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アメリカの金融市場について その3

2015年11月26日 | アメリカの金融市場

  一つ訂正をさせていただきます。前回の記事で「アメリカは特にサービス産業の依存度が大きく、GDPの8割以上をサービス産業が占めています。」と書いていますが、比較はもちろん全産業に対しての比率であって、GDPに対する比率ではありません。お詫びして訂正いたします。

  一昨日、アメリカの7-9月期のGDPの改定値が発表されました。速報値の+1.5%から大幅に上方修正されて+2.1%となっています。予想値に近かったためか金融市場はあまり反応していないように思えます。今後のアメリカ経済の見通しについては、後ほど書いて行くことにします。

  さて、前回は利上げの大事な要素である「物価と雇用」について現状分析を簡単にしてみました。内容は、物価はいまだ目標の若干手前であるが、雇用は十分に利上げ基準に達している。国際商品価格は下落していてデフレ圧力はあるものの、賃金の上昇がしっかりし始めているので、それが将来の物価上昇につながりそうだ。それを見込んで利上げを考えている、というものでした。

  FRBが経済動向を見る要素はもちろん非常に多岐にわたっていて、私が一番大事だと言い続けている「物価と雇用」だけではありません。景気判断の重要な要素である小売売上、PMI(購買担当者指数)、設備投資、住宅販売、為替動向、そして輸出に影響する海外経済動向などもあります。9月のFOMC(利上げを決める理事会)では、中国経済のスローダウンが世界経済にどの程度影響するかの見極めがつくまで延期ということが言われました。それを根拠に多くのエコノミストやフェッド・ウォッチャー(FRBの動向を見ている専門家)は、世界経済は簡単に回復しっこないと見て「12月も見送り」と予想しました。しかし多くの要素を見すぎていると見通しを誤ることになります。10月以降経済指標が極めてよいという訳でもないのに、突然12月の利上げが「確定」になってしまいました。その一番の理由はFOMCの議事要旨や各地区連銀総裁を始めとする理事会関係者の発言が12月の利上げを強く示唆したことでした。

  では連銀関係者、特に連銀議長の発言をちょっと振り返ってみます。するとなんのことはない、すでに夏以降は繰り返し12月までには利上げがあるぞと示唆しています。それを経済指標を細かく見過ぎているエコノミスト連中が自分で自分に雑音を入れすぎて、来年まではなしだ、と勝手に解釈したのです。もちろん連銀関係者も「経済指標に大きな下ブレがなければ」という前提条件はつけてはいますが。

  では12月の利上げは、本当に経済が向かう方向と整合性が取れているアクションなのでしょうか。私は経済の方向性と理事会の方向性に少し乖離が見えるような気がしています。つまり経済全体は順調ではありますが、極めて順調かつ将来もさらに上昇が見込まれ、来るべきインフレを早目に抑え込む必要がある、というほどではない。最近のアメリカの経済見通しで、来年を今年より非常に明るく見ている見通しは少ないし、むしろ巡航スピードくらいなら上出来と見る向きが多くなっています。

  様々な経済見通しを並べたてても意味がないので、代表選手としてIMFの見通しを取り上げます。IMFは3カ月ごとに主要国の成長率見通しを出します。必ずしも当たるわけではありませんが。7月には来年のアメリカ経済の成長率を3.0%と予測していました。それが10月には0.2%下方修正されて、2.8%になっています。0.2%くらいたいした数字ではないのですが、大事なのは方向性です。これで何度目かの下方修正で、それは世界全体の成長率見通しも同じ様に下げているのです。

  そうした下方修正が多くなっているにも関わらず、私には連銀理事会はどうしても利上げをしたがっているように思えるのです。

  このところ世界経済の足を引っ張っているのが、中国も含めた発展途上国です。東南アジア諸国は中国のスローダウンの影響をまともに受けていて、成長率が鈍化しています。そのため先進国の投資引き上げ懸念などで株価も下落しました。ところが途上国の一部には、面白いことを言いだしている国々があります。先ごろ開かれたAPECなどの席でFRBに対して、「利上げをやると言いながら先延ばしにすると不確実性が増すので、いっそのこと早く利上げしてくれ」と言っているのです。

  それと同じ様なことを言っているのは一部の株式アナリスト連中です。何よりも不確実性を嫌うのが株式相場であることから、「やるなら早くやってくれ」と言っているのです。しかし利上げによっていざ株式相場が下落すると、きっと「利上げなんかするからだ」と平気で言うのも彼らです(笑)。

  では世界経済の若干のスローダウンも見込まれる中、何故無理を押して利上げをするのでしょうか。それは最初の頃に申し上げた「正常化」のためだと私は思っています。今回の利上げはこれまでの利上げとは違い、異例のゼロ金利からの脱却をするためのもの。「利上げではなく異例からの脱却」なのだと思うのです。

  リーマンショックでこの先10年はダメだと言われ入院したはずの患者が、実際には驚くほど早く回復、昨年10月に退院し(QEの停止)通常の生活をはじめていた。しかし念のため薬だけは飲んでいたが、もう薬も飲む必要がなくなったということだと思うのです。

コメント (1)
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