ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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北朝鮮「人権侵害」批判を金正恩批判へ

2015-01-04 06:56:27 | 国際関係
 昨年末、北朝鮮の金正恩第1書記の暗殺を題材とする映画「ザ・インタビュー」を製作したソニー傘下の映画会社ソニー・ピクチャーズエンタテインメントが、サイバー攻撃を受けた。米国政府は、この攻撃に北朝鮮が関与していると断定した。そして、対抗措置として、オバマ大統領は1月2日、北朝鮮への制裁を科すための大統領令を発動した。対象は、すでに核問題を巡り制裁対象となっている北朝鮮のサイバー部隊を有する偵察総局など3団体のほか、新たに政府高官ら10人が含まれ、アメリカとの取引が禁止される。
 北朝鮮は、秘密に閉ざされた国家である。今年もその動向は、わが国や米国・中国等にとって、目を離せない。だが、国際社会と隔絶した北朝鮮において、何が起こっているか、これからどう動くか、専門家であっても分析・把握は困難なようである。そこで貴重なのが、金正恩体制で政府高官を務めた経験のある脱北者の発言である。張真晟(チャンジンソン)氏は、そうした脱北者の一人として、体制内部の事情や行動形態について、非常に参考になる意見を述べている。張氏は、朝鮮労働党統一戦線部(対南工作部門)に勤務し、心理戦を担当する詩人、作家として活動した経験がある。
 張氏は、昨年9月、オランダ南西部にあるライデン大学の現代東アジア研究センターなどの企画で開かれた、北朝鮮に関する学術会議に参加した。この会議で、張氏は、体制内で高官を務めた脱北者7人のうちの一人として、金正恩体制の現状などについての分析を語った。
 張氏は、この会議で次のように語ったと伝えられる。―――25年12月金正恩体制のナンバー2・張成沢(チャンソンテク)が粛清された。その後、張成沢の排除のために団結した者たちは、同じ船に乗っている必要がなくなった。新たな内部闘争が起こる可能性がある。争いの目的は、かつては最高権力者に近づくため、金総書記への忠誠心を示すためだったが、今はビジネスや貿易への影響力の確保に変わっている。食糧の配給制度が破綻して密輸などヤミ取引が拡大し、これに伴い外部からの情報を得ようとの動きが強まっている。体制を支えてきた「物質的管理」「思考管理」という2つの柱が崩壊しつつあり、体制崩壊はそう遠くない。5年後か、遅くとも7年後だーーーと。
 こうした張真晟氏の発言において、最も注目されるのは、体制を支えてきた「思考管理」という柱が、「物質的管理」という柱とともに、崩壊しつつあるという指摘である。「思考管理」とは、人民の徹底した洗脳と意識支配である。独裁国家における人民の支配は、実力による物理的な支配だけでは不十分である。その支配が内面の深くに及び、与えられた発想・回路でしか、ものを考えることができない状態が実現されてこそ、独裁体制は強固なものになる。北朝鮮は、おそらく過去のいかなる国家にもまして、この洗脳と意識支配を徹底してきた。そこに北朝鮮の特異性がある。だが、この国家の「思考管理」を根底揺るがすような事態が進みつつある。それが、国連における北朝鮮の人権侵害への非難の動きである。
 昨年2月17日、国連北朝鮮人権調査委員会が最終報告書を公表した。これを受けて、3月28日国連人権理事会は、北朝鮮による国家ぐるみの人権侵害行為は「人道に対する罪」と非難する決議を賛成多数で採択した。決議は、拉致被害者らの帰国、全政治犯収容所の廃止と政治犯の釈放等を要求し、犯罪に関与した人物の責任を追及するよう明記した。人権状況を今後も把握するため「実態の監視と記録を強化する組織」の創設を盛り込んだ。また、国連安保理に対し「適切な国際刑事司法機関」への付託の検討を勧告した。そして、北朝鮮の人権侵害を国際刑事裁判所(ICC)に付託するよう勧告した初めての北朝鮮人権決議案が、12月18日に国連総会本会議で採択された。
 人権侵害非難の動きに対して、北朝鮮は激しく反応し、様々な対抗工作をしていた。このことにつき、張真晟氏は、12月9日付の産経新聞の記事で次のように書いている。

