野口三千三先生ゆかりの神主さんが授業に参加された。
彼は、二十代半ば過ぎにこの道に入った。それまではフランス文学を学んでおられた記憶があるが、運動能力も優れた俳優でもあった。
ここでは‘お宮さん’と呼んでおこう。
朝、少し遅刻してのご登場は、それだけでも目立つ。
黒のTシャツに黒のパンツ、黒の野球帽をかぶり、黒のケースを携えて、黒尽くめの出で立ちであらわれたからその目立ち方はかなりのものだった。
ところがである。
更衣室から出てきた姿に、私はアッと声をあげたように思う。
その瞬間、皆さんの目が、お宮さんの姿に釘付けになった。
おぉ~!
まぁ!
え~!
uWahahahaha!
うふふふっつ!
おぉ~!
ありったけの感嘆の声と笑いが教室内に渦まいた。
その瞬間、予感がしたんですよね。その後に起こる出来事を……。
このクラスは人数が少ないので、ゼミのような雰囲気がある。
気心が知れた仲間内って感じなのだ。
一時の驚きがおさまって、順調にレッスンを続けた。
‘おっかさんランニング’‘その場ゆすり’‘左右ゆすり’‘上体のぶらさげ’‘腕まわし’‘尻たたき’……、そして‘腿のむねつけ’あたりから、私の予想が当たってきた。
足を上げると腿までめくれあがってしまう。それでもまだ、腰の辺りで袴の布は纏わりついている。
だから序の口。
そして‘座位によるほぐし’の数々は、お宮さんも、布をいじりながら苦労しはじめていた。
次々に、私としては目のやり場に困る瞬間も現れてきた。
この出で立ちは‘蹲踞’から‘四股’には向いている。
そのころになって気づいたことがある。
「きっと、どこかで修行をした帰りに違いない、」
絣柄の一重の着物に使い込まれた濃紺の袴をつけて、荒行に近いこともおこなったのだろうと。
ふと、暑くなりそうなので、扇子をもっていたことを思い出した。
おもむろにリュックから取り出し、お宮さんに持たせた。
「扇ぐときは、肘からまげて、袖口から風を送るようにしてみて」
「あぁ、涼しいです」
「熱を下げるときに、脇の下に氷をあてますよね。それと同じ。間違っても顔の横前にもってきてパタパタしちゃダメなんですって。それが許されるのは田中角栄さんだけだそうなの」
「様になってますよ」
「奥ゆかしい」
それぞれが印象を言葉にする。
因みに、柿渋が塗られている扇子には‘輪の絵’のなかに‘鎌の絵’が描かれその脇に‘ぬ’の字が添えられている。つまり「かまわぬ(よきに計らえ?)」文様。つまり茶の色も文様も団十郎なのである、などと歌舞伎役者の文様(今で言う個人ロゴマーク的なもの)説明をくわえる、と、「よく似合うわ」あらためて周りに集まった人々が口々に褒める。
あたりには扇子にしみ込ませてある‘白檀の香り’が仄かに立ち込めていた。
実は、皆が気づいていた。
袴の下には‘下帯’しかつけていないことを。
そしてその下帯が動きにつれてズレるということに……。
最後にはレギュラーとして人望を集めはじめている30代の男性に‘鰐腕立てバウンド’を見せてもらう。
随分前から得意種目になっていて、軽くジャンプしながら前進して見せるのだ。トツゼンの闖入者に触発されたのか、いつもの倍以上の距離、鰐腕立てバウンドジャンプを披露してくれた。
と言うわけで、昨日の朝の教室内の活気は最高潮となっていった。
このときとばかりに厳密な‘四股’を要求してみたり、‘蹲踞’を‘つくばい’と訓みその意味を‘iPhone’にいれてある『大辞林』から図面を取り出して皆さんにご覧にいれたりしながら、全体として変則的ではあったが熱気溢れる授業展開となった。
。。。。。。。。。それから。。。。。。。。。
更衣室からいつもは聞くことがない男性軍の華やいだ笑い声が聞こえていた。
私も着替えをして靴紐を結んでいると、後から出てきた男性が笑みを浮かべながら教えてくれた。
「いやいや、下帯(褌)のつけ方で盛り上がっていたんです。今日は楽しかったなぁ」
そういうことか。
「お宮さん、ご免、やっぱり、禁欲の時を生きた後の艶っぽいトリックスターって、時に大切な存在なんですね!」
別れのときまで皆さんの顔がほころんでいた。
それにしても野口体操には多様な動き(姿態)があるということを教えられた二時間でした。
彼は、二十代半ば過ぎにこの道に入った。それまではフランス文学を学んでおられた記憶があるが、運動能力も優れた俳優でもあった。
ここでは‘お宮さん’と呼んでおこう。
朝、少し遅刻してのご登場は、それだけでも目立つ。
黒のTシャツに黒のパンツ、黒の野球帽をかぶり、黒のケースを携えて、黒尽くめの出で立ちであらわれたからその目立ち方はかなりのものだった。
ところがである。
更衣室から出てきた姿に、私はアッと声をあげたように思う。
その瞬間、皆さんの目が、お宮さんの姿に釘付けになった。
おぉ~!
