●『孫子』
◆概要
『孫子』は、シナ文明の春秋時代の兵法書で、呉の将軍・孫武の著とされる。春秋時代とは、紀元前770年から前403年の約360年間を言う。周の権威が衰えて、諸侯の争いが絶えなくなった時代である。
『孫子』は、古代シナの実戦体験を集大成して政治・軍事の全般にわたる法則を述べ、「戦わずして勝つ」ことを最善の策とする。
後世の兵学への影響は大きく、多くの類書を生じた。『呉子』『尉繚子』『六韜』『三略』『司馬法』『李衛公問対』と合わせて、武経七書と呼ぶ。『孫子』はそれらのうち最も優れており、古来、漢字文化圏で兵法の聖典とされてきた。シナの歴代王朝を通じて重んじられ、武科挙(武挙)に合格するための必読資料として武人はみな学んだ。
今日では世界的に知られ、クラウゼヴィッツの『戦争論』と並んで、東西の二大戦争書と称される。また、企業経営や処世全般に通じる教訓に満ちた書としても広く読まれている。
◆著者
『孫子』の著者・孫武は、シナ文明の春秋時代の武将であり、兵法家である。当時新興国だった呉で国王・闔閭(こうりょ)に仕え、呉の勢力拡大に大いに貢献し、天下にその名をとどろかせたと伝えられる。
生没年は不詳である。孫武が仕えた闔閭の在位が紀元前515年~前496年とされるから、孫武が生きたのは、紀元前500年前後、数十年の期間である。
儒教の開祖・孔子は、同じ春秋時代の人で、生年は紀元前551年または552年、没年は前479年と推定されている。それゆえ、孫武は孔子とほぼ同時代の人物である。
ギリシャのプラトンは、生年が紀元前427年または428年、没年が348年または347年とされるから、孫武は、プラトンより1世紀半ほど前の時代を生きたことになる。
◆テキスト
現存の『孫子』13編は、3世紀初期に魏の曹操 (武帝) が編集したものである。かつては『孫子』の著者は、孫武の子孫で斉に仕えた孫臏(そんぴん)を著者とする説もあった。また『漢書』芸文志は、孫武の著書を『呉孫子兵法』、孫臏の書を『斉孫子兵法』と記しており、2種類の書が存在するとも考えられてきた。1972年、中国山東省の銀雀山で出土した紀元前2世紀初頭のものと推定される兵書の竹簡によって、『孫子』には上記の両書があったことが判明した。
『孫子』は、紀元前6世紀初め、孫武が書いた後、孫臏ら後継者たちが注釈や解説を加えていったが、曹操の手によって整理され、本篇の13篇のみが受け継がれるようになったと考えられる。
◆主題
『孫子』が著される前、シナ文明では、戦争の勝敗は天運に左右されるという考え方が強かった。だが、孫武は過去の戦史を研究し、また自ら戦争を指導した経験を踏まえて、戦争には様々な法則があり、勝敗には然るべき理由があることを明らかにした。それを様々な教訓として残した。このような書は、紀元前6世紀当時の世界には他になく、また、その内容は、他の文明にも通じる高い普遍性を持つものだった。この点が、『孫子』の世界史的な意義である。
『孫子』は、直接今日の戦略に当たる言葉は使っていない。基本的な用語は、兵である。兵は、軍事や軍人を意味する。その兵の用い方、すなわち用兵、用兵の法が、本書の主題である。内容は、国家総合戦略のレベルから、軍事戦略のレベル、戦術のレベルに及ぶ。それゆえ、本書は戦略・戦術について総合的に論じた軍事理論書ということができる。
ただし、『孫子』は、単なる戦争の技術の本ではない。シナ文明で発達した道・天・陰陽・循環等の概念に基づく思想的な裏付けが見られる。『易経』・道家・陰陽道・五行思想等の影響が指摘されている。時代が変わっても変わらない人間性を描いたり、科学では解明できていない自然の動きとの調和を思わせる記述があるなど、思索と経験の深さを感じさせる書物である。
◆構成
孫武が『孫子』を献上した呉王闔閭に語った内容を記録した形式になっている。
主な登場者は、君主、将軍、兵卒である。戦争は、君主が将軍に命じ、将軍が兵卒を指揮して行うものである。孫武は将軍ないし兵法家として、君主に対して、兵法を説き、戦争に関する心構えや理論・方法を教えている。
『孫子』の構成は、以下の13篇からなる。
計篇: 序論。戦争を決断する前に、よく考慮すべき事柄について述べる。計とは、はかり考える意味。
