殿は今夜もご乱心

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みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

異星人・外伝

2014年03月08日 17時24分55秒 | 異星人
先日、同級生のユリちゃんと遊んだ。

嫁ぎ先が市外なのでしょっちゅうは会えないが

数ヶ月に一度は行き来している。


彼女の話は以前書いたことがある。

子供の頃からおっとりした美人で、パパが私達の中学で先生をしていた。


高校受験の時、他者の故意によって受験票を紛失した私は

受験当日、高校に着いてからユリパパに言い、引率の彼をぶったまげさせた。

ユリパパは一言も責めず、受験票に代わる紙を入手して

「大丈夫だからね」と渡してくれた。

世の中、たいていのことはどうにかなるもんだと知った最初であった。


先生はそのことを誰にも言わなかったので、うちの親はおろか

一緒に同じ高校を受験した娘のユリちゃんも知らなかった。

誰も知らないもんだから、話にのぼることもなく

そのまますっかり忘れて40年近く経過。

数年前、突然思い出した時にはユリパパはとうに亡くなっていた。


先生のお墓はうちの実家と同じ墓地にあるので

通る時にいつも挨拶していたが

その出来事を思い出してからは、遅ればせながらお礼も言っている…

そんな話をしたら、ユリちゃんが言った。

「実は中学の時、私も辛い目に遭ったのよ。

思い出すと、今でも悲しくなるの」


中2の3学期、“ユリちゃんが、ある男子をデートに誘う過激な内容の手紙”

なるものが、校内で発見されたというのだ。

どんな経緯を辿ったかは不明だが、とにかく手紙は

最終的にユリパパの手元に回ってきた。


娘の字でないことはわかっている。

だが娘が差出人になっているラブレターを

教師として目の当たりにする父の衝撃は、計り知れないものがあっただろう。


また、ユリパパはお寺の僧侶でもあった。

教師と生徒の父娘が同じ学校に通いながら、人の道、仏の心を説く暮らし…

日々細心の注意を払い、厳格かつ慎重に生活してきた彼らにとって

最低最悪の事態であったと想像するのは容易だ。

ユリちゃんは「スキがあるからだ!」「やられるほうにも問題がある!」

などと、両親からさんざん怒られた。


何日の何時にどこそこで待っています…手紙はそう結ばれていた。

家族会議の結果、その日のその時間、町内にいてはいけないということになり

ママに連れられて、遠い街へ出かけたそうだ。

以後もユリ家最大の汚点として、長年に渡り小言を言われ続けたという。


そうなのだ…昔は、悪いことをする者も悪いが

されるほうにも落ち度があるとして、攻めを受けることも多かった。

新種の悪人が生まれ始めていることなんて、多くの大人はまだ知らなかったし

気づいたとしても認めようとしなかった。

心配や仕事が増えるからである。


「今まで、誰にも言えなかったの」

ユリちゃんの瞳はうるむ。

私は問うた。

「誰のしわざか、わかったの?」

「今でもわからないのよ…犯人も理由もわからないって本当に怖いのよ」


それ、ピンクの便箋だった?…私はたずねた。

「忘れもしない、薄いピンクだったわ」

「字は?」

「定規を使ってわざとカクカクした字を書いてて

誰の筆跡か、父もわからなかったみたい」


私は断言した。

「Kよ!間違いない!」

悪魔の申し子、同級生男子のK…ここでもお馴染みの、ヤツである。

詳しくはカテゴリー「異星人」を見てちょ。


私は中2の3学期、確かに見、そして聞いたのだ。

Kは私の目の前で、ピンクの便箋をヒラヒラさせながら

誰に言うともなくほざいておった。

「これを使って、誰を泣かしてやろうかな~」

岩みたいにゴツゴツしたKの人相風体と、便箋の淡いピンク色とのコントラストが

なんともヒワイで不気味な印象だったので、よく憶えているのだ。


当時、Kのターゲットは可愛い子に限定されていた。

女子なら誰でもよかった小学生時代とは、明らかに違う。

生意気にも、おのれの好みで選別なんぞするようになりやがったのだ。


顔が可愛くないおかげで長らく安全圏にいたため、危険察知の勘が鈍り

ヤツがもうじき転校することも知って、すっかり安心していた私は

その便箋で何をしようが知ったこっちゃなかった。

学校を去るにあたり、最後の置き土産計画を企てていることなど

みじんも考えなかったのだ。


本当にその便箋でユリちゃんが被害に遭ったのかどうか

今となっては確認するスベもない。

だが、ここまでアコギなことをするのはK以外にはいない。

ヤツは、おそらく妹の持ち物であろうビンクの便箋を使い

それをやられたら一番困る相手を入念に選び抜いたのだ。

そして転校するその日まで、父と娘をひそかに観察して楽しんでいたのだ。

それがKである。


「やっちゃいけないことをやるのがあいつよ!

簡単に人に言えないような、とんでもないことを選んでやるのよ!

人の涙と生き血が、あいつの栄養よ!」


私はそこで初めて、中2の音楽忘れ物事件をユリちゃんに話す。

Kは転校する直前、音楽室に置いてある忘れ物ノートに細工をして

私を忘れ物女王に仕立て上げたので、音楽の成績が下がった。

先生に抗議したが、やはりユリパパ同様

「そういうことをされる我が身を振り返れ」という趣旨の言葉を返された。

意気消沈した私に、ヤツは言った。

「どう?俺の置き土産」


それを話すと、ユリちゃんも打ち明けた。

成人した後、ひょっこりKから季節の便りが届いたので

何も知らないユリちゃんは、以来ヤツと何年も文通していたことをだ。


そうさ、ヤツは筆マメなのだ。

人を地獄の底に突き落としておきながら、素知らぬ顔で接触を求める。

過去に犯した悪行三昧は、ヤツにとって懐かしい思い出にすぎない。

その極悪は、来年の定年を案じつつ、国を護る某機関にいる。

人間は苦しめても、国は護れるらしい。


ユリちゃんは、文通なんかしていた自分のお人好しを悔やみつつも

犯人がKだと知って納得がいったようだ。

「知らない誰かに陥れられたわけじゃないのね!

ありがとう!ずっと抱えていたものが消えて、楽になったわ」

置き土産の仲間同士と知った我々は

お互いにもっと早く話していればと残念がりながらも

より一層厚い友情を誓うのだった。


ユリちゃんは笑顔で帰って行った。

が、私は悔しかった。

Kの便箋ヒラヒラを見た時、何か起きるかもしれないと周囲に言いまくり

注意を促すべきだったのだ。

それが後でも先でもユリパパの耳にチラリとでも入っていれば

ユリちゃんは40年も悲しみを抱え続けなくてすんだかもしれない。


ユリパパ先生!ごめんなさい!

私はおしゃべりなのに、こんな大事なことはしゃべりませんでした!

今度先生のお墓に行ったら、そう言おう。
コメント (6)
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