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ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

戦略論16~『孫子』の概要

2022-06-21 08:38:25 | 戦略論
●『孫子』

◆概要

 『孫子』は、シナ文明の春秋時代の兵法書で、呉の将軍・孫武の著とされる。春秋時代とは、紀元前770年から前403年の約360年間を言う。周の権威が衰えて、諸侯の争いが絶えなくなった時代である。
『孫子』は、古代シナの実戦体験を集大成して政治・軍事の全般にわたる法則を述べ、「戦わずして勝つ」ことを最善の策とする。
 後世の兵学への影響は大きく、多くの類書を生じた。『呉子』『尉繚子』『六韜』『三略』『司馬法』『李衛公問対』と合わせて、武経七書と呼ぶ。『孫子』はそれらのうち最も優れており、古来、漢字文化圏で兵法の聖典とされてきた。シナの歴代王朝を通じて重んじられ、武科挙(武挙)に合格するための必読資料として武人はみな学んだ。
 今日では世界的に知られ、クラウゼヴィッツの『戦争論』と並んで、東西の二大戦争書と称される。また、企業経営や処世全般に通じる教訓に満ちた書としても広く読まれている。

◆著者

 『孫子』の著者・孫武は、シナ文明の春秋時代の武将であり、兵法家である。当時新興国だった呉で国王・闔閭(こうりょ)に仕え、呉の勢力拡大に大いに貢献し、天下にその名をとどろかせたと伝えられる。
 生没年は不詳である。孫武が仕えた闔閭の在位が紀元前515年~前496年とされるから、孫武が生きたのは、紀元前500年前後、数十年の期間である。
 儒教の開祖・孔子は、同じ春秋時代の人で、生年は紀元前551年または552年、没年は前479年と推定されている。それゆえ、孫武は孔子とほぼ同時代の人物である。
 ギリシャのプラトンは、生年が紀元前427年または428年、没年が348年または347年とされるから、孫武は、プラトンより1世紀半ほど前の時代を生きたことになる。

◆テキスト

 現存の『孫子』13編は、3世紀初期に魏の曹操 (武帝) が編集したものである。かつては『孫子』の著者は、孫武の子孫で斉に仕えた孫臏(そんぴん)を著者とする説もあった。また『漢書』芸文志は、孫武の著書を『呉孫子兵法』、孫臏の書を『斉孫子兵法』と記しており、2種類の書が存在するとも考えられてきた。1972年、中国山東省の銀雀山で出土した紀元前2世紀初頭のものと推定される兵書の竹簡によって、『孫子』には上記の両書があったことが判明した。
 『孫子』は、紀元前6世紀初め、孫武が書いた後、孫臏ら後継者たちが注釈や解説を加えていったが、曹操の手によって整理され、本篇の13篇のみが受け継がれるようになったと考えられる。

◆主題

 『孫子』が著される前、シナ文明では、戦争の勝敗は天運に左右されるという考え方が強かった。だが、孫武は過去の戦史を研究し、また自ら戦争を指導した経験を踏まえて、戦争には様々な法則があり、勝敗には然るべき理由があることを明らかにした。それを様々な教訓として残した。このような書は、紀元前6世紀当時の世界には他になく、また、その内容は、他の文明にも通じる高い普遍性を持つものだった。この点が、『孫子』の世界史的な意義である。
 『孫子』は、直接今日の戦略に当たる言葉は使っていない。基本的な用語は、兵である。兵は、軍事や軍人を意味する。その兵の用い方、すなわち用兵、用兵の法が、本書の主題である。内容は、国家総合戦略のレベルから、軍事戦略のレベル、戦術のレベルに及ぶ。それゆえ、本書は戦略・戦術について総合的に論じた軍事理論書ということができる。
 ただし、『孫子』は、単なる戦争の技術の本ではない。シナ文明で発達した道・天・陰陽・循環等の概念に基づく思想的な裏付けが見られる。『易経』・道家・陰陽道・五行思想等の影響が指摘されている。時代が変わっても変わらない人間性を描いたり、科学では解明できていない自然の動きとの調和を思わせる記述があるなど、思索と経験の深さを感じさせる書物である。

◆構成

 孫武が『孫子』を献上した呉王闔閭に語った内容を記録した形式になっている。
 主な登場者は、君主、将軍、兵卒である。戦争は、君主が将軍に命じ、将軍が兵卒を指揮して行うものである。孫武は将軍ないし兵法家として、君主に対して、兵法を説き、戦争に関する心構えや理論・方法を教えている。
 『孫子』の構成は、以下の13篇からなる。

 計篇: 序論。戦争を決断する前に、よく考慮すべき事柄について述べる。計とは、はかり考える意味。
 作戦篇: 戦争準備計画について述べる。主として軍費のことを論じる。
 謀攻篇: 実際の戦闘に拠らずして、謀りごとによって、戦わずして勝つことが最善であることを説く。
 形篇: 目に見えるありさまを形という。軍の形態・態勢について説き、自ら負けることなく、敵の敗形に乗ずべきことを述べる。
 勢篇: 勢いとは、個人の能力をこえた軍の総体的な勢い。形篇では軍の静的な形態について述べたが、ここではその形態から発する動的な勢いについて述べる。
 虚実篇: 戦争においていかに主導性を発揮するかについて述べる。虚は空虚の意味で、備えなく隙のあること。実は充実で、十分の準備を整えること。実によって虚を伐つべきことを説く。
 軍争篇: 実戦中、敵の機先を制して利益を収めるために競うことを述べる。  
 九変篇: 変は変化、変態の意。戦局の変化に臨機応変に対応するための9通りの処置について述べる。
 行軍篇: 軍を推し進めることに関して、軍隊を止める場所や敵情の観察など、行軍に必要な注意事項を説く。
 地形篇: その土地の地形によって戦術を変更すべきことを説く。
 九地篇: 9種類の土地の形態を明らかにし、それに応じた戦術を説く。
 火攻篇: 火攻めの戦術について述べる。
 用間篇: 間は間諜すなわちスパイ。敵情偵察の重要性を説く。