作戦篇: 戦争準備計画について述べる。主として軍費のことを論じる。
謀攻篇: 実際の戦闘に拠らずして、謀りごとによって、戦わずして勝つことが最善であることを説く。
形篇: 目に見えるありさまを形という。軍の形態・態勢について説き、自ら負けることなく、敵の敗形に乗ずべきことを述べる。
勢篇: 勢いとは、個人の能力をこえた軍の総体的な勢い。形篇では軍の静的な形態について述べたが、ここではその形態から発する動的な勢いについて述べる。
虚実篇: 戦争においていかに主導性を発揮するかについて述べる。虚は空虚の意味で、備えなく隙のあること。実は充実で、十分の準備を整えること。実によって虚を伐つべきことを説く。
軍争篇: 実戦中、敵の機先を制して利益を収めるために競うことを述べる。
九変篇: 変は変化、変態の意。戦局の変化に臨機応変に対応するための9通りの処置について述べる。
行軍篇: 軍を推し進めることに関して、軍隊を止める場所や敵情の観察など、行軍に必要な注意事項を説く。
地形篇: その土地の地形によって戦術を変更すべきことを説く。
九地篇: 9種類の土地の形態を明らかにし、それに応じた戦術を説く。
火攻篇: 火攻めの戦術について述べる。
用間篇: 間は間諜すなわちスパイ。敵情偵察の重要性を説く。
次回に続く。
************* 著書のご案内 ****************
『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/d4dac1aadbac9b22a290a449a4adb3a1
『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/cc682724c63c58d608c99ea4ddca44e0
『細川一彦著作集(CD)』(細川一彦事務所)
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◆概要
『孫子』は、シナ文明の春秋時代の兵法書で、呉の将軍・孫武の著とされる。春秋時代とは、紀元前770年から前403年の約360年間を言う。周の権威が衰えて、諸侯の争いが絶えなくなった時代である。
『孫子』は、古代シナの実戦体験を集大成して政治・軍事の全般にわたる法則を述べ、「戦わずして勝つ」ことを最善の策とする。
後世の兵学への影響は大きく、多くの類書を生じた。『呉子』『尉繚子』『六韜』『三略』『司馬法』『李衛公問対』と合わせて、武経七書と呼ぶ。『孫子』はそれらのうち最も優れており、古来、漢字文化圏で兵法の聖典とされてきた。シナの歴代王朝を通じて重んじられ、武科挙(武挙)に合格するための必読資料として武人はみな学んだ。
今日では世界的に知られ、クラウゼヴィッツの『戦争論』と並んで、東西の二大戦争書と称される。また、企業経営や処世全般に通じる教訓に満ちた書としても広く読まれている。
◆著者
『孫子』の著者・孫武は、シナ文明の春秋時代の武将であり、兵法家である。当時新興国だった呉で国王・闔閭(こうりょ)に仕え、呉の勢力拡大に大いに貢献し、天下にその名をとどろかせたと伝えられる。
生没年は不詳である。孫武が仕えた闔閭の在位が紀元前515年~前496年とされるから、孫武が生きたのは、紀元前500年前後、数十年の期間である。
儒教の開祖・孔子は、同じ春秋時代の人で、生年は紀元前551年または552年、没年は前479年と推定されている。それゆえ、孫武は孔子とほぼ同時代の人物である。
ギリシャのプラトンは、生年が紀元前427年または428年、没年が348年または347年とされるから、孫武は、プラトンより1世紀半ほど前の時代を生きたことになる。
◆テキスト
現存の『孫子』13編は、3世紀初期に魏の曹操 (武帝) が編集したものである。かつては『孫子』の著者は、孫武の子孫で斉に仕えた孫臏(そんぴん)を著者とする説もあった。また『漢書』芸文志は、孫武の著書を『呉孫子兵法』、孫臏の書を『斉孫子兵法』と記しており、2種類の書が存在するとも考えられてきた。1972年、中国山東省の銀雀山で出土した紀元前2世紀初頭のものと推定される兵書の竹簡によって、『孫子』には上記の両書があったことが判明した。
