めぐろのめばる

目黒川近辺で日本の四季を楽しみ、未来の日本を憂う。
かつての美しい日本と日本人がいかに素晴らしかったかを思う。

人類が人類の首を絞める

2018-12-20 14:50:00 | 環境問題

私達人類は、地球に生きる全ての生き物の頂点に立ち、
優れた英知の元、高度な文明を築いて来たと言いますが、
果たして、人間として、地球の生き物の1つとして、
本当に、最も優れているのでしょうか。
確かに、人間以外にこれ程の文明を築くことが出来る生き物は
地球上に存在しません。
しかし、かと言って人間が最も優れた生き物とするのは早計です。

もし、本当に優れた生き物ならば、自分達が種を繋いでこられた
地球環境や命の糧である他の生き物達を絶滅させる事は無いはずです。
どんなに文明が進んでも、私達人類は、地球の生き物の命を頂いて
種を繋げなければならないのです。
他の生き物が死に絶えたら、人類とて生きてはいられないのです。
食べ物だけでなく、文明を発達させる様々な資源が失われたら
哺乳類として最もひ弱とも言われる人類は、日々の暮らしすら出来ず
簡単に滅びてしまう可能性が高いと言えるのです。

自分達の地球環境を無視した開発や乱獲が、私達人間だけでなく
地球上のあらゆる生き物達の命すら危うくしているのです。
年々深刻さを増す環境汚染や地球温暖化は、人類の英知を持ってすれば
何とかなると言う考えはことごとく打ち破られ、今や、改善の余地が
考えられないほど明るい未来が想像できません。
酷くなる一方の地球環境は、どんなに人類が頑張ったとて、私達を
育てる為の多くの生き物が失われて行けば、いずれ人類も同じ道を
辿るしかないのです。

地球上でもっとも進化して優れた頭脳を持っていると言いながら、
生きて行く上での一番大切な部分を考えられないとは、やはり人類は
最も優れた生き物ではなく、愚かな生き物としか言いようが在りません。
食料と資源を得る為に、相変わらず争い続ける様は、他の生き物に無い
馬鹿さ加減であり、何千年もの間学習できない、単なる欲望に任せた
愚かな生き物でしかないのかも知れません。

しかしながら、何故、人間はこれ程までに愚かと成ってしまったのでしょう。
他の生き物に比べ断トツに優れた知能を持ちながら、やっている事は、
猿でもしない愚かな環境破壊です。
これは、いわば自傷行為とも言え、自らの生きる環境を汚し、自らの食料を
失い、自らを守り生かすための資源を浪費しているのです。
地球に存在する幾多の生き物で、人間と同じように環境を破壊し、自分の食料を
枯渇させる生き物はいません。

人類の様な優れた頭脳は無くとも、自分達が種を繋いでいく為には、何をしたらいいか
本能的に知っているのです。
そう、人間以外の生き物は、常に他の生き物達の存在をシッカリと感じる事に依って
自分達の生きる意味と価値を見極めているとも言えるのです。
食物連鎖の元、地球の生き物は全てが繋がり合っているとも言え、その関係を壊さず
お互いに生かし合っている事で種を繋いでいるのです。

所が、人間の無能の部分は、自分達の利益は考えるも、他の生き物との関わり合いを
考える事無く、自分達が生きる為だけの食料として利用し続けた事です。
その結果、地球には、何処に行っても人類が存在する程繁殖をし、いまや、生きる為の
命の糧が足りなくなっているのです。
しかし、足りない分を人間同士で奪い合う事で争いを起こし、常に地球上から戦争が
無くならないという、同じ種同士の欲望の争いが頻発しているのです。
獲れるだけ捕ったら、次は、人間同士で奪い合うと言う、地球上の生き物の中では
もっとも地球環境に相応しくない行為を繰り返しているのです。

地球の生き物達は、太古の昔から、食物連鎖の元、お互いに生かし生かされて種を繋ぎ
其々の種がテリトリーを分かち合い争うことなく地球環境に順応して来たのです。
人類の生き方は、地球に住む生き物にとって最も相応しくない、他の生き物達にとって
悪魔所業とも言える酷さなのです。
もし、他の生き物が人類と同じようにコミュニケーションが取れるとしたら、人類は
全ての生き物から三行半を突きつけられると言えるのです。

こう考えると、日本人は、太古の昔から、地球の生き物の中の1つとして、自然を生かし
自然に生かされる生活をして来たと言えるのです。
身の回りの自然に対し敬意を払い、自然から命の糧を得るだけでなく、自然環境を守る
素晴らしい生き方をして来た民族と言えるのです。
万物に神の存在を信じ、生き物全てに対して価値を見出したことで、自然の全てに
心を託すまでになったのです。

日本人が育てた日本の自然に対する素晴らしい感性は、古代から豊かな人間性を育て
人々の心を豊かにしてきたのです。
つまり、地球の生き物全ての存在を認め、人間が生かされている事を知っていたのです。
今でこそ、食物連鎖に依る繋がりが知られていますが、日本人は、人間が自然環境に
生かされて種を繋いでこれた事を遠い昔から知っていたのです。

しかしながら、この豊かな地球の食料と資源を、独占的に搾取したのが近代の人類です。
特に産業革命以来、人類は、地球上の食料と資源を人間の為にだけ争い合って奪い合い
生き物としてのバランスを破壊してしまったのです。
その暴挙は、100年余りの間に、あっと言う間に資源と食料を激減させ、今や、人類自体も
未来が危うい状態と成っているのです。

