今や、二頭のオオカミが吠え合っています。
どちらも、相手が少しでも気に入らない行動を取れば、食い殺すと意気込みます。
一発触発ともいえる状態で、周りの森の動物たちは、彼らの動向に固唾を飲んでいます。
お互いに牙を磨き、自分に逆らうものは、一瞬にしてかみ殺すと吠え立てています。
彼らの最大の問題点は、自分達の背後には、自分を支持する多くの人達がその行為を
称え支持してくれていると思っている事です。
沢山の同胞や支持者の思いを、自分が彼らの思いを口にしているかのような錯覚を
している事です。
しかしながら、実際は恐怖政治におののき、心にとは裏腹の行動言動を行っていたり、
戦争による巨大な利益を目論んでいる人々に利用されている事も有るのです。
しかし、問題は、この威嚇の行動が、さらに一歩進んで、戦争の火蓋が切られた時です。
戦争が現実のものとなった時、自分達が想像する遥かに悲惨な結果が待っているのです。
どちらも、核戦争の被害を受けた事は在りません。
その惨状は、我が国の広島長崎の惨状を見れば解る様に、半世紀以上もたって、いまだ
悲しみや苦しみ怒りは消えていないのです。
お互いの国の同胞が、同じ惨禍を受けた時、国民は、どれ程苦しい思いを背負い、
長きに渡って、苦しみ続けるかが解っていません。
福島第一原発の事故で、放射能がばらまかれただけで、世界的な脅威となり、日本はこれからも
その重荷を背負い続けなければならないのです。
もし、核爆弾として都市部にさく裂した時、その惨状は、筆舌に尽くし難い人類全体の
重い苦しみの過去と成って消える事は無いのです。
その悲しみと怒りは、更なる憎しみと成って、残された人々の復讐の炎を大きくするかもしれません。
いつまでも絶える事のない殺りくが世界中に広がって行く可能性もあるのです。
たった一人の過ちが、世界中の人々を不幸にして行く可能性が有るのです。
戦う事で新たなる素晴らしい未来が有るのならまだしも、確実に、地球全体が人類絶滅の道を
辿るかもしれないのです。
ただでさえ、ここ数百年での、生き物達の絶滅スピードは驚異的です。
このままでは、地球の歴史で何度もあった、生物大絶滅の日が、急速に近づくかもしれないのです。
当然、これは、人類の地球環境を破壊した結果なのですが、更なる追い打ちをかける事に
なるかもしれないのが、この2頭のオオカミの威嚇行動です。
これまでも、様々な独裁者に依る虐殺行為や戦争行為が知られていますが、そのどれもが
終わってみれば、人類の生活を根本から変える物ではありませんでした。
過去の歴史として、人々の記憶に残る事が有っても、その事が未来まで影響するものでなく、
時代と共に新たなる社会が築かれて来たのです。
しかし、今回の危機は、未来の人達や地球環境にとって、最悪の影響を与えかねないのです。
残された人達も、多くが原爆症で苦しみ、私達が生きるために利用する動植物に対しても
どれ程想像できない程の問題を生むかも知れないのです。
例え彼らが戦争で生き残ったとしても、彼らの行動は、勝っても負けても、生き残った人々や
未来の人々には称賛されず、人類の恥部として、醜い歴史の1つとして記憶されるのです。
つまり、どんなに強力な兵器を使って相手の叩きのめしたとしても、その結果は、世界にとって
最悪のストーリーを生むのです。
これまで人類が経験した事のない苦しみを担う事になるかも知れないのです。
核兵器を使って相手を打ちのめしても、その後の世界は、人類が最も恐れる死の世界なのです。
そんな悍ましい世界を作った人間を、誰が認めるでしょう。
自分達の行為も、自分達も、人類全体から否定されると言う事実を背負う事になるのです。
もし、戦争が起こったら、この戦いは、間違いなく、全ての人々を不幸のどん底に陥れるのです。
一時の感情で振り下ろした斧が、自分の愛する人々の上にも惨禍をもたらすのです。
戦争は、その事で利益を目論む人達以外には、勝っても負けても不幸を呼ぶものなのです。
核戦争は、人類滅亡へのプロローグと成る可能性が高いのです。
どんなに考え方が違っていても、相手に対する怒りが有ったとしても、核戦争だけは
決して行ってはならないのです。
核戦争に勝者は無く、人類の未来を危うくするだけなのです。
しかしながら、両者の国民は、核の恐ろしさを体験していません。
より強力な兵器で戦えば、必ず勝利が得られるという、過去の戦争の様な単純な考えしか無く、
勝利した時の喜びしか考えていません。
日本人は、唯一、核の地獄を体験しました。
例え、同じ日本人であっても、その本当の悲惨さを知っている人は少なく、体験した方々は、
例え人々にその惨状を語ったとしても、口で言い表す事は殆ど不可能と言えるほどの
酷さなのです。
戦争が終わって、国の至る所で核爆弾がさく裂した事で、数えきれない程の命が失われ、
残った人も自然も放射能で汚染され、長きに渡って苦しみ続けるのです。
国民も指導者達も、その苦しみを背負って生きて行かなければならないのです。
一時の過ちが、何十年も、何世代も、果てしなく人々に苦しみを与え続けるのです。
自分が守るべき国民が、何世代も苦しみ続けるのを解っているのでしょうか。
当然、その苦しみは、自らに返って来るのです。
争って白黒をつけて、先に進むことが出来る戦争ではないのです。
人類の未来を創る役割は全く無く、人類の滅亡を予感させる結果と成るのです。
勿論、戦争は、大小にかかわらず、決して行ってはならない物なのですが、
人類の歴史の中で数多く行われて来た戦争とは、意味が全く違うのです。
生き物全てを絶滅に追い込みかねない戦争が、核戦争なのです。
リーダーたるもの、いかなる場合も、破滅的な政策をとってはならないのです。
それがリーダーの役割であり、リーダーたる所以でもあるのです。
自分達の浅はかな行動が、全ての人類を破滅に導く可能性が有る事を考え、
まずは、矛先を納め、怒りを鎮め、しっかりと相手に耳を傾け、
お互いの利益を考え、リーダーとしての役割を果たす事が重要と言えます。