めぐろのめばる

目黒川近辺で日本の四季を楽しみ、未来の日本を憂う。
かつての美しい日本と日本人がいかに素晴らしかったかを思う。

浦島太郎となって

2019-03-19 09:01:20 | 東京

昨年12月、30年以上も続けて来た仕事を辞めて、
全く新しい仕事に就く事と成りました。
大学を卒業して以来、自分の好きな趣味が仕事と成り
自分自身で仕事を組み立て、自分の能力を高める事が
生活を豊かに安定させるものであったのが、多くの人が
仕事をリタイアして、残りの人生を終末に向けて
ゆっくりと歩もうとしている時に、私達夫婦は、まるで
学生が社会に放り出されたように、何も持たない状態で
再出発する事と成りました。

バブルが崩壊し、世の中が傾き始めた頃から、生活は
次第に苦しさを増し、同業者が次々に去っていく中
私達を支えてくれた方々の為にも、何とか仕事を維持し
家庭を崩壊させまいと、必至に頑張るものの、既に
世の中は大きく変わり、人々の価値観も求めるものも
大きく変わってしまいました。
不景気になるととともに、節約が当たり前の社会と成って
趣味に巨額の投資をする人達は激減し、私達の業界は
アマチュアの方の趣味の世界にとって代わられ、
多くの同業者は、いつの間にか消えて行きました。

私達も、ついに昨年の末をもって、ついに転業せざるを得ず
今や、これまで想像もした事のない、サラリーマンと成って
連日ラッシュアワーに翻弄されています。
妻は、主婦として一般社会の人達と繋がりのあった事から
何の抵抗も無く、新たなる仕事に馴染んで行けたものの
私は、自分の仕事にしか心が向いていなかったことも有って
現実の社会は知らない事ばかり、余りの酷さに、子供たちは
私を浦島太郎と呼びます。
何しろ、今年になって、初めての役所、銀行、会社勤めであり
タイムカードも初めて、コンビニのコピーは、今だ未知の世界と
一般社会の方々からすれば、まるで信じられない浦島太郎です。

数十年前に大学を卒業して以来、別世界にタイムスリップして
していたみたいで、何もかもが新しいことだらけです。
もちろん、普段から、外出することは好きで、休日には
東京都内を歩き回る事は普通であり、普通の都民よりも
東京については知っているつもりですが、その東京を作っている
社会システムについては、全くの無知であったのを実感する事
と成ったのです。

還暦を過ぎてから初めて区役所に行った人や銀行に行った人は
本当にまれであり、まさに過去から現在にやってきたかのようです。
もちろん、社会と隔絶して生きて来たのではなく、普通の都民として
時代と共に生活をして来たのですが、それは、単なる消費者として
社会の生産性のある仕事に関わって来たとは言えません。
仕事は、社会生活を営む人達が、憩いを求めて、自分の為に楽しむ
のを手伝う様な、いわゆるサービス業なのですが、来る人を待っていて
自らが様々な職業の方と関わって行かなかったことも有り、現実に
流れている世間の業務には、本当に無頓着であったと言えます。

とは言え、生きて行くためには、連日のラッシュアワーの荒波を
乗り越えて行かなければなりません。
これ程もの苦行を、文句も言わずじっと耐えている人々に、思わず
心から頭を下げたくなりました。
いわゆる自由業であり、しかも自分で仕事を創るような、極めて
個人的な道楽の延長のような仕事を何十年もしてきたことから
社会とは隔絶した世界で生きて来たようです。

まさに、過去から現代にタイムスリップしたかのように、
ラッシュアワーで身体を押し合いながらじっと耐える人たちを
見るにつけて、まるで異国の地で働いているかのような
錯覚に陥ってしまいます。
それにしても、東京のサラリーマンのすざまじいこと、私が
乗り換える東京の大手町の地下街は、まるでスーツを着た人達の
運動会の様です。途切れる事のない人の波は、決して逆行は
出来ないと悟る程の強い流れで、誰もが、自分の職場に向かって
歩いているとは言え、見た目、地上ののんびりとした闊歩ではなく
いわゆる競歩と言った風情です。

早朝のラッシュ時は、それこそ一分間隔で電車が走っていて、
一本発車したと思ったら、すぐに新たなる車両が滑り込み、
溢れんばかりのサラリーマンが入り乱れ列車とホームを行き来します。
扉の窓に押し付けられた変形した顔は、私がこれまで経験した事の無い
自分の意志ではどうにもならないサラリーマンの日常を示しています。
しかしながら、たった一か月程で閉口しているのに、何年も何十年も
この驚異の時間帯を連日繰り返していれば、どんなに苦しくとも
いつの間にか何の不満も疑問もなくなってくるのです。

日本社会が世界経済に君臨できるのは、彼らがいてこそと思われ、
東京の地下にこれ程もの人達がうごめいているとは思いもよらず、
あらためて勤勉な日本人の凄さに驚嘆しました。
確かに全国には、同じようなサラリーマンが無数存在するのですが
彼らの努力が日本経済を支え、日本を世界の経済大国に押し上げ
戦後長足の進歩を生んだと言えるのですが、果たして、この努力が
本当にサラリーマンの幸せにつながっているかと言えば、疑問です。

もちろん、経済大国として、世界的に見ても豊かな生活が出来ている
ともいえるのですが、経済的に豊かに成ったからと言って、日本人が
心から幸せと思っているとは言えないのです。
日本人は、昔から勤勉で努力家であり、終戦後の何もなかった国土が
現代の世界でもトップクラスの先進国になったのもうなずけるのですが
比較競争社会は、片時も国民の心を満足させることなく、経済的豊かさが
人の幸せとした日本社会の価値観が、常に人々の心を苦しめているのです。

どんなに豊かな生活をしていても、現実に満足しない事で、経済的には
需要が高まり社会の発展に繋がるのですが、現実に満足できない日本人は
人と争い自身の生活に確信を持てない事からいつまで経っても、本当の
喜びは得られないのです。
学校教育も、子供たちに高度で豊かな学力を身に付けるという口実の下
現実は将来の企業戦士を育て、経済大国を維持するための策と言えます。

戦後高度成長の頃から、日本人は、まじめで努力家な性格を上手く利用し
日本経済界は、日本人を確実に結果をもたらす労働者として、子供の頃から
お互いに競わせ、経済的に豊かな生活をすることが幸せに成る事と洗脳し
どんなに豊かな生活をしていても満足できない国民にしてしまったのです。
毎日、膨大な数のサラリーマンが仕事に向かいますが、彼らは、自分の
生活を豊かにするとするも、実際は、この社会を動かしている方々の
豊かな生活をより豊かにするために働いていると言えるのです。

 

 

 

 



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