日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「『N3』とは何か」。「『日本語の勉強』だけでは、不十分」。

2010-07-05 08:28:12 | 日本語の授業
 湿度が80%を超えています。90%を超えたら話題になっても、80%ほどではもう話題にもなりません。比較的過ごしやすい早朝でも、そうなのですから、大変です。「夕立」というと、真夏のような気がしますが、実際に、梅雨の真っ最中の今でも、夕方になると空中の水分がグッと増すのです。その場合はいつも、「来るな、来るな(来そうだ)」と追いかけられるように、大急ぎで帰るのですが、時々、運悪く、出た時、「ポツポツ」だったのに、道半ばで、「ザーザー」へと姿を変えられることもあります。まあ、例年に比べれば、日中の雨は少ないとも言えましょうが。もっとも、これは関東地区だけです。南九州などは、連日の豪雨に悲鳴を上げているそうですから。

 さて、昨日は、「N1」「N2」「N3」の(日本語能力)試験でした。これは以前の日本語能力試験「一級」、「二級」、そして「二級と三級の間」の試験に相当します。この試験の前に、三回ほど模擬試験を実施したのですが、「N1」の読解力を問う文章は、かなり難しくなったような気がします。短いものであっても、日本人が「普通に読むレベル(文法や語句)であるし、内容である」のような気がします。こういうものは、中国人学生は苦手でしょうね。価値観が一色ではないし、時によってはそれも相対的なものとしてとらえねばなりませんから。
 
 けれども、あれくらいの文章がスラスラと読めるようになれば、大学でも、一般の会社でも、それほど困らないでしょう。少なくとも、「読解力がなくて、困る」とはならないでしょうから。

 去年来日した学生達が、盛んに「N1」とか「N3」とか言っているのを、聞き囓ったのでしょう、「Dクラス(今年の4月開講)」の在日生が二人、やって来ました。

 「はてさて、先生、『N1』とか『N2』とかいうのは、なんじゃいな」

 彼らはまだ「みんなの日本語2」の「29課」に入ったばかりで、「文章」などと言えるようなものはほとんど読んでいません(もちろん、「中級」を学んでいても、「上級」を学んでいても、「N1」と「N2」の文章のレベルの違いがわからないという学生もいます)。文法を一文ごとに練習しているような、今のレベルでは、「N3」であろうと、富士の高根を指さすようなものなのです。

 それに、「呼び方」が変わりましたから、感覚的にも掴めないのでしょう。それで、普通、この学校では、「非漢字圏」の学生で、しかも、今年の四月から「あいうえお」の読み方・書き方から入った学生は、その年(入学した年)の12月に、「日本語能力試験(三級)」を受験することになっている。しかも、ほとんどの者は合格している。それゆえ、今年は、去年の「三級」レベルの「N4」を受験することになるだろうと伝えました。

 ところが「三級」は「3」ですのに、「N4」は「4」です。そこがどうも腑に落ちぬらしいのです。それで、練習問題の「N3」を見せてやります。すると、後ろの長文に、驚いたらしく、「おおっ」と声を上げます。

 この、聞きに来た「在日」というのは、マレーシアとネパールの人で、二人とも母国で大学を卒業しています。ビザは学校のビザではありません。一人は大学院を、もう一人は日本の会社就職を考えています。

 今の彼らのレベルから言うと「N3」は無理だということが判ったのでしょう。けれども、同時に、「みんなの日本語2」が終わった後、「中級から学ぶ日本語」をやる(教科書を見せてやります)ので、まじめにやっていれば、一年後には、「N3」を目指せないわけではないということを言ってやります。何となく判ったのでしょう、それなりに理解した様子で帰っていきました。

 この、「何となく」なのですが。この文章の違い、例えば、「N1」と「N2」、あるいは「N2」と「N3」の違いというのは、かなり日本語の文章を読み慣れないと判らないものなのです(どこの国の言葉でも同じでしょうが)。多分、彼らの今のレベルでは「N3」以上の文章はすべて同じに見えることでしょう。