 「北朝鮮はこの数カ月、決議案阻止のため、あらゆる外交力を総動員してきた。これまで人権決議に沈黙してきた北朝鮮が、一体なぜ、こんなに大騒ぎをするのか」「今回の人権決議案に北朝鮮が極度に興奮する理由はただひとつ。過去の決議は北朝鮮住民たちの人権問題だったが、今回は『人道に対する罪』の最高責任者として金正恩の責任をICCで問うことを目指したからだ」
 「日本も拉致問題解決を、首領の指示によってすべての行為が成り立つ首領唯一指導体制の属性と結びつけて、果敢に圧迫する必要がある。拉致犯罪は金正恩の沈黙によって現在進行形の『反人権犯罪』として追及するべきだ」
 「“日本と北との関係”でなく“拉致問題と金正恩”-という直接的な構図に持ち込む。それでこそ首領神格化を守ることしか頭にない北朝鮮を迅速に動かすことができ、対話と結果に導くことが可能だ」
 「北朝鮮を攻めるときに最も効率的なのは非対称戦略に持ち込むことだ。特に首領主義と連係させること以上に強力な武器はない。私は首領主義体制経験者の一人として、これを自信を持って推薦できる」と。

 ポイントを突いた意見だと思う。北朝鮮がなぜ金正恩の暗殺を題材とする映画を作った映画会社にサイバー攻撃を行ったか。金一族の指導者を神格化し、その個人を中心とした国家体制を取る北朝鮮にとって、金正恩の権威を傷つける行為は、容認できない。この映画の製作・公開が、金正恩の責任を問う国連における人権侵害非難決議の動きと、時期的に一致しているがゆえに、彼らはサイバー攻撃という暴挙に出たのだろう。北朝鮮のサイバー攻撃は予想以上の能力を示した。だが、米国の報復能力は、彼らの能力をはるかに上回っている。米国は情報技術的・外交的手段を駆使して、これに対抗するだろう。この状況で重要なのは、わが国が、拉致問題は金正日の指示によって行われ、現在も金正恩が関与している国家犯罪であることを強く打ち出し、またこれを国際社会が一致協力して解決すべき人権侵害犯罪として、米国および国際社会により積極的にアピールすることだと思う。
 
 以下は、張真晟氏の記事の全文と関連する報道記事。

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●産経新聞 平成26年9月26日

http://sankei.jp.msn.com/world/news/140926/kor14092611490004-n1.htm
「金正恩の権力強くない、台本を書いているのは組織指導部」「体制崩壊は5~7年後」 脱北者ら分析
2014.9.26 11:49

