めぐろのめばる

目黒川近辺で日本の四季を楽しみ、未来の日本を憂う。
かつての美しい日本と日本人がいかに素晴らしかったかを思う。

心の渇きが人々を苦しめる

2016-07-07 15:28:38 | 異常気象

今日は七夕、各地で七夕祭りが催され、美しく飾られた
笹の枝が風に揺れています。
それにしても今日は暑さが応えます。
東京は早朝からぐんぐん気温が上がり、窓を開けても
道路からの熱風しか入ってきません。

7月ともなれば暑くなるのは当たり前なのですが、

今年は雨が降らないのが困ったものです。
本来ならば、今の時期、梅雨の真っただ中で、降り続く
外を眺めて早く青空がのぞくことを期待するのですが、
今日の天気はもはや梅雨開けと言ってもいい状態です。

今年は台風もいまだ日本に近づかず、ようやく1号が

南の海上から日本列島をうかがっている状態です。
当然、今年の夏は水不足が心配され、さらには、水を必要とする
多くの農作物の成長が心配です。

日本は、四季があり、年間降水量も多い国なのですが、ここ数十年

毎年の様に異常気象が訪れ、頻繁に起こる大災害とともに、もはや
本来の日本の四季はなくなってしまったのではと思えてしまいます。

旬を食べ物で感じることなく、私たち日本人の感覚も、繊細で穏やか

思いやりのある生活が消えて、次第にぎすぎすとしたいらだちを
感じる事が多くなっています。

私たちは、世界の国々に比べて、生活の全てにおいて便利な品々に

囲まれて生きています。
ごく一般的な家庭を覗いても、様々な電化製品があふれていて、
世界のどの国に比べても便利な生活をしている様に思えます。

しかし、この生活を、戦後何もない時代から夢見ていたのでしょうか。

つまり、この生活が私たちが求めてきた幸せな生活なのでしょうか。
今の日本人が、世界で一番幸せと思える人が果たしてどれだけいるでしょう。

人に頼らなくても、一人で何でもでき、あらゆる情報が手に入り、

何でも手に入る生活が私たちの目的だったのでしょうか。
何故、日本人からこれほどにも笑顔が消えてしまったのでしょう。

テレビ番組を見ても、笑いを誘うバラエティであふれています。

何も考えず、ただ大口を開けて笑える番組が視聴率を上げるばかりです。
水が大地を潤し、作物を作り、動物を育て、地球の環境を保つように、
私たちの豊かな心が私たちの生活を支え人生を豊かにしてきたはずです。
今や、日本人の多くの心が乾ききって、疲れ果てています。

ただ電気が流れれば役目を果たす多くの機械が家中にあふれ、私たちの心は

暗く乾き続けています。
たくさんの便利な品物を手に入れ、世界中から食料を集めても、私たちの
言いようのない心の渇きは癒されません。

今年の夏は間違いなく大干ばつに見舞われそうです。

雨さえ降ればどうにかなるのですが、私たちの心は、いつまで乾ききって
潤いを得られないのでしょう。


日本人の食料確保

2016-05-04 19:49:25 | 異常気象

このところ、急に気温が上がり始め、初夏と言うより、夏日が各地で
記録されています。
最近は、異常に暑い夏が続いていますが、この暑さが例年の事に
成りつつあるのが気になります。

地球温暖化による異常気象と言えるのでしょうが、この異常な暑さに

私達人間は、そんなに簡単に順応できるものでは有りません。
赤道直下に住んでいるような人々ならまだしも、夏は暑いとはいえ
春夏秋冬に身体が慣れている私達日本人にとって、季節離れした気温は、
肉体的と言うだけでなく精神的に大きな負担と成っています。

確かに、クーラーを使い、涼しい部屋にいればいいと言うかも知れませんが、

どんなに過ごしやすくしようと、私達の身体は、数千年に渡って、この日本の
穏やかな気候によって育てられて来たのであり、夏の暑さも、私達の身体に
季節の移り変わりを感じさせるものであって、日々、暑さを逃れなければ
生きていけない程のものではないのです。

私達人間はともかく、自然界の動植物にとって、この異常気象は命に係わり

これまで四季に応じて生まれ育っていた様々な動物たちに異変が起こっています。
東京の於いても、それまで、見た事の無い南方の植物や動物が見られる様になり
従来生活していた動植物が消えてしまった所も多いと言われます。

多摩川に、アマゾンにしか生息しない魚がいたり、冬ではとても生きてはいけない

南方系の植物が都内に繁茂していたりと、それまでの日本では考えられない
異常な現象が至る所で見られます。
都会に住む私達は、年間気温の平均が1~2度上がったとて、差ほど影響は
無い様に思えますが、問題は、その小さな上昇で、多くの動植物が生きられなくなり
子孫を繋ぐ事が出来なくなるのです。

