ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

イスラム過激派のテロへの対応心得1

2015-01-26 09:47:49 | 国際関係
 1月7日フランスの風刺週刊紙「シャルリー・エブド」のパリ市内の本社が銃撃され、同紙の編集者や風刺画家を含む12人が死亡、20人が負傷した。この事件は、世界に大きな波紋を呼んだ。わが国でもイスラム過激派のテロが行われる可能性が懸念されるようになった。そうした中で、20日過激派組織「イスラム国」とみられるグループが日本人2人の殺害を警告するビデオ声明を発表した。人質の身代金として、3日間の期限で日本国政府に2億ドルを要求した。安倍首相は中東歴訪中であり、そのタイミングを図った脅迫だった。
 安倍首相は20日、イスラエルのエルサレムで記者会見し、「人命を盾にとって挑発するのは許し難い行為であり、強い憤りを覚える。直ちに解放するよう強く要求する」と批判し、「今後も国際社会の平和と安定のために一層貢献する。この方針に揺るぎはなく、変えることはない」と述べた。また、エジプトのカイロでイスラム国対策として支援を表明した2億ドルについて、「この2億ドルの支援は、避難民が最も必要としている支援であり、命をつなぐための支援だ。しっかり支援を行う姿勢に変わりはない」と強調した。
 わが国政府は、2億ドルの支援が非軍事的な人道支援であることを明確に説明するとともに、人質の解放のため外交努力を行ってきた。だが、25日テロリストより、人質のうちの1名を殺害したとの画像が公開された。殺害されたと見られるのは、民間軍事会社を経営する湯川遥菜氏で、自ら男性性器を切り落とし、名前を女性名に変えたことで知られる。自ら死に場所を求めて紛争地帯に入り、過激派に拘束された。
 テロリストは、なおジャーナリストの後藤健二氏を拘束している。後藤氏は、湯川氏の救援のために自己責任を公言して危険地域に入った。反日・左翼諸団体の巣窟となっている東京都新宿区西早稲田2-3-18にある韓国系キリスト教団体の信者といわれる。
 後藤氏の母親・石堂順子氏は、外国人特派員協会で記者会見し、息子の救命を懇願する一方で、息子家族と没交渉であることを露呈した。原子力反対や地球の平和を唱えたり、満面の笑顔を見せるなど不可解な言動を行った。自宅に北朝鮮指導者の写真を飾っているという。
 テロリストは、要求を身代金から、ヨルダンで無差別爆弾テロを実行した女性ジハーディスト、サジダ・リシャウィ死刑囚の釈放に変えた。事態は、わが国だけではなく、イスラム国への空爆に参加しているヨルダンを当事者に巻き込むものとなった。イスラム過激派とイスラム教諸国との間で、人質を使った捕虜の交換はしばしば行われている。テロリストは、目的追求に悪辣な手段と狡猾な交渉術、高度な情報技術を用いている。インターネットによるサイバー劇場空間で、自らの存在を誇示し、世界中に同調者を作り、ジハードの戦士や資金を集め、米国等の有志国連合による空爆攻撃に対抗しようとしているのだろう。
 人質事件発生以後、我が国の様々な専門家、有識者が本件について意見を述べているが、私は、中東事情の専門家・池内恵東京大学准教授の見解は、必読に値すると思う。今回の事件に限らず、今後のイスラム過激派のテロへの対応において、基本的な点を確認できる。この日記でもあらためて紹介する。

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●池内恵氏のブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」

http://ow.ly/HFqEJ
「イスラーム国」による日本人人質殺害予告について:メディアの皆様へ
2015/01/20 20:55

(略)
(3)日本社会の・言論人・メディアのありがちな反応
 「テロはやられる側が悪い」「政府の政策によってテロが起これば政府の責任だ」という、日本社会で生じてきがちな言論は、テロに加担するものであり、そのような社会の中の脆弱な部分を刺激することがテロの目的そのものです。また、イスラーム主義の理念を「欧米近代を超克する」といったものとして誤って理解する知識人の発言も、このような誤解を誘発します。(略)

なお、以下のことは最低限おさえておかねばなりません。箇条書きで記しておきます。

*今回の殺害予告・身代金要求では、日本の中東諸国への経済援助をもって十字軍の一部でありジハードの対象であると明確に主張し、行動に移している。これは従来からも潜在的にはそのようにみなされていたと考えられるが、今回のように日本の対中東経済支援のみを特定して問題視した事例は少なかった。

