殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

人生の楽園

2014年03月01日 10時36分46秒 | みりこんぐらし
「苦園にて」



『人生の楽園』という番組をご存知だろうか。

よその地域はどうだが知らないが

この辺りでは毎週土曜日の夕方6時から放映されている。

西田敏行と菊池桃子のほのぼのしたナレーションで

老後の夢を叶えた夫婦を紹介するドキュメンタリーだ。


登場する団塊世代の夫婦は、定年や早期退職後

食べ物や陶芸、木工など、好きな分野で念願の店を出したり

農業にいそしんだりしている。

親切なご近所さんやお友達に囲まれて、とても楽しそうだけど

店だの作業だの、怠け者の私には楽園どころか苦園だわ。


しかしこの番組を見るのは好きだ。

彼らは一種、選ばれた夫婦である。

健康の問題や親の介護、素行の悪い子供など

決意を阻むしがらみが無かったからこそ

描いた夢を実行できる、特別な人たちなのだ。

懸命に働き、家族を愛し、まっとうに生きてきたご褒美として

実りの秋を迎えたタイミングに合わせ

しがらみを解かれたのではないだろうか。

人生の苦園なら詳しいけど、楽園についてはあまり知らない私は

こうして週に一度、まっとうな夫婦の楽園をのぞいているのである。


とまれ、のどかさと引き換えの不便を知る田舎在住の私は

夫婦揃って元気なうちはいいけど

病気になったり、運転ができなくなったり、片方欠けたらどうするんだろう…

などと、毎回つい余計な心配をしてしまう。

けれどもそのたびに、彼らは最初からその覚悟をして移住するのだろう…

と思い直す。

訪れた不都合を解決する経済力、あるいは知恵、または心づもり…

準備万端整えた上で、行き当たりばったりを楽しんでいるとしたら

まっとうな夫婦の底力はすごいもんだ。


番組に登場する夫婦のパターンは、おおむね3種類ある。

2人で新しい土地へ移住した、アイターン組。

夫婦どちらかの故郷へ帰った、ユーターン組。

片方の夢はもう片方の夢にあらず…近年増加傾向の、単身赴任組。


新しい生活がしたい…

これはまず、夫婦のどちらか一方が言い出さなければ始まらない。

片方が言い出し、片方が従うから実行できるのだ。

言い出したほうは若々しく、従ったほうは年老いて見えるのが興味深い。


言い出しっぺは、退職金の出どころであるご主人の方が多い。

夢を叶え、明るく元気なご主人と

ご主人よりずっと老けている奥さんとの対比が、私には痛々しく見える。

逆もまたしかり。

単身赴任組は、どちらも若さを維持しているようだ。


ご主人の勤め先によって、実現の見栄えが異なるのを見るのも

楽しみの一つである。

家や店が新築のゴージャス組は、公務員、銀行員、大企業など

元エリート率、高し。


しかしゴージャス組はどれも似通っており

意外性が少ないので面白みに欠ける。

離れて暮らす子供達が、撮影に合わせ

ゾロゾロと孫引き連れて寄ってくる図もお馴染みの光景だ。


ゴージャス組でない人たちは、建物や服装などのたたずまいが

そこはかとなく地味だ。

しかし変わった経歴の持ち主だったり、資金不足をアイデアでカバーしていて

こっちの方がずっと面白い。


さて、このような暮らしを30代で夢見た独身男性がいる。

知人の山本君である。


彼は趣味を通して、あるお金持ちの社長さんと懇意になった。

裸一貫から財を成した、まだ若い社長だ。

仕事であちこち飛び回っているが、住まいは日本の南の方角にある離島。

山本君は社長の住む離島に何度も通ううち

のどかな島と社長の人柄に魅せられ、移住を考えるようになった。


しっかり者の彼は、その島で飲食店を出す計画を立て

数年かけて資金を貯めた。

やがて社長の世話で店と住まいを確保して、いよいよ移住する運びとなる。

軌道に乗ったら、母親も呼びよせるつもりだ。

送別会が行なわれ、彼は意気揚々と新天地へと乗り込んだ。

人生の楽園、早期成就か。


その彼がひょっこり帰って来たのは、2週間後である。

行ってみたら、どうものどかじゃなかったらしい。

借りた店の大家さんは、“組事務所”だったのである。


間に入った社長に相談したが、逃げ腰で

かんばしい回答は得られなかった。

だまされたというより、しょせんよそ者の夢…

社長さん、人柄はいいけど、テキトーな性分だったらしい。

危ないと感じた山本君は、それまでにつぎ込んだ大金をあきらめ

急いで島を引き払った。


話を聞いた私は、その英断に拍手喝采した。

進むのも勇気がいるけど、引くのはもっと勇気がいる。

送り出された手前…やると言った以上…

そんなプライドとの葛藤でズルズルと日にちが経ち

引くチャンスを逃して、にっちもさっちもいかなくなることだって多い。

攻めどきの判断も大事だけど、引き際の判断はもっと大事なのだ。


この出来事を、若さゆえの失敗で片付けるのは簡単である。

だが失敗かどうか、今の時点ではわからない。

この経験が、役に立つ時が来るかもしれないのだ。


苦みや残念の成分が多く含まれた経験ほど、のちのち役立つ機会が多い。

このネタで、辛い誰かを元気づけられるかもしれない。

悲しい誰かに笑顔が戻るかもしれない。

もっとも大きな効果は、人を見る目の最低基準が確立することだろう。

人は残念を重ねて、勘を磨くのだ。


山本君は誰を怨むこともなく、再び就職活動を始めた。

やり直せる若さが、彼にあったことを喜び

そのひょうひょうとした潔さを美しいと思う。

私は心から彼を尊敬するのであった。


コメント (21)
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