●財政危機説は、政府が唱えた
先に書いた三つの危機説に対し、もう一つの危機説、財政危機説は違う。財政危機は、確かに存在するからである。ただし、誇張されすぎているーーと山家氏は批判する。その論を次に見ていこう。
バブル崩壊後の1993年7月、自民党は55年体制以来、38年目にして初めて野に下った。細川護煕氏を首相とする非自民連立政権が成立したが、翌年4月細川首相が突然辞任し、後継の羽田内閣も2ヶ月で退陣。自民党は首班指名選挙で社会党の村山富市氏に投票し、94年6月、自社さ連立政権が誕生した。
1995年(平成7年)は、戦後50年の年だった。この年は、わが国の重要な節目となる年だった。1月に阪神淡路大震災、3月に地下鉄サリン事件が起こり、8月に村山首相談話が発表された。そしてこの年秋、時の大蔵大臣・武村正義氏は、わが国の財政は危機的状況にあると発表した。各紙はいっせいにこの発表を、「財政危機宣言」と報道した。これが、財政危機説の発端である。
武村氏は蔵相を退任後、96年6月の『中央公論』に「このままでは国が滅ぶーー私の財政再建論」という論文を寄せた。主旨は、「日本の財政状況は先進国中最悪である。このままでは国が滅ぶ」というものである。そして、96年の後半から97年にかけて、大蔵省(現・財務省)を中心として、日本の財政状況は先進国中最悪という「財政危機」キャンペーンが展開された。
山家氏は、大蔵省の財政危機説を、データを上げて理論的に批判する。財政危機説は、今日まで政府・財務省の基本的な見解であり、多くの経済学者は同様の見方をしている。しかし、もしその説が誤っていたら、どうだろうか。誤った説からは、誤った政策が作られ、誤った政策を実行すれば、国を誤らせる。山家氏は、菊池英博氏らと同じく、財政危機説の誇張を見抜き、経済政策の軌道修正を訴えた。
●戦後日本財政の展開
山家氏は、戦後日本の財政について、次のように述べる。
「戦後日本の財政は、歳入(税収を主体とする)の範囲内に歳出を抑えるという均衡予算主義から出発した。1947年に制定された財政法は、その第4条で『国の歳出は、公債または借入金以外の歳入を以って、その財源としなければならない』と、均衡予算主義の原則を定めている。戦前・戦中の日本が、日本銀行引き受けによる国債を大量に発行することによって戦費をまかない軍事的膨張をとげたことなど、その国債が戦後の激しいインフレーションのもとでほとんど紙くずと化して国民の負担を高めたことなどの苦い経験を踏まえてのことであった。
もっとも、財政法第4条は、先の文言に続けて『但し、公共事業費、出資金及び貸付金の財源については、国会の決議を経た金銀の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなすことができる』とも定めている」
山家氏のいう財政の「均衡予算主義」が崩れたのは、1965年度である。昭和40年不況の対応のため、政府は補正予算で歳入補填のため赤字国債を発行した。そして、景気の本格的回復や社会資本の充実を目的に、第4条但し書きによる建設国債が、初めて当初予算に組まれ、発行されたのは、翌1966年度である。
国債には、建設国債と赤字国債がある。建設国債は、「後々の世代も利用できる種々の社会資本を建設するその見返りに発行されるもの」である。国債を発行して資金を調達し、道路、港湾、上下水道、公共建築物等々を建設する。出来上がったインフラは、出費を負担した世代ばかりでなく、後々の世代も利用でき、恩恵にあずかれる。「考え方としては、後々の世代もその恩恵に浴することのできるものについては、その負担も併せ求めるというのは筋が通っているのではないか」と山家氏は言う。これに対し、赤字国債は、政府が歳入不足を補填するために発行するもので、事務諸経費や人件費等に当てられる。財政上必要な時は、特別立法によって発行される。
国債の発行額が飛躍的に増加し、かつ建設国債に加えて毎年、特例法を制定して、赤字国債が発行されるようになったのは、第1次石油危機後、不況が深刻化した1975年度からだった。1960年代からの高度経済成長を終えたわが国は、1970年代後半以後も安定成長を続けた。私見によると、日本が1980年代にも安定成長を維持できた理由のひとつは、政府が国債を発行して、国民の預貯金を公共投資に活かし、GDPを拡大してきたことにある。しかし、それによって政府の債務は増える。これをどう評価するかが、財政学における一大テーマとなる。
単純に考えるとーーー借金は良くない。政府の債務が増えるのは良くない。債務が多いのは、健全ではない。債務を減らし、歳入と歳出の均衡を図らねばならないーーということになる。それが均衡予算主義であり、1995年秋、武村蔵相の「財政危機宣言」を皮切りに「財政危機」キャンペーンが展開されたのは、簡単に言うとこういう考えによる。
果たして、この考え方は正しいか。山家氏の見方を次回に書く。
続く。