『孫子』は、紀元前6世紀初め、孫武が書いた後、孫臏ら後継者たちが注釈や解説を加えていったが、曹操の手によって整理され、本篇の13篇のみが受け継がれるようになったと考えられる。
◆主題
『孫子』が著される前、シナ文明では、戦争の勝敗は天運に左右されるという考え方が強かった。だが、孫武は過去の戦史を研究し、また自ら戦争を指導した経験を踏まえて、戦争には様々な法則があり、勝敗には然るべき理由があることを明らかにした。それを様々な教訓として残した。このような書は、紀元前6世紀当時の世界には他になく、また、その内容は、他の文明にも通じる高い普遍性を持つものだった。この点が、『孫子』の世界史的な意義である。
『孫子』は、直接今日の戦略に当たる言葉は使っていない。基本的な用語は、兵である。兵は、軍事や軍人を意味する。その兵の用い方、すなわち用兵、用兵の法が、本書の主題である。内容は、国家総合戦略のレベルから、軍事戦略のレベル、戦術のレベルに及ぶ。それゆえ、本書は戦略・戦術について総合的に論じた軍事理論書ということができる。
ただし、『孫子』は、単なる戦争の技術の本ではない。シナ文明で発達した道・天・陰陽・循環等の概念に基づく思想的な裏付けが見られる。『易経』・道家・陰陽道・五行思想等の影響が指摘されている。時代が変わっても変わらない人間性を描いたり、科学では解明できていない自然の動きとの調和を思わせる記述があるなど、思索と経験の深さを感じさせる書物である。
◆構成
孫武が『孫子』を献上した呉王闔閭に語った内容を記録した形式になっている。
主な登場者は、君主、将軍、兵卒である。戦争は、君主が将軍に命じ、将軍が兵卒を指揮して行うものである。孫武は将軍ないし兵法家として、君主に対して、兵法を説き、戦争に関する心構えや理論・方法を教えている。
『孫子』の構成は、以下の13篇からなる。
計篇: 序論。戦争を決断する前に、よく考慮すべき事柄について述べる。計とは、はかり考える意味。
作戦篇: 戦争準備計画について述べる。主として軍費のことを論じる。
謀攻篇: 実際の戦闘に拠らずして、謀りごとによって、戦わずして勝つことが最善であることを説く。
形篇: 目に見えるありさまを形という。軍の形態・態勢について説き、自ら負けることなく、敵の敗形に乗ずべきことを述べる。
勢篇: 勢いとは、個人の能力をこえた軍の総体的な勢い。形篇では軍の静的な形態について述べたが、ここではその形態から発する動的な勢いについて述べる。
虚実篇: 戦争においていかに主導性を発揮するかについて述べる。虚は空虚の意味で、備えなく隙のあること。実は充実で、十分の準備を整えること。実によって虚を伐つべきことを説く。
軍争篇: 実戦中、敵の機先を制して利益を収めるために競うことを述べる。
九変篇: 変は変化、変態の意。戦局の変化に臨機応変に対応するための9通りの処置について述べる。
行軍篇: 軍を推し進めることに関して、軍隊を止める場所や敵情の観察など、行軍に必要な注意事項を説く。
地形篇: その土地の地形によって戦術を変更すべきことを説く。
九地篇: 9種類の土地の形態を明らかにし、それに応じた戦術を説く。
火攻篇: 火攻めの戦術について述べる。
用間篇: 間は間諜すなわちスパイ。敵情偵察の重要性を説く。
次回に続く。
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『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
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『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
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『細川一彦著作集(CD)』(細川一彦事務所)
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