ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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イスラム過激派が進めるグローバル・ジハード運動の危険性2

2015-01-14 08:50:16 | 国際関係
 次に、アルカーイダ系勢力とイスラム国に共通するジハードの思想と運動について記す。
 わが国では、中東の専門家は少なく、またイスラム過激派に関しては直接収集した情報が少ない。そうした中で東京大学先端科学技術研究センター准教授の池内恵氏は、貴重な存在である。池内氏は、昨年11月14~15日産経新聞に寄稿記事を載せた。その中で、ジハードについて書いている。要点をまとめ、参考資料としたい。
 池内氏は、「イスラム国の存立根拠はまずイラクとシリアのローカルな内政対立や内戦状況にあり、アラブ世界を通じて体制の腐敗や独裁による不正義の存在が広く認識されていることに根本原因がある。ここに、欧米社会での目的意識の喪失といった漠然とした不満から共感する勢力が加わってグローバル化している」という。
 池内氏によると、イスラム国はジハードの理念を掲げることで少数の強硬な信奉者を集め、その他の多数派のイスラム教徒を威圧し黙認を得ている。本来のイスラム法上のジハードとは、イスラム教の支配を受け入れない異教徒に対して行うものである。しかし、「近代のアラブ世界には、名目上はイスラム教徒であっても実際には政治的・軍事的に欧米の異教徒と同盟を結んでいるアラブ世界の政治指導者をこそ、まずジハードの対象にすべきだとするジハード主義的な政治思想が根強くある」。その延長線上に発展したのが、「アラブ世界の不正な支配者・体制を支える欧米の中枢あるいは海外資産に攻撃を加えることを、重要な作戦とするグローバル・ジハードの思想」だと池内氏はいう。
 その思想に基づくグローバル・ジハード主義運動を推進しているのが、アルカーイダである。池内氏によると、アルカーイダは、2001年の米中枢同時テロをきっかけに始まった米国の世界規模の対テロ戦争で追い詰められた。アルカーイダは組織を分散化・非集権化し、「各地で諸勢力・個人が、インターネット上で拡散されるイデオロギーに感化されて自発的に行動を行うネットワーク型の運動」へと組織・戦略を変えた。「ローン・ウルフ」のテロを扇動して存在感を維持しつつ、アラブ世界で政権が揺らいで「開放された戦線」が生じてくれば、そこに世界各地からジハード戦士を集結させ、大規模に組織化・武装化するという展開を、グローバル・ジハード運動の共鳴者たちは待ち望んでいた。この展開を推進しているのが、グローバル・ジハード思想の流れをくむイスラム国である。
 2011年の「アラブの春」により、「シリアやイエメンやリビアなどで中央政府が揺らぎ、周縁地域に統治されない領域が広がってグローバル・ジハード運動が活動の機会を得た」と池内氏は言う。ここで、イラクでイスラム国を宣言していたアルカーイダ系組織は内戦を機にシリアで拠点を確保し、それを背景にイラクでの勢力拡大につなげた。池内氏によると、「イラクやシリアで周縁領域を実効支配する土着の政治勢力としての実態とともに、その掲げる理念や組織論により、世界規模でのジハード(聖戦)への共鳴者を引きつけている」。
  「イスラム国はインターネット上で巧みな英語による情報発信を行っており、終末論的な破壊願望を持った若者を引きつけている。それをはやし立てる過激思想家が各国に必ずいることも問題を拡大している」と池内氏は言う。「イスラム国は欧米に明確な下部組織を持っていないが、共鳴者が一匹狼的なテロを自発的に行う可能性があり、それによって社会に反イスラム感情を引き起こして紛争を引き起こす危険性がある」と指摘している。
 さて、池内氏は、今回のフランスでの週刊紙本社銃撃事件について、1月9日の記事で「西洋近代社会とイスラム世界の間に横たわる根本的な理念の対立」を指摘し、次のように語っている。
 「根本的な解決を求めれば結論は2つ。イスラム教に関してはみなが口を閉ざすと合意するか、イスラム世界が政教分離するかだが、いずれも近い将来に実現する可能性は低い。ただ現実的にはこうした暴力の結果として表立ったイスラム批判は徐々に抑制されるだろうし、イスラム教徒の間に暴力を否定する動きも出る。それによる均衡状態だけが長期的にあり得る沈静化の道筋だろう。西洋社会は、個々の人間は平等という理念に従い多くの移民を受け入れてきた。だが、こうしたテロにより、一定数のイスラム教徒が掲げる優越主義への拒絶感が高まり、中東などからの移民受け入れが抑制される可能性もある」と。
 池内氏が示唆する「長期的にあり得る沈静化の道筋」は、欧米人の側でのイスラム批判への抑制とイスラム教徒の側での過激派の暴力の否定による均衡状態が生まれることである。イスラム批判の抑制には、表現の自由を絶対化する欧米の価値観の見直しが必要だろう。過激派の暴力の否定には、イスラム教内部での過激派への教化が必要だろう。どちらにしても、私は、ユダヤ=キリスト教文明とイスラム文明というセム系一神教に基づく文明そのものが、新たな段階へと脱皮しなければならない時期にあるのだと思う。その脱皮に人類の運命がかかっていることは間違いない。
 人間が作り上げた一元的な価値観を絶対化し、それに反するものを否定・排除するという論理では、どこまでも対立・闘争が続く。果ては、共倒れによる滅亡が待っている。自然の世界に目を転じれば、そこでは様々な生命体が共存共栄の妙理を表している。人智の限界を知って、謙虚に地球上で人類が互いに、また動植物とも共存共栄できる理法を探求することが、人類の進むべき道である。宗教にあっても科学・政治・経済にあっても、指導者はその道を見出し、その道に則るための努力に献身するのでなければならない。(了)
 以下は、池内氏の記事の全文。

