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大丈夫か日本財政 その9 財政破たん派、どこが間違っているのか 7

2016年04月25日 | 大丈夫か日本財政

    円安が進行していますね。さまよえる為替アナリスト達の悲鳴が聞こえます。円も一夜にして安全になったり危険になったり、忙しいですね(笑)。

  前回は日銀のマイナス金利導入について、銀行の代表である三菱UFJの社長が表立って反対に回り、企業もアンケート調査で8割が反対しているという実態について述べました。そうした銀行や企業は、徐々に投資活動などが委縮して、自己防衛の方向にシフトしているようです。その中で凶暴なるクロちゃんが今週の日銀決定会合で果たして何を打ち出すのか、見ものです。

  政府も日銀も月例報告のたびに「穏やかな回復基調が続いている」と言いながら、一方で臆面もなく経済対策を打ち出すという矛盾した行動をとり続けています。株屋さんちのアナリスト連中も株価を上昇させてくれる政府日銀に対しては、どんな矛盾した政策であろうが文句ひとつ言いません。株価さえ高くなればあとのことなどどうでもいい。もっと極端に言えば、自分が高額な給料をもらっているうちだけ株を高くする政策を打ってもらい、後遺症など知ったことかということなのでしょう。我々はたまったものではありませんよね。

  マイナス金利導入でいま一つ企業にとって厳しくなっているのが退職年金の債務だというニュースが、本日の日経新聞1面トップを飾っています。日経オンラインを引用します。

引用

日銀のマイナス金利政策の影響が、年金の負担増を通じ企業収益を圧迫し始めた。長期金利の利回りがマイナス圏に下がったことで、企業が将来の年金の支払い に備えて用意する必要のある金額が増えるためだ。関連費用は判明分だけで1000億円を超えた。日清食品ホールディングスや住友不動産などで今期の関連費用が膨らむ見通しで今後、上場企業に同様の処理が広がりそうだ。

引用終わり

   かなりわかりづらいニュースだし、現役の方には影響もあるので解説します。退職金や年金制度を有している企業は将来の退職金や年金支払いに備えた積み立てをしなければなりません。退職年金債務という言い方をします。その積み立て必要額は将来の支払い見込み額を割引率で現在価値に割り引いて毎年算出し、過不足を調整します。金利が低下していくと割引率も低下するため債務は逆に増加してしまいます。割引率はおよそ20年物国債金利と連動して動いています。なかなかイメージしづらいですよね。

  これを簡単にイメージするには多くのみなさんが投資されているゼロクーポン債の価格を考えるとわかりやすいのでそれを使って説明します。ゼロクーポン債は、金利が高いと現在の価格は安く買えます。満期で同じ100をもらうのに、金利が高いと例えば50払えば済む。しかし金利が低ければ70支払う必要があります。それと同じことが企業年金でも起こるのです。将来100を支払うのに、いままで50の積み立てで済んでいたのが、金利が低下したため70の積み立てが必要になった。そこで企業は不足分20の積み立てを追加する必要が生じた、ということです。記事では不足分が判明した企業分だけで1,000億円にもなった、ということです。企業にとっては当期の収益に直結する大事なファクターですから、マイナス金利に反対するのもうなずけます。もちろん将来金利が上昇すると積み立て必要額は減少します。借金をする必要のない企業にとって、マイナス金利はいいとこなしなのです。

 

  さて、本題に戻ります。ここで今一度、財政破たん派は「どこが間違ったのか」ポイントだけ振り返りますと、

・家計の金融資産は団塊の世代が取り崩し側に回っても減らなかった。理由は長生きリスクのため、貯め込んだ

・個人投資が外貨建て資産の購入にシフトしなかった。理由は外貨建て資産はなじみがなく、為替リスクが大きいと思っているから

   という点が挙げられます。しかしこれは永遠に続くというものではありません。団塊の世代もいつまでも貯蓄を使わずに貯め込むわけではなく、いずれかの時点では取り崩しに入ります。また、外貨建て資産への投資にしても、個人投資は進展しなくても、機関投資家はマイナス金利によって外貨建て資産を増やす傾向が顕著になりつつあるからです。

   例えばゆうちょ銀行です。4月22日の日経新聞で日本郵政社長である長門氏のインタビュー記事が載っていました。ゆうちょ銀行は総資産が205兆円程度ですが、円建て債券、それも国債中心だったポートフォリオを、リスク資産である株式や外貨資産に大きくシフトさせつつあり、14年時点で40兆円台だったリスク資産を17年までに60兆円台に増やすことを掲げています。しかもマイナス金利が導入されたことで16年3月末時点ですでに60兆円を達成したというのです。それも増加は外国証券がほとんどです。安全第一のゆうちょ銀行にしては、大胆なシフトだと思います。なお、ゆうちょ銀行の言うリスク資産には株式の他10数兆円の円建て地方債や社債も含まれていて、外国証券となっている外債・外株は40兆円程度です。

   さらに我々の年金を運用しているGPIFですが、ご存知のようにGPIFは一歩先に行っていて、14年10月の方針変更で外貨建て資産が24%であったものを40%まで増加させることにしました。そして15年末にはすでに37%が外貨建て資産になっています。もっともその間の円安を考えると、外貨建ての多くがドル建てだとすると1割程度は為替だけでも増加しています。

   それだけではありません。このところニュースにたびたび顔を出すのが生保です。生保は昨年私が揶揄したように、みんなでそろって海外の同業者を買収しました。ごていねいにも円が一番安い時にです(笑)。そしてマイナス金利導入後は、外貨建て債券などを増額するという宣言を各社が相次いで出しています。

   家計の金融資産の外貨比率は増えなくとも、預け先が外貨建てを増やしています。しかし間違ってほしくないのは、そのことが個人資産の外貨比率を増やすことにはならないことです。大きく円安に動いたからと言って、為替差益が個人にもたらされるわけではありません。80円が120円になったのに、それで預金が増えたなんてことは一切ありません。金融機関のフトコロが潤うだけです。

   もちろん外貨建て個人年金に投資していれば分配金が外貨ですから、これは別です。しかしついでに繰り返しますが、生保のドル建て年金の仕組みは、預かった円をドルに替え、そのまま米国債に投資するだけ。そして米国債の金利から自分たちの利ザヤを抜いて残りを配当するので、直接米国債に投資するのに比べると彼らの利ザヤ分、確実に損します。他の通貨建ても同様ですので、絶対に買ってはいけない資産です。

   というように、機関投資家の投資行動は、さすがに個人の投資リテラシーよりも進んでいて、超保守的だったゆうちょ銀行にしても為替のリスクを取らざるを得なくなっている、つまり外貨へのシフトは確実に進展しつつあるのです。

つづく

コメント (4)
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