イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「イギリスの豚はおいしいか?―失われたハムエッグを求めて 」読了

2016年08月07日 | 2016読書
ポール ハイニー/ 鶴田 庸子 訳  「イギリスの豚はおいしいか?―失われたハムエッグを求めて 」読了 

英国の料理というとフィッシュ&チップス、コテージパイくらいしか思い出さず、それも大概はおいしい料理がない国と思われている。
この本はそんなことに関係なく、著者が子供のころに食べたおいしい豚肉の加工品を求めて各地を訪ね、その究極として自分で豚を飼いそれを屠殺して肉を得ようとしたことが綴られている。

ヨーロッパはどこの国でもかつては一家に1匹は豚を飼っていて、1年間の食料として屠殺しハムやベーコンに加工して保存していた。生き物を殺さないことには食物にありつけない。情が移ろうがどうしようが自分が生きるためにはそうしなければならないのだ。

そういうことがベースになっているのでただのグルメ本ではない。昔の人々はどれだけ豚(豚肉)に敬意をはらって加工をしてきたかを現代と比較しながら論じている文化論である。

僕も豚肉は大好きだが、いったいどうやって食卓までやってくるかなどまったく知る由もない。考えたこともない。たとえ動物であろうとそこに「死」というものがあるということにはまったく気付いていない。
多分、著者の言いたいことはそこではないのか。そう思う。
“メメント・モリ”という言葉があるが、「死」を意識することでしかひとは人として生きることができない。なぜなら死を意識できるのは人間だけだからだ。そこから道徳というものが生まれ宗教が生まれた。

多分、コンビニというものが日本の道徳を堕落させた要因の大きなひとつではないのかとずっと思っている。
コンビニ、最近は中食といって普通の食品スーパーでもいっぱい売っている出来合いの料理は、食材の由来どころか、その料理の調理法さえもわからなくしてしまっている。そこには命をいただくとか人の手を介してその料理は作られているとか、そういうことを覆い隠してしまっている。
病院で死ぬことが当たり前になり、実生活と「死」の間に相当な距離が開いてしまったのはとうの昔にそう言われている。
どんどん「死」というものが遠ざかり人は人としての根の部分を失ってゆく。
それが流れなら仕方がないが、自分自身はそんなことを意識して生きたいものだ。


師が使った言葉に、有名な、「・・・八日間幸せになりたかったら、豚を殺して食べなさい。・・・」というものがあるが、この本を読むと中国の古いことわざではなく、きっとヨーロッパのことわざではなかったのかと思う。
僕ももう少し涼しくなったらベーコン作りに挑戦したいと思った一冊である。


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紀ノ川河口釣行

2016年08月07日 | 2016釣り
 




場所:紀ノ川河口
条件:中潮8:36満潮
釣果:フッコ 3匹 マダコ 1匹

僕の心の中の法則では8月1日から15日までの間は必ずスズキが釣れる。今年もそれを証明するために今までよりももっと気合を入れての出撃だ。
ファーストキャストは真っ暗なうちと思って午前4時に出港。
いつものポイントに投錨し、まずはペンシルベイトをキャスト。少し波気があるので一度ポッパーを試してみようと、加太で使おうと思って買った大型のルアーに変えたとたんにアタリが出た。最初のアタリはフッキングしなかったが2回目はフッキングに成功。小さいけれど僕の法則が正しいことが証明された。
フックを外そうとペンチとナイフをウエストポーチの中を探している間にPEラインとショックリーダーとルアーのトレブルフックがぐちゃぐちゃに絡んでしまった。今が時合なのになんてことだ。
絡みを解いている暇はないのでラインを切り刻んでとりあえずPEラインとルアーを直結してキャストしようとしたら一体どこに結んでいたのかキャストの前にルアーだけ海の向こうに流れていってしまった。なんだか運のよさそうなルアーだったのに残念しごくだ。真っ暗の中での作業と焦りに加えて、PEラインの扱いにも慣れていないのが原因だろうが、魚に持っていかれるのなら納得もする。しかし、こんなショボいミスで失くすとは情けないのだ。

その後もルアーをとっかえひっかえしながら2匹を追加。

すっかり辺りが明るくなったのでタコ釣りに変更。前回に続いて2匹目のドジョウを狙うべく、また、ここでのタコ釣りのやり方を確立すべく前回の釣行の時のマルアジをテンヤにセット。
今日は東からの風が強く船が流れすぎる。普通に流していてはテンヤが底まで届かない。碇を使ってうまく流れ方を調整しながらアタリを待つが今日は全然アタらない。
流れが速すぎるのが悪いのか、それとも水の濁りが悪いのか・・・。水の濁りは意外と濃かった。昨日の夕立で濁りが出てしまったのだろうか。
粘りに粘ってアタリが2回、うち1匹をなんとか取り込むことができた。
午前9時まで頑張ったが、この暑さでこの時間までやってるともうだめだ。体力が続かない。

濁りが原因でアタリがないのなら釣りに行く日を選べばいいが、流れが原因で釣れないのなら対処法がない。別のポイントを探さなくてはならない。
まだまだ釣り方を確立するまでは時間がかかりそうだ。

帰り道、よさこい祭りを見物。毎回見るたびに思うが、この人たちがこの祭りにかけているエネルギーのすごさには頭が下がる。
若い人たちばかりだと思っていたが、目を凝らしてよく見ると相当なおばさんも混じっている。団体行動がまったくの苦手な僕には絶対にできない。
若い人も年寄りも踊りきったあとには相当な満足感があるんだろうな。きっと。



家に帰ってフッコをさばくとお腹の中には脂がどっさり入っていた。今夜は塩焼きの予定だが、これは絶対に美味しいはずだ。
夕食が楽しみだ。



タコを釣るテンヤは自分で作っている。別に買っても大した値段ではないのだが、自分で作れそうなものは自分で作りたいと思っている。
ここでも100均グッズが役に立つのだ。
本体は100均のまな板。これが強くて加工しやすい。タチウオ用の潜航板も100均のまな板だ。



オモリは中古の釣具屋でこんなときのために買いこんでおいたジャンクの鉛を溶かして整形する。木型を作り、それに合わせてこれまた100均の油よけのガードを切って枠を作る。

 

あとはこれを組み立てるだけ。



こいうのも魚釣りの一環としてはものすごく楽しいのだ。








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