この非常事態は、何物でもない、人類の所業であり悪行と言えるのです。
許容量の大きい地球であっても、人類の暴挙は、地球自体の環境を変えてしまったのです。
もし、本当に人類が最も優れた生き物であるとしたら、自らの首を絞める様な事は
しなかったはずです。他の人間より劣るとされる生き物達は、自分の命を危うくする事は
決して行いません。

人間の愚かさは、欲望にかまけて、他の生き物の事自分が生かされている環境の事が
見えなくなってしまう事です。自分の欲求を満たすためには、他の人の欲求は考えず
自分の欲望を満たす事で他の物の心や身体が傷つこうと気にならないという
人間と言う生物の最も諫めなければならない性格が有るのです。
この事は、私達が子供から大人に成る時も、教育の一環として成されるべき
人間形成の為に重要な項目と言えるのです。

しかし、現代社会に於いても、経済的豊かに成る為の術は学んでも、
対人的な心の成長や自然環境に対する深い理解が教育さえないのが現状です。
つまり、対人的にも環境的にも、自分以外の事を考えられない、個人的な欲望のみを
追求する人間が多いというのが一番の問題と言えます。
何故、地球の環境を破壊しても、多くの生き物達を殺めても心は痛まず、
更なる欲望を高めていくというのは、既に、人類の心の中には、他の人の事や
地球環境の事よりも、己の欲望を優先すると言う考えで満たされていると
言えるのです。

世のリーダー達、特にアメリカの大統領を筆頭として、この世を支配している人達が
地球環境や人類の未来を考える頭が無いという事実があるのです。
多くの人々が、地球の未来を人類の未来を憂いても、この世を動かしている人達は
そんな未来のことなど全く考えず、自分の欲望しか頭にないのです。
つまり、今の人間の辿る道は、地球環境を破壊し続け、挙句の果ては、人類が
他の生き物と共に絶滅すると言うストーリーに在ると言う事です。

人間が破壊した環境は、人間が直す事しか出来ません。
地球の自浄作用はもう限界を超えているのです。
これから先、いかなる脅威が人類を脅かしていくかは、現代の支配者たちの
今後の行いに掛かっていると言えるのです。何しろ、国民や庶民の言う事に
全く耳を貸さない人達がリーダーと成っているからです。

今のままでは、間違いなく近い将来、人類は未曾有の惨禍に見舞われるでしょう。
想像を絶する天変地異が襲ってくるかもしれません。
それによって多くの人類が被害を受けるでしょうが、これは天災ではなく人災です。
自然は何も悪くはないのです。最も悪いのは、地球の生き物で最も頭の悪い人類の
蛮行なのですから。


空気と水の大切さを忘れた結果

2018-10-19 18:04:43 | 環境問題

私達人間が生きて行く上で一番大切な物と言えば、空気と水と言えるでしょう。
もちろん、個人的に大切な物は数々あると思われますが、空気と水が無くなったら
地球上の生き物は瞬時に死に絶え、まるで月の様な生き物が存在できな天体と成って
美しい地球の歴史は幕を閉じる事と成ります。
私達人間は、多くの生き物達と共に、水と空気によって生かされていると言ってもよく
あらゆる生命活動の根源とも言えます。

しかしながら、人類は、地球上に君臨する様に成ってから現代に至るまで、この大切な
命の源を汚染してきました。
人類の生活は、いかなる場に於いても、この生き物にとって一番大切な水と空気を
汚し続ける事に何の躊躇も罪悪感も無く続けられて来ました。
余りにも身近で、その存在意味さえも忘れてしまう程である為、汚染に気が付いたときは
殆ど回復不可能と言われる事態まで悪化している事が多く、人類が多く住む世界中の
大都市周辺は、生き物が住むには不適切なほど環境汚染が悪化しています。

何百万年に渡って、人類は、自分達の生活廃棄物を環境中に捨て続けて来た習慣がある事から
いまだに、自分達の生活圏において、水や空気が汚れていようと、余り危機感を感じる事なく
自分達の日常が変わらない限り、殆ど気にも留めません。
近年、大気汚染が世界の気候変動を引き起こし、毎年の様に、異常気象で経験したことない様な
災害が頻発しています。
しかし、この事態と成っても、この原因が私たち人類が生んだ人災であるとは実感する事無く
昔よりも、気候が少し変わってきた位しか感じていません。

毎日数万もの種が絶滅していると言われているのに、地球の生き物にとって危機が迫っている
と言っても過言ではないのに、今日の平和が明日もそして一週間後も、そして、一年後も
続いて行くと思っています。
例え、世界の科学者が警鐘を鳴らしたとしても、まるで夢物語の様に、他人事のように思い
自分達の生活は、このままずっと続いて行くと信じて疑いません。

この事は、大震災の危機予測と非常によく似ていて、その日が来るまで、殆どの人達は、
例え遭遇したとしても、自分だけは免れると思っています。
しかし、東日本大震災の様に、地球規模の大災害は、確実にやって来ると言われています。
かつては、遠い先であるとされていたのが、最近、年々予測が早まり、数年先と言うより
来年に起こると言っても良い程切迫しているのが現実なのです。
太平洋岸のプレート型の大地震だけでなく、日本列島に多く隠れる活断層が一段と活発と成り
日本に於いては、何処にいても被災する可能性が高まっているのです。

