めぐろのめばる

目黒川近辺で日本の四季を楽しみ、未来の日本を憂う。
かつての美しい日本と日本人がいかに素晴らしかったかを思う。

ゲームと若者

2014-01-30 14:05:36 | スマホ

毎度この手の事で恐縮だが、今はまっているのでお付き合い願いたい。
暇な時間を見つけてとは言え、小さな画面を見つめてあくせくしている姿は
若者からすれば中年のオジサンのほほえましい暇つぶしに見えるかも知れない。
だが、こちらとしても勝負となれば必至なのだ。

何度もアドバイスを受けて頑張っては見るものの、思ったような成績には程遠い。
何処が違うのか、息子たちの様子を観察してみると、面白いことに気が付いた。

私がトライしている時はやたらと声が出たり、動作に落ち着きがない。
どの様な状況にあるのか、外から観察していれば一目瞭然だ。

しかしながら、息子や出勤の途中で見かける若者の遊ぶ姿は違っていた。
かなりエキサイティングなゲーム最中でも、指先は頻繁に動かしているのに
どんな状況でも眉一つ動かさない。もし、私だったら、チャンスが訪れたり
ピンチに見舞われたりしたら、途端に顔つきが変わり、指先の動きも変わってしまう。

そういえば、ファーストフード店で若者たちが入店してから、一緒に来た仲間達と
帰るまでの間、ほとんどかわす言葉もなく、全員がスマホの画面を静かに見ていた。
面白くないのかと言ったら、息子に聞いても非常に興奮していると言う。
今の若者のクールな覚めた物腰態度はこんなことからも来ているのかも知れない。

どんな危機的な状況でも、たとえ、自分のキャラクターが死んでしまっても
またリセットして復活させればゲームが続けられるからかも知れない。
最近の若い世代は、将来に夢を抱いたり、一獲千金を心に秘めたりする者が
非常に少なく、そこそこの生活で静かに平穏に生きていくのを将来の目的として
考えている場合が多いと言われる。

ゲームがエキサイティングに展開しようと、ピンチが訪れようと、彼らの指先は
雨の日のワイパーのごとく一定のスピードで画面を滑らせている。
まるで機械の様に動かして、目的の点数を上げていく。
その過程での感情の起伏は必要ないのだ。

私もマネをして、指先のスピードは一定に、ゲームが終わるまでは冷静にと思うが
何度やっても、声が出たり、手先が画面から離れたりしてしまう。

いい加減伸び悩んでゲームを投げ出し、テレビの画面に視線を移していると
最近の人気ドラマが流れている。国民的人気歌手が主人公になっているのだが
しばらく見ていると、思わず彼の行動に声を出して突っ込んでしまう。
一方的なストーリーにダメ出しをする私を、笑うでもなく静かに見守る息子たちは
やはり今の時代の人間なのかもしれない。


ゲーム初心者の悩み

2014-01-29 17:39:54 | ゲーム

社会的には会社を定年で辞めて、残りの人生を
時間に囚われずのんびりと楽しもうと思っている方には
解からないかもしれないが、今私は家族と戦っている。

鼻で笑ってしまうかも知れないが、ゲームで熱くなっている。
長年やってきた仕事は仕事、オフの時間に鼻息が荒い。
まだ対戦し始めて一か月もたたないが、何度やっても勝てない。
息子は鼻歌混じりに時たま参戦、しかし、直ぐにトップ。
妻は、背中が見えてきたと思ったら、いつの間にかまた逃げ去る。

そんな私を見かねて妻が優しく手ほどきをしてくれるが、
戦いのアイテムがやたらと多くて何を使ったら良いのか、
判断していると戦況はどんどん変わってしまい、気が付けば
いつもの成績よりも下回ってしまう。

コンピューターを始めた時も、同世代の中ではかなり早くから
のめり込み、自分が楽しむ分はマスターしてきた。
だが、息子たちが利用する分野は全く入る余地もない。

今やあらゆる物がインターネットで繋がり、アナログの時代に
栄華を極めた我々バブル世代は着いていくだけでやっとだ。
今日は妻が横で使いかたを実戦で教えてくれた。
画面に自分が集中している時は全く見えなかったが
妻が指先を動かしていると周囲の映像が次々に変わる。

めまぐるしく数字が流れ、利用したアイテムが活躍する。
息子に言わせれば、物凄いスピードで展開して行っても
周りの状況が良く見えていると言う。
私の場合は、動いている画面の中心しか目がいかない。
周囲で何が起こっているのか全然見えていない。

