くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「ひとりたりない」今村葦子

2010-01-21 01:34:51 | YA・児童書
整理がつかないのです。ぽおんと投げ出された感じ。
今村葦子「ひとりたりない」(理論社)。
少年五年生の琴乃は、アイスクリームを買いに行く途中で、姉の志乃を失います。弾んだサッカーボールを追い掛けようとした弟の周斗を引き戻した反動で道に飛び出し、軽トラックに撥ねられてしまったのでした。
何度も張り合い、喧嘩し、相談相手でもあったお姉ちゃん。周斗はショックから立ち直れず、赤ちゃんのように体を丸めて引きこもります。両親はお酒を飲んでは喧嘩。弟の様子をみるために雇われたお姉さんといるのは気が塞ぎ、琴乃は憂鬱です。
このままでは家族が壊れてしまう。琴乃はおばあちゃんに助けを求めます。そしておばあちゃんは、車で二時間かかる町から駆けつけてくれました。
おばあちゃんは工夫した食事を毎日作り、家に生活のペースを呼び戻します。夜中に冷蔵庫をあさっている周斗のためにサラダを作り、仕事から帰ったお父さんたちが焼きたてを食べられるように魚は下ごしらえしておく。温めるとおいしい煮物。琴乃は自然にお手伝いをするようになりました。
そんなおばあちゃんの努力で、段々と明るさが取り戻されつつあるときに、事件が……。
辛い、と思いました。お姉ちゃんは、まだ中一です。琴乃は毎日お姉ちゃんのことばかりを考えています。人気ものだったお姉ちゃん。いつも自分に大きい方のケーキをくれたお姉ちゃん。そうしてみると、自分はなんてつまらない子なんだろう。弟が赤ちゃん返りしているのに、優しい言葉もかけられない。
姉妹。琴乃が生まれたときにはもうお姉ちゃんはいたのです。だから、いない生活なんて考えられない。でも、実際にお姉ちゃんはいない。火葬場で骨を拾って、それは両親の部屋に置かれています。
三人で結婚記念日にプレゼントを贈ろう。そんな発案で申し込んだ花束が届く場面、もういない娘のメッセージカードを読んだお母さんの気持ちを考えると、もうどうしようもなくて。
もう、お姉ちゃんは帰ってこないのです。子供を産んでお母さんになることもできない。つながってきた糸がぷつんと切れてしまう、そんなかなしみ。
おばあちゃんは、悲しみを癒すのは時間だと教えてくれます。何かがあったときのために、「したく」が必要なのだということも琴乃は悟ります。際どいほどの危うさで、家族は成立している。もしかすると、ちょっとした偶然で事故はおきなかったのかもしれないし、反対にお姉ちゃんだけでなく周斗もひかれていたかもしれない。
壊れそうだった家族は、秋も深まったころにようやく再生の兆しを見せます。「時は確実にすぎてゆくものだろう? そうだとしたら、確実にすぎてゆかせればいいんだよ。時はゆっくりとしかすすまないのに、はやく楽になろう、どうにかして、ここから逃げだそうなどというのは、失敗するにきまっている浅知恵だと、ばあちゃんは思うよ」
琴乃の心の中には、しこりが残っています。やっぱり、お姉ちゃんがいないという事実が、今までと同じ表情をしようとする家族の中でくっきりと分かってしまうから。
でも、そのことで思い悩み続けることは減ったようです。ふと立ち止まり、姉の姿を見失ったような気がして愕然とする日が、またあるでしょう。でも、乗り越えるべき部分は乗り越えたように思いました。
失いたくないものが、わたしにもやはりたくさんあります。自分のこととして考えることも辛いほど、むごいものを感じました。でも、この物語に救われる人はきっといると思います。胸の奥の大切なびろうどの部屋の中に、ふっと投げ入れられたボールのように、バウンドしながらころころと深く入りこんでいくでしょう。