私たち日本人は、異常気象による災害を受けるだけでなく、国土を形作る巨大プレートの動きで
地下からの巨大なエネルギーを受けやすく、歴史的に多く発生した大震災が予測される時期に
生きているのです。
大気汚染による異常気象は、日本の四季を破壊し、巨大台風を発生させ記録的な豪雨を齎しましたが
数年週十年ぶりの大雨と報じられるものの、これは、人間の経験的な尺度であり、それこそ
想定外と言える豪雨が今後予想されるのです。数日大雨が降り続いてもニュースに成るのですが
もし、一週間一か月と降り続けるとしたら、巨大台風が幾つも日本列島に居座ったら、まるで、
フィクションの様な現実がやって来る可能性があるのです。

東日本大震災で、時の政府は、想定外と言う言葉で責任を逃れようとしましたが、そんな言葉が
何の意味を成さない程の東日本大震災を遥かに超える地震が来ないとも限らないのです。
地球の歴史からすると、かつて、アラスカ沖で起こった大地震で起こった津波は、その波高が
500mと言われています。石垣島を襲った津波でさえ、80mの高さが有ったと言われています。
想定外どころか、どんな高い堤防を築こうと、まったく意味を成さないのです。
地球が本当に牙をむけば、人類の生活等、ほんの虫けらを追い散らす位に過ぎないのです。

そんな地球を私達は、自分達の身勝手な考え方で汚染し続けているのです。
私達人類が生きて行く為に無くてはならない飲料水は、蛇口をひねればいつでも出て来ると言うのは
奇跡ともいえる事なのです。
今や、地球上に存在する水の97%は飲料に適さない水なのです。
既に、世界の至る所で水不足が発生して、特にアフリカなどの発展途上国に於いては深刻です。
地球の表面積の7割は水で覆われていると言われますが、その殆どが塩分や飲料不適物質を含んだ
生き物が直接口に出来ない水です。

つまり、たった3%の水を、人間だけでなく地上のあらゆる生き物達が利用しているのです。
そして、その大切な水を最も利用する人類が、汚染しているのです。
今や、世界のほんの一部の富裕層が地球の食料や資源を保有し、中には、余った食料を大量投棄し
地球の資源を浪費し続けています。
日本もその例外ではなく、大量の食料が廃棄され、その量は、岩手県の年間食料消費量を上回り、
アフリカの飢餓で苦しむ国の一年の食料を遥かに上回っています。

この持てる国と持たざる国の差は、年々大きくなるばかりであり、地球は、そのほんの一部の人達に
多くの富をもたらす様に成ってから、地球環境汚染や食糧問題、資源問題が拡大して行ったのです。
私達の生活は、消費経済社会の典型と言われますが、これは果たして本当に人間が求める社会なのか
もう一度考え直す事が重要です。

ただでさえ、食糧や資源が不足しているのに、相変わらず浪費する社会を創り上げようとすることは
人類の未来にとっても、地球上のあらゆる生き物にとっても、決して良い結果と話らないのです。
過去100年程の間に、地球の大気中に放出された二酸化酸素量は膨大で、既に、地球上の植物や
海水が取りこめる量をはるかに超えています。
海は、益々酸性海域が増え、当然の如く生き物達の食物連鎖が行われないで、多くの種が子孫を残せず
絶滅の一途を辿っています。

このスピードは、7000万年前にユカタン半島に隕石が激突し、地球全体が粉塵で覆われ、日光が遮断され
多くの生き物が死滅して行った第五の大絶滅時代よりも、遥かに速いスピードで種が失われています。
地球上の多くの生き物が絶滅すると言う事は、食物連鎖の1つとして生きながらえている私達人類は、
当然のことながら、近い将来、同じ道を辿る事が予想されます。

既に食糧不足が世界中で起こっているのは、異常気象に伴う天候異変で、食糧供給が失われていて
人類が、食物連鎖の輪の中から押し出されている事を示しています。
しかし、世界を牛耳っている富裕層は、そんな事はお構いなく、自分達の生活が守られれば、どんなに
多くの人が飢餓に苦しもうが、世界中の海が汚染されようと、何の不安も無いのです。
つまり、自分達だけでも生き残れば良いとするのです。

この横暴な考え方が、空気も水も相変わらず汚し続けても厭わない元凶とも言えるのです。
アメリカファーストと言う考えも、他の国々を犠牲にしても自分達は生き残るとするものであり
今や、世界中の国々が、自分達だけでも生き残ろうと様々な強硬手段を進めているのです。
とはいっても、地球規模の変動は、こんな人類の我儘が通る程甘いものではないのです。
誰もに無くてはならない空気と水がこれ以上汚染されたり、生活に利用できなくなってしまえば
人類全てが生きて行けない状態と成るのです。

そんな時、経済的な豊かさとか社会的な地位とか言ったものが、何の役にも立たない事が解ります。
現代社会は、いかなる環境にいても、誰もが同じ惨禍を受ける時代と成って来ているのです。
それこそ地球規模の大災害が襲ってくる可能性が出て来たのです。
第六の生物大絶滅に、人類の名が記される可能性が一段と高く成って来ているのです。

毎年起こる異常気象や災害は、まだ、人間が対応できる範囲であり、地球規模の大災害に比べれば
たわいもない小さな傷跡に過ぎません。
日本社会が成り立たない程の想定外を遥かに超えた大災害が起こる可能性があるのです。
数百年前、ポルトガルのリスボンを襲った大震災は、大航海時代に栄華を極めたヨーロッパの大国を
最貧国に陥れる程の規模でした。
遠い昔のこととはいえ、いまだにポルトガルがヨーロッパの国々の中で細々と存在している理由でも有り
日本列島全体を破壊する程の大震災がやって来る可能性も有るのです。

