イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「美味礼賛 下」読了

2010年09月09日 | Weblog
ブリア・サヴァラン 関戸秀雄 戸部松実 訳 「美味礼賛 下」読了
下巻はどちらかというと、著者の自慢話中心の内容になっている。
この本は、上下巻通して著者がフランス革命前後の体験を晩年になって記したものだが、さすが王様が治めていた国だけあって文字を追うだけでも美味しそうな料理が並んでいる。18世紀の終わりにはすでにアイスクリームも食卓に上っていたとは驚きだ。
もちろん、著者は当時の上流階級の人だから僕たちのような一般下層庶民はどんな食生活をしていたかは知らないが、今の日本人に比べればよっぽど自然の恵みを四季の移り変わりともに味わっていたと思う。
それに比べれば今の僕を含めた日本人は一体何を食っているのか。「すごく字の細かい本を読んでいるんですね。」と言った僕の部下は、もうすぐお母さんになるのだが、いつも昼食はコンビニでいろいろなものを買ってきて事務所で食べている。どうも体調が悪くて医者に診てもらったら、食生活を聞かれ、そのまま話したら叱られたそうだ。「鮎を買ってフライパンで焼いたら美味しくなかった。とも言っていた????。この子はどのようにして子供を育てていくのか、僕には関係のないことだが心配になってくる。
携帯電話とコンビニはどんどん日本人を劣化させていくようだ。
世の中のどれほどの人たちがこの程度かは知らないが、ビールより発泡酒とそれ以下のリキュールの方が売れ、ワインをペットボトルに入れてフランス国家から叱れる民族には未来はないように思う。

菅さんはぶれた発言をする前に国民に対して「季節を感じろ」と訴えてほしいものだ。
そこに景気浮揚の鍵があるような気がするが・・・。
今年の夏の猛暑も、日本の国の神様が、「もっと季節を感じろ」と怒り狂った結果のような気がしているのは僕だけだろうか。
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加太沖釣行

2010年09月05日 | Weblog
 
場所:水軒沖、加太沖
条件:中潮9:50満潮
潮流:6:23転流 10:27最強2.8ノット下り    
釣果:タチウオ 11匹 サゴシ 1匹

船の整備が終わって速度が戻ってきた。今日は加太への釣行だ。

午前3時50分自宅を出発。東の空にはオリオン座が見えていた。夜空は冬の星座が見えようかという時期なのに今朝もけっこう暑い。
まずは水軒沖から紀ノ川河口にかけてタチウオを狙ってみる。ことしはさっぱりでせっかく仕掛けを新調したのにまだ1匹も釣っていないのだ。
新新波止に近づき、針路を変えた直後に待望のアタリ。なんと久しいことか。
好調とはいかないが群れに当たるとどんどんアタッてくる。複数のヒットは一度だけだったがまずまずというところか。
徐々に加太に向かうため波止を越えて紀ノ川の沖に差し掛かったときにアタリのあとフッと仕掛けが軽くなってしまった。
なんと仕掛けが一番上からなくなってしまっている。ケミホタルをつけていた所くらいから下がなくなっているので、タチウオがこれに食いついたのだろう。前回つかったのをそのままにしていたので全然光っていなかったのだが、これをめがけて突進したやつがあったのだろう。
予備で持っていた古い仕掛けに変更したがその後はアタリがなく、加太へ向けて針路を変更した。

今日は下りの潮なので田倉崎の南の位置から釣りをスタート。
あまり釣れていないらしく、ほとんど船が出ていない。あまり期待は持てないようだ。
今日は最初のうちはサビキを試してそのあとは高仕掛けで挑もうと思っていたのだが、肝心のサビキ仕掛けが道具入れに入っていない??。何でだろう??
仕方がないので最初から高仕掛けでスタート。
仕掛けを投入して最初の巻上げでいきなりアタリ。今日はついているようだ。サゴシが上がってきた。
どんどんいけるのではないかと思いきや、あとは全然アタリなし。途中でタイカブラに30センチほどのフグがヒットしただけだった。
このフグは食べられるのだろうか?ネットで調べてみるとショウサイフグのような感じがするが、やっぱり素人の料理はまずいんだろうな~。写真を撮って詳しく調べてみようとしたら指を噛まれたのでそのまま海に帰ってもらった。

午前8時を回るとものすごい暑さだ。風は吹かないし日差しもきつい。
潮の流れは速度を増してきてなんだかいい感じだったが心がもたなかった。
僕は鉱山に閉じ込められた最後、三日も持たない精神力のようだ。
10時過ぎ頃まで粘ろうと思っていたが午前8時半にギブアップ。

この暑さでは当分はタチウオだけの釣りしかないようなかんじだ。体が持たない。
今月の中頃に平日の休みを取って久々に田辺に行こうと思ったが、これも月末くらいまで待ったほうがいいような気がする。
本当に今年はどうかしている。

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「適当論」読了

2010年09月01日 | Weblog
高田純次 「適当論」読了
高田純次の「適当日記」という本は紙本より電子書籍の方が販売部数が多いらしい。そんな時代になってきたようだ。
この本はそれより少し前に出版されたものだ。
著者が高田純次となっているが、ほとんどが精神科医の和田秀樹という人が解説というか、文章を書いている。こんなところも適当なような・・・。
この精神科医は著者?の生き方、考え方が人間としては非常に理にかなった生き方だと説いているが、本当にこんな生き方をしていれば世間から抹殺されてしまうだろう。特にサラリーマンである限りは・・・。

しかし、どんな世界でも名を成す人はどこかが違うのもこの本からもわかる。本当は全然適当な人ではないかと思う。この人は結婚して子供ができてからサラリーマンを辞めて東京乾電池に入団したらしい。その後は寝る間もなくアルバイトしながら劇団の稽古をしていたということだ。それを著者?は魔が差したと表現しているが、そうではなかったのだろうと思う。きっと何かの信念があったのだと思うと、やっぱりただの人ではなかったのだ。
普通のひとはやっぱり真似をしてはいけないのだ。

語録の中のひとつに、『現実を否定せず肯定することだ。だから、何でも面白げにやってきた。疫病神はいっこうにめげない自分を「張り合いのないやつ」と見限って、他のやつを探してどこかに行ってしまった。そうこうしてるうちに、遠くから眺めていた福の神が「変なやつ」と顔を覗きにきた。そう考えている。』というものがあったが、そんなに考えられる人というのはやっぱりうらやましいと思ってしまうのだ。



最近の新書はどうも内容が薄っぺらいというか、なんというか。この本も1時間足らずで読んでしまった。
とりあえず、フォントが大きい。行間も広いような気がする。そんな程度の内容だから電子書籍でも売れるのだろうが、なんともなさけない。新書というのは、「現代人の現代的教養を目的」としてるらしいが、なんとも薄っぺらい教養だろうと思ってしまう。
会社の部下と電車で移動中に今読んでいる本の話をしたとき、「すごく字の細かい本を読んでいるんですね。」と言われたことがある。この子は何を言っているんだろう(というか、文字だけの本などはここ数年読んでいないんだろうと思うが。)と思ったが、世間はこんなものなのだろうか。
「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」もそうだったが、世の中はどんどんバカ化しているのだろう。僕も人に言えたものではないが・・・。


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