次回に続く。

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戦略論15~シナ文明の軍事思想

2022-06-19 07:41:02 | 戦略論
(2)シナ文明の軍事思想

 はじめに、シナ文明の軍事思想を概観する。

●シナ文明では戦略的な思考が発達

 シナ文明では、古代から世界の諸文明の中で、戦争に関する思想が最もよく発達した。そのことは、ユーラシア大陸東部のシナ地域は、さえぎるもののない肥沃な大地が広がり、農耕民族と遊牧民族が衝突しやすく、世界の他の地域よりも戦争が頻繁に起こり、多くの民族が争い合ったからと考えられる。そうした地理的・社会的な環境で生まれたのが、名著『孫子』である。本書は、今日にいう戦略に当たる言葉は使っていないが、戦略論の観点から見ると、国家的な戦略、軍事的な戦略、戦術というレベルに応じた思考がされている。また、それぞれのレベルを担う君主と将軍と兵士のあり方を説き明かしている。戦争について、人間の心理や自然の地理を踏まえた幅広い考察がされているのも特徴的である。
 世界的には『孫子』ばかりが知られているが、シナ文明では、『孫子』と並び称される書として『呉子』がある。さらにそのほかに『六韜(りくとう)』『三略』等の類書が古代に著されている。それらを総括して武経七書または七書と呼ぶ。わが国で広く知られる『兵法三十六計』が彼の地でまとめられたのは、17世紀の明末清初の時代とされる。それらの書物には『孫子』以来の伝統が受け継がれ、戦略的な思考が見られる。詳しくは、後の項目で概説する。
 注意を要することとして、シナ文明の諸王朝の為政者は、軍事に関する書物だけを読んで戦争を指導したのではないことがある。シナ文明では、世俗的・現世的な価値観が強く、政治が活動の中心となった。諸王朝の創始者は、前王朝を倒す戦いを通じて、新たな王朝を建てた。その後は、王朝を維持し、発展させるための政治を行った。為政者は、天命思想の伝統の下に、孔子・孟子らの儒家や商鞅・韓非子らの法家の思想を学んで統治に努めた。戦争は政治の一部に過ぎず、国内の統治が何より大きな課題だった。
 これに比べ、ヨーロッパ文明は事情が大きく異なる。中世まで西方キリスト教の強い影響下に置かれ、政治と宗教は一体であり、政治が宗教と分離されていなかった。そのため、政治固有の原理を説き、そのうえで軍事のあり方を説いた模範となるような書物は、近代に至るまで現れなかった。ヨーロッパ文明の起点と言える8~9世紀のカール大帝(シャルルマーニュ)の時代以降、諸国家・諸王朝の為政者に広く読み継がれて来たものとして、これといった文献がない。
 16世紀前半のニッコロ・マキャヴェッリによる『君主論』は、専制君主のあり方を説いた特殊な思想を主張したものだった。軍事思想の展開については、既に概要を書いたので、ここでは政治思想に限って記すが、マキャヴェッリと同じ16世紀の後半には、ジャン・ボーダンが絶対君主の統治権を最高の統治権とする主権の理論を説いて、近代国家の基礎付けを行った。17世紀はじめのドイツ30年戦争の惨状を見たフーゴー・グロティウスは、戦時でも平和の法が存在すると説いた。これは国際法に関するものだった。ジョン・ロックやジャン・ジャック・ルソーは、政治の原理を解き明かそうとしたが、君主による安定的な統治より、市民による抵抗や革命・独立を肯定する思想を唱道した。だが、シナ文明において古代から近代まで諸国家・諸王朝の為政者に読み継がれて来たような、政治の原理を説き、そのうえで軍事のあり方を説いた模範的な書物は、ヨーロッパ文明には現れなかった。
 この点、シナ文明では、軍事において戦略的な思考が発達していたとともに、政治と軍事、国家的な戦略と軍事的な戦略の関係についても、深い思考がされて来た。ただし、その思考は、近代西洋文明におけるように、理論的に整理され、体系化されたものではなかった。また、近代国家が形成される前の非近代国家におけるものだったから、国家や国民に関する考えの枠組みが違っていた。また、兵器の発達の歴史においては、銃砲の登場以前の時代の思考ものだった。こういう違いはあるが、国家論及び戦略論の研究では、それらの違いによって隠れがちの、もっと本質的な部分に目を向ける必要がある。 
 シナ文明における軍事思想の代表的な書物には、『孫子』『呉子』『六韜』『三略』『戦国策』『兵法三十六計』がある。続いて、それらを順に概説する。

 次回に続く。

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戦略論14~戦争の歴史と軍事思想の発達

2022-06-17 08:24:09 | 戦略論
5.軍事戦略論の歴史

 項目5では、人類の軍事戦略論の歴史を記述する。最初に古代から戦争の歴史を簡単に振り返り、主な文明の軍事思想について述べ、その後、近現代の軍事戦略論を概説する。

(1)戦争の歴史と軍事思想の発達
 
 人類は、食糧や物資の生産によって、文化を創造し発達させてきた。その過程は、戦争によって、破壊と発展を繰り返す歴史でもあった。古代における国家の発生・発達は、戦争による征服・支配の拡大・反復の結果である。
 戦争の発達は、武器の発達を伴う。木や石を使った棍棒・槍・弓、青銅や鉄を使った剣、乗り物としての馬、馬車型の戦車等の発達が、戦争の規模を大きくした。同時に、戦争は、戦い方の知恵を発達させた。単なる武器の使い方ではなく、どのように戦って相手に勝つか、そこに戦争に関する思考が発達した。
 古代の国家について想像してみよう。北の国の王が、南の方に物の豊かな国がある、暖かくて食糧が豊富に取れる土地だ、民の幸福のためにそこを攻め取りたいと考え、部下の将軍に、どうやって攻めればよいかと尋ねたとする。そこには戦略的な目標と方法に関する思考がある。これに対し、将軍が我が国には、南の国にはない馬に引かせる戦車がある、戦車隊を中心とした軍備を整えて攻め込めば、勝てると答えたとする。そこには戦術に関する思考がある。また宰相が、軍備を整えるには、まず経済を発展させ、余力をもって充てる必要があると述べたとする。そこには軍事と政治・経済を結ぶ総合的な思考がある。こうした古代の世界のどこででも行われていたような思考や発想の中に、ある程度、戦略的な考え方は既にあったと想像することができる。
 古代以降、世界の諸文明は戦争とともに勃興し、また消滅した。諸文明の歴史家たちは、戦争の歴史を書き残しており、その記述の中には、創造性にあふれた作戦や悲劇的な最後等が描かれている。古代ギリシャ文明ではペルシャ戦争の歴史を語ったヘロドトス、ペロポネソス戦争を記録したトゥキュディデス、シナ文明では古代の伝承・歴史を編纂した『史記』の作者・司馬遷が名高い。また、古代ローマ文明、シナ文明、インド文明、ビザンティン文明、イスラーム文明等では、軍人や著述家、皇帝等が、その時代、その文化における戦争術や軍事理論を書き記している。
 日本文明には、『古事記』『日本書紀』以降、歴史を伝える多くの書物がある。中でも軍記物語や英雄伝記物語は、戦争の記述の部分が特に印象的であることで知られる。代表的なものは、前者の『平家物語』『源平盛衰記』『太平記』、後者の『義経記』『信長公記』『太閤記』等である。現代人は、これらの物語の記述から、戦争術や軍事理論を読み取ることができる。
 世界の諸文明の中で、古代より戦争に関する戦略的な思考が最もよく発達したのは、シナ文明である。項目1の「戦略の概念の発達」に書いたように、人類史上最初に戦略の概念を用いたのは『孫子』というのが定説である。以後、シナ文明では、多くの兵法書において戦略的な思考が見られる。史書『三国志』に基づく小説『三国史通俗演義』やそれに基づく歴史文学・時代小説においても同様である。ただし、これは現代人の観点から見た時にそのように理解できる点があるということであって、近代以前のシナ文明で、明確な自覚をもって戦略的な思考がされていたわけではない。
 シナ文明をはじめ前近代の世界の諸文明では、今日のように戦略と戦術をはっきりと分け、それらを理論的に整理して体系化した軍事理論書は、長く現れなかった。戦略的な思考に立った軍事理論書は、近代西洋文明に至ってはじめて書かれた。そのきっかけは、19世紀初めのナポレオン戦争による。ナポレオン戦争は、それまでの戦争を大きく変えた。近代西洋文明が生んだ国民国家と、機械工業による武器の技術と、ナポレオンという稀代の軍事的天才が結びついたことで、ナポレオン戦争は、人類の戦争の歴史を画すことになった。その後、19世紀の前半にクラウゼウィッツやジョミニが戦争の理論的な研究をし、戦略的な思考を発展させ、近代的な戦争理論が確立された。今日の世界で繰り広げられている戦争は、近代西欧で確立された戦争理論に基づいている。だが、先に書いたように、その底流には、古代から諸文明で伝えられてきた戦争に関する思考が脈々と継承されていることを見逃さないようにしたいものである。
 次に、人類の軍事戦略論の歴史を、シナ文明、日本文明、西洋文明、近現代の人類文明の順に見ていきたい。