私達は、地球上に君臨して大きな顔をしていても、しょせん動物の一つであり、

他の生き物の命を頂かなければ、一日たりとも生活が出来て行かないのです。
特に、第一次産業で得られる動植物は、私達の命を繋ぎ、未来への子孫を育てる
大切な食料です。
この私達の生活の基礎と成る食料が、このわずかな気温の上昇で無くなる可能性が
大きいのです。

すでに、世界中で大干ばつが起こり、凶作に苦しむ国や地域が増えて来ました。

日本とて他人事ではありません。何故なら、私達は、昔から、食料自給率が
非常に低いからです。他国からの食料輸入が有って、日本国民は生きながらえている
と言う事実に普段から向き合っていないのです。

何故なら、街を歩けば、至る所で食料が売られ、飽食日本と言われる程食べ物が

巷に溢れている様に思えます。
しかしながら、この食物の多くが、海外からの輸入物であることに気が付かないのです。
更には、この豊富な食料が、消えてしまう可能性があることも解っていないのです。
毎年気温が上がり続ければ、近い将来、地球上から食料が消えて行く時が来るかも
知れないのです。

そんなとき、先ず、多くの国は、自国の食料を他国に売ることを止めます。

つまり、日本には食料が入って来なくなるのです。
その時、今の様に安穏とした生活が出来るとは思えないのです。
地球温暖化に向けて、私達日本人が早急に取り組まなければならない事は、
食料自給率を上げる事に他なりません。

この狭い国土から収穫できる農産物は限られています。

私達の食料確保に一番有効な場所は、海と成るのは明らかです。
排他的漁業区域は、我が国の面積を遥かに凌ぐ広さであり、そこから得られる水産物は
私達日本人のタンパク質補給を満たすのに十分な可能性が有るのです。

しかしながら、今や、日本の海は、乱獲と汚染で、食料増産には期待できない状態です。

かつて、日本近海は、世界的な漁場が広がり、沿岸漁業も盛んに行われていました。
ところが、近代化に伴う海洋汚染、更には、食の西洋化による魚離れ、乱獲による
漁獲量減少と言った悪循環で、海の環境はとても私達日本人の要求に応えるには
難しくなっているのです。

とは言うものの、食料危機は確実にやって来ます。

私達には、広大な海が有るのです。もう一度、大自然を復活させ、豊かな海を
取り戻す事が大切です。
海は、豊かな大地が有って成り立ちます。
日本国土から流れ出る栄養をしっかりと海に届けるシステムが必要です。
護岸で固められた海や川を元の姿に戻し、更には、杉などの針葉樹林で固められた山を
川や海の栄養と成る昔ながらの広葉樹林に戻すなど、自然復活の活動をする事に因り
海の生き物が豊かになって行くのです。
私達日本人が、未来永劫生きながらえる為には、昔ながらの豊かな自然を取り戻すことが
必要であると、国民全体が考える時期に成っていると思われます。


恐ろしい未来に対処する為には

2015-12-18 16:43:04 | 異常気象

抜ける様な青い空に、鮮やかに黄色く色付いた銀杏の葉が
暖かい風に揺れています。
バスを降りると、余りの美しさに、思わず見とれて、シャッターを押しました。
とは言え、来週はクリスマス、この暖かさは、一体何なんでしょう。

世界的な温暖化が問題となっていますが、都内の公園や幹線道路の街路樹は
いまだに美しい色で、秋の紅葉真っただ中と言った状態です。
ここ百年の世界の気温の上昇は、ほんの数度とは言え、地球の歴史からすると
余りにも急激で、この変化に多くの生き物が付いて行けず、その影響は
確実に私達の日常に様々な問題を生んでいます。
これからの世界は、確実に農畜産物や漁業資源に深刻なダメージが現れ
更に、多くの国々の人々が飢餓に苦しむ時代がやって来ると言われています。

街を歩けば、至る所に美味しそうな食品を売る店が並び、都会に集まる食品は
飽食日本を象徴する程溢れています。
しかし、この姿は、正に、ロウソクの火が消える最後の場面の様で、こんな光景が
遠い昔の夢物語と成りかねない状態なのです。

日本がいかに豊かな国であるかは、何百年も変わらず続いてきた四季の存在で
知ることが出来ます。
一年を通じて、様々な食品に恵まれ、世界的に見ても、これ程にもバラエティに富んだ
食べ物が豊かな国は珍しいのです。
更には、世界中から、珍しい食品が輸入され、日本にいれば、居ながらにして、
世界中の食べ物を味わう事が出来るのです。

ところが、この私達の食生活が、近い将来、脅かされる可能性が出てきているのです。
元々、山岳地帯が多く、農作物に恵まれない日本は、多くの国から足りない食量を
輸入で賄って来ましたが、今や、世界的な食料危機が心配され、各国の食料自給率も
次第に下がり、私達が、望むだけ食料を輸入出来ない状態が予想されるのです。

