世界遺産に指定されたヨーロッパの旧市街としては珍しい木の建物が並ぶ街がフィンランドのラウマでした。石に比べて、経年変化や火災に弱いので、木造の町並みは、保存面からはどうしても不利です。ヨーロッパでは、1,000年を越える民家が残っていたりしますが、日本の古い町家といってもせいぜい200年程度です。しかしながら、寺社建築となると、話は違って、世界最古の木造建築は法隆寺で、世界遺産に登録されています。
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法隆寺は、JR関西線の法隆寺駅の北1kmあまり、バスもありますが歩いても20分ほどの距離です。現在の西院伽藍は、再建、非再建論の議論がありますが、どちらにしても1300~1400年前の木造建築群です。この、歴史ある金堂が、戦後まもなく火災に遭うという事件がありました。皮肉にも、金堂壁画の保存のため、模写を行っていた画家の使っていた電気座布団が火元だったようです。幸運にも、金堂の諸仏は、金堂の修理のために疎開をしていて、難を免れたそうですが、肝心の壁画は、真っ黒に焼け、消火のために穴が開けられてしまってます。
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毎年開催される法隆寺夏季大学に参加すると、焼けただれた壁画を見学できますが、無残でショックです。この事件をきっかけで、文化財保護法が制定されました。この、夏季大学では、西院伽藍の消防設備の放水も見学できました。金堂の屋根から、流れ落ちる水の色が、思いのほかに茶色の泥水状態でビックリしました。
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再建/非再建論ですが、若草伽藍の発掘調査の結果、再建説で一定の決着を見ているようです。この発掘調査のきっかけは、伽藍跡にあった塔心礎石がきっかけです。この心礎石は明治の中頃に寺に流出し、昭和14年に寺に返還される際に、元あった位置の確認のために発掘調査が行われたそうです。この若草伽藍は、通常は一般公開されていませんが、夏季大学参加の時に見学できました。西院伽藍の塔を望む原っぱの南端近くに、この石がありますが、意外と大きなものでした。
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法隆寺というと、フェノロサが夢殿の秘仏の救世観音の封印を解いたという話が有名です。この救世観音は現在では、春と秋の一定期間のみ開扉されますが、最近に拝観して驚いたことがあります。学生の頃に拝観したときには、厨子の奥に不気味な雰囲気で立っていて、フェノロサの頃の祟りの話を彷彿するようでした。ところが、最近は、この不気味さがなくなっていたんです。原因は、仏像のライティングに遭ったようです。LEDによる明るい環境は、不気味さを吹き飛ばしたようです。
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夢殿は八角円堂で、西院伽藍の東に位置しますが、北西にも西円堂という八角円堂があります。我が国最大級の乾漆の薬師如来が本尊で、小高い丘の上にあることから、下に見下ろす西院伽藍の眺めが良い、ちょっとした穴場スポットです。
法隆寺というと、梅原猛の「隠された十字架」を思い出します。専門外の哲学者の諸作は、専門家からかなり攻撃を受けたようで、不備な点はあろうかと思いますが、専門家の気が付かなかった切り口を示したものだと思います。専門分野での常識にとらわれると、新しい科学の発展を阻害するのは、歴史が証明しています。ノーベル物理学賞の江崎さんが発明したエサキダイオードも当時の常識とは逆行するものだったのです。
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法隆寺は、JR関西線の法隆寺駅の北1kmあまり、バスもありますが歩いても20分ほどの距離です。現在の西院伽藍は、再建、非再建論の議論がありますが、どちらにしても1300~1400年前の木造建築群です。この、歴史ある金堂が、戦後まもなく火災に遭うという事件がありました。皮肉にも、金堂壁画の保存のため、模写を行っていた画家の使っていた電気座布団が火元だったようです。幸運にも、金堂の諸仏は、金堂の修理のために疎開をしていて、難を免れたそうですが、肝心の壁画は、真っ黒に焼け、消火のために穴が開けられてしまってます。
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毎年開催される法隆寺夏季大学に参加すると、焼けただれた壁画を見学できますが、無残でショックです。この事件をきっかけで、文化財保護法が制定されました。この、夏季大学では、西院伽藍の消防設備の放水も見学できました。金堂の屋根から、流れ落ちる水の色が、思いのほかに茶色の泥水状態でビックリしました。
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再建/非再建論ですが、若草伽藍の発掘調査の結果、再建説で一定の決着を見ているようです。この発掘調査のきっかけは、伽藍跡にあった塔心礎石がきっかけです。この心礎石は明治の中頃に寺に流出し、昭和14年に寺に返還される際に、元あった位置の確認のために発掘調査が行われたそうです。この若草伽藍は、通常は一般公開されていませんが、夏季大学参加の時に見学できました。西院伽藍の塔を望む原っぱの南端近くに、この石がありますが、意外と大きなものでした。
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法隆寺というと、フェノロサが夢殿の秘仏の救世観音の封印を解いたという話が有名です。この救世観音は現在では、春と秋の一定期間のみ開扉されますが、最近に拝観して驚いたことがあります。学生の頃に拝観したときには、厨子の奥に不気味な雰囲気で立っていて、フェノロサの頃の祟りの話を彷彿するようでした。ところが、最近は、この不気味さがなくなっていたんです。原因は、仏像のライティングに遭ったようです。LEDによる明るい環境は、不気味さを吹き飛ばしたようです。
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法隆寺というと、梅原猛の「隠された十字架」を思い出します。専門外の哲学者の諸作は、専門家からかなり攻撃を受けたようで、不備な点はあろうかと思いますが、専門家の気が付かなかった切り口を示したものだと思います。専門分野での常識にとらわれると、新しい科学の発展を阻害するのは、歴史が証明しています。ノーベル物理学賞の江崎さんが発明したエサキダイオードも当時の常識とは逆行するものだったのです。