 次回に続く。

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戦略論13~非軍事分野への応用

2022-06-15 08:50:42 | 戦略論
4.非軍事分野への応用

 本稿の冒頭に書いたように、strategyとしての戦略は本来軍事用語だが、今日では、政治・経済・外交等の国家活動の諸分野や民間企業の経営、スポーツ、ゲーム、生物学等でも、広く使われている。ここで簡単ではあるが、こうした非軍事分野への応用について書いておく。

●政治・経済・外交等の国家活動における戦略

 私は、国家において特に重要な活動として、政治・経済・外交・軍事・文教・情報・科学技術を挙げる。本稿では、各活動分野において、それぞれ政治戦略、経済戦略、外交戦略、軍事戦略、文教戦略、情報戦略、科学技術戦略が立案され、それらを総合したものが国家戦略となる。あるいは、逆に、全体的な国家戦略の下に、個別的な分野の戦略が策定されると書いてきた。
 こうした非軍事分野への戦略思想の応用は、第1次世界大戦期に現れた総力戦の理論に基本的な発想が見られる。軍事戦略を中心に国家活動を統括しようとするものである。これに対し、総力戦理論を批判する軍事評論家リデル=ハートは、軍事的な戦略思想を国家戦略のレベルに応用し、1929年に「間接的アプローチ戦略(indirect approach strategy)」という独自の戦略思想を発表した。彼が戦略を大戦略(grand strategy:国家総合戦略)と戦略(strategy:軍事戦略)に区別し、国家総合戦略のレベルから軍事戦略を研究したことは既に述べた。「間接的アプローチ」の戦略とは、直接的な武力行使ではない間接的な手法によって勝利することを図るものである。国家戦略としては、正面衝突を避け、同盟国への支援や経済封鎖・通商破壊などの間接的な手段を用いて相手国を弱体化させ、政治目的を達成することを目指す。これは、戦争において、外交・経済等の非軍事的な手段を戦略的に活用するものである。リデル=ハートは、こうした発想によって、最小限の資源によって最大限の成果を得るための戦略のあり方を説いた。
 リデル=ハートは軍事理論家だが、彼による軍事的な戦略思想の国家戦略のレベルへの応用は、政治・経済・外交・文教等の国家活動の諸分野への戦略思想の応用の先駆けとなった。特に第2次世界大戦後、核兵器の時代になり、核保有国が全面的な核戦争を回避しながら、国益を追求する国家活動を行うに当たって、非軍事分野における戦略思想の応用が活発になった。いかにしてできるだけ非軍事的な手段で国益を実現するかが、国家にとって重大な課題となったからである。
 世界大戦期に現れた戦略思想については、後の項目で詳しく述べる。

●経営における戦略

 戦略の語が民間の活動で広く使われるようになったはじめは、経営の分野である。アメリカの経済は、第1次世界大戦・第2次世界大戦を通じて、軍需産業の発展に伴って著しい成長を遂げた。だが、第2次大戦の終結によって、大きな転換期を迎え、平時における経済活動に重点が移った。
 企業は一つの集団として、他の企業と争う競争的な環境にある。競合会社は、国家における敵国に相当する。競争に敗れたならば、大きな損害を出し、ひいては倒産に至る。常に利益を出し続けなければならない。そのためには、製品の開発、組織の改変、事業の多角化、環境への適用などを推進しなければならない。武器を商品に替えた企業間の戦争である。この戦いにおいて、競合会社との相互作用を通じて、集団の目的を達成するための総合的・長期的な計画を策定・実行する必要に迫られた。こうした事情のもとで、本来軍事用語であった戦略という用語が、経営の分野に応用されるようになった。
 戦争つまり軍事的な闘争では、武器を使用して敵の人的・物的資源に損害を与えて、目的を達成する。これに対し、企業活動つまり経済的な闘争では、商品や貨幣を使用して相手企業より利益を上げることによって目標を達成する。前者の軍事的な闘争、後者の非軍事的な闘争において、重要なことは、ともに限られた人的・物的資源をどのように配分し、最も有効に活用して、最も効率的に目的を達成するかである。その方法を体系化したものを戦略と呼ぶことができる。
 軍事的な研究の成果が経営に応用された例の代表的なものに、「ランチェスターの法則」がある。この法則は、第1次世界大戦の戦闘による兵士の損耗率を敵味方の兵数と武器の性能から計算した結果、発見されたもので、ランチェスター戦略として企業の販売戦略等に広く応用されてきた。
 また、近年世界的に活用されているものに、「OODA(ウーダー)ループ」がある。朝鮮戦争の航空戦の結果をもとに米国空軍が開発した軍事理論である。OODAは、Observe(観察)、Orient(情勢判断)、Decide(意思決定)、Act(行動)をサイクルとする。PDCAサイクル(Plan 計画、Do 実行、Check 評価、Act 行動)が品質管理・業務改善に有効であるのに対して、状況に応じて機動的に対応できることに特徴のある理論とされている。
 「ランチェスターの法則」と「OODAループ」について、詳しくは後にそれぞれの項目で触れる。
 軍事の分野で開発されたものが一般に使われるようになった事例は多い。今日、代表的なものはインターネットやGPSである。戦略論もその事例の一つである。思考の技術の一般利用ということができる。
 注意すべきこととして、経営戦略論では、軍事戦略のように戦略と戦術をはっきり区別していないことがある。戦術に相当するものも「〇〇戦略」ということが多い。そのため、経営戦略をさらに他の分野に応用する場合においても、戦略と戦術を区別せずに使う傾向が見られる。