日本近海に於いても、近隣の国々から大型漁業船団が押し寄せ、我が国の漁師が
漁獲する前に、根こそぎ捕りさってしまう問題が起っています。
更には、異常気象による干ばつは、大量の穀物供給をしていた大国に大きなダメージを
与え、我が国が必要とする輸入量の制限を余儀なくしています。

私達人類は、生き物である限り、どんなに文明が進歩しても、食料を欠かすわけには
いきません。人口が増えただけ、食物増産をしなければ、人々は飢えてしまいます。
その為、人類の歴史は、食物増産の歴史でもあるのです。
自国の生産量を上げるだけでなく、他国に攻め入って耕作地を増やし、人口増加に
対処してきたのが今までの辿って来た道でもあったのです。

ところが、近年の地球温暖化は、その全てを否定する程に、人類にとっては
深刻な問題でもあるのです。
近頃、世界の首脳が集まり、二酸化炭素の排出量を抑える会議を開きましたが、
大量排出国が提案する排出削減量を実行できたとしても、実際は、焼け石に水と
落胆の顔を隠せない学者も少なくありません。

私達人類の寿命はせいぜい80年前後、その間に、大幅に地球が変わることは
無かったのですが、これから30年程の間には、人類が体験した数千年の変化より
激しい気象変化が予想され、更には、今世紀末には、生物が生息できる限界の
気温まで上がると予想する学者も出てきました。

今や、地球は、活発に活動を始め、様々な気象条件の変化だけでなく、地震、火山と
地殻の変動すら急激にその存在を主張して来ています。
私達の住む日本は、近年、巨大地震が予想され、実際には、ここ20年に於いても
日本中のどこかで大きな被害を出す地震が起こっています。
今や、日本に住む人は、一生の間に一度は大地震を体験すると言われています。
数年来数十年来に首都圏や日本の主要都市を直撃する大地震が来ると言う
予想を否定する学者は、最早いません。

私達日本人にとって、大地震も、大恐慌も、食料危機も、逃れる事が出来ない程
ひっ迫していると言っても過言ではないのです。
これ程にも、未来を期待できない時代は今までに有りませんでした。
おりからの不況もあって、今や、若者たちが将来に大きな夢を抱く事が
少なくなったと言われます。

余りにも悲観的なこれからの地球に生きるには、言ったどうしたら良いのでしょう。
神仏に頼って、運命から逃れる事を考えたらいいのか、その時まで出来るだけ
楽しい事をして過ごしたらいいのか、はたまた、より一層厳しい条件を強いて
その事態を耐えられる自分を作り上げるのか、人々の気持ちの多くは、戸惑い
悩み、苦しむと思われます。

しかしながら、確実にその日が何時か、何処が被災するのかが解からない今、
何を考えても、それこそ運命を予想するだけで、はっきり言って無駄とも言えます。
天変地異ではなくとも、何度も大戦争を乗り越えてきた私達日本人がする事、
それは、様々な事に冷静に対処できる、正しい知識と心構えを持つ事です。
闇雲に情報を恐れる必要も無く、神経質にその日を待つ必要もないのです。

私達は、今、この瞬間を生きています。でも、その先はいつも未知の世界です。
ひょっとしたら10分後に大地震で死んでしまうかもしれません。
しかし、何とも無く、その後、長寿を全うして、安らかにこの世を去るかもしれません。

全ての情報は、予想であって、その通り成るとは限らず、どの程度被害を被るかは
それこそ時の運なのです。
大切な事は、起こるその日よりも、何もないその日までの方が、絶対に長いのです。
情報に踊らされたり惑わされたりしないで、一日一日、自分がこの世に生かされている
喜びや幸せを感じる方が余程大切です。

何もしなくても、騒ぎ立てても、時は確実に過ぎて行きます。
もし、天変地異が起こっても、その後、時は確実に過ぎて行きます。
私達が備える事、それは、何が有っても、どこに居ても、その状況をむやみに
騒ぎ立てたり悔やんだりしないで、確実に次のステップを踏める自分を作って
新たなる幸せを目指す努力をする事なのです。

東京はまだ秋?


