イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「狸の腹鼓 (民俗伝奇小説集)」読了

2022年01月27日 | 2022読書
宇江敏勝 「狸の腹鼓 (民俗伝奇小説集)」読了

毎年、年末年始は宇江敏勝の本を読もうと、去年の暮れにこの本を借りていたが、先に読まなければならない本があったので1月も終わりの頃になってやっと読むことができた。

宇江敏勝は、「民俗伝奇小説集」というくくりで2011年から毎年1冊ずつ出版していたが、10冊目のこの本が最後の締めくくりとなったそうだ。
著者本人の体験や聞き取りから着想を得た、実話か創作かどちらとも取れるようなリアルな内容だ。
毎回のとおり、昭和の初めころから高度経済成長期を迎える頃までの山の中の生活をベースに物語は流れてゆく。
動力のない時代、特に山奥では人力や動物の力が頼りになる。そして、それほど多くの人口を養うことができない地力では自分の力を頼りに孤独に生きるしかない。それが炭焼きや木馬引きの生き方である。大半の物語は著者の私小説風な装いであり、事実著者も若い頃は炭焼きをして暮らしていたそうだ。孤独の中で本を読み、文章を書いて同人誌に投稿する暮らしをしていた。

日本が貧しい時代から豊かな時代へ急激に変化していく中、著者は少し遅れて時代の変化を体験する。その中で感じることは、豊かなになる必要はない。それよりも孤独に、自由に生きたい。そういう感覚だ。
タイトルにもなっている「狸の腹鼓」ではそういう願望がにじみ出ている。80歳を過ぎてかつて暮らした炭焼き小屋を訪ねるという物語だが、ほんの少し好意を寄せた女性との思い出の場所でもある。故郷を出て貨物船に乗り、その女性の父親が戦死したという沖縄本島を眺めるというシーンがあるが、10年以上経ってもなおその思慕の思いはかすかに燻っている。そんな一途さが孤独に生きるには必要だ。山と人とを結ぶ絆が薄れていく中、主人公は都会の生活になじみながらも山奥の生活を心の中に残しているのである。

木炭というのは、腐敗することがなく、100年単位で自然界に残るそうだ。だから、炭焼き小屋の跡というのも長い年月を経てもその痕跡が山中に残っていることが多いというのは、著者が出演していたドキュメンタリー番組で語られていたものだったと思う。
かつて生きた、それも地面に汗がしみ込んでいる場所を後年になって眺めるというのはどんな気持ちになるのだろうか。そこのところはまったく想像ができないまま読み終えてしまった1冊であった。

「民俗伝奇小説集」はこれで5冊目を読んだことになる。静かに語られる山奥でのある意味生きることに対してのプリミティブな物語は年末年始に読むには最適のように思う。残り5冊、年末の恒例として読み切りたいと思うのだ。

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