●スポーツやゲームにおける戦略

 スポーツのうち、試合を行って勝敗を決するものは、競技という形式の戦いである。それゆえ、軍事戦略が応用されている。
 また、およそ勝敗を伴うゲームは、囲碁・将棋・チェスのような古典的な遊びから、今日のITを使ったものまで、競技は戦争に例えられる。それゆえ、軍事戦略が応用されている。

●生物学における戦略

 生物学においては、個々の種や個体が複数の行動を取り得る時に、それぞれの行動や行動の組み合わせを、戦略と呼ぶ。生存・繁殖・捕食・環境への適応等における行動の仕方について用いる。
 生物の行動に戦略の概念を応用するようになった背景には、進化論の仮説があり、適者生存・自然淘汰を競争の結果と考える発想がある。

 次回に続く。

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戦略論12~戦略研究の哲学的な課題

2022-06-13 07:54:15 | 戦略論
●戦略研究の哲学的な課題

 ルトワックは、「逆説的論理」を、より一般的に「戦略の論理」とも言っている。もしそう言うのがふさわしければ、逆説というより法則となる。だが、逆説的な現象が法則性を持つかどうかは、常に客観性と再現性をもって現れるかどうかによって判断されねばならない。その点の検証には、人類の歴史における過去のあらゆる戦争をAIを使って科学的に分析する研究が必要だろう。
 それはさておき、「逆説的論理」は、なぜ現れるのか。この問いの答えを求めるには、単に社会的な現象の分析にとどまらず、すべての物事の根本にかかわる哲学的な考察が必要となる。というのは、ルトワックが「逆説的論理」と呼んでいるものは、人間社会の現象だけではなく、自然の動きにも類似した現象を見出すことができるからである。
 この点で示唆に富んでいるのが、シナ文明を代表する文書の一つ、『易経』である。『易経』は、西洋文明とは全く異なる世界観に立ち、自然界・人間界のすべての物事を陰陽という概念でとらえる。陰陽は相補的な概念であり、両極性ともいえる。陰が極まって陽に転じ、陰が極まって陽に転じるとする。物事は一方的に進むのではなく、一定のところで逆転や反復が起こるというとらえ方である。昼と夜の交代、季節の変化、生と死の再現等の観察から経験的に把握した、一種の循環の論理と言える。
 『易経』繋辞上伝に「一陰一陽これを道という」とある。その大意は「あるいは陰となり、あるいは陽となって無窮の変化を繰り返す働き、これを道という」である。道(タオ tao またはダオ dao)とは、物事の根源・本体であり、法則・真理であり、また道徳の根拠でもある。『易経』は、物事を無窮の変化の相でとらえることから、英語では「変化の書(Book of Change)」と表題を訳す。だが、とめどない変化と見える現象を陰陽の動きととらえ、さらに根本的な概念である道の働きととらえるところに『易経』の思想の中心がある。
 『易経』は、儒教においても道教においても重要視された聖典であり、シナ文明・日本文明の戦略思想にも大きな影響を与えてきた。特に『孫子』への影響が指摘されている。『孫子』については、後の項目で主題的に取り上げるが、その内容を理解するには、『易経』の世界観に親しむことが欠かせない。
 西洋文明では、対立と闘争の論理を解明し、分析を通じて総合を行う方法として、弁証法的な思考が発達した。これに対し、シナ文明では、循環と調和の理法を観察し、直感と合一によって道を極める試みがされてきた。前者の文明では、力による闘争を通じて勝利を目指す。だが、後者の文明では、道の徳を体して、無為にして通じ、「戦わずして勝つ」ことを理想とする。「戦わずして勝つ」という『孫子』の理想は、自然界・人間界のすべての物事をその根源から統一的にとらえるシナ文明独自の思想に基づくものである。ルトワックをはじめ欧米の戦略家、軍事研究者で、『易経』の世界観に通じ、そこから『孫子』やシナ文明・日本文明の戦略思想を理解できている者は、見当たらない。
 ルトワックのいう「逆説的論理」は、諸文明における戦争においても働き、文明間の戦争においても働く。その論理がなぜ発現するか、戦略の研究家たちは未だその機構を解明できていない。私は、その機構の解明において、『易経』は西洋的かつ近代的な思考とは異なる見方を知るために必読の書であることを一言、ここに記しておきたい。
 ところで、『易経』は、本来の性格から言うと哲学書ではない。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」といわれる卜占の書である。古代の諸文明では、為政者は亀甲や星等を用いて占いを行って政策を決定した。とりわけ戦争に占いは、つきものだった。占いによって、戦いの日時を決めたり、作戦行動に係る方角を決めたりした。占いは、神・仏・霊・天等の超越的なものの意思を知る方法として発達した。超越的なものの意思に従うことが、戦争で勝利を得るために欠かせないことと信じられてきた。また、占いは自然の動き、天の運行を知り、その運動に応じて進むための方法としても発達した。エジプト、メソポタミア、インド等の文明にこうした例を見ることができる。シナ文明では、卜占の技術が『易経』を中心として発達した。それが軍事学と結びついて、戦略思想の発達に寄与している。
 現代の人間も「幸運の女神がほほ笑む」「運命の女神に見放される」などと言う。これらは、運命を擬人化した古代ギリシャ=ローマ文明の信仰に基づく言葉である。また「勝負は時の運」とも言う。勝敗を伴うことには、運というものがあることを多くの人は経験的に感じている。運は、非合理的なものだが、ある種の法則性が感じられる事柄である。運を引き寄せたり、運をつかんだり、運気の勢いに乗ることが、勝敗を左右する。運の強い人間と運の弱い人間がおり、優れた指導者や経営者には、強運の持ち主が多い。
 とりわけ国家の興亡と兵士の生死をかけた戦争を指導する指揮官には、合理的な技術や経験的な知識だけではなく、非合理的な能力が求められる。その一つが幸運を呼び込み、運命を切り開く能力である。いかに優秀な指揮官でも、悲運の持ち主では、戦争に勝つことはできない。このことは、いかに見事な戦略を立てても、それを実践する指導者に、勝利を勝ち取る運気がなければ、戦略は成功しないということである。
 西欧発の近代科学は、研究の対象をその時代において合理的とみなされるものに限定する傾向がある。今日においても、非合理的なもの、超越的なものは、研究の対象から除かれている。だが、戦争に関する研究を深めていくには、「運命の女神」「勝負は時の運」などの言葉の根底にあるものに目を向けていく必要がある。
 私は、非合理的なもの、超越的なものを含めて真理を探究する営みを哲学と称してしている。後に項目5でシナ文明、日本文明、西洋文明、近現代の人類文明の軍事思想の歴史をたどるが、ここで前もって触れておくと、戦争や戦略に関する哲学的な探究は、一般に未だよく進んでいない。それは、諸文明の間で思想の相互理解が進んでいないことによる。人類が戦争の歴史の果てに真の平和を目指すには、文明の違いを超えた哲学的な真理の探究が必要である。

