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DellによるEMCの買収について

2015年10月17日 | M&A

  このところ海外の株式市場では毎週のように巨額の買収が話題になります。私が先月ちょっと揶揄した日本の保険会社の横並び買収ですが、最近になって遅れてきた日本生命もやはり海外生保の買収をして、横一線に並んで嬉しそうにしています(笑)。

  さて、最近話題になった巨額買収はDellによるEMCの買収です。私が経済・金融解説などを投稿しているサイバーサロンでも大きな話題になりました。その中で今回の買収のファイナンシャルツールが難解でわからないので、解説をおねがいしたいとのリクエストをいただきました。私が解説を試みましたので、みなさんにも多少の参考になるかと思い、ブログにアップすることにしました。文章はサイバーサロンの原稿そのままですので、ご了解ください。なお、サイバーサロンは残念ながらクローズドなメーリングリストによるサロンですので、ご覧いただくことはできません。

 

  私は、1999年から2009年までの10年間、事業会社で企業買収の仕事をしていました。業界は、偶然ですがシステム・エンジニアを多く抱えるIT業界(SIer)で、買収を重ねて業容を拡大することが私の使命でした。しかしそれ以降はITに関わる仕事をしていませんので、業界の知見は古いものという前提で聞きおいてください。

   ETさんのご質問への回答の前に、まず買収環境についてです。今年は世界中で買収の嵐が吹き抜け、世界の買収額の合計は史上最高を更新するようです。背景にあるのは、

 

1.世界中がカネ余りで金利も低く、資金調達環境がよい

2.事業法人にとって新規投資機会が枯渇しているので、投資機会を買収に求める

3.ファンドも同様で新規投資の機会を買収案件に求めている

  簡単ですがこれが現状の買収環境で、買収側にとって非常に良好な環境といえます。

 

  今回のような大型買収では、資金調達は買収者が①自己株を発行する、②被買収企業を担保に買収者が社債(ジャンクボンド)を発行する、③銀行借入をする、④ファンドに助けてもらう、という選択肢があります。ファンドの場合は貸付をするより、自らリスクを取って買収者と組んで株式を取得しますが、経営は買収者にまかせるケースが多く見られます。現在金利が非常に低いため今年度の社債発行市場はジャンクボンドを含めかなりの発行額になっています。そのため社債市場は若干怪しくなってきていて、信用度の低いジャンクボンドの巨額発行はしづらくなってきました。

   一方で売却側は株式市場の環境がここへきてかんばしくないため、市場で売るより買収でプレミアムをつけてもらったほうがありがたい。そして売ったら現金を欲しがります。特に今回の買収ではDellが非上場のため、Dell株式との交換での買収は難しさがあります。Dellはこうした環境の中で買収をすることになります。

   では以下、おおむねいただいたETさんのご質問(Q)に沿って私の回答と、考えを(A)述べさせていただきます。

 Q : Dellは、2年前に非上場化しましたが、売り上げは横ばいが続いており、世界中でかなりリストラも進めていました。そのDellが大勝負に乗り出した?

A : 大勝負には違いありませんね。買収発表の前のEMCの時価総額は500億ドル、6兆円で、一方Dellは経営者マイケル・デルが13年にマネージメント・バイアウトをした時は300億ドル、3.6兆円でした。Mさんはメールで「両者の製品の性格から見て、『金魚が鯨を飲み込む』」と書かれていらっしゃいますが、Dellもエンタープライズ向けサーバでも商売をしていますし時価総額も考えると、私の見方は「アグレッシブなシャチがクジラを飲みこんだ」くらいだと思います。

 DellがPCとサーバに限界を感じているのと同様に、買収される側のEMCもストレージという分野では限界を感じていたと思います。そこでお互い横目でおいしそうだと眺めていたクラウド分野に本格進出するきっかけを、企業統合に見出したのではないでしょうか。レガシー分野を得意とする業界の雄が限界を感じてM&Aに活路を見出すことは、どの業界でもあることです。普通は同業者との統合の例が多いのですが、類似業界の場合もあります。同業の例では日本の鉄鋼、石油、銀行など成長の終わった業界では枚挙にいとまがありません。

