日本語学校からこんにちは ~水野外語学院~

千葉県市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

それでも、日本は「いい国?」

2024-06-17 08:32:05 | 日本語学校

晴れ。

「梅雨」前は、「大気が不安定」になるというのは、よくわかるのですが、それにしても、ちょっと予測がつかない。今朝も上天気なのに、夜には雨が降りだし、明日の朝は土砂降りになっているかもしれない、と思っていると、豈図らんや、お天気だったり…。お空を仰いでも、無視されているので、何にもわかりません。

昔は、せいぜい、「夕立」がザアッと来るか、「天気雨」がパラリと降るくらいだったのですが、今は、規模も大きく、時間も長くなっているようです。これでは、もう「狐の嫁入り」なんて喜んでいられませんね、立派な災害です。

こうなってくると、経験が何の役にも立たない…。今に「亀の甲より年の功」なんてのが死語になってしまうかも。だいたい、「亀の甲」なんてのが、わからないという人だって少なくないのですから。「年の功」なんて言っている向きも、自嘲気味だったり、あるいは、だれも元気づけてくれないから、自分で自分を元気づけているくらいだったり…。時代と共に、慣用的に使われていた言葉も変化していくようです。

私たちの世代は、「サバイバル生活」なんてのもしたことがないし、昨今の「情報化社会」にもついていけていないし、いわゆる「置いてけぼりを食っている」世代ですから、「取り柄は?」と訊かれた場合、「何もない」としか答えようがありません。

昔の人は「ひまわり」や「アメダス」を使わなくとも、明日の天気くらいは予測できた…、それだけの経験知があった…、しかるに、その狭間にある我々は、それもない。半科学的(今日から思えば)社会で、適当に便利なもの(洗濯機や自動車、冷蔵庫、電話、テレビなどが普及していただけなのですが)を使い、「現代生活」だなぞと、ほざいていた。「科学的」なんて言葉は、今を思えば、使えません。昔の洗濯機なんて、水気を切るのは手動でしたからね。それでも、一つ一つ洗濯しなくて済んだ分、親は助かっていた。

もちろん、文句を言えば切りがない。他の国に比べれば、今の日本人は、まずまずの暮らしができている…ように思われる。これからは判りませんが。今までと同じような人達が同じようなことをしていこうとすれば、そりゃあ、日本は袋小路に入ってしまうでしょうね。それくらいなら、私らでもわかる。で、どうするか。全く新しい知見をもっている人に委ねたいが、一体全体、そんな人は、どこにいるのだろう。

人間も国も会社も行き詰まると、どこからか新しい息吹が生まれ、社会は変革されていく…ものだと思っていたのですが、どうもそうではないようですね、にっちもさっちも行かないところまで、つまりどん底まで行かないことには、どうにもならないのかもしれません。

幕末の頃の政治家なんて、皆、若かったし、「しがらみ」も多くなかった…いや、今よりも強く「しがらみ」に縛られていたでしょうね。ただ、それが強ければ強いほど、それを打ち破ろうという気持ちも強くなった。つまり、それらを打ち破るだけの気概も、志もあった。社会や国を考えていた人達には、それらに足すところの責任もあったのでしょう。親や祖父母と同じことをやっていては、取り残されていくだけですから。

とは言っても、「欧米に、追いつき、追い越せ」の、「追い越せ」が旨く行かず、道を外してしまった。「学び」の時期が長すぎて、「さて、これからは自分で」となったとき、自分が見えなくなってしまった。自分で自分をごまかしていたのかもしれませんね。等身大の自分とは何かが判らなくなっていた。方向転換せねばならなかったのに、人が変わらねばならなかったのに、それができず、日本は失敗した。

昭和のやり方しかできない人達では、もうどうにもできなくなっているのでしょうがね。「同じやり方をします」なんて言われても、「同じやり方で生き残れるのかよ」というのが、おそらく大多数の人の意見。甘っちょろい「浪花節」では、もう生きることすら辛くなっているから、そんな人達のことなんか、構っていられなくなっているのでしょう。税金で食わしてやれないから、自分たちで稼げよというところかな。

さて、そんなこんなの日本でも、(日本は)いいと言ってくれている留学生達の話です。

どこがいいの?

「戦争(内戦)がない」。「病院がすぐそばにある。近くでいろいろな検査がしてもらえる」。「夜遅く、女の人も歩ける」。「お菓子の種類が多いし、常に新しいお菓子が発売されている。しかも安い」。「店がどこにでもある。いつでも食べ物が買える」。「街がきれい。ゴミがない」。「田舎がきれい。田舎に住んでいる人は別荘に住んでいるみたい」。「車がいつもピカピカ」。「お金持ちでなくとも、車が買える」。「トイレがきれい」。「鉢植えの花を外に出していても、誰も持っていかない」。「優しい人が多い」。

中には「そうかなぁ」と首を捻ってしまうようなこともあるのですが、「嫌なところ」はまず言いませんから、(嫌なところは)ちょっとわからない。たくさんあるはず。どこにいても、どんな国の人でも、人は人ですから。

今、ここで学んでいる留学生達は、長くても一年ちょっとといったところ。だからでしょう、来日直後の「アレッ?」という気持ちがまだ残っているようです。

この彼ら(四月生)が一年半くらいを過ぎた頃から、「日本語」基礎だけでなく、時事問題なども入れていくつもりなのですが、その前と後とでは、「社会」に対する見方が少しずつ変わり、面白くなってくる人が出てきます。それまでは、こちらも辛抱ですね。

日々是好日

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