 次回に続く。

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戦略論11~戦略の逆説的論理(ルトワック)

2022-06-11 08:07:21 | 戦略論
●戦略の逆説的論理(ルトワック)

 軍事戦略にせよ作戦戦略にせよ、戦略は自己完結的ではなく、我が方と相手方との間の相互作用を通じて展開する。ボーフルは、これを戦略の弁証法と呼んだ。この相互作用的な展開には、常識で考えると奇妙な論理が働く。ルトワックは、その論理を「逆説的論理(パラドクシカル・ロジック)」と呼んでいる。
 ルトワックは、あらゆる戦略的行動には「逆説的論理」が働くという。この論理を、より一般的に「戦略の論理」とも言っている。ルトワック著『自滅する中国』(芙蓉書房出版)の訳者解説で、奥山真司氏は、この論理について、大意次のように説明している。
 当方の「アクション(作用)」に、相手も「リアクション(反作用)」で対抗してくる時に、パラドックス(逆説)が発生する。物事を原因、過程、結果と直線的にシンプルに考える一般的な思考モデルを「線形論理(linear logic)」という。ところが、戦略的行動は、線形論理とは異なり、対立する相手との相互作用によって物事の形勢が反対方向に転じる。それをパラドックスと言っている。
 戦争では、敵味方がお互いの手段に対して対抗したり妨害したりしようとする。こういった敵対者同士の争いが、戦略を逆説的なものにする。自らを過信して「線形論理」に基づいて行動したり、リスクやコストを見誤って不適切な行為を実行した場合、逆説的な論理が働くために、われわれは自らを窮地に追い詰めることになる、と。
 ルトワックは、様々な著書で、この「逆説的論理」について述べている。中でも『戦争にチャンスを与えよ』(文春新書)で、最も分かりやすく語っている。その論理を7つに整理して、以下に掲げる。

1.線的なロジックは常に失敗する

 直線で最短距離を行くことは、戦略の世界では、敵が存在し、敵が待ち構えているから、最悪の選択となる。迂回路だったり、曲がりくねった道の方がよい。一般常識の世界では、晴れている昼間に行くのが、最良の選択になる。戦略の世界では、敵が待ち構えている。すると夜中の嵐の中を行くべきだ、ということになる。

2.奇襲が重要なのは逆説的論理が発動しないから
 
 この項目は、奥山氏の解説からまとめる。敵は、奇襲(サプライズ)に遭うと、身動きができなくなり、対抗策を打てなくなる。単純に言えば、何もできなくなる。相手が何もできなくなれば、こちら側は、やるべきことを粛々と手順通りに行うだけで、狙い通りの結果を得られる。つまり、いったん奇襲によって相手が何もできなくなれば、逆説的論理は発動せず、直線的なロジックが通用するようになる。奇襲を受けた側は、全く準備ができていない状態で寝首をかかれることになる。

3.戦闘に勝利し続けると敗北に転じる

 戦闘に勝利しつづけて前進すると負けがこんでくるような、状況の逆転が生じる。前進すれば、次第に本国から遠のき、距離が不利に働くようになり、兵站が困難になる。逆に相手は、次第に本国に近づくから、有利になる。よって勝利が敗北に変わり、敗北が勝利に変わる。撤退すれば、本国の基地に近づくことになるし、それまで味方だった、もしくは反対していた勢力も、つく側を変えたりするからである。

4.勝利の限界点を越えると敗北につながる

 すべての軍事行動には、そこを越えると失敗する限界点(culminating point)がある。いかなる勝利も、過剰拡大によって敗北につながる。ナポレオンのロシア侵攻やヒトラーのソ連侵攻の失敗がその例だ。
 米中国交回復も、ソ連の軍事力の規模が「勝利の限界点」を越えてしまったので、米中が協力関係に転じ、それよって、ソ連の弱体化が始まった。

5.大国は小国を破壊できない

 大国は、中規模国は打倒できるが、小国は打倒できない。小国は、常に同盟国を持っているからだ。小国は、規模が小さいゆえに誰にも脅威を与えない。だからこそ、別の大国が手を差し伸べるのである。

6.戦術レベル、戦域レベルでの勝利は大戦略のレベルで覆ることがある

 大規模戦争のような戦略の世界では、いくら戦術レベルで大成功を収めたり、戦闘で目覚ましい勝利を収めたり、作戦に成功して戦域レベルで相手国領土を占領できたとしても、大戦略(国家総合戦略)のレベルですべてが覆ることがある。最終的な結果は、最上位の大戦略のレベルで決まるからである。
 ルトワックのいう「大戦略のレベル」は、資源の豊富さ、社会の結束力、忍耐力(ディシプリン)、人口規模などに左右される。なかでも、とりわけ重要なのが、同盟を獲得する外交力である。奇襲(サプライズ)による逆説的論理の発動の封じ込めも、その上位の大戦略レベルですべて相殺されうる。戦術や軍事戦略のレベルで相手を打ち負かしても、同盟関係という大戦略レベルで劣勢に立てば、戦争に勝利できない。大戦略レベルの外交力によって、全体の結果の大部分が決まる。同盟関係は、自国の軍事力より重要なのである

7.戦争が平和につながり、平和から戦争が生まれる

 戦争ではすべてのことが逆向きに動く。戦えば戦うほど人々は疲弊し、人材や資金が底をつき、勝利の希望は失われ、人々が野望を失うことで、戦争は平和につながるのである。ところが逆に、平和は戦争につながることも忘れてはならない。平時には、脅威が眼前にあっても、われわれは「まあ大丈夫だろう」と考えてしまう。脅威が存在するのに、降伏しようとは思わず、相手と真剣に交渉して敵が何を欲しているかを知ろうともせず、攻撃を防ぐための方策を練ろうともしない。だからこそ、平和から戦争が生まれてしまうのである。

 以上の7つが、ルトワックの揚げる「逆説的論理(パラドクシカル・ロジック)」の主なものである。われわれは、軍事戦略にせよ作戦戦略にせよ、戦略は自己完結的ではなく、我が方と相手方との間の相互作用を通じて展開することを認識し、またその相互作用的な展開には「逆説的論理」が働くことを理解する必要がある。

 次回に続く。

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 『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
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戦略論10~作戦戦略の種類

