めぐろのめばる

目黒川近辺で日本の四季を楽しみ、未来の日本を憂う。
かつての美しい日本と日本人がいかに素晴らしかったかを思う。

思い込みでの施しは苦痛を生む

2016-05-06 19:58:40 | 高齢化社会

高齢者対策の一環として、年金を支給したり、医療設備を整えたりと
言ったことが、果たして、本当に幸せと言えるのかと考えてみました。

仕事をリタイアし老後の安定と健康の為に、年金と医療の両立は

誰が見てもとても大切であり、なくてはならないものと思われるでしょう。
ただでさえ仕事を失い、健康不安を抱えていれば、老後の不安は尽きません。
しかしながら、この2大行政事業が、本当に高齢者の幸せと成っているか
と言えば、そんなに簡単に判断は出来ないのです。

人は、生きて行くにあたって、生きる意味を持つ事に因り、自分の存在理由を

見い出し、苦難に打ち勝ちながら長い人生を生きて行くものです。
特に年を重ねるにつれて、その意味は重くのしかかり、自分自身が、この世に
生きている意味、生かされている意味に強く反応するようになります。
家族に対して、社会に対して、親しい友人に対して、自分自身の存在意味を
常に考え感じ取る事に因り、その後の未来を夢見る事が出来るのです。

確かに、高齢ともなって来ますと、若い頃の様に身体も自由が利かず、

例え会社で働いていたとしても、周囲にペースに合わせてハードな仕事を
熟していく事は困難と成ります。
そのため、60歳前後に勇退で生きる社会的区切りを作ったのでしょうが、
実際に、仕事を辞め、新たなる老後の生活に入った方々の心は、
少なからず、心の炎が小さくなり、人生の末路を見る気持ちが大きく
成るものです。

老後の医療と経済的な支えが有る事は非常に重要ですが、その支えがあっても

心からの喜びを感じられない方々がとても多いのです。
数年間は、ハードな現役の仕事から解き放たれて、自由に趣味に興じたり
国内外を旅したり、ゆっくりと一日の時間を自分の為に使ったりと、傍から見れば
非常に有意義な生活をしている様に見られるのですが、そんなにも幸せそうな
高齢はの心が、実は沈んでいる場合が多く見られるのです。


老人問題は数々有りますが、お金を与え医療を整えれば安心と思いきや

高齢者の心は決して癒されていないのが現実なのです。
ただ、その様な恩恵に預かれない高齢者も居る事から、その人達に比べて
自分達は幸せと感じる位のものです。

中々メディアに出てこない高齢者問題の一つが、年間の交通事故死者数より

高齢者の自殺が多い事が有ります。
生活苦からの自殺も有りますが、生活環境も安定している方の自殺が
日本中で起こっています。

自殺と言うのは、心の闇であり、周囲が気が付かない事も多く、亡くなった後も

その原因がつかめない事も多いのです。
人は、年を重ねると、様々な経験を元に、自分の行動にしっかりと考えが及び
深く物事を考える事に因り、若い人達のお手本になると思われがちですが、
実際は、若者以上に悩みを抱えているお年寄りが多いのです。

人は、年を重ねて理解する物事の道理の1つに、私達人間は、人によって生かされて

人を生かす事に因り生きる意味を知る、と言う事が強く感じられる様になります。
つまり、生きて行くうえで、人との関わり合いを非常に強く感じるようになるのです。

現役で仕事をしている時は、仕事とはいえ、沢山の人と関わり合い、家族を育て

守る事に自分の存在意味を感じているものです。
ところが、現役を退くと、例え自由に使える時間が増え、趣味や旅行をすることが
容易に出来るようになったとしても、この自分の存在意味が感じられないと、
途端に、生きている意味を見失ってしまうのです。

特に、高齢とあって、何でも身の回りのことを周囲の人に手伝ってもらったり、

自分の健康を気遣ってもらったりすると、一見幸せと思える事が負担に成ったり
気まずくなったりする原因ともなるのです。
どうしても出来ない事は手伝ってもらったりするのが当たり前の事なのですが、
生活の全てに関して、周囲の人々の目線が、弱者を見るようになると、途端に
生甲斐を失ってしまう事もあるのです。

私達人間は、どんなに老いようと、どんなに不自由な身体に成ろうと、

この世に存在する価値や意味を見出さないと生きていけないのです。
現代の老人に対する国や行政の取り組みは、ベースに、もう役に立たなくなった
リタイアした人間たちを見る様な視点から様々な高齢者対策が行なわれているのが
実際の高齢者たちにとっては、心から喜べない気持を生んでいるのです。
国や家族にすべてを託した状態では、高齢者と言え、決して満足は出来ないのです。
生活するための資金を与え、病気をしたときの医療対策を整えたら、
高齢者たちは喜ぶと思っている国や行政の幹部たちの考えが問題なのです。

年金を与えられた高齢者の中には、生活の為に年金を使わず、その殆どを

娯楽遊興費として使っている高齢者が多くいます。
生活を安定させるために給付していると怒られる方も居るかもしれませんが、
年金が高齢者を幸せにしていないから、何に使おうと構わないのです。

今の年金で生活する高齢者に、倍額の年金を与えたとしても、生活が豊かに

便利には成るにせよ、それで心から幸せになったと思う高齢者は少ないでしょう。
この事は、近年の被災者に対する国の援助に関しても言えることです。
人々が、破壊された故郷で、一体何を求めているのか、街を復興し、
新しい街を作り、便利な生活にすれば、被災者たちは、幸せになるのかと言えば、
残念ながら、NOー!です。

東日本大震災の被災地の現状を見ても、被災者たちは決して幸せになったと

胸を張って言える人はいないのです。
高齢者対策も、被災者支援も、常に上から目線である今の日本政府や行政の
考え方は、世の中の弱者の気持ちが全く分かっていないのです。

今や空前のペットブーム。子供達の数よりペットが多いのは何故でしょう。

言葉もしゃべれない、人と同じ事が殆どできない動物たちに、一体どれだけの人が
癒されている事でしょう。
ペットを飼う人達は、立派な犬小屋や猫部屋を与えたり、高価なペットフードを
与える事が、ペットたちにとって幸せとは決して思っていません。

その誰もが、膚に触れ、身体に寄り添い、そのぬくもりを感じているのです。

ペットたちも、自分たちが主人に対して大切な存在であることを肌で感じ
より一層喜びの態度を示すのです。
私達は、人同士、動物に対しても、更には、地球の様々な自然の万物に対し
関わり合いを持って生きています。
その関わり合いの意味を感じ、自分の存在の意味を感じた時
生きている意味を知り、周囲の事を気遣う優しい心を育てる事が出来るのです。



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