くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「11」津原泰水

2013-02-28 21:30:45 | ミステリ・サスペンス・ホラー
 大森望さんがおすすめしていた「11」(河出書房新社)を読みました。
 その対談で北上次郎さんが、「五色の舟」しかわからなかったと言ってましたが、わたしにはそれもわからなくて、途中で投げ出したくなりましたが……この、極彩色というか、絢爛の中に孤独が潜むような物語群を、読んでしまわなくては気がすまなくなり、図書館で再度貸し出しをしてもらって、読み切りました。
 かつて同人誌(小説)活動をしていたときに、「自分はシュールレアリズムの手法で小説を書いたのに、そのことすら分からないんですね」と言っていた人がいましたが、津原さん並みの実力ならばわからなくても揺さぶられます。わたしにとっては、未知の領分でした。これまでも津原さんの作品はいくつか読んでいるんですけど。割り切れないままラストを迎える話が多く、これはもっと考えればわかるのか、それとも読者の自由な解釈に委ねられているのか、困惑します。
 でも、やっと一つ、理解できる作品がありました。「クラーケン」です。こ、これを朝から読んでしまったんですが、でも、いや、これは、すごいです。説明すると陳腐になりそうなんですが。
 「クラーケン」というのは、ある女が飼っている犬です。グレート・デン。現在は四代目。どの犬もみんな、クラーケンという名前で呼ばれている。この犬がいちばん気が合う。犬を飼うことにしたいきさつから、死にいたるまでを、誰かが、じっとその様子を見ながら語っていくのです。
 一般的に「神の視点」といいますが、これは誰か特定の男性だとしか思えない。同じように、「魔の領分」として放り投げられたエンディングも、たった一つの結末しか示唆しないでしょう。糖蜜の伏線が、怪しいほど恐ろしい。
 表面上は、犬との暮らしと、かつて出会った少女について描いているのですが、かの女が求めたのは夫であり、紙切れ一枚ですらつながれないのであれば、死を救いにするしかないのだと伝わる。結末を二重に予想して、かなった方の人生を受け入れ生きてきた女には、死の直前のやりとりが陳腐だったのかもしれません。
 世俗的にみれば、ある女の猟期的な死であり、三面記事として処理されてしまうニュースなのでしょう。でも、内面に入り込んでみると、そうではない。
 クラーケンというのは、海の魔物のことだそうですね。夫がいない間、この女を支え続けたのが何者なのか、ぽっかりとあいたような穴が、底なしに横たわっているような、虚無を感じました。
 

「イマドキの野生動物」宮崎学

2013-02-27 05:16:20 | 自然科学
 里に降りて農作物を貪る猪、民家にまで侵入してくる熊、増えすぎる鹿……。様々な野生動物が、今、人間社会で問題になっています。古来から彼らと共存してきたはずなのですが、いつの間にか近代化したらしい動物たちは罠を見破り、火すらも恐れないのだそうです。外来種が野生化して繁殖したり、保護していたはずのカモシカが増えすぎていたり、日本中がこんな「イマドキの野生動物」に困惑している。
 この本は、写真家の宮崎学さんが日本各地で捉えた動物たちの生態をまとめた写真ルポです。「人間なんて怖くない イマドキの野生動物」(農文協)。書店で農業関連の本を特集していた中にあったんですよね。2400円と高額のため、躊躇しつつも買いました。
 これが読めば読むほど、改訂した東京書籍の国語教科書三年生用につながっていくような一冊なんです。絶滅の問題、テクノロジーと文明社会の中で人間らしいというのはどういうことか、文章と写真による説明なので抽象的にも具体的にも読み取れます。
 宮崎さんによれば、動物被害に悩んでいるといいつつ、人間は無意識な「餌づけ」をしていると言わざるをえない。流通に乗らず大量に捨てられる果物や田んぼの二番穂が野生動物にはご馳走になり、都会では公園の樹木を目当てに鳥が集まる。
 最近の動物は高速道路の脇や夜でも明るい街灯に慣らされて、かつてのように文明を恐れる様子が見られなくなっているとのこと。帯に「大胆不敵、傍若無人…」とありますが、本当にそんな感じですよね。田舎育ちのわたしでも、近隣に熊出没のニュースが増えたと思います。友人は家の前の堀で水を飲む姿を見たと言い、同僚は庭先のトウモロコシを食い荒らされて、土に座ったあとが残っていたと話していました。
 宮崎さんは無人カメラを設置して、人気がないときの様子を撮影します。樹木が伐採された山ではノウサギが増え、雪の上には雑多な足跡が残る。果物を大量に廃棄した場所では、猪、狐、カラス、ヒヨドリ。お墓に供えた梨を取っていく猿。熊棚を見つけて、思った以上に生息数が多いのではないかと考えます。
 この本、レシートには「ビジネス書」と記載されていました。警鐘を鳴らすだけではなく、実際に動物たちに立ち向かうためのヒントもあります。
 しかし、わたしたちは野生動物と対峙するスキルを持っているといえるのでしょうか。文明のなかで生きる者として暮らしながら、その中に入り込んできたものを駆除できるとは言えない。
 疥癬の被害に危機感を覚えるという項もありました。かつて、母が毛の抜けたタヌキを見て「クロヒョウがうちの縁の下にいる!」と騒いだことがあったのですが(とほほ……)、すぐ近くまでそんな問題は迫っていると言っていいのでしょう。何かできることがあるのか、まずは生態数を把握することから始めようと宮崎さんは言います。実際自分が動けるかと聞かれると不安なんですが、ちょっと視点を変えて見るきっかけを作ること、大切だと思いました。