近年、東海沖の大地震のみならず、南海地震の再来も危惧されています。
しかし、何の危機感も抱かない関東大震災は、話題にもならず、更には、江戸時代に大火災を招いて
多くの人の命を奪った元禄の大地震は、大都会の下の地殻変動が予想され、現代社会のノイズで
調べることもできません。大地震と共に富士山の噴火も可能性があり、これらの大災害が一度に
起るかもしれないのです。

どの地震が起こっても、ネットに依存する現代社会は、真っ先にあらゆる通信機能が破壊され、
それに伴い、全ての流通がストップします。つまり、日本経済が完全に止まってしまうのです。
これこそ、日本人が一番恐れる事態であり、そんなことは決して起らないとするリーダー達の見解が
近い将来、またもや想定外の逃げ言葉を生む事に成らない事を願わずにはいられません。
最早、世界だけでなく、日本に於いても、明日の事を安易に考えられない時代に突入しているのです。

それが一番解っていないのが、日本の多くの政治家であり、消費経済で私腹を肥やそうとしている
日本経済を牛耳っている人達です。
自分達は、少なくとも、選ばれた人間たちであり、何が有っても安心の生活ができると思っています。
それこそ想定外とも言え、いつまでもお山の大将の考え方では、日本社会だけでなく、自分達の
砂上の楼閣も崩れ去ってしまう事を知っていなければ成りません。
目に見える豊かさに溺れて、人間にとって一番大切な物を見失ってしまうと、まるで恐竜の様に
遠い過去の生き物と成ってしまいます。

 


生物大絶滅の日を早める人類の生活

2018-09-06 08:51:26 | 環境問題

 


かつて、災害列島と言われる日本であっても、大災害と
言われる被害は、数十年に一度、数百年に一度と言った
長いスパンで発生していました。
しかし、天変地異とも思われるほどの異常気象や大地震が
次第に頻発するようになり、その規模が大きくなっているのが
非常に気になります。

初夏を迎えた頃、早々、大阪を大きな地震が襲いました。
驚く間もなく、梅雨を迎える頃、広島を中心とした記録的豪雨が
各地を襲いました。昨年、多くの被害を出した地域に、またもや
連日の豪雨が傷の癒えない被災地の人達を打ちのめします。

瀬戸内海に面した地域は、昨年に続き、更なる被害を被り
復興するまで更なる苦しみが続きます。
夏に向かって、日本中は、記録的猛暑が続き、日本人の多くが
暑さによる肉体的精神的ストレスに苦しみました。
更には、追い打ちをかけるかのように、大型台風が日本列島を
次々に襲い、各地に甚大なる被害を与えました。
そして、きょう未明、北海道で大きな地震が発生しました。

ここ数か月、日本列島は、自然の猛威によって振り回され
日本中どこにいても、われわれ日本人は、被災する可能性が
高まりました。
天災は忘れたころにやって来る、と言われたものですが、
近年、その頻度は次第に高まり、今や、忘れる間もなく
次の災害が襲ってくるようになりました。

地球温暖化による異常気象だけでなく、東日本大震災以来
日本の地殻は、活発に動き始めました。
この事は、日本だけでなく、地球規模の地殻変動の活発化が
報告されていて、世界中で火山の噴火や地震が頻発しています。

今年を振り返ってみると、毎回ニュースに驚かされるものの
この手の大災害は、一過性の物であり、しばらくすれば収まる
と言うのが我々日本人の感覚でしたが、次々に新たなる災害が
起こってくると、いったいこんな異常な日々がいつまで
続くのかと、猛暑の日々と共に不安になってしまいます。

しかし、過去百年の地球の気温の上昇は、これまでの地球の
歴史と比べても、余りにも異常であり、気温上昇のスピードは
数万年数十万年の時を有して変動していた上昇率を上回り
如何に地球温暖化が異常なスピードで有り、人類の生活だけ
で無く、地球上のあらゆる生き物たちに対しても大きな影響を
与え続け、今では、日々絶滅種が増えています。

今や、私達人類は、毎日天災に見舞われる可能性のある時代に
生きていると言えるのです。
将来的に穏やかな日々を期待できない、まるでサバイバルを
行っているような気持ちで生活していく必要が有るのです。
災害に備えて、数日分の水や食料を準備しておくと言うのは
数日すれば、元の生活に戻れると言う、これまでの想定ですが
これほど災害が頻発すると、まるで広域災害に遭っている様に
救助を期待できなくなる可能性があるのです。

特に、プレート型地震が起これば、日本の多くの地域が同時に
大きな被害を受ける事になります。
しかし、この時、多くの人は、しばらくは、災害が起こらないと
思ってしまうのですが、これからは、地震の被害を受けている時
様々な気象被害を受ける事に成ったり、更には、復旧の最中に
更なる地震に見舞われる可能性もあるのです。

つまり、複合災害と言うより、地震の様な広域災害が、同じ地域や
他の地域に幾度も繰り返される事も考えられるのです。
様々な災害が次々に引き起こされるのが、地球規模で起こる
生物大絶滅の実態でもあるのです。

世界的な消費経済社会となって、大量の化石燃料が使われる事で
地球上の生き物が大量に急速に絶滅するようになったのです。
このスピードは、これまで、地球の歴史の中で知られている
五度の生物大絶滅のスピードをはるかに超えているのです。
つまり、私達人類は、まさに、地球上の生きもたちと共に
第六の大絶滅の真っただ中にいると言えるのです。
しかも、このスピードを益々速めているのが人類なのです。