高校生の頃、サッカーの試合で初めてレギュラーで出場した時
目の前の相手とボールしか見えなかったのを思い出す。
その時も周囲の仲間と連携が取れず、監督にこっ酷く
注意されたものだ。

サッカーは一年もすると周囲が見えて来たものだが、
ことゲームとなると、次々と新しい場面が出てきて、
それに慣れるころには周りは進んでいるというのが現状だ。
せめて勝てる様にとは言わない、対等に遊べるまで
頑張ってみたい。


スマホゲームへのチャレンジ

2014-01-28 14:34:26 | スマホ

三寒四温でないが、一日ごとに暖かい日と底冷えの日が繰り返している。
今日は寒い日なのか、外に出るとマフラーが必要だ。
今月も残り少なくなり、我が家の生活もリズムが出てきた。

ところで、息子から与えられたスマホが携帯と同等になって来た。
しかしながら、その使用頻度がゲームをすることに使われているのは
少し恥ずかしい。若者たちが、電車やバスで頻繁に遊んでいるゲームを
彼らの親父の世代が一緒に熱くなるとは、我ながら思いもしなかった。
だが、昔からのめり込んでしまう性格上、暇があると手放せない。

もう、使い始めて一週間を過ぎる。メールや電話やラインと、思ったより
かなり様々に活用しているが、絶対的にゲームの時間が多い。
出勤の合間や帰宅の電車やバスの中で、若者に交じって
指先を上へ下へと動かす。一時は多少気まずかったのに、
今では、そんな事は構っていられない。
何しろ、妻と息子に一向に勝てない。

一日経つと、スコアーが全員ゼロになる仕組みなのだが、
数時間もすると、いつも彼らが上に居る。
様々なアイテムを使って得点を稼いでいくのであるが、
息子を見ると、スピードがまず違い過ぎる。
妻にしても、日頃からコンピューターに親しんでいるから
私と比べても各停の電車と急行の差はある。

スピードもさることながら、一番の問題は理解力の無さだ。
簡単に言えば、悔しいかな、脳が老化し始めている。
どうやったら高得点が得られるか、事細やかにレクチャーされるのだが、
理解しても、その技術が指先に到達するまでに、ゲームが進んで
高得点のチャンスをことごとく潰してしまう。
妻や息子は、何度言っても覚えないと呆れ顔で笑っているが、
本人は真剣に一生懸命なのだ。

だが、こんな事は、今に始まった事ではない。
息子が幼かった頃、私もずっと今より若かった。
なのに、横に座った息子に同じような言葉を言われた覚えがある。
覚えないのではなく、性格上の事も多分にあるのだ。

私は説明書をしっかり全部読んで、理解してから何事も取り組む。

妻は、すぐに直感で何でも使用始める。
今のゲームも私にとってはまだ使用方法が十分に解っていない。
理解するまでの期間がまだ必要であり、現在はゲームをするより
内容を理解しようとしている期間なのだ。

こんなことを言っている間にも、妻はずっと先を走っている。
いつか、近いうちに十分ゲームの内容を理解して、一番最善の方法で
あっという間に追い越して見せると心の中で思っている。

しかし、多くの場合、カセットゲームの頃から、コンピューターに移り
今に至るまで、妻たちは先を走り、私が全部理解しきれず
後ろ姿を追い続けている。

今日も出勤の途中頑張ってみた。
しかしながら、私の上に大きく得点を離して先を行く二人を見ると、
本当に奴らに勝てるのだろうか、といささか気弱になってしまう。


川越の土蔵造りに感動

2014-01-27 17:07:10 | 旅行

昨日の日曜日に埼玉県にある川越に行ってきた。
休みの日に、特別に用が無ければ、家にいると言うより
何処かへ出かけるのが普通だ。

昔から、休日はのんびりと家に居たりすると、翌日からの
仕事のテンションが落ちてしまい、東京都内のみならず
関東一円様々な所へ出掛けていた。

特に、子供たちが小さい頃は、ディズニーランドによく出かけ、
早朝から日曜日となると必ず家族全員で丸一日遊んだものだ。
気にいった所が出来ると、そこに毎週行ったりしていた。
ディズニーランドが出来た頃は、30週連続で出かけたこともあり、
在る時、早朝息子を起こしに行くと、今日はお願いだから寝かして、
と懇願されたのを思い出す。

しかし、最近は子供達も社会人となり、わたしも、連れていく相手が
居なくなったこともあって、1人で出かける事が多くなった。
妻はと言うと、昔の様にしおらしく付いて来ることはまず無く
日曜日のスケジュールは妻の都合によって決定されている。