 北朝鮮に関する学術会議がオランダ南西部ライデンで開かれ、体制内で高官を務めた脱北者7人が金正恩(キムジョンウン)体制の現状などについての分析を語った。元高官らは、権力の中心は朝鮮労働党組織指導部だとした上で、金正恩第1書記は金正日(キムジョンイル)総書記ほどに権力を掌握できていないと指摘。内部闘争の恐れや統治システムの衰退を踏まえ、体制崩壊も遠くないとの見解を示した。
 会議はライデン大学の現代東アジア研究センターなどが企画。朝鮮労働党統一戦線部に勤務した張真晟(チャンジンソン)氏のほか、元外交官や元軍高官、一般警察にあたる人民保安部の元高官らが17、18両日、同大で個別の講義や記者会見、講演を行った。
 組織指導部は幹部人事も握る実力組織で、金正恩体制のナンバー2の地位にあった張成沢(チャンソンテク)氏の粛清を主導したといわれる。元高官らは組織指導部について、行政、治安、軍への権限も併せ持つ「最も重要な中央機関」であり、金第1書記の指示も組織指導部を通じて伝えられているとした。
 金総書記は金日成(キムイルソン)体制時代に組織指導部長を務めるなど長年かけて権力掌握を進めてきたが、金第1書記は準備期間が短かった上、スイスに留学していたため信頼できる政治的協力者もいない。このため、金総書記ほどの実権を有しておらず、組織指導部が北朝鮮の権力機構維持のため、金第1書記の権威を保とうとしているという。
 ある元高官は「映画でいえば、金総書記は監督と主役を兼ねたが、金第1書記は主役のみ。台本を書き、監督をしているのは組織指導部だ」と説明。張真晟氏も「金第1書記は象徴的な最高指導者」と強調した。
 元高官らは、この状況下で「権力内部では多くの摩擦や緊張が起きている」と指摘。最たる例が張成沢氏の粛清で、「金正恩体制で張氏の影響力が増し、反対派との間で緊張が高まった」結果、組織指導部を中心に排除が図られたという。だが、金第1書記の叔父の粛清は「最高指導者の尊厳を傷つけた」とも強調する。
 張真晟氏は「張成沢氏排除で団結した人々も、もはや同じ船に乗っている必要がなくなった」と語り、新たな内部闘争が起こる可能性を指摘。さらに争いの目的もかつては最高権力者に近づくため、金総書記への忠誠心を示すためだったのが、今は「ビジネスや貿易への影響力」の確保に変わっていると分析した。
 食糧の配給制度が破綻して密輸などヤミ取引が拡大し、これに伴い外部からの情報を得ようとの動きも強まっているという。張真晟氏は体制を支えてきた「物質的管理」「思考管理」という2つの柱が崩壊しつつあるとした上、「体制崩壊はそんなに遠くない。5年後か、遅くとも7年後だ」と強調した。(オランダ南西部ライデン 宮下日出男)

●産経新聞 平成26年12月9日

http://www.sankei.com/world/news/141209/wor1412090007-n1.html
2014.12.9 06:07更新
【張真晟のインサイド北朝鮮】
「人権侵害」批判は「感性独裁」破壊 金正恩体制に核爆弾並み効果