2022-06-09 08:12:13 | 戦略論
●作戦戦略の種類

 軍事戦略は、戦争目的を達成するために国の軍事力その他諸力を準備し計画し運用する方策であり、軍事行政・軍事作戦の全体に係るものをいう。これに対し、軍事作戦を実行するために大規模な部隊の作戦行動を指導する方策は、作戦戦略と呼んで軍事戦略とは区別すべきものである。
 私の考えでは、作戦戦略は、作戦を行う主体・場所・方法によって3つに分類できる。作戦を行う主体で分ければ、軍の種別に基づいて、陸軍戦略・海軍戦略・空軍戦略等がある。これらを作戦を行う場所で分ければ、陸上戦略、海洋戦略、航空宇宙戦略等になる。また、作戦戦略には、作戦の方法を示すものが多くある。
 このように整理すると、軍事専門家には、作戦戦略を軍事戦略と呼んでいる者が多いことが分かる。だが、これまで述べてきたように、軍事戦略と作戦戦略は基本的に区別すべきものである。また、作戦戦略を作戦の主体・場所・方法で分けずに、どれも作戦戦略と呼び、さらにそれを軍事戦略としている専門家も多い。そのため、素人には混乱しやすい状態になっている。
 作戦戦略のうち、作戦の主体と場所による分類は、素人にもイメージが湧きやすい。主体による陸軍戦略・海軍戦略・空軍戦略等、場所による陸上戦略、海洋戦略、航空宇宙戦略等は、専門的な知識がなくとも区別がつく。それゆえ、本項では説明を省く。ここで言及しておきたいのは、サイバー戦略である。
 エチェヴァリアは、『軍事戦略入門』で、彼のいう軍事戦略に並べて、サイバー戦略を説明している。私の観点では、サイバー戦略は、作戦戦略を作戦を行う場所で分ける場合に、陸上戦略、海洋戦略、航空宇宙戦略等と並べるべきものである。そこで、作戦戦略のうちの作戦の場所の項目に、エチェヴァリアの説明を記しておくことにする。その説明の要点は、次の通り。
 「サイバー戦略とは、単純に、サイバー空間において我方の重大情報と必須機能を保護しつつ、敵対者の同様の能力を阻害ないし減退するようサイバー・パワー(とそのほかの資源)を管理することである」
 「現実的に、サイバー戦略には、三つの基本的能力が必要となる。すなわち、①データへのアクセスを拒否する能力、②干渉とデータ収集の能力、そして③データを操作する能力である」
 「拒否とは、金融取引、エネルギー生産および輸送、情報収集、または日常的な通信など、重大な情報や活動へのアクセスを拒絶することである」「干渉とは、サイバー通信とデータストレージに潜入して盗聴や情報収集、つまりは諜報活動を行うことを指す」「操作とは、あるシステムを妨害ないし阻害して『クラッシュ』させるか、または意図されているものとは異なる結果を出させることを指す」
 サイバー戦略は、今日の戦争で、急速に重要性を増している。サイバー戦略の成功・失敗が戦争の勝敗を左右するほどになっている。
 次に、作戦戦略のうち、作戦の方法について述べる。代表的な作戦の方法には、以下のようなものがある。

・決戦戦略/持久戦略
 決戦戦略は、勝利を目指して迅速かつ効率的に敵の戦力の殲滅を図るもの。
 持久戦略は、敗北しないように戦力を温存して長期戦を実行し、勝機を待つもの。

・直接戦略/間接戦略
 直接戦略は、軍事力の行使によって政治目的の達成を図るもの。
 間接戦略は、軍事上の勝利以外の手段によって政治目的の達成を図るもの。

・正規軍の戦略/ゲリラ戦略
 正規軍の戦略は、政府による正規軍が採用する作戦戦略。
 ゲリラ戦略は、非正規の軍事組織が行う作戦戦略。

 続いて掲げるのは、エチェヴァリアは軍事戦略としているものだが、私は、それらを作戦の方法と理解して、この作戦戦略の項目に掲載する。

#殲滅戦略/攪乱戦略
 殲滅戦略における殲滅(annihilation)とは、たいてい、一回の戦闘や電撃的な作戦によって敵の戦闘能力の減殺を目指すこと。
 攪乱戦略における攪乱(dislocation)とは、想定外の機動や奇襲によって困惑と混乱を引き起こし、敵の戦う意志を削ごうとするもこと。

#消耗戦略/疲弊戦略消耗
 消耗戦略における消耗(attrition)とは、敵の物理的な戦闘能力を削ること。
 疲弊戦略における疲弊(exhaustion)とは、敵の戦う意志をじわじわと削ること。

#強制戦略/抑止戦略、抑止(deterrence)
 強制戦略における強制(coercion)とは、単純に敵に何かをするように強いること。
 抑止戦略における抑止(deterrence)とは、敵が何かをするのを思いとどまらせること。

#テロ戦略/テロリズム戦略
 テロ戦略とテロリズム戦略におけるテロ(terror)は、恐怖の作用によって成功を企図するもの。
 テロ戦略は、敵国の国民が和平を訴えるよう、その中心地を空爆することも含む。テロリズム(terrorism)には多くの種類があるが、一般に、非戦闘員を選択的あるいは大量に標的として恐怖を醸成すること。当事者の行動様式に変化を強いる試み。

#斬首戦略/標的殺害戦略
 斬首戦略における斬首(decapitation)は、指導部を取り除くことで、ある集団を麻痺ないしは崩壊させようとする試み。
 標的殺害戦略における標的殺害(targeted killing)とは、ある組織の構成員を幹部から兵卒まで体系的に抹殺すること。

 これらの作戦戦略は、複数組み合わせて実施されることが多い。また戦況に応じて取捨選択され、臨機応変に採用・停止される傾向がある。
 いったん立てた計画の実行に固執し、その実行自体を目的化すると、失敗する。また、過去の成功例を絶対視し、パターン化することも、失敗につながる。我が方が相手の意表を突こうとしている時、敵の方も想定外の攻撃をしかけてくることもある。戦いには原則があるが、作戦戦略には必勝の方程式があるわけではない。柔軟かつ創造的な発想と行動が必要である。
 それは、戦略の実施は相手があることであり、我が方の行動に対して敵がどう反応するか、その作用と反作用の繰り返しによって、随時、計画を修正・変更しながら、目的の実現を図らなければならないからである。

