今朝は、この夏一番の暑さだそうです。しかし、どうもこの暑さが、この夏の締めくくりになって、明日の雨からは、だんだん凌ぎやすくなるとのこと。これは、「天気予報」のお話です。(こう書くと、すぐに思い出す話があります。「昔、食いしん坊がフグを食べては、『天気予報。天気予報』と呪文のように唱えていた。その心は、『当たらない』」
今朝は少し風があるようですが、蝉の声が暑さを呼んでいます。もう、暑い。
さて、この「特訓」も昨日で終わりました。今日は、中国の高校時代の友だちと一緒にディズニーシーに行っているはずです。
昨日は、二日目の続き、「第33課」からでした。午前中に「第37課」まで終わり、午後からは、38課から。「じゃあ、朝はここまで」と言った途端、「速いですねえ」とニコニコ顔。こうやって少しずつ自信を取り戻しているのでしょう。『初級』も二冊目に入ると、単語の数も増えてきますし、文型の変化も、一文の中に一つや二つではききません。大変なのは解るのですが、学生の様子を見ながら、スピードを加減し、ちょっと無理かなという所まで速度を上げていきました。
実は彼女の他にもう一人、学校に来て勉強している学生がいます。自習です。教師はついていません。彼女より一つ年上で、去年高校を卒業したばかりの女の子です。
初めは、教えている学生と同じ教室で勉強すさせ、間を見ては、少し指導を加えていたのですが、「冷房が嫌いで、寒い」。「上の教室へ行ってもいいか」と言うので、「一人で大丈夫?」と聞くと、「大丈夫。一人でやる」と言うのです。が、やはり心配です。それで、授業の合間を縫っては、三階の教室へ行き、質問を受けたり、ノートを見たりしていました。
この「時間を縫って」というのは、新しい課ごとに、新出語が出てきますから、ある程度は覚えてもらわなければ、授業が進められません。それで、課毎に覚える時間を与えていたのです。その5分か10分ぐらいの時間です、この自習している学生に割けるのは。
行ってみると、「大丈夫」と言って見せてくれたノートにしっかりと、中国の簡体字が書かれてありましたね。『初級』のうちは、日中両国の漢字の違いに気がつかない場合が多いのです。しかし、それを丁寧に直していけば、直に勘がつきますから、放っておいても大丈夫になります。それで、それを直し、それから、長文(初級ですから、短いものです)の質問を受け、また、一階の教室に戻ります。
それを二回ほど繰り返した後、三階にいた学生が「先生、大丈夫。解らなかったら、自分が一階に行くから」と言ってくれたので、その言葉に甘えて、ちょっとズルをすることにしてしまいました(ごめんね)。
何でもそうですが、文章も「読む『量』」をこなさなくてはだめですね。文法だけ勉強しても、「読めない」のです。実戦には向かないのです。あくまでも「試験対策」にすぎません。
中国人の場合、無理をすれば、わずかな時間でも一級試験に合格させることはできるのですが、この学校では、それを出来るだけ避けるようにしています。もちろん、「とにかく『一級』に合格出来さえすればいい」という人も、いることはいるのですが、たいてい合格してから、後悔するという結果になっています。
「読む」・「書く」・「聞く」・「話す」のバランスがとれていないのです。「聞く」はどうしても時間がかかります。「相手の話のニュアンス」まで、聞き取れるレベルとなると、やはり時間をかけた方がいいのです。
ここにいる人達は、日本の大学や大学院、或いは会社と、日本で暮らすことを考えている人達ですから、「合格証」さえあればいい、という人達とは一線を画する必要があります。
特に、IT関係で日本に来ている人達に(それを解ってもらうのに)、しょっちゅう苦労しています。なぜか、こういう人達は、自信満々なのです。こちらから見れば、話していても、「私の話の四分の一くらいしか解っていないな」と思えるのに、本人は自信が山をなしているような状態です。これも、無責任に「上手、上手」と言う人がいるせいでしょう。
日本語で仕事をし始めて(お金や責任がかかっていますから、誰もお愛想に「上手」なんて言いません。「こんなことも解らないのか」と冷たく見られるのがオチです)、初めて自分のレベルに「気づいて」慌てるのです、こういう人は。
それで、この四分野をバランスよく、レベルを上げていく必要があるのです。そうしておかないと、「一級試験」に合格してから、今度は「ヒアリング」と「会話」のために、ここに通わねばならないということになってしまいます。
もちろん、今回の学生は、大学をめざしていますから、「ヒアリング」がある程度のレベルに達していなければ、大学の先生がせっかくすばらしい講義をしてくださっても、理解できないということになってしまいます。そうなってしまったら、何のために日本語を学んだのかわからなくなってしまいます。