地球規模で頻発する大災害は、世界中どこの国にとっても
既に対岸の火事ではなく、私達人類は、地球大変動の真っただ中に
生きていると言っても過言では有りません

毎年の様に驚くべき自然の脅威が世界中から伝えられて来ますが、
余りにも頻繁に発生する事から、今では、当たり前のように
感じてしまう程です。

日本のリーダー達は、経済的にも国民を救えないだけでなく
毎年頻度をます異常気象による災害に、ただ、後手後手の対策を
講じるだけで精一杯で、今や、国民は、一人一人が、自分の命と
財産を守る時代と成っているのです。
国に守られない国民は、やはり、不幸と言わざるを得ません。

見てくれの華やかな社会に惑わされ、働けど働けど楽に成らず、
国民の努力の行く末は、自分達の幸せを叶える為と言うよりも、
日本経済社会を作っている方々の為に奉仕しているだけに
過ぎないのです。
未来を保証されない国民は、ただ、自らと家族を守る為に
必至で働かざるを得ないのです

しかし、一番守られなければならない健康や最低限の生活が
国家に保障されない日本社会は、いつも不安と不信にさいなまれた
夢を持てない日本人を育てるしか有りません

人が羨むほどの生活を望まなくとも、日本国民として、生まれて
死ぬまで、この国に生まれてきてよかったと
思わせるのが
リーダー達の義務であり責任でも有るのです


世界には、日本とは、経済的に比べられない程の貧しい国で在りながら
国民に笑顔が絶えない国も多くあります。
心からリーダーを信頼し、国民が、まるで家族の様にお互いに助け合い
慈しみ合って生きている国も有ります。
いつも他人の事が気になり、少しでも豊かな生活ができる事が幸せと思い
外見的な幸せを求めなければならない日本人は、外見的には豊かに見えて
益々、心が癒されない民族となっているのです。

今や、日本の大自然と同じく、日本人の心は、経済成長と言う名の元に
ボロボロに傷ついているのです。
日本経済は生活を豊かにしても心を豊かにするどころか
、まるで、真綿で
首を絞める様に日本人を不幸にしているのです。

世界的に優れた教育を受け、多くの知識を身に付け、最高学府を出た
多くの日本人が、勉強の成果を出すまでもなく、働く場が得られません。
若い労働力は、賃金を低くできる
発展途上国の働き手に取って代わられ
日本の若者達が働ける場が少なくなっています。

大手企業にしてみれば、日本人であろうが外国人で有ろうが、より安く
雇う事が出来るに越したことはなく、優秀な日本人の働き手が
大学を卒業しても仕事に就けない事が多くなっています

ただでさえ、若者が少なくなって、日本の未来に暗雲が掛かっているのに
高齢者は増える一方、働ける若者は減り続けていては、日本経済は
今以上に深刻な事態と成ってしまいます。

この難局を力を持った企業は乗り越えられるものの、中小の企業や
一般の店舗は、死活問題となっています。
日本人の働き手の高齢化も有り、
日本産業自体が、日本人では成り立たず
いまや、全ての産業に、海外からの労働者が目立ちます。
既に、日本の産業は、日本人だけでは成り立たない状態と成っているのです。

低賃金労働者のみならず、高額所得者から、日本を担う企業のトップに至るまで
海外からの進出が目立って来ているのです。
本来ならば、日本の若者の生み出す利益が、日本全体を潤し、引いては、
高齢者社会を担っていかなければならないのですが、思いとは裏腹に、
日本の将来は、高齢者の増加だけでなく、支えるべき日本産業の力が
激減する可能性も出て来たのです

多くの子供を生んで若者を増やそうも、既に、若者が働く場が失われている
日本人で有りながら、日本で孤立してしまう事態が来るかも知れません。
安く雇えて
便利な海外からの労働者が、日本人の労働者にとって代わる時が
やって来るかも知れないのです。

毎年頻発する天変地異によって、日本中が混乱して行く一方、諸外国からの
多くの
労働者が日本に流入してくることで、日本社会は、これまでの伝統も
社会形態も維持できず、全く違った国へと変わってしまうかも知れません。
日本がこれから生き残って行くとしたら、日本人と言った単一民族から
アメリカの様に、様々な国の人が集まった
、多国籍民族の国に成ってしまう
のかもしれません。

 


環境を作る産業へ

2018-09-04 09:46:31 | 環境問題

今や、台風21号が、故郷を直撃しようとしています。
90を超える両親が、二人だけで生活しているだけでなく
転倒して怪我をした母が、ようやく退院したものの、
強く打撲した右手は、殆ど自由になりません。
今日は、ヘルパーさんが来る日なので、様子を伺いに
来てくれることから、少し安心なのですが、単独で
避難することはとても出来ず、雨風が強くなって
家屋が破壊されたり浸水したりしたら、運を天に任せる
しか有りません。

しかしながら、今年の夏は、猛暑と台風襲来、豪雨と
日本列島は、自然の猛威に振り回されています。
ここ数年、数年数十年ぶりと言われる気象現象が
毎年繰り返され、近頃は、月替わりで更新される事もあり
過去の気象を基準にすれば、異常と言えるのかも
知れませんが、これほど頻繁となると、穏やかな日々が
続くほうが珍しくなるのかも知れません。

太陽系の中で、地球は、本当に奇跡的な軌道を保つ事で
生物が発生したとされ、ほんの少しずれた金星や火星は
日々猛烈な熱風が吹き荒れたり、惑星全体が凍り付いたりと
とても生き物が存在できるとは思えない状態です。
奇跡の惑星とも言われる地球は、宇宙の中でも稀な存在で
私達人類が繁栄出来たのも、この神様が作ったとも思える
素晴らしい環境があったからです。

