電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

藤沢周平『三屋清左衛門残日録』を読む

2006年05月13日 21時05分58秒 | -藤沢周平
藤沢周平の作品の中で、『蝉しぐれ』や『用心棒日月抄』シリーズ等とともに実に読みごたえのある作品、『三屋清左衛門残日録』を読みました。
主人公は、先の藩主のもとで用人を勤め、長男の又四郎に家督を譲って隠居した三屋清左衛門。新藩主の好意により屋敷内に隠居部屋を作ってもらい、嫁の里江がしっかり者で暮らしに不便はないものの、病死した妻のいない寂寥感を感じながら、隠居生活が始まります。

「醜女」では、旧友で奉行の佐伯熊太の依頼で、先の藩主のただ一度のお手つきのため、実家で十年も隠棲生活を強いられた奥勤めの女が妊娠したという、ちょっとしたスキャンダルを解決するために奔走します。「高札場」も、昔女を裏切ったと思い込み、自殺した中年男の真相を探ります。「零落」では、かつてライバルであり、藩の派閥争いで敗れた方につき、自身の失敗もあり零落した男との苦いエピソードが描かれます。
「白い顔」は、若い頃にふと見知った女性の娘を、道場の後輩の平松与五郎に後添えに紹介する、ほほえましく好ましい話です。「梅雨ぐもり」は、お嫁に行っても引っ込み思案で、夫に女がいると心配のあまりやつれてしまった娘のために一肌脱ぐ話です。ここで、後に大きな事件の背景となる、遠藤派と朝田派という藩内の派閥抗争が描かれます。「川の音」では、釣りに出かけた川で助けた農婦おみよと子どもを狙う武士の姿から、藩内の抗争の秘密が暗示されます。「平八の汗」では、小料理屋の涌井で旧友から家老に紹介状を頼まれ、しくじりをした息子と家を守るために利用された結果になりますが、家老は清左衛門に遠藤派の集まりへの参加を求めます。
「梅咲くころ」では、昔、江戸屋敷でプレイボーイにだまされ生きる望みを失ったのですが、清左衛門に諭され生きる気力を回復した娘が、久方ぶりに訪ねてきます。清左衛門は、縁談が金目当ての詐欺であることを見抜き、信頼できる男に紹介します。「ならず者」では、冤罪で退いたが病気の孫を助けるために今賄賂を取っている男と小料理屋「涌井」の女将みさにつきまとうならず者とが、陰影ゆたかに描かれます。
「草いきれ」では、夏かぜをひき、嫁の里江に看病してもらいますが、亡き妻には言えたようなわがままが嫁には言えない。一方、昔は意気地なしだった少年時代の友が今は若い妾を囲っているという老いの実情に唖然とします。「霧の夜」では、朝田派が企む誰かの毒殺の謀議を聞いたために、ぼけを装った旧友が清左衛門に真相を伝える話です。「夢」は、清左衛門 が過去の悔いをただす話。こういう話は、意外とどなたでも身につまされるものがあるのでは。ただし、涌井の女将みさとの艶っぽいエピソードは、どなたでも体験しているとは限りません。
「立会い人」では、中風で倒れた友人を見舞い、試合の立会い人を承諾し、奉行の佐伯熊太と密談し、隠居はなかなか多忙です。「闇の談合」になると、朝田派の陰謀が石見守の毒殺という形で現れます。しかし、藩主の意思を伝える船越喜四郎に清左衛門が同道し、表沙汰にしないかわりに朝田家老の退陣を求めます。最後の章、「早春の光」では、朝田一派の企ても頓挫し、清左衛門を慕う涌井のみさも故郷に帰り、おみよも再婚し、寂寥感を覚えますが、中風で倒れた大塚平八が歩く練習を始めたことに心をうたれます。

この隠居は、年齢的にはちょうど私と同じくらいでしょうか。他人事ではないように感じる箇所が多く、心を打たれるところがたくさんあります。藤沢周平の代表的な傑作だと思います。
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