「和菓子のアンソロジー」坂木司リクエスト

2013-02-26 05:28:41 | 文芸・エンターテイメント
 無性に、和菓子が食べたくなります。茶会で出るような高級なやつが。 
 坂木司リクエスト「和菓子のアンソロジー」(光文社)。どれも、とってもおいしくいただきました。
 実は、同じ時期に出た「本屋」と「ペット」は買えたんです。「和菓子」は市立図書館で借りました。
 豪華執筆陣ですよ。坂木司「空の春告鳥」、日明恩「トマどら」、牧野修「チチとクズの国」、近藤史恵「迷宮の松露」、柴田よしき「融雪」、木地雅映子「糖質な彼女」、小川一水「時じくの実の宮古へ」、恒川光太郎「古入道きたりて」、北村薫「しりとり」、畠中恵「甘き織姫」。
 和菓子のイメージの甘い恋物語あり、シュールで破天荒なものあり、たっぷり楽しめます。個人的に好きな作品を三つ選ぶなら、北村・畠中・木地でしょうか。ちょっとした謎が絡むのが好みみたいです。
 俳句を詠む編集者が、亡くなった旦那さんから最後にかけられた謎を、作家の「わたし」が解きほぐすのですが、二人の間の空気がしっとりと流れてきて、愛おしい。北村さんの語り口がやさしくて素敵なんです。
 畠中さんのは新シリーズ登場か、という期待があるんですが。お得意の集団もの。本来なら御岳と伊藤で完結してもいいところなんですが、緒方、森、大塚という友達もやってきます。新婚の伊藤と百絵がほのぼのしていてかわいい。まだ十代の女の子とどこで知り合うんだ! というのも気になってしまう。大塚の妹の話題も出てくるし。
 で、木地さんですが、「ガレオン」を今度是非読もうと決意するほどおもしろかった。アイドルのりりちゃんの心境を思うと、この明るさの下にある苦しみが垣間見えるというか。主人公の甘さも、毒舌の精神科医もはまっています。
 「融雪」もよかった。いてもたってもいられないほどの切迫感に駆られた彼女の一途さ。それに奈穂さんの作るランチがすごくおいしそうなんですー。これも続編希望。
 あ、「和菓子のアン」の続編が「空の春告鳥」ですよ。立花さんと中華街! 行きたい!
 近藤さんの描くモロッコも、行ってみたい! これはりゅうとしたおばあさんの思い出も素敵です。モロッコで和菓子? と思いながら読みましたが、非常に納得の作品です。わたしは松露がきのこだというのは知っていましたが(「智恵子抄」に出てくる)、こういうお菓子があることは知りませんでした。いつの日かトライしたい。
 とにかく全部語りたいところなのですが、もう、葛でできた三途の川とか、「一座!」「建立!」とか一人でいないと見られない古入道とか、どれもよかった。いちばん食べてみたいのは「トマどら」です。日明さんの本も、ひさびさに読んでみたくなりました。

