電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

スメタナの「わが祖国」を聞く

2006年05月10日 20時56分35秒 | -オーケストラ
五月になると、「プラハの春」が思い出されます。いえ、戦車に踏みにじられた動乱の記憶ではなく、毎年の「プラハの春」音楽祭のことです。私にとって格別の感慨があるのは、なんといっても1990年の「プラハの春」開幕コンサートです。

この音楽祭は、第二次世界大戦が終わり、ナチス支配から解放されてチェコスロヴァキアとして独立を果たした1946年、スメタナの命日である5月12日に始まったとのことです。初日には、スメタナを記念して「わが祖国」を演奏することになっているとか。最初の演奏会の指揮者は、まだ壮年期にあったラファエル・クーベリックでした。そして1948年には政治体制をきらって亡命。以後、西側の高名な芸術家として不自由のない生活をしていたとき、故郷を思い出すことはそうたびたびではなかったことでしょう。けれども、年老い病を得て、指揮者生活からほとんど引退同然だった頃に民主化を勝ち取った故郷の音楽祭から打診があったとき、心おだやかではいられなかったのでは。

解説書には、劇作家のハヴェル大統領とチェコフィル首席指揮者のヴァーツラフ・ノイマンの尽力により、実現したとあります。開幕の一ヶ月前にチェコ入りし、父ヤン・クーベリックの墓に詣で、オーケストラと入念な時間を取り、復帰した指揮台の上から紡ぎ出す音楽の堂々たる姿!

私は、1990年の6月10日に、NHK-FM放送でこの演奏会を聞きました。最初にハヴェル大統領の出席を伝えるアナウンスと拍手があり、指揮者が登場します。
第1曲 ヴィシェフラト(高い城)、第2曲 モルダウ、第3曲 シャールカ、これが前半の三曲。休憩をはさみ、第4曲 ボヘミアの森と草原、第5曲 ターボル、第6曲 ブラニーク、以上の後半三曲はほとんど続けて演奏されます。エアチェックしたテープを聞くとき、当時の感動と興奮が思い出されます。

しばらくして、この演奏がCDで発売されていると聞き、レコード店に注文して入手しました。DENON COCO-6559です。録音は1990年5月12日、プラハのスメタナホールにおけるデジタル録音。残念ながら、最初のアナウンスと拍手はカットされていましたが、FM放送の音域(50~15,000Hz)では味わえない、繊細かつ迫力ある演奏に大満足でした。

あれから16年が経過し、冷静な立場でこの演奏会を振り返るとき、演奏の自然な流れの他に、なにか別なものがあるようにも思えます。それは、音楽の前向きで活力ある前進力に加えて、何か暗くて大きな穴を覗きこむ時のような、前進力を押しとどめるようとするところがあるように感じます。もしかしたらそれは、クーベリックの年輪に刻まれた「時代の重さ」だったのかもしれません。

■ラファエル・クーベリック指揮チェコフィルハーモニー管弦楽団
I=15'39" II=11'35" III=9'42" IV=13'09" V=12'59" VI=14'37"
total=77'41"
■ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコフィルハーモニー管弦楽団
I=14'08" II=11'42" III=9'20" IV=12'39" V=12'53" VI=13'37"
total=74'19"

参考までに示したのは、これも好んで聞いている、民主化前の1981年5月12日に行われた「プラハの春」音楽祭開幕コンサート、ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコフィルによるレーザーディスク(パイオニア MC034-25LD)。音楽祭の様子や美しいプラハの風景や街並みも楽しむことができる、こちらも実に堂々たる演奏です。

写真の右下の新書本は、白水社の文庫クセジュ・シリーズの「チェコスロヴァキア史」。
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