幸せと思う気持ちは、自分が誰かによって生かされている時
また、誰かを生かしている時感じる事が多く、いずれも、
どちらが欠けても、成り立たない事が多いものです。
人は、欲しいものが何でも手に入ると幸せと感じ、
病気もせず健康であることも幸せと感じます。
これらの事は、いずれも、何だかの方法で心が満たされ
安心を得られた時生まれるものでもあります。
しかし、今や、幸せと感じられない人々が増えています。
この事は、世の中が不景気であり、生活が安定していないから
更には、お金と自由が手に入らないから不幸せと思う方が多いです。
ならば、お金と自由が手に入れば幸せかと言えば、必ずしも
そうとは言えず、人間の心は極めて面倒で不可解と言えます。
お金が無い人から見れば、お金持ちは幸せに違いないと
思えるのでしょうが、それは、お金が無いからそのように
思うのであって、実際に、何不自由ない生活をしている人は、
お金を持つことの幸せは感じていなくて、お金を考えない
生活をしている時幸せと自由を感じているのです。
本当にお金に不自由してない人の多くは、現金を持ち歩かず
現金を直接使う事もほとんどありません。
つまり、現金を与える事与えられることで、人との関わりを
持ちたいと思わないのです。
どんなに大きな買い物をしても、自分のサインの価値がある事に
喜びとステイタスを感じるのです。
現実ではお金のやり取りがあるとはいえ、本人にとっては
自分自身の価値が欲しいものを手に入れていると思うのです。
しかしながら、このお金に直接かかわらないで生活できると
お金の授受が、自分の存在価値であり、自分の地位や名誉が有れば
何のためらいも罪の意識も無くなってしまう事も有るのです。
お金が無くて、不正なやり取りをするのではなく、自分の地位や
価値観がお金を手に入れる理由と成ってしまうのです。
上手い話があれば、何の抵抗もなく、悪事に手を染めてしまうのは
決してお金に不自由しているからと言うのではなく、自分の地位を
何でも思いが叶えられる我儘が許される身分と思い込んでしまう
錯覚が生まれるのです。
周囲の他人は常に自分を立て、自分は上から目線の生活を送れば
何でも自分が思う物は、何でも手に入れられると錯覚するのです。
自由主義社会に於いて、社会的地位が上がり、所得が増えて
望む物が何でも手に入れられるようになると、地位が有れば
何でも許されると思い込んでしまうのです。
お金が無ければ、お金を得るために周囲の人達に気を使い
生活を切り詰め、如何に生きて行くかを考えるのですが、
一度、お金に不自由がない生活を送るようになると、お金を通した
周囲の人々との関わり合いや思いやりが無くなり、自由に我儘を
貫くようになってしまうのです。
それ故、成金的な人生を送っている人の、荒っぽい対人関係が
周囲の人々を傷つけたり、更には、自らの計画性の無さが
短期間で生活破綻を生んでしまう事も有るのです。
しかしながら、問題は、最初からお金に不自由しないで育ち
そのまま、社会的地位に就いてしまった問題児たちです。
お金に不自由していませんから、生活に苦労している人たちの
気持ちが解るはずが在りません。
更に問題は、自分の地位に寄り添ってくる金の亡者たちを
お友達としてしまう事です。
亡者たちは、地位と名誉をよりくすぐり、自分達の利益を
より得る為に甘い汁を用意します。
所が、金銭的な駆け引きに弱い問題児たちは、簡単にその甘言に
乗ってしまうのです。
社会的に地位がある事、お金に不自由しない事で、自分の周囲に
集まって来るよかならぬ人たちを見分けることが出来ないのです。
地位や名誉が、自分の欲を通すための道具と成ってしまえば
悪友たちの思うつぼです。
まるで操り人形の様に、成すべき仕事を忘れ、亡者たちの欲望を
叶える為に、自分を支えてくれている多くの人々の思いを無視し
小手先の政を行うのです。
連日集まる貢物は、自分が行うべき仕事の報酬とは、比べ物に
成らないものと成ります。当然、足の着く現金の授受は極力隠され
人々の目に付かない所で、大金が舞っていると言えるのです。
こんな漫画の様な世界が、自由主義社会の頂点に於いては
当たり前に行われている事を私達は知らないだけであり、
時たま、その尻尾を掴まれておたおたしているのを、マスコミや
国民に非難されるだけなのです。
本当にお金の価値を知っているお金持ちは、私的な金銭の授受には
非常に気を配ります。その事で、自分の地位や財産を失ったり
多くの人々の信頼を無くしてしまったりするからです。
お金は天下の周りものと言われるように、いつの間にかに集まって
来たり、あっと言う間に消えてしまったりと、人々を悩ますもの
なのですが、お金は、人々の経済的なやり取りを便利にするのであって
やり取りの結果は、お互いに幸せでなければなりません。
一方的に利益を得たり、陰で膨大な利益のやり取りを行う事は
それに関わる多くの方々の信頼を失う事と成るのです。
昔から、本当のお金持ちは、ケチであると言われます。
それは金の亡者と言うのではなく、お金の価値と恐ろしさを
良く知っていて、お金の扱いに厳しいだけの事なのです。
お金は生活を便利にし、幸せにしなければなりません。
お金によって、人々が苦しんではいけないのです。
つまり、お金持ちになると言う事は、お金のことをより知って
お金がもたらす人々の関わり合いの意味を知ると言う事です。
お金が単なる欲望を満たすものとなった時、お金に自由を奪われ
地位も名誉も、人間としての価値も失ってしまう事が有るのです。