一応、『初級(2)』のクラスで終わっている「43課」までは、終わりました。「ヒアリング」は、時間の問題です。焦ってどうにかなるものではありませんから。後は、本人がどれだけがんばれるかです。けれど、今日一日は、大いに遊んでください。来週から、またがんばりましょう。
日々是好日
今朝は少し風があるようですが、蝉の声が暑さを呼んでいます。もう、暑い。
さて、この「特訓」も昨日で終わりました。今日は、中国の高校時代の友だちと一緒にディズニーシーに行っているはずです。
昨日は、二日目の続き、「第33課」からでした。午前中に「第37課」まで終わり、午後からは、38課から。「じゃあ、朝はここまで」と言った途端、「速いですねえ」とニコニコ顔。こうやって少しずつ自信を取り戻しているのでしょう。『初級』も二冊目に入ると、単語の数も増えてきますし、文型の変化も、一文の中に一つや二つではききません。大変なのは解るのですが、学生の様子を見ながら、スピードを加減し、ちょっと無理かなという所まで速度を上げていきました。
実は彼女の他にもう一人、学校に来て勉強している学生がいます。自習です。教師はついていません。彼女より一つ年上で、去年高校を卒業したばかりの女の子です。
初めは、教えている学生と同じ教室で勉強すさせ、間を見ては、少し指導を加えていたのですが、「冷房が嫌いで、寒い」。「上の教室へ行ってもいいか」と言うので、「一人で大丈夫?」と聞くと、「大丈夫。一人でやる」と言うのです。が、やはり心配です。それで、授業の合間を縫っては、三階の教室へ行き、質問を受けたり、ノートを見たりしていました。
この「時間を縫って」というのは、新しい課ごとに、新出語が出てきますから、ある程度は覚えてもらわなければ、授業が進められません。それで、課毎に覚える時間を与えていたのです。その5分か10分ぐらいの時間です、この自習している学生に割けるのは。
行ってみると、「大丈夫」と言って見せてくれたノートにしっかりと、中国の簡体字が書かれてありましたね。『初級』のうちは、日中両国の漢字の違いに気がつかない場合が多いのです。しかし、それを丁寧に直していけば、直に勘がつきますから、放っておいても大丈夫になります。それで、それを直し、それから、長文(初級ですから、短いものです)の質問を受け、また、一階の教室に戻ります。
それを二回ほど繰り返した後、三階にいた学生が「先生、大丈夫。解らなかったら、自分が一階に行くから」と言ってくれたので、その言葉に甘えて、ちょっとズルをすることにしてしまいました(ごめんね)。
何でもそうですが、文章も「読む『量』」をこなさなくてはだめですね。文法だけ勉強しても、「読めない」のです。実戦には向かないのです。あくまでも「試験対策」にすぎません。
中国人の場合、無理をすれば、わずかな時間でも一級試験に合格させることはできるのですが、この学校では、それを出来るだけ避けるようにしています。もちろん、「とにかく『一級』に合格出来さえすればいい」という人も、いることはいるのですが、たいてい合格してから、後悔するという結果になっています。
「読む」・「書く」・「聞く」・「話す」のバランスがとれていないのです。「聞く」はどうしても時間がかかります。「相手の話のニュアンス」まで、聞き取れるレベルとなると、やはり時間をかけた方がいいのです。
ここにいる人達は、日本の大学や大学院、或いは会社と、日本で暮らすことを考えている人達ですから、「合格証」さえあればいい、という人達とは一線を画する必要があります。
特に、IT関係で日本に来ている人達に(それを解ってもらうのに)、しょっちゅう苦労しています。なぜか、こういう人達は、自信満々なのです。こちらから見れば、話していても、「私の話の四分の一くらいしか解っていないな」と思えるのに、本人は自信が山をなしているような状態です。これも、無責任に「上手、上手」と言う人がいるせいでしょう。
日本語で仕事をし始めて(お金や責任がかかっていますから、誰もお愛想に「上手」なんて言いません。「こんなことも解らないのか」と冷たく見られるのがオチです)、初めて自分のレベルに「気づいて」慌てるのです、こういう人は。
それで、この四分野をバランスよく、レベルを上げていく必要があるのです。そうしておかないと、「一級試験」に合格してから、今度は「ヒアリング」と「会話」のために、ここに通わねばならないということになってしまいます。
もちろん、今回の学生は、大学をめざしていますから、「ヒアリング」がある程度のレベルに達していなければ、大学の先生がせっかくすばらしい講義をしてくださっても、理解できないということになってしまいます。そうなってしまったら、何のために日本語を学んだのかわからなくなってしまいます。
一応、『初級(2)』のクラスで終わっている「43課」までは、終わりました。「ヒアリング」は、時間の問題です。焦ってどうにかなるものではありませんから。後は、本人がどれだけがんばれるかです。けれど、今日一日は、大いに遊んでください。来週から、またがんばりましょう。
日々是好日