異常気象と私達

2015-12-01 19:21:59 | 異常気象

今年は、千年に一度の異常気象と言われています。
日本のみならず、世界中の様々な場所で、従来では考えられない
異常な現象が起こっています。
記録的な大雨、大干ばつ、巨大台風、大寒波、大気汚染と
私達人類が生きて行く事を拒むかのように、世界中の自然が
思いもよらない想定を超えた気象で立ち向かって来ています。

20世紀の頃は、多少なりとも予想はしていても、実際に
これ程までの異変が起こるとは、誰もが想像していませんでした。
地球は新たなる活動期に入り、世界の火山が頻繁に噴火し、
毎年どこかで巨大地震が発生しています。
日本に於いても、東日本大震災の後、日本を支えるプレートが
科学者の予想を超えて動きを見せ、これから増々日本の火山が
活発に活動するとみられています。

大自然の地球規模の変化は、私達人類が及ぶものでは有りませんが、
とは言っても、私達が成しうる可能性のあることは、私達の存続を掛けて
対峙していく事が大切であることは言うまでも有りません。
様々な異常気象に伴う大災害が、本当に自然が原因である事なのか
私達人類が原因であることかをしっかりと見極めなければ成りません。

しかしながら、異常気象と言っても、私達人類が生きて行くうえでの
大切な自然を変えてしまったのは、他ならぬ私達なのです。
大気汚染から水質汚染まで、もし、人類が存在していなかったら
けっして起こらなかった悪行であり、ことの発端は、私達人類の
他の生物や自然界を無視したエゴなのです。

限りない欲望が今の地球をこれ程にも傷つけ、更には、私達の
生活すらも苦しめる様になったのです。
一番の問題は、地球の生き物は、人間とその他の生物と言う、
身勝手なおごりです。
地球に存在する資源、生物は、全て人間の為に有る様に考え
全てのものを取りつくすほどに振る舞ってきた事です。

その為、沢山の資源が失われ、膨大な数の動植物が絶滅しました。
人類が地球上に現れてから、私達の生活の基盤は、地球の産物であり
資源でありました。
まだ、差ほど私達の祖先が大きな力を持たない頃は良かったのですが、
近年、世界の産業革命と共に、急激に地球の資源が消費されると共に
増々そのテリトリーと人口を増した人類は、多くの生物の絶滅と
資源の枯渇を生じさせたのです。

今や、異常気象のみならず、食料不足も深刻さを増しています。
発展途上国は慢性の食料不足であり、先進国とて、最近では
自国の食料調達に頭を悩ますようになっています。
資源も食料も減る一方なのに、世界の人口は相変わらず増え続け
近い将来100億人規模の世界人口が予想されています。
すでに、食料が尽きている地域も多く、このまま人口が増えて行けば
例え先進国であっても、食料確保には苦慮する事が考えられます。

では、これ程にも地球規模の大きな事に、私達はどうやって関わって
生きて行けばいいのでしょう。
一人1人が資源を大切にして、無駄をなくし、自然との関わり合いを
しっかりと勉強して、地球上の一生物として、他の生き物たちと
共存して行く事が大切、と言うのが、従来の一般的な自然への
私達の対応の仕方でした。
しかし、この方法でどれだけ今の事態が好転するでしょうか。
大気は元の様になり、多くの異常な自然現象が収まるのでしょうか。
いえ、その程度で、決して収まるとは言えないのが、科学的見解です。

ならば、何をしても無駄なのでは、と思ってしまいます。
しかし、私達は、将来の地球を作って行く為に生きて行くだけでは
有りません。
今の、私たちの生活を、より豊かに快適にして行かなければ
ならないのです。
豊かにするには、自分一人では出来までせん。
多くの人々の力を借りて、自分を生かして行かなければならないのです。
つまり、自分が生きて行く為に、周囲の人々と協力して、家族を守り
育てて行かなければならないのです。

この事は、一人一人にいえる事であり、各人が、自分を育ててくれる
多くの人々の事を考えなければならないのです。
私達人類は、幸せに生きるには、一人では生きてはいけないのです。
生まれた時から、多くの人々によって育てられ、一生を終えるのです。

この事が、実は、地球に対する自然に対する事と同じなのです。
私達が地球の自然を壊していった事と同じく、私達人類は、
御互いに傷つけあう事で、苦しみを生んできたのです。
今や、世界中で争いが起こり、多くの人々が苦しんでいます。
様々な理由でお互いにいがみ合い、自分たちだけのエゴを貫こうとして
人々を苦しめているのです。
その結果、更に憎しみが憎しみを呼び、人類の生活は凄惨なものへと
向かっているのが現状なのです。

まさに、大自然に対する私達のエゴも、人間同士のエゴも同じなのです。
相手の事自然の事を、自分と対等に考えず、自らの欲望を遂げる事で
異常気象や争いが起こっているのです。

規模こそ違え、私達の生活の中での人との関わり合いも同じです。
自分の尺度でしか考えられなければ、多くのトラブルを呼び、
自分も傷つく事となるのです。

地球規模のトラブルも、人と人のトラブルも、根っこは同じ人の心に有ります。
外見的な事をいくら治そうとしても、人々の心が変わらなければ、
異常気象も無くならず、これから一層、世界は苦しみを増していく事でしょう。
先ずは、自分の周囲の関わり合いから改めて行く事が
大きな意味で、世界の未来をどの様に考えたらいいか解るのです。