世界遺産と日本/世界の町並み w/IT

世界遺産と日本/世界の個性的な町並みをITを交えた筆致で紹介します。

泉南市の尾崎地区は南海の駅のすぐそばに尾崎御坊や造り酒屋を核とした古い町並みが迫ります

2022-06-19 08:00:00 | 日本の町並み
 泉大津、泉佐野、吉見ノ里と南海本線沿いの紀州街道を南下してきましたが、最後は阪南市の尾崎で締めくくりたいと思います。

 
 
 紀州街道は、泉佐野で峠越えで距離の短い雄ノ山峠超えの山街道と、距離は長くても比較的平坦な孝子峠越えの浜街道に分かれます。浜街道は、前回紹介した吉見ノ里そして今回の尾崎を通り、大阪湾の浜伝いに御三家の一つの和歌山を目指します。尾崎は江戸時代以前からも交通の要所で、四国や淡路へ渡る港としても栄えたようで、秀吉が四国に出兵するときにも尾崎で宿泊したそうです。

 
 
 
 
 古い町並みは、南海本線の尾崎駅の北西方向に隣接して広がっています。その中心あたりにあるのが本願寺尾崎別院(尾崎御坊)で北陸から近畿圏委多く存在する門徒寺院です。隣には江戸時代初期に尾崎村を興した吉田清房が開いた浄土宗の善性寺もあって、寺内町の様相です。またこの辺りには江戸時代初期に創建の尾崎神社もあり寺と神社のある街並みといった感じです。

 
 尾崎御坊や善性寺の周辺には微妙なカーブを描く道沿いに白漆喰と板塀の街並みが続きます。そして、東へ1ブロック離れたところには1716年に創業された造り酒屋の浪花酒造の登録文化財の本宅や土蔵が軒を並べて、心地の良い景観を作っています。

 南海電鉄は関西の5大私鉄の一つですが、軌道の幅は唯一1,067mmの狭軌を採用しています。この陰で、かつては和歌山で、やはり狭軌の国鉄線に乗り入れて白浜までの列車を運行してい他時代がありました。関西は私鉄王国と言われ、新幹線と同じ1,435mmの標準軌にものを言わせてスピードを競ったものです。ちなみに、東海道新幹線の軌道の上を乗客を乗せて最初に走ったのは半球の京都線で、これも同じ標準軌故のこと。並行する路線が見通しが悪くなるため、かさ上げ工事期間の暫定措置でした。スピードを競った私鉄ですが、今では狭軌のJRの列車のほうが速く、福知山線の事故もこの無理な運行のせいといわれています。狭軌ではなく狂気の沙汰で、事故の後に防ぐための電子制御システムが導入されたようですが、これとても人間がリセットできるのでは無意味ではないでしょうか。