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アベノミクス新3本の矢・・・ちょっと待て、私は騙されない その11 最終回

2015年11月02日 | 新3本の矢

  さて10回にわたりシリーズ「アベノミクス新3本の矢」をお届けしました。これまでの私の考えをまとめ、最終回とさせていただきます。

  新3本の矢は安保法制成立直後、実に唐突に出て来ました。私は新3本の矢の前に政府はまず旧3本の矢の評価をするべきだと述べました。旧3本の矢では、景気は「気合いだ」といわんばかりの精神論による円安株高の実現以外、ほとんど何も達成できていないため、政府も評価をしたくないのでしょう。旧3本の矢の結果を私は以下のようにまとめました。

第1の矢. 金融政策・・・世の中に出回るオカネは2倍には全くならず、ただただ日銀にブタ積みされただけ。物価のプラス2%は遠のき、ゼロになっている

第2の矢. 財政政策・・・累積債務の解消など、まっとうな議論さえされず放置された

第3の矢. 成長戦略・・・一般の方に何を挙げることができますかと聞くと、みんな「?」ポカーン

  3本の矢の究極の目標は経済成長の達成です。しかし今年4‐6月期の成長率はマイナスに落ち込み、コンセンサス見通しでは7-9月期もマイナスで、定義上2四半期連続マイナスなので不況入りかといわれるところまで来ています。

  その理由として私がこれまで最も強調してきたのは、「賃金上昇を伴わない物価上昇は不幸の連鎖に過ぎない」ということでした。世の中で賃上げの恩恵に浴する人は労働人口の4分の1程度に過ぎず、その恩恵組すら実質賃金はほとんど上がっていないというていたらくです。

  アベノミクスはトリクル・ダウンという机上の理論がワークするハズだったのが、ワークしていません。トリクル・ダウンとは、大企業が先行してよくなれば、そのうち中小企業にも恩恵が及び、やがて日本全体がよくなるはずという論理です。しかしトリクル・ダウンは単にトリックにすぎないことが明らかになってしまいました。

  それでも第3の矢について、合意に至ったTPPだけは評価できると申し上げました。TPPは自民党が自らの地盤をあえて崩しはじめたと言う意味で、非常に画期的だと思うのです。

  ただし、実は目に見えるほどのインパクトはほとんどないに等しいとも私は書いています。その理由は、

1. TPPの元々の目標である関税の完全撤廃など、今回の合意内容ではほとんどない。あっても元々2-3%だったものがなくなっただけ

2. 大事なコメと牛肉の合意内容は牛なのに羊頭狗肉、ほぼ無視できるほどの自由化だった

   そして食料自給率は、いつのまにか大本営農水省もこれまでの39%という数字を国際標準で計った64%に変更しつつあり、TPP反対の理由にならなくなりつつあります。

しかし一方で、

3.国際貿易や知的財産権などの基本ルールを中国抜きの12カ国で決められたのは大きな成果だ

  以上がTPPの評価です。

  そして新3本の矢については、

1.    500兆円のGDPを600兆円にする

そんなことは無理だが、超インフレになれば容易に達成できる。しかしインフレ3%だけによる達成は、100兆円分国民が貧しくなるだけ。実質1%+インフレ2%(クロチャン目標)で達成できたとすると、「GDPの100兆円増加とは、国民がインフレ分の66兆円不幸になることだ」

2.    希望出生率1.8

結婚年齢の男女が全員結婚し、どのカップルも2人の子供を持つと2.0になるので、ほぼそれに近い状態を5年で達成する単なる希望的観測にすぎない。一国の3大目標の一つに、「希望」などと付けるべきでない

3.    介護離職ゼロ

待機児童ゼロじゃあるまいし、今後の日本を揺るがすほど重要な介護問題は、離職ゼロというような矮小化された目標だけの問題ではない。年間国家予算96兆円より大きい毎年115兆円にもなる社会保障費全体の問題抜きでは片手落ち。事の本質は「現在の保障レベルを維持するため国民に社会保障の負担増加を求めるのか、それとも負担を抑えて給付を抑えるのか」問うことである。現状レベルの維持だけで年間3兆円の追加徴収が必要。介護離職ゼロを実現するには、自宅介護を施設介護に切り替える必要があり、今の厚労省の政策とは矛盾する。

  安保法制から国民の目を逸らすために拙速で矢を放てば、こうした矛盾を作り出すだけで、国民はまたアベクロコンビの独走に苦しめられることになります。

  少なくとも政府は旧3本の矢を冷静に総括し、未達の目標をどうするべきかの結論を国民に示さなければいけません。そしてすでに取り返しのつかなくなってしまったクロダバズーカの不発弾処理、つまり出口戦略を示すべきです。

  「バズーカ3号を撃ってちょうだい」の合唱をしているエコノミスト合唱団は、日本経済に対する不安から外人投資家が日本を去りつつある現実を見つめ直すべきです。

コメント (1)
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