川筋を走る鉄道の駅から、丘を登って行くと緑にはえる城があるのがルーマニアのシナイヤでした。一方、ネッカー川沿いに開けた町の背後の小高い丘に廃墟となった城が存在感を持って建っている町がハイデルベルクです。今回は、日本人観光客にもおなじみのドイツの古都の一つハイデルベルグの旧市街を紹介します。
ハイデルベルクは、ドイツ西南部、フランスがドイツに食い込んでいるような部分の角の当たりにあります。ライン川の支流の一つのネッカー川が町の中を東西に流れていて、町並みはネッカー川に沿って伸びています。ハイデルベルク城などのある旧市街は、川の南岸の川と城のある丘に挟まれた東西に1km、南北に300mほどの細長いエリアです。
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ハイデルベルク城は13世紀にその基礎ができ、その後破壊と再建をとを繰り返しました。17世紀のブファルツ戦争によって破壊された後は、一部の修復はなされましたが、廃墟として現在に至っています。廃墟といっても、巨大な石の塊が100mほどの丘の上にそびえる様は、威圧感があり、ハイデルベルクのシンボルになっています。
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城には麓からケーブルカーで登れ、そのテラスからの町並みの中にネッカー川が流れる眺めは、伸びやかな景色です。破壊されたお城なので、シャンデリアなどの室内装飾は見られませんが、直径が10mはあろうかと言うワイン樽だけが残っています。220,000リットルほどあるそうで、ボトルにして30万本分ということでしょうか。また、オットーハインリッヒ館は両端の塔屋以外は壁だけが残っている感じで、インドのジャイプールの風の宮殿を思わせます。
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麓の旧市街は、大学を中心とした学園都市の顔と数多くの教会が混在する町並みが続いています。大学や教会以外にも、大公の宮殿、ミッターマイヤーの家、ボヤスレー宮殿、ブールの家、ワイマール宮殿などなど名所となる建物が目白押しです。ハイデルベルク城は山の上にありますが、麓にも多くの宮殿が造られたようです。
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建物だけではなく、橋も景色の構成要素として重要な存在で、アルテ・ブリッケはハイデルベルク城から間近に見える石橋です。ドイツで最も古い橋の一つで、13世紀に木造で作られましたが、川の増水で何度も流失、再建を繰り返したそうです。橋の付け根には、2つの塔を持つ門があり、プラハのカレル橋やブダペストのくさり橋を思い起こします。
30万本のワインは、1,000人の人が毎日飲んでも、飲みつくすのに1年近くかかる量です。水道水の質が余り良くないヨーロッパでは、水代わりにワインが飲まれますが、それにしてもすごい量です。下戸の筆者は、レストランでワインと値段が変わらないミネラルウォータを注文せざるを得ず割り切れない思いでした。水の豊かな、それも軟水が中心の日本に生まれて良かったと思います。日本でITが発達した理由の一つも、良質の水が手軽に得られることだったかもしれません。半導体の製造には、大量の真水が必要ですから。
ハイデルベルクは、ドイツ西南部、フランスがドイツに食い込んでいるような部分の角の当たりにあります。ライン川の支流の一つのネッカー川が町の中を東西に流れていて、町並みはネッカー川に沿って伸びています。ハイデルベルク城などのある旧市街は、川の南岸の川と城のある丘に挟まれた東西に1km、南北に300mほどの細長いエリアです。
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ハイデルベルク城は13世紀にその基礎ができ、その後破壊と再建をとを繰り返しました。17世紀のブファルツ戦争によって破壊された後は、一部の修復はなされましたが、廃墟として現在に至っています。廃墟といっても、巨大な石の塊が100mほどの丘の上にそびえる様は、威圧感があり、ハイデルベルクのシンボルになっています。
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城には麓からケーブルカーで登れ、そのテラスからの町並みの中にネッカー川が流れる眺めは、伸びやかな景色です。破壊されたお城なので、シャンデリアなどの室内装飾は見られませんが、直径が10mはあろうかと言うワイン樽だけが残っています。220,000リットルほどあるそうで、ボトルにして30万本分ということでしょうか。また、オットーハインリッヒ館は両端の塔屋以外は壁だけが残っている感じで、インドのジャイプールの風の宮殿を思わせます。
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麓の旧市街は、大学を中心とした学園都市の顔と数多くの教会が混在する町並みが続いています。大学や教会以外にも、大公の宮殿、ミッターマイヤーの家、ボヤスレー宮殿、ブールの家、ワイマール宮殿などなど名所となる建物が目白押しです。ハイデルベルク城は山の上にありますが、麓にも多くの宮殿が造られたようです。
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建物だけではなく、橋も景色の構成要素として重要な存在で、アルテ・ブリッケはハイデルベルク城から間近に見える石橋です。ドイツで最も古い橋の一つで、13世紀に木造で作られましたが、川の増水で何度も流失、再建を繰り返したそうです。橋の付け根には、2つの塔を持つ門があり、プラハのカレル橋やブダペストのくさり橋を思い起こします。
30万本のワインは、1,000人の人が毎日飲んでも、飲みつくすのに1年近くかかる量です。水道水の質が余り良くないヨーロッパでは、水代わりにワインが飲まれますが、それにしてもすごい量です。下戸の筆者は、レストランでワインと値段が変わらないミネラルウォータを注文せざるを得ず割り切れない思いでした。水の豊かな、それも軟水が中心の日本に生まれて良かったと思います。日本でITが発達した理由の一つも、良質の水が手軽に得られることだったかもしれません。半導体の製造には、大量の真水が必要ですから。