 マイケル・デルは成長の限界を株主から攻められ、それから解放されるためにファンドと組んで13年にマネージメント・バイアウトをしました。今回の買収でも一緒に組んだファンドは彼のバイアウトを手伝ったファンドであるシルバーレイクです。ということは今回の買収はマイケルが自分で考えた生き残り策と、買収のプロであるシルバーレイクのアイデアの合作でしょう。利回り向上を目指すこうしたファンドはDellからの出口を他に見出せなかったのでしょう。

Q : EMCは、Elliot ManagementというHedge Fund(株式2%)がここ一年傘下の超優良会社であるVMware株の売却を迫っており、EMCのCEOはほとほとこの対応に嫌気がさしていたようです。

 A  : EMC傘下のVMwareのような優良会社のことを買収業界では「クラウン・ジュエル、王冠の宝石」と呼びます。Elliotのようなファンドの典型的行動は、まず安値に放置されているEMCに投資する。そしてその中にある輝く宝石を切り出し売却させる。すると親会社EMCの価値を上回って売れるだろうという計算をあらかじめしているはずです。事実EMCの時価総額は買収発表以前に500億ドルで、その中のVMwareは330億ドルです。EMCの持ち分は8割の260億ドルですから、純粋なEMCの時価は240億ドルしかありません。売却させて親に莫大なキャッシュを得させ、それを投資家である自分達に配当させて儲ける。クラウン・ジュエルがあれば切り出す、そうした戦略がいわゆるモノ言うファンド株主の典型的戦略なのです。

Q  : Tracking Stock のメリット、デメリット。なぜこのようなBig Dealに使われたのか?

A : まず、Tracking Stockの説明です。成績優秀な特定の事業部門や子会社の業績に連動した株式をバーチャルに発行するものです。株式は通常当該会社が発行し、事業部門などが発行することはありませんが、この場合は親会社が発行するバーチャルな株式です。それを市場に売り出すと、親は資金を調達できます。その後は市場評価が株価として出て来て、毎日変動します。発行の目的は、価値の高い事業部門や子会社の支配権を失うことなく資金調達を行うものです。しかし時には親の調子が悪くて子の株価が高ければ、バーチャルでなく本当に売却もします。

   ディール全体の中での位置づけを考えると、今回のTracking Stockの使用は実に巧妙です。それを使う一番の理由は、買収のためのキャッシュが十分でないのでキャッシュの不足を補うためです。今回DellはEMCのクラウン・ジュエルのVMware を本当には売却したくはないが、価値は利用したい。VMwareは、クラウド分野のキーを握っています。その場合、VMware の業績に連動する非常に価値あるTracking Stockを発行し、それを売却し資金を得ることができます。それが買収資金の不足を補います。

   次に売り手のことを考えます。EMCの既存株主はEMCの業績には満足していないがVMware の株なら魅力的なので、それとの交換なら応じやすい。Dellは将来それを買い戻す余裕ができれば買い戻すし、余裕がなければTracking Stockを本物の株としてそのまま本当に手放してしまうこともありえなくはない。今回の買収ではEMCの株主に対してキャッシュ、VMware のTracking Stock、そしてDellの株で支払いを行います。

   Tracking Stockの価格の決め方は、通常VMwareの価値総額を収益還元法などで合理的に算定し、恣意的に決めた発行株数で割って1株の値を決めます。

 Q : 今回の巨大な買収金額を実際にどのように調達し、どのような返済プラン「勝算」があるのか?

A : キャッシュ部分はEMC担保の社債発行もしくは銀行借入、あるいはファンドに手伝わせる。EMC担保の社債発行は、いわゆるLBO(レバレッジド・バイアウト)の手法です。そして上記のTracking Stock発行、さらにDell株の組合せで調達するとしています。返済についてですが、Dellはクラウド分野でうまくEMCと連携が取れて新規事業に成功すれば、十分な利益をもって買収資金を返済することが可能となるだろうと読んでいます。たとえだめでも安く買ったEMCにくっついてきた高価なVMware を、バーチャルではなく本当に売却すれば、かなりの部分を返済できるでしょう。

  果たしてそうした目論見が成功するか否か、高みの見物といきましょう。

  以上がこれまでの報道をもとに考えられるディールの全体像と買収用ファイナンシャルツールの説明です。

 

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