しかし、私達は、生き物たちにとって理想郷ともいえる
美しく豊かな地球を破壊し汚染し続けたのです。
近年の異常気象ともいえる天変地異は、明らかに、
人類が作り上げた悪行の結果であり、人類の進歩と言うより
地球環境の破壊の歴史と言えます。
まさに、今の世界的な異常気象による多くの被害は、
地球からの報復ともいえる程、ますます、人類の力では
止める事すら難しくなっているのです。

もはや、私達は、温暖な四季や穏やかな日々を期待しては
生きていけない時代に入っているのです。
かつての、地球資源や食料が好きなだけ手に入れられる時代は
過ぎ去ったと言えるのです。
嵐の中で、時たま訪れる穏やかな天気の日々に感謝すると言う
一年中異常気象と言える自然の猛威を感じながら生きる未来が
やってくる可能性が高くなっているのです。

私たちの生活は、穏やかで豊かな自然に包まれていると言う
過去の幻想を棄て、荒れる大自然の中で生きていくことを
前提とした新たなる生き方を考えていかなければなりません。
揺れるヨットに乗って太平洋を渡っているように、常に
大自然の猛威に晒されている事を前提にした生活です。

消費経済生活は、過去の豊かで穏やかな地球環境の時には
成り立ったとしても、今や、この生き方では、未来の地球を
生きていくことは出来ないのです。
そう、私達は、完全に、今の生活を変えてしまわなければ
次代を生き抜くことは出来ないのです。
すでに、地球は、過去の地球とは全く変わっているのです。
過去の生き方を貫けば、ますます苦しみが増すだけです。

まず、消費生活を根本的に改め、生きる為の基本的な事から
考え直すことが重要です。
今や、世界的に食糧不足となっています。多くの国や地域では
飢餓に苦しむ人がとても多く、この傾向は、一層激しさを増し
近い将来は、先進国に於いても食糧不足が考えられます。

人間が生きて行く為の、基本でもある食料を得る事を第一に
生活と社会を変えていくことが大切です。
消費することから、食を生み出すことに、社会全体のシステムを
変換していくことが大切であり、まずは、私たちの食を生み出す
海や川の環境を、生き物たちが繁殖成長できる環境を作る事です。
大自然が生み出した、人間が利用できる部分だけを乱獲する
これまでの方法を全面的に改め、地球全体を、食を生み出す環境に
作り変えていくことが重要です。

環境を悪化させる人間生活から排出されるすべての汚染物質を
完全に取り除き、自然の力で、食料を増産できる環境を作る
社会構造にすることが大切です。
人間が生きる事で、地球環境が破壊されてきたこれまでの生き方を
人間が生きる事で、地球環境が改善される様に変える事です。

全ての産業を、地球環境を改善するためのものに変えていく事が
少なからず、将来の地球をこれ以上悪化させない方法と言えます。
人間の行う社会活動は全て、何だかの形で地球の生き物達の
食物連鎖や繁殖過程に良い影響を与える様にする事です。
これまでの人類の生き方と全く反対の事を行って初めて、
私達が、地球の環境に貢献できる様に成るのです。

空気や水と言った、生き物達にとってなくてはならない物を生活や
産業に利用した後、環境中に戻す時は、取り込んだ時以上に
クリーンな状態にすることを条件とするのです。
現在の、汚染水を中途半端に綺麗にして、危険な物質や薬品が
溶け込んだまま環境に戻す事は、もっての外と言えるのです。

海や川、そして地上には、常に環境を良くする為の浄化施設を常設し
環境の悪化を注意し、生態系の変化を注意深く観察する事が重要です。
汚れた水や空気を取り込んで、安全で生態系に悪影響を与えない
元の綺麗な状態にして環境中に戻す事です。

これまでの環境対策は、あくまで人間の都合で作られたもので有り、
消費経済社会を維持する事を前提に作られた物でした。
その為、どんなに、新たなる環境基準を作っても、それは、人間が
納得するだけの見た目の数値で有って、環境が改善される事は無く
焼け石に水の状態でした。

100年かけて汚した地球環境は、新たなる人間の生き方によって
以前の環境に戻す事が、私達人類の義務であり、責務と言えるのです。
これから地球温暖化は、私達の想像を超えた破壊力を持って
人類の生活を脅かし続けると思われます。
地球の生き物達に大きな影響を与えるだけでなく、人類の
未来に暗雲を漂わせるのです。

しかしながら、この危機に、全く動じない人達が居る事が。大きな問題です。
多くの地球の人々が影響を受け、様々な動植物が絶滅して行く中で
この地球温暖化を作り上げた張本人たちは、安穏とした生活を送って
未来すら不安には思わないのです。
何故なら、世の中は、彼らの為に作られていて、全ての資源や食料は
彼らがコントロールしているからです。

今や、人類は、ほんの一部の人達の我儘で翻弄されていると言って良いのです。
人類のほんの数パーセントの人達が、自分達の欲望の為、戦争を起こし、
地球温暖化を引き起こしたのです。
これ程、地球環境が悪化しても、世界中から資源や食料が失われている
と言っても、彼らの生活は、必要以上に満たされ、今後もその生活を願って
世界経済を動かしているのです。

例え、人類の殆どが飢えで苦しむ事が有っても、彼らには、何の苦労も無いのです。
そう、地球温暖化も戦争も、食糧危機も、すべてこの一部の人達に依る
我儘な生き方から生まれたものだからなのです。
戦争で、多くの国民が生きるか死ぬかの思いをしている時も、戦争を引き起こし
多くの兵隊を戦地に駆り出した人達は、何不自由ない生活をしていたのです。