 北朝鮮の人権侵害を国際刑事裁判所(ICC)に付託するよう勧告した初めての北朝鮮人権決議案が来週18日にも国連総会本会議で採択される見込みだ。北朝鮮はこの数カ月、決議案阻止のため、あらゆる外交力を総動員してきた。これまで人権決議に沈黙してきた北朝鮮が、一体なぜ、こんなに大騒ぎをするのか。
 北朝鮮は拘束してきた米人質を解放し、国連のマルズキ・ダルスマン北朝鮮人権問題報告者に訪朝を呼びかけ、人権状況の「現地調査は可能だ」と述べる柔軟性もみせた。しかし一方で、これまで北朝鮮の人権に関して証言してきた者らの信頼度を貶(おとし)めるため、有名脱北者たちの両親や親戚(しんせき)まで駆り出して非難に熱を上げた。全く前例ない北朝鮮の過敏反応に世界は驚いた。
 答えは北朝鮮の「感性独裁」にある。世界の大部分の北朝鮮学者は北朝鮮の物理的独裁だけしか解説していない。だが、金一族を崇拝するカルト国家という特性上、北朝鮮の本当にものすごい独裁は「感性独裁」である。住民たちの情緒と感性は徹底的に洗脳され統制されている。物理的独裁は朝鮮労働党組織指導部が、「感性独裁」は党宣伝扇動部が主管して、この2部の権限で党は北朝鮮の絶対権力機関として君臨しているのだ。
 今回の人権決議案に北朝鮮が極度に興奮する理由はただひとつ。過去の決議は北朝鮮住民たちの人権問題だったが、今回は「人道に対する罪」の最高責任者として金正恩(キム・ジョンウン)の責任をICCで問うことを目指したからだ。
 言い換えれば、北朝鮮にとっての急所はただひとりの人権、すなわち首領だけだ。決議案は首領神格化そのものの責任を「国際刑事裁判所で問題にすべきだ」といっている。もちろん決議案を実行するには安全保障理事会での採択が必要で、現在は国連による象徴的な断罪だが、こうした動きが北朝鮮住民と幹部らの心理的動揺につながれば、それこそ「感性独裁」を破壊する核爆弾と違わない効果がある。
 このように北朝鮮の首領主義は、国内の統制には最強の手段だが対外的にはかえって最大の弱点になる。なぜなら首領神格化は単純な宣伝でなく、歴史歪曲(わいきょく)で塗り固めた欺瞞(ぎまん)の虚像であるためだ。
 こういう北朝鮮であるから、日本も拉致問題解決を、首領の指示によってすべての行為が成り立つ首領唯一指導体制の属性と結びつけて、果敢に圧迫する必要がある。拉致犯罪は金正恩の沈黙によって現在進行形の「反人権犯罪」として追及するべきだ。
 一方で、「現権力には(拉致を実行した)対南工作部署の過去に対する反省や問題解決を主導する自信すらないのか」といった形で、逆攻勢をかけていくのも一案だ。
 このように、“日本と北との関係”でなく“拉致問題と金正恩”-という直接的な構図に持ち込む。それでこそ首領神格化を守ることしか頭にない北朝鮮を迅速に動かすことができ、対話と結果に導くことが可能だ。
 日本は北朝鮮の人権と別途に拉致犯罪の責任を金日成(イルソン)、金正日(ジョンイル)、金正恩まで追及する反人権犯罪としてICCに提訴することを表明したらどうか。拉致の証拠は、北朝鮮政権が自負する首領唯一指導体制の歴史そのもので体系的に説明されるし、客観性も十分にある。すでに日本は北朝鮮指導者の責任を問うことができる物質的証拠を持っている。また、過去には小泉純一郎元首相との会談で金正日が自分の口で公開謝罪をしている。なにより安倍晋三氏がその現場の証人だ。
 北朝鮮を攻めるときに最も効率的なのは非対称戦略に持ち込むことだ。特に首領主義と連係させること以上に強力な武器はない。私は首領主義体制経験者の一人として、これを自信を持って推薦できる。
 ◇
 張真晟(チャン・ジンソン)北朝鮮・黄海北道生まれ。金日成総合大学卒。朝鮮労働党統一戦線部(対南工作部門)勤務。心理戦を担当する詩人、作家として活動。2004年に脱北、韓国情報機関傘下の国家安保戦略研究所を経て、2011年北朝鮮情報サイト「NEW FOCUS」設立。著書に『金王朝「御用詩人」の告白』がある。

●産経新聞 平成26年12月19日

http://www.sankei.com/world/news/141219/wor1412190017-n1.html
2014.12.19 09:43更新
「北朝鮮人権非難決議」を採択 国連総会、安保理に国際刑事裁判所付託促す 日本人拉致の調査開示期待も

 【ニューヨーク=黒沢潤】国連総会(193カ国)は18日、北朝鮮の人権侵害を非難する決議案を賛成多数で採択した。同様の決議採択は10年連続。今回は北朝鮮の人権侵害を国際刑事裁判所(ICC)に付託するよう国連安全保障理事会に初めて促した。
 採決は賛成116、反対20、棄権53だった。決議は「(北朝鮮で)人道に対する罪が行われたと信じるに足る合理的な根拠が得られた」と指摘。安保理には、ICCへの付託や、「人道に対する罪」の責任者への制裁の検討を求めた。
 また、北朝鮮による外国人の「組織的拉致」に懸念を表明。「拉致被害者を含むすべての日本人に関する具体的な調査結果」を同国が示すことに期待を示した。
 決議案は日本と欧州連合(EU)主導で作成され、62カ国が共同提案国となった。北朝鮮の代表は決議採択に際し、「でっち上げの証言に基づくものだ。悪意を持って(北朝鮮の)イメージに打撃を与えようとしている」と反発した。
 ICCへの付託は、安保理会合での採択が必要。常任理事国の中国が拒否権を行使する考えを示唆しており、実現は困難とみられている。
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関連掲示
・拙稿「『北の人権』に中韓は責任果たせ~西岡力氏
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/defc682cc3b64e6b047551ef5d41d6ea
・拙稿「北朝鮮が拉致再調査でまた約束破り」
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/5debe16efa02b7cbe6b1d796ce564d14