先に書いた三つの危機説に対し、もう一つの危機説、財政危機説は違う。財政危機は、確かに存在するからである。ただし、誇張されすぎているーーと山家氏は批判する。その論を次に見ていこう。
バブル崩壊後の1993年7月、自民党は55年体制以来、38年目にして初めて野に下った。細川護煕氏を首相とする非自民連立政権が成立したが、翌年4月細川首相が突然辞任し、後継の羽田内閣も2ヶ月で退陣。自民党は首班指名選挙で社会党の村山富市氏に投票し、94年6月、自社さ連立政権が誕生した。
1995年(平成7年)は、戦後50年の年だった。この年は、わが国の重要な節目となる年だった。1月に阪神淡路大震災、3月に地下鉄サリン事件が起こり、8月に村山首相談話が発表された。そしてこの年秋、時の大蔵大臣・武村正義氏は、わが国の財政は危機的状況にあると発表した。各紙はいっせいにこの発表を、「財政危機宣言」と報道した。これが、財政危機説の発端である。
武村氏は蔵相を退任後、96年6月の『中央公論』に「このままでは国が滅ぶーー私の財政再建論」という論文を寄せた。主旨は、「日本の財政状況は先進国中最悪である。このままでは国が滅ぶ」というものである。そして、96年の後半から97年にかけて、大蔵省(現・財務省)を中心として、日本の財政状況は先進国中最悪という「財政危機」キャンペーンが展開された。
山家氏は、大蔵省の財政危機説を、データを上げて理論的に批判する。財政危機説は、今日まで政府・財務省の基本的な見解であり、多くの経済学者は同様の見方をしている。しかし、もしその説が誤っていたら、どうだろうか。誤った説からは、誤った政策が作られ、誤った政策を実行すれば、国を誤らせる。山家氏は、菊池英博氏らと同じく、財政危機説の誇張を見抜き、経済政策の軌道修正を訴えた。
●戦後日本財政の展開
山家氏は、戦後日本の財政について、次のように述べる。
「戦後日本の財政は、歳入(税収を主体とする)の範囲内に歳出を抑えるという均衡予算主義から出発した。1947年に制定された財政法は、その第4条で『国の歳出は、公債または借入金以外の歳入を以って、その財源としなければならない』と、均衡予算主義の原則を定めている。戦前・戦中の日本が、日本銀行引き受けによる国債を大量に発行することによって戦費をまかない軍事的膨張をとげたことなど、その国債が戦後の激しいインフレーションのもとでほとんど紙くずと化して国民の負担を高めたことなどの苦い経験を踏まえてのことであった。
もっとも、財政法第4条は、先の文言に続けて『但し、公共事業費、出資金及び貸付金の財源については、国会の決議を経た金銀の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなすことができる』とも定めている」
山家氏のいう財政の「均衡予算主義」が崩れたのは、1965年度である。昭和40年不況の対応のため、政府は補正予算で歳入補填のため赤字国債を発行した。そして、景気の本格的回復や社会資本の充実を目的に、第4条但し書きによる建設国債が、初めて当初予算に組まれ、発行されたのは、翌1966年度である。
国債には、建設国債と赤字国債がある。建設国債は、「後々の世代も利用できる種々の社会資本を建設するその見返りに発行されるもの」である。国債を発行して資金を調達し、道路、港湾、上下水道、公共建築物等々を建設する。出来上がったインフラは、出費を負担した世代ばかりでなく、後々の世代も利用でき、恩恵にあずかれる。「考え方としては、後々の世代もその恩恵に浴することのできるものについては、その負担も併せ求めるというのは筋が通っているのではないか」と山家氏は言う。これに対し、赤字国債は、政府が歳入不足を補填するために発行するもので、事務諸経費や人件費等に当てられる。財政上必要な時は、特別立法によって発行される。
国債の発行額が飛躍的に増加し、かつ建設国債に加えて毎年、特例法を制定して、赤字国債が発行されるようになったのは、第1次石油危機後、不況が深刻化した1975年度からだった。1960年代からの高度経済成長を終えたわが国は、1970年代後半以後も安定成長を続けた。私見によると、日本が1980年代にも安定成長を維持できた理由のひとつは、政府が国債を発行して、国民の預貯金を公共投資に活かし、GDPを拡大してきたことにある。しかし、それによって政府の債務は増える。これをどう評価するかが、財政学における一大テーマとなる。
単純に考えるとーーー借金は良くない。政府の債務が増えるのは良くない。債務が多いのは、健全ではない。債務を減らし、歳入と歳出の均衡を図らねばならないーーということになる。それが均衡予算主義であり、1995年秋、武村蔵相の「財政危機宣言」を皮切りに「財政危機」キャンペーンが展開されたのは、簡単に言うとこういう考えによる。
果たして、この考え方は正しいか。山家氏の見方を次回に書く。
続く。
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