戦争は、最も多くの富を得る方法と言われますが、それは、多くの国民の
犠牲の上に成り立っているのです。
現代社会に於いて、私達の苦しい生活、地球温暖化に依る地球の生き物の絶滅
そして食糧危機は、いずれも、この世界を牛耳る人達の生活を豊かにした結果
齎された悪夢と言えるのです。

海や川の汚れが無くならないのも、山の森林の荒廃に依る豪雨災害の増加も
漁獲量の激減も、私達の生活を脅かす全ての苦しみを作り出した元凶は、
消費経済社会における暴利を目論んだ人達によって生まれた事なのです。
つまり、彼らが、自分達の犯した罪を改めない限り、環境は改善される事無く
私達庶民の生活は、一向に良くなることは無いのです。

しかし、そんなトップの方々を生み出したのは、この消費経済社会なのです。
人々や自然を無視した、経済生のみを求めた社会体制が、その様なリーダーを生み
地球環境を悪化させていったと言えるのです。
願わくは、子供の頃からの環境を、他人を自然を生かす教育が中心に成る事で
大人に成ってから、特に人々の上に立って活動する地位に就いたとき、人と
自然を考えられるリーダーが生れる事です。

周りの人を蹴落としても、環境を破壊しても、自分の欲望を叶える事を良しとする
消費経済社会が、私達の未来も、地球環境も破壊してしまったと言えます。
人類が発展できた根源は、人を見て自然を見て生きて来た事で、生き物達の
頂点として進化できたのです。

ある時から、自分の事しか考えなくなってしまった事から、地球の悲劇が生れたのです。
ほんの100年そこそこで、私達人類は、自分達を育ててくれた地球環境を破壊し
自らの未来も無くしてしまう運命と成ったのです。
しかし、いまだに、人類のリーダー達の多くは、この間違いに気が付かず、
多くの人々の思いと大自然の叫びを聞こうとしな事が最大の問題と言えるのです。

 

 

 

 


食料、資源を奪い合って憎しみの中で地獄に落ちたいのか!?

2018-08-24 18:27:11 | 環境問題

確実に私達は、生き物がいない世界に向かっているのが、毎年の生活からも
感じる様に成って来ました。
もちろん、害虫を駆除したり、清潔な日常生活を送る事に依って、危険な生き物を
排除したり、そんな生き物が繁殖できない環境を作ったりしているのですが、
身近な環境から、動植物が急激に減っているのを感じます。

人間が住み易い環境にすればするほど、地球上の生き物達は減って行くのです。
より便利で豊かな生活を送る事を目的とした私達の環境は、一見理想的とも
思えるのですが、都合の悪い生き物や役に立たないと思われる生き物を排除すると
私達の生活を支えている生き物達も減って行くのです。
この事は、私達人間を含め、地球上の生き物は、互いに命を分け合って生きている
つまり、食物連鎖の元で生活している為、何か一つの生き物が居なくなってしまうと
それに関連した多くの生き物の生活が失われて行くのです。

今や、地球上の生き物達が大量に絶滅する時代と成りました。
人類の犯した地球温暖化の影響は、地球環境を大幅に変化させ、異常気象によって
世界中の生き物達の生活を脅かすようになりました。
この事は、人間にとっても非常に住み辛い環境と成って、衣食住すべてに於いて
地球上のあらゆる人類に大きな影響を与え始めました。

食料とする農産物は、世界的な気象変化で、穀倉地帯に於いても砂漠化が進み、
近い将来、人間が必要とする穀物が世界中で不足する事が予想されています。
その結果、畜産業の影響は、世界中の食肉の高騰化が進み、多くの人達が
たんぱく質不足と成り、ますます、食糧危機が深刻さを増すと言われています。

海からの食料調達が非常に難しくなってきている事は、日本の水産業の衰退を見ても
明らかなのですが、今や、多くの国が、食料調達の場を海に求めている事からも
今後、更なる乱獲も予想され、海の生き物達の激減も心配されています。
生鮮食料品店で売られている魚介類の高騰化を見ても解るように、物価が上がっている
と言うよりも、魚介類が減って来ているのが実情なのです。

世界の人口の増加と共に、私達人類は、自分達の生活に必要な動植物を大量に消費し
また、利用価値のある動植物を大量に繁殖させてきました。
この、数少ない種類の生き物を大量消費、大量生産する事で、地球全体における
バランスの取れた食物連鎖が失われ、多くの種が絶滅をしてしまいました。

毎年、多くの絶滅種絶滅危惧種が発表されていますが、現実にはそれ以上の生き物が
絶滅しています。
かつて、6500万年前の白亜紀末期に、メキシコのユカタン半島に隕石が落下して
地球全体を大津波が襲い、隕石に依る塵が世界中を覆った事に依り地球寒冷化が起こりました。
太陽の光が届かない状態で、殆どの植物が育たなくなり、それに伴い地球上の殆どの動物が
絶滅して行きました。
第五の絶滅と言われ、地球誕生以来幾度となく生き物が絶滅した時期なのですが、この時、
隕石が落下して、一気に地球全体の生き物が死に絶えたのではなく、恐竜が全て死ぬまで、
実に60万年かかったと言われています。

所が、今現在、世界中の生物学者たちが懸念している第六の絶滅は、もうすでに始まっていて
絶滅スピードは、恐竜が絶滅した時より遥かに早いのです。
第五の絶滅の時は、一年間で10種から100種の生き物が絶滅して行ったと言われていますが、
現在は、一年間で、40000種が絶滅しているのです。
この驚異的なスピードは何を意味しているか、多くの学者が予想を立てているのですが、
その共通の考えは、地球上の生き物が死に絶えるまでに、恐竜のときの60万年の長い年月ではなく
せいぜい50年から100年、今の地球温暖化が更に深刻化すれば、20年から30年以内にも
その時が訪れるのでは懸念しています。