 マレーシアの人によると、「マレーシアの大学」では、日本語科を卒業する時には、「日本語能力試験(2級)」合格なのだそうです。彼にとっては、「二級」は、ある程度親しいものであっても、「N2」(は聞いたことがありませんから)と聞いて、戸惑ってしまったのかもしれません。

 どちらにしても、目的があるということはいいことです。来日すれば、何をするにしても日本語が必要となります。旧英米の植民地だった国や、国是として英語を取り入れている特別な国を除けば、どこでも、その国へ行けば、その国の言葉に、ある程度、習熟することが求められるのは当然のことです。

 その上で、その国の風俗習慣や文化などに関する知識が求められるのです。これらに関する知識がないと、会社勤めはかなりきついものになるでしょう。言葉だけうまくても、いえ、言葉がうまいということが、却ってマイナスになることも少なくないのです。

 夫婦のどちらかが日本人であれば、相手が教えてくれもするでしょうし、注意もしてくれるでしょう。が、二人共外国人であった場合、最悪の場合、周りと摩擦を起こしていることに気づいても、その理由が判らぬまま、日本にいなければならないということになってしまいます。これは、その人にとっても、日本にとっても、お互いに不幸なことです。ある国に滞在して、帰国してから「反○○」になったりするのは、得てしてこのような場合が、多いのです。

 就学生(今年の7月から「留学生」と呼ばれるようになりました)として来日した場合の、「他に勝る」というのは、正にこの点なのです(もちろん、どういう「日本語学校」で学んだか、よい学校に来ていても、その人がちゃんと学校に通ったか、まじめに勉強したかなどにもよりますが)。

 この日本語学校(水野外語学院)では、一ヶ月か二ヶ月に一度は、都内見学に連れて行きます(その他にも、二年という期間を考えて、一年目には、鎌倉、富士山、ディズニーランド。二年目には、横浜、日光、ディズニーシーへ連れて行っています)し、授業中や日常生活においても、折に触れ、日本でのやり方を説明しています(日本での勉強というのは、校内だけで終わるものではなく、いろいろな場所での見聞を広める必要もあるのです。これは「上級」が終わってから、一般的な知識を学ぶ時に役立ちます)。それに、アルバイト先やいろいろな場所で問題が生じた時には、その問題の生ずる理由を(これもあくまで類推しての説明です。おそらくは、こうであったから、そう言う反応になったのであろうと、それくらいのものですが)説明し、対処の仕方を共に考えていきます。

 それから後は、すでに大学を卒業した年齢に達している人は、自分なりの判断でやればいいことです。「知らなかった」であれば、知らしめておくべき学校がそれを怠ったわけですから、学校が悪い。けれども、知っていて、しかる後に、どちらを選ぶかは、その人自身の選択なのです。つまり、生き方の問題なのです。ただ、まだ高校を卒業したばかりという学生には、聞かれなくとも、「こうするように」という指示を出します。彼らには、外国で暮らしていく上での判断力は、それほどないのです。しかも、こういうことを、まだ身体で覚えられるという時期にあるのです。

 どんよりと淀んだ空です。向かいのマンションの工事が始まりました。昨日試験に参加した学生達は、どんな表情でやってくるでしょう。うまくいったにせよ、失敗したにせよ、どちらにしても、ある種の開放感はあるでしょうね。

 「Aクラス」では、もうすぐ「上級」が終わります(このクラスでは、内モンゴルから来た学生が多かったので、漢字の知識の欠如、それから生じる単語の理解力不足などが問題となり、中国人が大半を占めているとはいえ、それほど速く進めなかったのです)。「上級」が終われば、それからは、「留学生試験(総合問題)」のための知識を導入したり、「時事問題」に対する理解力をつけたりするような授業が始まります。

 一部は今週から、私が持っている授業は、だいたい来週か、再来週くらいから始められるでしょうか。

日々是好日
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