岩手の頑固親父

恵まれた自然、環境に暮す 老農のつぶやき、ぼやき

古い写真

2020-01-06 17:41:37 | いなか暮し

  冬の三郎堤、全面凍結目前、僅かに残る水面に水鳥が集まっていた。
 我が里の水がめ、三郎堤は古い歴史と伝説にあふれる大きな堤である。
 田瀬ダムの豊富な水が利用できる今でも「水がめ」の役割は変わらない。
 元々は三つの堤の総称で三つの堤、それで三郎堤と名付けられのでは、と言う人もいる。
 三つの堤は一番大きな大堤、上流に中堤、新堤とあったが昭和30,40年頃に埋め立てられて、旧、中堤、新堤の面影はないが、往時の三つの堤が映った写真が見つかった。
  昭和27年5月6日の撮影と記録されているから、その時代、簡単に航空写真なんて機会はないから、写したのは米軍によるものだろうか。
 5月と言えば田植えを目前に控え、三郎堤や草井洞、炭焼沢堤、蟹沢堤は水が満々と蓄えられて写真には黒く映っている。
 この地域、昔から水の豊富な地域だったことがうかがえる。

 この写真1.2×1.2㍍の大きな写真で表具もされて、土蔵解体の片付けの際に見つかったから、几帳面だった祖父が、当時珍しい写真を大きく伸ばして、表具して残してくれたのだろうと思う。
 良く見ると懐かしい風景が思い出される。
 田んぼがまだ未整備で学校への道は曲がりくねって、釜石線の矢沢駅にはここを通って、
 幸田のお天王さまのお祭りには新堤のほとりを歩いて・・・・・
 大きく表具された写真を見て懐かしんでいる。」  

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

胡四王神社蘇民祭’20

2020-01-03 14:51:52 | いなか暮し

 2日、花巻市矢沢の胡四王神社蘇民祭が、全国からの参加者、遠くはハワイから連続6回目の出場、菅原さん等の参加で賑やかに繰り広げられた。
 暮の雪も残ってロケーションも満点。神事、冷たい水を頭から浴びての水垢離の後、
  50名ほどの裸詣連が山頂目指して急坂を登る。
           胎内くぐり岩 大きな2つの岩の間の狭い道、
               妊婦が岩に触れないように通れれば安産 
               願い事を念じながら岩に当たらぬよう通り抜けれれば成就。
       化女石 女人禁制だったころ、一人の女が胡四王山に
      登りはじめて間もなく雷鳴轟くおゝ嵐
となり

    女は石となった。見る方角よっては女性が伏せているような・・・・

   山頂に着いた裸詣り連は、浄火祭、餅まき  

  花火を合図に裸の男の中に蘇民袋が投げ入れられ激しい争奪戦が始まる。
  一の鳥居のゴール目指す男たちの激しい息づかいが感じられる。
            東屋近くに建つ石碑は、詩人 熊谷一谷さんの作品 
     ふくろ鳴く みねの薬師や おぼろつき 一谷 
       
一谷さんは現、新花巻駅前の「古民家 熊谷家」のご先祖様、
           生涯に800余の句を詠まれたと言う。

 一の鳥居近くまで届いた蘇民袋を取り合う一団はぬかるみに足を取られて動けなくなり
 ラッパ合図の判定勝負に持ち込まれた。
     戦い終わって・・・・・・
 
 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

令和の元旦

2020-01-01 17:11:20 | いなか暮し

 令和2年元旦 新年あけまして、おめでとうございます。
          
 元旦、小5の孫を連れ、少々の雪をついて鎮守の八幡さまと、胡四王神社を初参り。
 高校受験の孫もあり、今年は願い事が多い分、お賽銭を少々奮発して、
 これから頼みごとが増える、神さま、仏さま、お医者さま。
      皆様どうかよろしくお願いいたします。

         
 暮に降ったベタベタ雪は裏庭の竹を押し倒したが、
 数時間後の暖かい日差しで、竹は元の真っ直ぐな姿に戻った。
 良し、竹に習って、しなやかに丈夫に・・・とは難しくなった。
 せめて、枯れ木が折れることが無いように、この一年も又、頑張ります。
     本年もよろしくお願い申し上げます。
 
        

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする