女の印象だった。

やたらとかさばる身体に息子のお古をまとい

出勤は遅く、退勤は早く、いつも仏頂面。

しかもスピードが命の調理場で、トロいときた。


早く動けないのはママさんバレーで傷めた

ヒザの古傷のせいだそうで

「だったら来るなよ」と、何度も言いたくなった。

でも自分じゃすごく働いてる気で

待遇や人間関係に関するボヤキだけは

一人前だった。

走り回れないはずなのに、お菓子が出た時は

誰よりも早く駆けつけた。

ちなみに彼女が差し入れを持って来たことは

一度もない。


無駄に大きい女、エミさんと働くうちに

私はハタと思い出した。

「昔の私じゃん!」


何とはなしにイラッとくる、無駄に大きい女‥

両親にとって私はそういう存在だったのだ。

嫁舅問題以前に、私は標準装備を整えないまま

同居を始めてしまったらしい。


あの頃、自分じゃすごく働いてる気だったけど

あれは太っていたからしんどかったのではないのか。

朝起きるのが遅くてスタートが遅れ

一日中家事に追われていたのではないのか。

おまけに仏頂面‥これじゃ嫌われる。

全部、後手後手になっていたのに気づかず

嫁いびりやイジメだと思い込んでいたのでは

なかろうか。


悩める若者を見ていると、昔の私と重なる。

どんなに苦しいか、よくわかる。

が、あえて言う。

今の若者は、左寄りの教育で育っている。

「外見で人を判断してはいけません」

と言われて大きくなったので

人も自分を外見で判断しないと思い込んでいる。

しかし、それは違う。

標準装備の備わっていない者は

安く見られ、軽く扱われるのだ。

それが社会であり、他人である。


三拍子を改めたら人生が変わるわけではないが

せちがらい時代だからこそ

標準装備を整えて身を守ってもらいたい。

誰も言ってくれないだろうから、私が言わせてもらった。

健闘を祈る。


(完)
コメント (8)
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