ほんの5年ほど前に、将来地球温暖化が進めば、日本を襲う台風が月に何度も、連続して上陸し
日本中が異常気象の被害を受ける様に成ると言った気象学者は、その時期を20年程先と
予想していましたが、今年の夏を振り返れば、その予想が急激に早まっているのが解ります。
今や、世界の気象学者は、将来の地球の気象は、今以上に高温化と低温化を繰り返し、
世界中の穀物が採れなくなり、動植物の多くが激減したり絶滅するとしています。
しかし、この予想は、決して遠いものではなく、近年の状況を見れば、近い将来に、私達の
想像をはるかに超えた災害が襲ってくるかもしれません。

しかしながら、多くの世界をリードする人達は、自分達の満たされた環境から、今後も、これまでと
同じ生活を繰り返す事が可能と考えて居ます。
何故なら、もし不足と成れば、自分達の地位や権力を利用して、多くの人々から足りない分を
搾取すれば良いとしているからです。
消費経済社会を担ってきた人達は、自分達の生活を豊かにする方法は、更なる消費経済社会を
発展させる事と考えるからです。
資源や食料の大量消費は経済を発展させ、より豊かな生活を生み出すと考えて居るのです。

世界のリーダー達がそう考える限り、今の地球温暖化は止まる事無く、異常気象は、ますます
多くの人達を苦しめる事と成るのです。
どんなにあがいたとて、地球温暖化は止まらず、学者たちが言う様に、近い将来大絶滅は免れない
とするなら、少しでも贅沢な暮らしを送りたいとするのが、世界の富裕層の考えと言えます。
大国アメリカが、地球温暖化問題に背を向け、更なる経済発展を図ったのも、アメリカファーストと
叫んだのも、商人として利益にならないと考え温暖化対策を見切ったと言えるのです。

しかしながら、残り少ない人生のトランプは、自分の余生を豊かに暮らしたいかと思うかも知れませんが、
残された人々やまだ若い子供達の未来はどうでしょう。自分達の子供達に、自分達の生み出した悪行の
尻拭いをさせたいのでしょうか。
例え、学者が言う様に、近い将来地球の生き物がほとんど失われるような事態になるかもしれませんが、
それは、あくまで想像で有り、事実であっても、数年先数十年先の事ではなく、数百年先かもしれません。
爺トランプが死んでも、多くの人類は生きて行かなければならないのです。
世界中の国の子供達が、その未来に生きて行かなければならないのです。もちろん、日本人の子供も
例外で有る訳は無く、今の私達が出来る事は、彼らに、如何に、良い環境を残して行けるかと言う事です。

今の私達がこの世にいられるのも、過去の祖先たちのお陰で有り、地球環境のお陰でも有るのです。
しかしながら、私達の環境は、余りにも未来を考えない、自分達の目先の豊かさを求めた世界です。
外見的には豊かに見えても、世界中の資源を集めて作り上げた巨大都市に、人間に都合の良いだけの
生き物達が生きにくい緑地帯、外見的に透明度がある生き物達にとっては非常に生活繁殖がしにくい
海や川、緑の山は、海に栄養を流さない針葉樹林ばかり、見渡しただけで、殆どが人工的に作られた
見てくれの美しい環境なのです。
当然、こんな、フェイクの自然の中に生き物は生活出来ません。

日本中の沿岸の海の生き物は、過去100年の間に驚くべき数の海洋生物が絶滅しています。
多くの生き物達の食物連鎖で豊かな海を作り上げていたのに、人間の都合の良い様に作り変え
乱獲を繰り返した事に依り、今や、日本の海は、ただ見た目美しいだけで、生き物達の乏しい
砂漠の様な海になっているのが現状です。

今や、日本人だけでなく、世界中の多くの人々は、一体どこに向かって進んでいるのでしょう。
様々な形で、地球の叫び声が聞こえているのに、何処まで、その苦しみの声を無視して
突き進んでいくのでしょう。
もう、人間だけ良い様な世界ではないのです。
私達の生活は、確実に地球の生き物全てを絶滅に向かわせているのです。
近代的な人類の生活は、何処を見渡しても、殆どが人工的に作られた物ばかりで、
それらは、廃棄される事は有っても、全てと言って良い程、元の環境に戻す事は出来ません。
私達の生活は、消費廃棄と言う、地球の資源と食料を生き物達にとって役に立たない物に
変え続けているのです。リサイクルと言っても、それは、人間に便利なものに変えるだけなのです。

いつ、この人間の都合だけの生活を生き物達と同じサイクルに戻す時が来るのでしょう。
人類の進歩と言うのは、生き物達にとっては、生き物達の終着点と成って、ただ利用されるだけで
食物連鎖の頂点で、人類だけが命の糧を奪い取っているのが事実なのです。
人類が生き物達の頂点の生活を行っていたとしても、その生活は、他の生き物を生かすもので
無ければ、いずれ、人類も含めて絶滅と言う最終章を迎えなければならないのです。
例え、数年先数十年先に運命が待ち構えて居ようとも、人類の英知の証として、輝ける未来の夢を
抱き続けて生きたいものです。
お互いの食料や資源を奪い合い、地獄の餓鬼たちの様に自分だけが生き残ろうとする考え方は
既に人間としての価値は無く、いずれ切れた蜘蛛の糸と共に、奈落の底に落ちる運命にあるのです。