まぁ!
え~!
uWahahahaha!
うふふふっつ!
おぉ~!
ありったけの感嘆の声と笑いが教室内に渦まいた。
その瞬間、予感がしたんですよね。その後に起こる出来事を……。
このクラスは人数が少ないので、ゼミのような雰囲気がある。
気心が知れた仲間内って感じなのだ。
一時の驚きがおさまって、順調にレッスンを続けた。
‘おっかさんランニング’‘その場ゆすり’‘左右ゆすり’‘上体のぶらさげ’‘腕まわし’‘尻たたき’……、そして‘腿のむねつけ’あたりから、私の予想が当たってきた。
足を上げると腿までめくれあがってしまう。それでもまだ、腰の辺りで袴の布は纏わりついている。
だから序の口。
そして‘座位によるほぐし’の数々は、お宮さんも、布をいじりながら苦労しはじめていた。
次々に、私としては目のやり場に困る瞬間も現れてきた。
この出で立ちは‘蹲踞’から‘四股’には向いている。
そのころになって気づいたことがある。
「きっと、どこかで修行をした帰りに違いない、」
絣柄の一重の着物に使い込まれた濃紺の袴をつけて、荒行に近いこともおこなったのだろうと。
ふと、暑くなりそうなので、扇子をもっていたことを思い出した。
おもむろにリュックから取り出し、お宮さんに持たせた。
「扇ぐときは、肘からまげて、袖口から風を送るようにしてみて」
「あぁ、涼しいです」
「熱を下げるときに、脇の下に氷をあてますよね。それと同じ。間違っても顔の横前にもってきてパタパタしちゃダメなんですって。それが許されるのは田中角栄さんだけだそうなの」
「様になってますよ」
「奥ゆかしい」
それぞれが印象を言葉にする。
因みに、柿渋が塗られている扇子には‘輪の絵’のなかに‘鎌の絵’が描かれその脇に‘ぬ’の字が添えられている。つまり「かまわぬ(よきに計らえ?)」文様。つまり茶の色も文様も団十郎なのである、などと歌舞伎役者の文様(今で言う個人ロゴマーク的なもの)説明をくわえる、と、「よく似合うわ」あらためて周りに集まった人々が口々に褒める。
あたりには扇子にしみ込ませてある‘白檀の香り’が仄かに立ち込めていた。
実は、皆が気づいていた。
袴の下には‘下帯’しかつけていないことを。
そしてその下帯が動きにつれてズレるということに……。
最後にはレギュラーとして人望を集めはじめている30代の男性に‘鰐腕立てバウンド’を見せてもらう。
随分前から得意種目になっていて、軽くジャンプしながら前進して見せるのだ。トツゼンの闖入者に触発されたのか、いつもの倍以上の距離、鰐腕立てバウンドジャンプを披露してくれた。
と言うわけで、昨日の朝の教室内の活気は最高潮となっていった。
このときとばかりに厳密な‘四股’を要求してみたり、‘蹲踞’を‘つくばい’と訓みその意味を‘iPhone’にいれてある『大辞林』から図面を取り出して皆さんにご覧にいれたりしながら、全体として変則的ではあったが熱気溢れる授業展開となった。
。。。。。。。。。それから。。。。。。。。。
更衣室からいつもは聞くことがない男性軍の華やいだ笑い声が聞こえていた。
私も着替えをして靴紐を結んでいると、後から出てきた男性が笑みを浮かべながら教えてくれた。
「いやいや、下帯(褌)のつけ方で盛り上がっていたんです。今日は楽しかったなぁ」
そういうことか。
「お宮さん、ご免、やっぱり、禁欲の時を生きた後の艶っぽいトリックスターって、時に大切な存在なんですね!」
別れのときまで皆さんの顔がほころんでいた。
それにしても野口体操には多様な動き(姿態)があるということを教えられた二時間でした。