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GDPのマイナス成長と好調な株価

2015年11月18日 | 日本経済コメント

  この矛盾した2つの数字をどう理解したらいいのでしょうか。

理由は単純。合成の誤謬です。

  16日(月)に発表された7-9月期のGDP統計は、アナリストのコンセンサス予想を下回るマイナスで、年率▲0.8%を記録しました。

  原因は投資のスローダウンです。GDPの投資項目は二つあって、設備投資在庫投資です。設備投資がかんばしくないのはもちろん企業、それも設備投資金額の大きな製造業が先行きに強気の見通しをたてられないからです。在庫も同じ理由によりますが、この先物価が上昇しないとみれば在庫を増やさず、むしろ減らすことで評価損を避ける行動をとります。しかし手持ち在庫が少なくなれば、景気が反転した場合には増やしやすくなるので、先行きにはプラスの材料だと言えなくもありません。構成比で6割を占める個人消費は前期のマイナスから改善しプラスになっているのですが、それを設備投資と在庫投資がくってしまった形です。

  ところが翌17日(火)、日経新聞朝刊の1面には「上場企業利益最高に」と言う見出しがありました。内容の要約でも「売上高経常利益率は9年ぶりに過去最高を更新する見通し。M&Aや得意分野への集中を通じ採算重視の戦略に転換した効果が表れている」と書いてあります。そして株価はその好調さを反映して、きのう今日は2万円に迫るほどのレベルに上昇しています。

  では、企業収益の好調=株価の堅調さとGDPの不調という不整合をどう理解したらいいのでしょうか。

  理由は先に述べた合成の誤謬が生じているからです。どういう誤謬かを説明します。

  通常株価は売上よりも、1株利益の成長見込みを反映します。例のPER何倍という指標です。1株当たり利益の15倍程度が居心地のよい株価レベルと言われます。1株利益が100円であれば、株価は1,500円程度。それが1割改善して110円になれば、株価も1,650円が妥当ということになります。それを実現するには売上を増やすことではなく、利益を上げることが重要です。それはコストを削減しただけでも達成できるのです。

  個々の企業は、個人消費が低調な時には売上に頼る経営ではなく、コストを削減して利益を追求し、株主に報い経営陣の安泰を計る行動に出ます。コスト削減の材料は、一つには資源価格の低迷から来る原料安。いま一つは生産性の向上か人件費のセーブです。日本企業は首切りを簡単にはできないため、人件費の抑制は正社員の増加を抑え、その分契約社員を増やすことで行ってきました。同じ仕事をしていても、人件費は半分程度で済みます。それが今日では行き過ぎて、非正規社員の割合がかつての1割から4割程度にまで増加してしまいました。アベノミクス導入後も非正規社員の比率は毎年上昇しています。その結果当然の様に個人所得が低迷し、消費が伸びない最大の原因になっているのです。消費が伸びなければ、GDP成長率も当然低下します。

  個々の企業にとって経常利益率の向上は間違いなく「よいこと」なのですが、そのよかれという行動が日本全体では経済低迷の原因を作ってしまっている。それが私の指摘する「合成の誤謬」の中身です。

  現在の好調な株価はアベノミクス成功の証なので、政府も日銀も株価が政権の支えであることを意識しています。しかし利益を優先するあまり企業が投資を抑え、人件費を抑えてしまう。それに対し安倍政権は、

「賃金を上げろ!」、「投資をしろ!」とひっちゃきになって合唱を繰り返しています。

  アベノミクス当初から言い続け早3年。これらの言葉、私には自民党が社会主義政党に転向したように思えるほど、悲痛な叫びに聞こえます。

  かつて消費税を上げた時に安倍政権は鞭を片手に、「その分値上げをしなかった企業名を公表するぞ」と脅しをかけました。幸いそれは実行されなかったようです。庶民を敵にはしたくなかったのでしょう。今回は鞭をアメに持ち替えて、「賃上げをした企業には減税のアメをあげます」ときました。これは組合も給料が上がれば文句はないので、本当に実行するかもしれません。

  しかしみなさん、よく考えてください。法人税減税はアベノミクスの成長戦略の一つであるとして、着々と準備が進んでいます。一方で庶民は消費増税に苦しみ、年金削減に苦しみ、社会保険料の値上げに苦しんでいる。その中での法人減税、本当にまっとうな長期戦略といえるのでしょうか。アップルの様にアイルランド現法を使った節税策や、本社を本当に海外に移すなど、日本企業にそんな根性のある企業が多数いるとは、私には思えません。

  そもそも法人の中で圧倒的多数の中小企業はほとんどが赤字かトントンで、減税と言われてもその恩恵に浴せないところが多いのです。法人税減税も賃上げ同様実は大企業のみが恩恵に浴する政策です。そうした企業が契約社員を増やしてコスト削減に走り、株価を上昇させる。

  株価は上がれど、GDPは低迷する。それが「合成の誤謬」の中身です。

  いつもいつもKEIDANRENのじいさんたちと一緒にいると、日本は道をあやまりますよ、アベチャン。

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