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●産経新聞 平成26年11月14~15日

http://www.sankei.com/world/news/141114/wor1411140006-n1.html
2014.11.14 05:00更新

【寄稿・イスラム国の正体】
(上)存立根拠はローカルな内政対立 池内恵・東京大学先端科学技術研究センター准教授

池内恵・東京大学先端科学技術研究センター准教授

 イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」はイメージと実態に乖離(かいり)がある。地図上ではイラクとシリアの周縁の広い領域を支配しているために強大な印象があるが、中核にある元来の構成員は1万5千人程度とされてきた。米中央情報局(CIA)が今年8月の段階で上方修正した推計でも2万人から3万1500人程度とみられ、8月からのイラク空爆、9月からのシリア空爆の打撃により戦闘員の数は減少している可能性がある。
 外国からの義勇兵が半数以上を占めるとされるが、その大部分は近隣アラブ諸国から流入している。ロシアからの独立戦争を戦ってきたチェチェン系の武装集団なども流入している。西欧・米国出身の戦闘員は合計で2千人程度とみられ、全体の中で割合は低い。しかし欧米のメディアに注目されやすく社会的な効果が大きいことから、宣伝部門で大きな役割を担っているようだ。
 イスラム国の存立根拠はまずイラクとシリアのローカルな内政対立や内戦状況にあり、アラブ世界を通じて体制の腐敗や独裁による不正義の存在が広く認識されていることに根本原因がある。ここに、欧米社会での目的意識の喪失といった漠然とした不満から共感する勢力が加わってグローバル化している。
 イスラム国はジハード(聖戦)の理念を掲げることで少数の強硬な信奉者を集め、その他の多数派のイスラム教徒を威圧し黙認を得ている。イスラム法上のジハードとは、イスラム教の支配を受け入れない異教徒に対して行うものとされる。しかし近代のアラブ世界には、名目上はイスラム教徒であっても実際には政治的・軍事的に欧米の異教徒と同盟を結んでいるアラブ世界の政治指導者をこそ、まずジハードの対象にすべきだとするジハード主義的な政治思想が根強くある。その延長線上で、アラブ世界の不正な支配者・体制を支える欧米の中枢あるいは海外資産に攻撃を加えることを、重要な作戦とするグローバル・ジハードの思想が発展した。
 イスラム国はグローバル・ジハード思想の流れをくむが、当面はイラクとシリアでの支配領域の確保と統治の確立に専念しており、欧米に対する攻撃は支配地域内にいる欧米人の人質略取と殺害に限定している。シーア派を異端と断じてジハードの対象にするという主張も、一般のイスラム教徒から見れば不穏当であり、国際テロ組織アルカーイダの中枢からも適切な戦略ではないと反対を受けている。しかしイラク内政の文脈では、シーア派主導の政権の統治に不満を募らせたスンニ派が多数を占める西部と北部の4県で、土着の勢力の支持を受けるに至った。逆に、シーア派やクルド人が多数派のその他の県では支持が広がらないため、支配地域の拡大には限界がある。
 イラクとシリアのローカルな政治勢力としての実態以上にイスラム国が注目を集める理由は、宗教思想とメディアを通じた宣伝力により、世界各国で少数だが熱烈な支持者を引きつけ、テロを各地で引き起こしかねないためだ。

http://www.sankei.com/world/news/141115/wor1411150033-n1.html
2014.11.15 13:47更新
【寄稿・イスラム国の正体】
(下)活動機会得たグローバル聖戦運動 池内恵・東大先端科学技術研究センター准教授
池内恵・東京大学先端科学技術研究センター准教授

 イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」は、イラクやシリアで周縁領域を実効支配する土着の政治勢力としての実態とともに、その掲げる理念や組織論により、世界規模でのジハード(聖戦)への共鳴者を引きつけている。
 ジハードの究極の目的は、イスラム法が支配する領域を拡大し、そこにカリフ(預言者ムハンマドの後継者)が指導する政体を設立することにある。このことはイスラム法上の定着した通説であり、理念として反論する信者はほとんどいないが、実際に自らをカリフと主張する最高指導者バグダーディとその支持者の支配を受け入れた国はなく、進んで従おうとする人も世界のイスラム教徒の中の多数派ではない。ただし少数の信奉者を引きつけている。
 背景にあるのは、2000年代に生じたアルカーイダなどグローバルなジハード主義運動の組織・戦略論の変貌である。01年の米中枢同時テロをきっかけに始まった米国の世界規模の「対テロ戦争」で追い詰められたアルカーイダは組織を分散化・非集権化し、各地で諸勢力・個人が、インターネット上で拡散されるイデオロギーに感化されて自発的に行動を行うネットワーク型の運動へと変わった。
 13年の米ボストン・マラソン爆破や今年10月のカナダ・オタワの連邦議会議事堂での銃乱射事件のような「ローン・ウルフ(一匹狼(おおかみ))」のテロを扇動して存在感を維持しつつ、アラブ世界で政権が揺らいで「開放された戦線」が生じてくればそこに世界各地からジハード戦士を集結させ、大規模に組織化・武装化するというのがグローバル・ジハード運動の共鳴者たちが待ち望んでいた展開だった。
 11年の「アラブの春」によりシリアやイエメンやリビアなどで中央政府が揺らぎ、周縁地域に統治されない領域が広がってグローバル・ジハード運動が活動の機会を得た。イラクでイスラム国を宣言していたアルカーイダ系組織は内戦を機にシリアで拠点を確保し、それを背景にイラクでの勢力拡大につなげた。
 イスラム国はインターネット上で巧みな英語による情報発信を行っており、終末論的な破壊願望を持った若者を引きつけている。それをはやし立てる過激思想家が各国に必ずいることも問題を拡大している。イスラム国は欧米に明確な下部組織を持っていないが、共鳴者が一匹狼的なテロを自発的に行う可能性があり、それによって社会に反イスラム感情を引き起こして紛争を引き起こす危険性がある。
 最近、バグダーディ指導者がイラク軍と米軍による空爆で負傷あるいは殺害されたとの情報が発信され、その後、健在ぶりを誇示するような本人の音声とする声明が発表された。真偽は知れないが、仮に殺害されてもイスラム国の勢力が急激に衰えるとは考えにくい。預言者ムハンマドの血筋を引く宗教的な権威を帯びた指導者を失うことは宣伝戦では打撃となっても、ジハードやカリフ制という理念自体はイスラム国の専有ではなく広く影響力がある。イラクやシリアには内政対立があり、内戦の中でイスラム国が見いだした支持基盤が縮小しない限り、指導者が代わっても活動は続くだろう。

●産経新聞 平成27年1月8日

http://www.sankei.com/world/news/150108/wor1501080050-n1.html
2015.1.8 20:45更新
【仏紙銃撃テロ】
西洋社会に拒絶感、移民抑制も

■東京大学准教授、池内恵(いけうち・さとし)氏の談話
 今回のテロ事件により、西洋社会は、これまでなるべく直視しないようにしてきた問題に正面から向き合わざるを得なくなるだろう。すなわち西洋近代社会とイスラム世界の間に横たわる根本的な理念の対立だ。
 西洋社会において、イスラム教徒の個人としての権利は保障されているが、イスラム教徒の一定数の間では神の下した教義の絶対性や優越性が認められなければ権利が侵害されているとする考え方が根強い。真理であるがゆえに批判や揶揄(やゆ)は許されないとの考えだ。
 一部の西側メディアは人間には表現の自由があると考え、イスラムの優越性の主張に意図的に挑戦している。西洋社会は今後も人間が神に挑戦する自由は絶対に譲らないだろう。それがなくなれば中世に逆戻りすると考えているからだ。
 根本的な解決を求めれば結論は2つ。イスラム教に関してはみなが口を閉ざすと合意するか、イスラム世界が政教分離するかだが、いずれも近い将来に実現する可能性は低い。
 ただ現実的にはこうした暴力の結果として表立ったイスラム批判は徐々に抑制されるだろうし、イスラム教徒の間に暴力を否定する動きも出る。それによる均衡状態だけが長期的にあり得る沈静化の道筋だろう。
 西洋社会は、個々の人間は平等という理念に従い多くの移民を受け入れてきた。だが、こうしたテロにより、一定数のイスラム教徒が掲げる優越主義への拒絶感が高まり、中東などからの移民受け入れが抑制される可能性もある。
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関連掲示
・拙稿「イラクが過激派武装組織の進撃で内戦状態に」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12.htm 目次からE02へ
・拙稿「トッドの移民論と日本の移民問題」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion09i.htm

■本稿を含むISILに関する拙稿を編集して、下記に掲載しています。

拙稿「いわゆるイスラーム国の急発展と残虐テロへの対策」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12w.htm