 次回に続く。

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戦略論9~軍事戦略の成功・失敗の要因

2022-06-07 08:22:33 | 戦略論
●軍事戦略の成否を分けるもの

 軍事戦略の成否を分けるものは何か。
 エチェヴァリアは、『軍事戦略入門』で、次のように書いている。
 「かつて孫子は断じた。至高の戦略家とは、戦わずして勝つ者である、と」「しかし一般に、軍事戦略の営みが四方八方で誤判断や誤算、過失に満ちているということには専門家の多くが同意するであろう。孫子の思い描いた理想の戦略家とは、実に稀有なものである。軍指揮官が比類なき技量を有していても、攻撃の相手、対象物、時間、場所、方法について望み通りに実行する完全な権限を持っていないことが多い。理想の戦略を実行するための適切な手段が、手元に十分あるとも限らない。むしろ典型的に発生する状況は、偶然と不確実性に特徴づけられた環境下で、相対する陣営が勝利を追求すべく最善を尽くすということである。
 20世紀フランスの将軍(註 陸軍軍人)で軍事理論家であったアンドレ・ボーフルが、このように互いの勝利への期待が衝突することを、戦略の弁証法と称したのは適切であろう。相手方との押しつ押されつの弁証法を通じて戦略はすっかり変容してしまうかもしれず、ひどく判然としない結果が生じ得る。よって孫子の賞賛するような理想の結果はほぼ間違いなく、起こるとしても滅多に起こらないのである」
 私見を挟むと、「戦略の弁証法」という用語において、弁証法(英語 dialectic)は、もともと哲学的な対話の技術をいう言葉である。ここでは相対する両者の相互作用の意味だろう。戦略は、自己完結的ではなく、相互作用的に展開する。軍事戦略の成功は、その相互作用に臨機応変に対応して、戦争目的の実現を図り得るかに、多くがかかっている。
 エチェヴァリアは、先の引用に続いて次のように書いている。
 「ある戦略を成功させるために生じる無数の課題のうち、起こるべき順番は全く厳密でなく、またいくつかは同時に起こり得るが、以下の四つが際立って重要である。
 第一の課題は、敵の強みと弱みについて批判的評価を行い、それに対して自身の強みと弱みを対抗させることである。・・・
 第二に、この総合評価は、我方の望みを達するに十分なほど敵を弱体化させるような行動方針を練るための基準として活用すべきである。・・・
 第三に、国家元首は、望ましい戦略を立案および実施するのに必要なレベルの知識と能力を備えた軍指揮官を選定しなければならない。・・・
 第四に、すべてをまとめあげるため、包括的かつ首尾一貫した戦争計画が必要である。戦争計画とは戦略の実践面であり、政策目的とその達成のための軍事力行使との間の実際の連結部である。・・・戦争計画によって軍事目標を確立し、作戦範囲を設定し、特定の指揮官らに任務と副任務を割り当て、それから指揮官らにその遂行責任を求め、そして計画遂行の邪魔とならないように対処すべき詳細事項を特定する」
 エチェヴァリアは、このように軍事戦略の成功に不可欠な要素として、客観的評価、盤石の行動方針、熟達した軍指揮官、そしてすべてをまとめあげるだけの一貫性のある戦争計画が、特に重要だとしている。
 再び私見を述べると、戦略が自己完結的ではなく相互作用的に展開することを踏まえるならば、軍事戦略を成功させるには、その相互作用に臨機応変に対応して、戦争目的の実現を図ることが必要である。それゆえに、柔軟な対応力を持つ指揮官の存在が成功の鍵になる。ただし、臨機応変な対応と言っても、指揮官の直観や経験にのみ依拠するものではなく、客観的評価、盤石の行動方針、一貫性のある戦争計画に基づいたものでなければならない。これらの両面の充足が成功をもたらすということだろう。

●軍事戦略の失敗要因

 軍事戦略が失敗する要因には、どういうものがあるか。
 エチェヴァリアは、先の著書で「いうまでもなく軍事戦略は、成功に不可欠な要素、すなわち客観的評価、盤石の行動方針、熟達した軍指揮官、そしてすべてをまとめあげるだけの一貫性のある戦争計画など、そのいくつかに欠けていれば失敗する」と書いている。成功に必要な要素の欠如は、戦う主体の側の問題である。だが、エチェヴァリアによると、軍事戦略の失敗の要因には、さらに重要なものがある。それは、相手側に関する条件である。
 次のように、エチェヴァリアは書いている。
 「軍事戦略の失敗する最大の理由は、抵抗を続けることが明らかに自己破滅的であるにもかかわらず、相手方が譲歩を拒むことにあるのである。抵抗を継続することにより、期待される利益を上回るまで紛争のコストを上昇させて敵内部に政治的分裂や幻滅を生じさせ、ことによると結局は敵の決意を削りきってしまうこともある。よって成功の鍵となる変数は、相手方の抵抗の意志と、その意志の強さと、そしてその理由である。問題は、自らの長期的利益を台無しにすることなく、利用可能な資源と行動方針をもって、その意志を挫くか、あるいは説き伏せることができるかということである」
 軍事戦略の失敗の最大の理由は相手方の抵抗の意志によるという指摘は、まさに戦略が相互作用的に展開することに関する事柄である。また、逆にそこから、軍事戦略の成功は、いかにして相手方の抵抗の意思を挫くか、または降伏を説得するかに最重要点があることになる。物理的な実力の行使だけでは、勝利は得られない。心理的な働きかけが最後の決め手になるということだろう。極論を言えば、最初から相手の戦う意志を失わせてしまえば、一戦も交えずして勝つことができる。

 次回に続く。

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戦略論8~軍事戦略の諸相

2022-06-05 08:34:37 | 戦略論
3.軍事戦略の諸相

●国家の活動の一つとしての軍事

 軍事は、国家の活動の中の一つであり、軍隊・兵備・戦争等に関する事柄である。軍事の中心をなすのは、外敵の侵攻から国を守ること、戦争を準備し戦争を行うことである。クラウゼヴィッツは「戦争とは、政治目的を達成する為の手段である」とし、「戦争は敵に強制してわれわれの意志を遂行させるために用いられる暴力行為(註 実力行使)である」と定義した。
 国家が他国に対して、自分の意思を相手に受け入れさせるために行う活動が、外交である。外交は、言葉のやりとりによって政治目的を達成する活動だが、外交によって問題が解決しない場合には、他の手段を取ることが必要になる。他の手段とは、軍事力の行使である。軍事力は、しばしば暴力と呼ばれるが、単なる暴力ではなく、組織化された武力であり、物理的な実力である。戦争は、軍事力を使って自分の意思を相手に強制する行為であり、外交とは別の手段によって政治目的を達成するための手段である。
 ただし、戦争を始めるのも終わらせるのも、政治の役割であり、その対外活動が外交である。軍事は、戦争の開始から終結までの期間を担う。宣戦布告も講和条約も、外交の仕事である。仮に軍人が大統領や首相になっている政府においても、このことは変わらない。政治が軍事に優先する。
 このことは、政治のレベルにおいて致命的な失敗があった場合、軍事によっては取り返せないことを意味する。政治目的が不適切だったり、外交が稚拙だったりすると、軍事力は有効に機能しない。
 政治の成功、外交の成功は、戦略の良否に多くを負う。軍事の成功もまた、戦略の良否に多くを負う。

●軍事戦略における「戦いの原則」

 軍事戦略について、先に「国家戦略に基づいた軍事行政・軍事作戦の全体的な戦略」「戦争目的を達成するために国の軍事力その他諸力を準備し計画し運用する方策」という定義を揚げた。
 端的に言うと、軍事戦略とは、戦いに勝つための戦略であり、方策である。では、何をどのようにすれば戦いに勝つことができるのか。ナポレオン戦争以降、ヨーロッパでは、戦いに勝利するための原理・原則の研究がされてきた。その原理・原則を「戦いの原則」という。アントワーヌ=アンリ・ジョミニがその研究を先駆け、その後、多くの軍事理論家が研究し、20世紀初めに、ジョン・フラーが体系化した。エチェヴァリアは『軍事戦略入門』で、軍事分野の専門文献では、今日次の9つの原則が最も頻出するとしている。