*2億ドルという巨額の身代金が実際に支払われると犯人側が考えているとは思えない。日本が中東諸国に経済支援した額をもって象徴的に掲げているだけだろう。

*アラブ諸国では日本は「金だけ」と見られており、法外な額を身代金として突きつけるのは、「日本から取れるものなど金以外にない」という侮りの感情を表している。これはアラブ諸国でしばしば政府側の人間すらも露骨に表出させる感情であるため、根が深い。

*「集団的自衛権」とは無関係である。そもそも集団的自衛権と個別的自衛権の区別が議論されるのは日本だけである。現在日本が行っており、今回の安倍首相の中東訪問で再確認された経済援助は、従来から行われてきた中東諸国の経済開発、安定化、テロ対策、難民支援への資金供与となんら変わりなく、もちろん集団的・個別的自衛権のいずれとも関係がなく、関係があると受け止められる報道は現地にも国際メディアにもない。今回の安倍首相の中東訪問によって日本側には従来からの対中東政策に変更はないし、変更がなされたとも現地で受け止められていない。

 そうであれば、従来から行われてきた経済支援そのものが、「イスラーム国」等のグローバル・ジハードのイデオロギーを護持する集団からは、「欧米の支配に与する」ものとみられており、潜在的にはジハードの対象となっていたのが、今回の首相歴訪というタイミングで政治的に提起されたと考えらえれる。

 安倍首相が中東歴訪をして政策変更をしたからテロが行われたのではなく、単に首相が訪問して注目を集めたタイミングを狙って、従来から拘束されていた人質の殺害が予告されたという事実関係を、疎かにして議論してはならない。

 「イスラーム国」側の宣伝に無意識に乗り、「安倍政権批判」という政治目的のために、あたかも日本が政策変更を行っているかのように論じ、それが故にテロを誘発したと主張して、結果的にテロを正当化する議論が日本側に出てくるならば、少なくともそれがテロの暴力を政治目的に利用した議論だということは周知されなければならない。

 「特定の勢力の気分を害する政策をやればテロが起こるからやめろ」という議論が成り立つなら、民主政治も主権国家も成り立たない。ただ剥き出しの暴力を行使するものの意が通る社会になる。今回の件で、「イスラーム国を刺激した」ことを非難する論調を提示する者が出てきた場合、そのような暴力が勝つ社会にしたいのですかと問いたい。

*テロに怯えて「政策を変更した」「政策を変更したと思われる行動を行った」「政策を変更しようと主張する勢力が社会の中に多くいたと認識された」事実があれば、次のテロを誘発する。日本は軍事的な報復を行わないことが明白な国であるため、テロリストにとっては、テロを行うことへの閾値は低いが、テロを行なって得られる軍事的効果がないためメリットも薄い国だった。つまりテロリストにとって日本は標的としてロー・リスクではあるがロー・リターンの国だった。

 しかしテロリスト側が中東諸国への経済支援まで正当なテロの対象であると主張しているのが今回の殺害予告の特徴であり、重大な要素である。それが日本国民に広く受け入れられるか、日本の政策になんらかの影響を与えたとみなされた場合は、今後テロの危険性は極めて高くなる。日本をテロの対象とすることがロー・リスクであるとともに、経済的に、あるいは外交姿勢を変えさせて欧米側陣営に象徴的な足並みの乱れを生じさせる、ハイ・リターンの国であることが明白になるからだ。

*「イスラエルに行ったからテロの対象になった」といった、日本社会に無自覚に存在する「村八分」の感覚とないまぜになった反ユダヤ主義の発言が、もし国際的に伝われば、先進国の一員としての日本の地位が疑われるとともに、揺さぶりに負けて原則を曲げる、先進国の中の最も脆弱な鎖と認識され、度重なるテロとその脅迫に怯えることになるだろう。

 特に従来からの政策に変更を加えていない今回の訪問を理由に、「中東を訪問して各国政権と友好関係を結んだ」「イスラエル訪問をした」というだけをもって「テロの対象になって当然、責任はアベにある」という言論がもし出てくれば、それはテロの暴力の威嚇を背にして自らの政治的立場を通そうとする、極めて悪質なものであることを、理解しなければならない。
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