そんな訳で、今回も新天地の川越に一人旅となった。
今まで内陸の街に行く事が殆ど無く、海が好きな事もあって
ベイエリアに出かける事が殆どだった。

池袋から列車を乗換え、40分程で川越駅に着いた、
何処にでもある様な長い商店街を歩いて行くと、
次第に、映画のシーンで見たような古い家屋が目についてきた。
造りが明治や大正の頃の歴史的建造物が多く、
最近の家屋とは全く異なった雰囲気に思わずカメラを向けた。

私の田舎の家も建てられたのは同じ時代と思われるが、
改築増築で外見からは当時の面影は殆ど無い。
しかしながら、この地域の建物は、まるでタイムスリップして
しまったかの様に、当時の雰囲気をそのまま残している。

明治26年の川越大火で街の三分の一を消失してから
日本の伝統的な耐火建築である土蔵造りを推し進めた為
今にこの素晴らしい風貌が残されている様だ。
街道に沿って巨大な蔵造りの家が何件も立ち並ぶ。

その姿は、どっしりとして言わば家の横綱の様な出で立ちだ。
古い昔の建物は神社仏閣に多く残されているが、
この様に商家で残っているの見るのは初めてであった。
川越商人の繁栄と心意気に歴史の重みを感じる一日だった。



横綱の様などっしりとした姿



立派なうだつが繁栄を物語る



おしゃれな刃物屋さんの看板



川越商人の栄華を思わせる



続く軒並に江戸の街を想像する








 


嫌な季節が今年もやって来た

2014-01-25 13:46:50 | 高齢化社会

ここ数日暖かい日が続いている。
九州沖縄から寒桜のニュースが流れている。
もう春が来るのか!?なんて思いはしない。
どうせ数日後には、新たな大寒波がやって来るに違いない。

そんな事より、暖かくなると嫌な奴が音もなく忍び込んで来る。
我が家は、花粉アレルギー家族だ。
成人式の日に、妻が台所でしきりに顔に手をやる。
始まった、恒例の顔こすりの儀式が。
妻はまず顔のかゆみから始まる。

私もアレルギーだが、顔には来ない。
妻に遅れる事2週間程で喉の違和感から始まる。。
息子と娘は鼻に来て、我が家のティッシュ使用量が
急速に上昇、我が家にとって最も嫌な季節が訪れる。

私は幼い頃、杉林の中で春先には頭に沢山の
黄色い花粉を着けて遊んだ記憶がある。
風が吹くと、帯の様に空中を漂う花粉が珍しくなかった。

だが、杉林が多い奥多摩の人達に花粉症が少ないのも
花粉だけが原因と言えず、この怒りのやり場と、薬代に
増々頭がぼーっとしてしまう。

しかしながら、日本人は世界的に見てもあらゆる生活レベルが
秀でているはずなのに、豊かになったはずなのに、増々、
問題が増えて、訳の分からない病気が増えたのだろう。
医学の進歩が病を減らすどころか、以前に比べて
心配事が増えたような気がしてならない。

美味しい食べ物が増えたのに、それを作るのに危険な
食品添加物を大量に使っている。
美しい家の建材も人体に危険な化学物質を使っている。
空中には排気ガスが、数字的には安全になったとはいえ、
大量にばらまかれ、その量は国境を超え世界レベルに
広がって、多くの人々を苦しめている。

いったい人類の進歩とはなんだろうか。
生物としての人類は文化の発展と共に弱体化しているのでは、
そん危惧も感じられる昨今だ。
近年の日本人は身体も欧米並みに大きくなった。
外見的には立派になったように見えるが、
体質は弱くなっているのではないだろうか。

便利という名のもとに食べ物も腐らず色落ちせず
見るからに美味しくなった。
だが、食品パックの裏側をよく見てみると、
以前にもまして、聞いたことない名前の食品添加物が
恐ろしい数で連記してある。

世の中のすべての物が、美しく綺麗に見せる事に基準を置いて
本質の大切さを見失っているのではなかろうか。
テレビや週刊誌などのメディアも表向きの情報ばかりで
我々は事実を知らされないままに生活してるように
思えてならない。

欲望と嘘で固められた社会がこのまま成長していくとは
考えられない事は、歴史的に見ても明らかだ。
日本が間違った方向に進まない様、日本人がこれ以上
生活にも病にも苦しめられない様、我々の上に立つ人達は
在任期間だけでなく一生をかけて考えて欲しい。