1 目標(objective):目標を定め、あらゆる軍事行動がその達成に資するようにすること。
2 機動(maneuver):陣地的優位を得ること。
3 奇襲(surprise):想定外の方法で敵を攻撃すること。
4 物量(mass):軍事力を結集して優越すること。
5 戦力の節約(economy of force):物量の結集とは逆に、副次的な取り組みには必要最低限の戦力のみを割くこと。
6 攻勢(offensive):主導権ないしは時間的な優位を得ること。
7 保安(security):我方の戦力がよく保護されるようにすること。
8 簡潔性(simplicity):複雑な計画や連絡を避けること。
9 指揮の統一性(unity of command):利害の衝突を避けるため、戦争指導を単一の政治的・軍事的権威に委ねること。

 上記のような「戦いの原則」を守り、実行することが、勝利を得る秘訣である。逆にその原理・原則に外れていれば、勝利を得ることはできない。
 軍事戦略は、「戦いの原則」に則った戦略であり、方策でなければならない。

●軍事力の定義と種類

 軍事戦略は、軍事力の開発・整備に関する計画を含むものである。
 軍事力は、組織化された武力であり、物理的な実力である。自分の意思を相手に強制する力である。エチェヴァリアは、軍事力を「所与の状況下で特定の戦闘任務を遂行する能力」と定義している。
 エチェヴァリアによると、軍事力には、ランド・パワー、シー・パワー、エア・パワーないしエアロ・スペース・パワー、インフォメーション・パワー、サイバー・パワーなどがある。
 ランド・パワーは、軍事力の一種という意味では陸上戦力、シー・パワーは海洋戦力、エア・パワーは航空戦力、エアロ・スペース・パワーは航空宇宙戦力、インフォメーション・パワーは情報戦力、サイバー・パワーは電脳戦力と訳される。ここで戦力は、軍事力と同義である。
 戦力は、基本的には、対象となる自然の空間によって、陸・海・空・宇宙に分けられるが、科学技術の発達によって、人工的な情報空間、電脳空間が加わった。陸上戦力は陸上権の確立・地域の占領、海洋戦力は制海権の確立・通商保護、航空戦力ないし航空宇宙戦力は航空空間・宇宙空間の優勢の確保など、固有の機能や性質を持っている。情報戦力は、心理戦の能力であり、戦略的コミュニケーションで優位に立つ能力である。電脳戦力は、サイバー空間で優位に立つ能力である。航空宇宙空間での優勢の確保は、陸上権・制海権の獲得に貢献し、サイバー空間での優勢は、戦争の全般での優位に貢献するなど、これらの戦力の行使には相乗効果がある。
 こうした軍事力は、有限なものである。また、その行使は人命の犠牲と費用の支出を伴う。軍事力をいつ、どこに、どのように配分するかは、軍事戦略の基本的な課題である。
 ただし、エチェヴァリアは「軍事力が単独で行使されることはほとんどない。通常は、ある程度の外交力、情報力、経済力、金融力と併用される」と指摘している。ここが重要な点である。言い換えれば、軍事戦略は通常、軍事戦略単独ではなく、外交・経済・情報等に係る戦略と組み合わせて実施することによって、より効果的に軍事力を行使して、確実に目的を達成することができる。そこに必要なのが先に書いた国家総合戦略であり、それに基づく総合的な国力の発揮である。軍事力を偏重し、軍事力に過度に依存する国家は、国策を誤ることが多い。

 次回に続く。

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戦略論7~国家総合戦略と個別分野の戦略の関係

2022-06-03 15:57:47 | 戦略論
●国家総合戦略と個別分野の戦略の関係

 私は、国家において重要な活動として、政治・経済・外交・軍事・文教・情報・科学技術等を挙げる。これらをさらに絞り込むと、経済と軍事になる。人は、まず食っていかねばならない。水と食料の確保が生存のために必要不可欠である。次に、衣類と住居が確保されねばならない。これら、衣食住を最低限、確保することが、経済の最低限の目標である。同時に、人は、自分や家族の生命と生活の場所を外敵から守らねばならない。それが軍事の最低限の目標である。これらの目標は、国益の最低限の目標でもある。国家総合戦略は、国益の最低限の目標を実現しつつ、より高い国益を追求するための戦略である。
 それゆえ、国家総合戦略は、経済と軍事を二大要素として、政治・経済・外交・軍事・文教・情報・科学技術の要素を含むものでなければならない。国家総合戦略は、政治戦略、経済戦略、外交戦略、軍事戦略、文教戦略、情報戦略、科学技術戦略の7つの戦略を総合したものとして策定されるべきものである。
 私の国家総合戦略論は、一つの特徴として、文教戦略つまり文化と教育に関する戦略を重視する。それは、国家には思想が不可欠であり、文教戦略は、その思想に係るものだからである。文教戦略の文化面では、国民の意識を形成するための文化の創造・発展が最も重要な活動である。また教育面では、国民の意識を持つ国民を育成するための教育が最も重要な活動である。これらの活動は、自国に関する国家観、自国を中心とした世界観、国家の理想像、国家を成り立たせている理念、愛国心といったもの、すなわち国家思想の創造・発展・継承を行うものである。その思想の核は、本稿で論じたナショナリズムである。ナショナリズムを核とした国家思想を失ったら、国家は衰退し、崩壊に向かう。文教戦略を軽視する国家は、衰退・崩壊の道を下っていく。
 国家は、国家目標・国家方針のもとに、国家内部における政治・経済・文教に関わる政策を策定する。その際に、政治戦略・経済戦略・文教戦略が必要である。また、国際社会において自らの政策の実現を図るために、外交・軍事に関わる政策を策定する。その際に、外交戦略・軍事戦略が必要である。また、これらの全般に関わるものが、情報に関する戦略である。情報戦略は、情報の収集・分析・活用、通信・広報・宣伝等の政策を策定するために必要である。同じく、全般的に関わるものが、科学技術に関する戦略である。科学技術戦略は、科学と技術を発達させ、経済・軍事・情報等に活用する政策を策定するために必要である。
 政治戦略、経済戦略、外交戦略、軍事戦略、文教戦略、情報戦略、科学技術戦略は、別々のものではなく、深く関係し合っている。また、これらの戦略を総合する国家総合戦略は、個々の戦略を統合し有機化するものである。
 個別分野の戦略においては、戦略という概念が生まれた軍事における戦略論が、最も高度に発達している。そこで以下の部分においては、主に軍事戦略について基礎的な研究を行い、国家総合戦略の策定や実施への応用の参考にしたい。

 次回に続く。

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