「草子ブックガイド」玉川重機

2013-02-25 05:41:42 | コミック
 二巻が欲しくて、やっと買いました。玉川重機「草子ブックガイド」(講談社)。一巻も、先日入手したばかりなんですけど、すごい引力がある。わたしにはこういう読み解きはできていないのではないかと、不安がひたひたとやってきます。
 ストーリー展開は、草子が誰かとの関係で悩み、それを本が解きほぐしてくれる。草子はその感想を文章にして本に挟んでいく、というパターンです。草子のブックガイドを楽しみにしてくれる古本屋青永遠屋(おとわや)と、店を手伝う岬、草子の学校の司書教諭江波、同級生の潮崎や磯貝といった人物が登場します。
 草子は飲んだくれの父と二人暮らし。母は再婚し、銅版画家として成功しています。
 蔵書票の話が出てきて、あー、わたしも魅力的な蔵書票を作りたいなあと考えてしまいました。一時蔵書印を使ったこともあるんですが……。
 「蔵書票レッスン」(仙台蔵書票愛好会編)という冊子を引っ張り出してきて読み返したほどです。そのうちチャレンジしてみよう。
 自分と重ね合わせて考えると、主人公以上に江波先生が気になります。司書教諭として赴任したのに、学校は図書室を重要視していない。調べ学習を提案しても、面倒だからと断られてしまう。
 いやー、わたしもちょうど、図書室の活動は頑張っているけれど、もっとほかの仕事も深めてはどうかと言われたばかりだったので、ずしっときました。多分、学校運営の中で図書室は重要視されていないのでしょうね。調べ学習なんてネット検索すればいいと考えている人も多いし。でも、本がもっと学校生活のいろいろな場所で活用できるのが理想的ですから、青永遠屋さんの言うように積み重ねていこうと思いました。とりあえず、百円ショップで装飾グッズを買い、展示コーナーを新設してみました。
 脱線しちゃいましたね。
 わたしはあんまり文学を読んでこなかったかも、とこのまんがを読んでいると思うんです。二巻まで十一冊紹介されていますが、三四冊しか読んでないんです。ああ、困った。自分がどう読むのかをもう一度検討して、草子と比較してみたいと思います。
 三巻を読むのが待ち遠しい……。

「かなりや」穂高明

2013-02-24 06:28:59 | 文芸・エンターテイメント
 古川の本屋さんで平積みしてました。穂高明「かなりや」(ポプラ文庫)。
 これ、いいです。穂高さんのもう一冊の本もほしいと思って、近所の書店に行ったけど見つからない……。
 直感って大事ですよね。というより、ジャケ買いです。ご察しの通り、カバー装画はスカイエマさん。ああっ、なぜこんなにイメージの合う絵が描けるんでしょう。おかげさまで、わたしの頭のなかで広海はこの表紙みたいな少年でした。
 カバーにあるあらすじを読むと、「高校生の広海は、祖父である大和尚の仕事を手伝っている。ある日、同級生のサチがお寺にやってきた。ふたりは次第に親しくなるが(以下略)」となっていて、てっきり広海の話だと思っていたんですが、のっけからサチの一人称で、四つの短編のどれも彼自身の物語ではありません。もちろんどの話にも関わってくるのですが。
 サチは幼児虐待を受けた過去があり、現在はその母親と暮らしています。祖父母が亡くなったために二人で郊外の家に引っ越してきました。父は単身赴任。
 広海は寺に生まれ、父も祖父も僧侶ですが、キリスト教系の私立校G高に通っています。障がいがあり、自力歩行のできない妹の実生、やんちゃな弟の大地がいます。彼には不思議な力があり、現実世界ではない「裏の世界」をさまよう人を助けることができるのです。生きる気力をなくした人を、舟に乗って救ってくれます。
 スーパーに勤める若い男性、パニック症状の女性、大学病院の競争意識に辟易して一般の病院に移った医師。虚数の概念とか、大和尚さんの話とか、ふっと聞こえてくる地元の方言とか、とても柔らかくてあたたかな気持ちを与えてくれます。
 舞台は仙台です。広瀬川が海に向かってながれている。G高も、サチの通うB高のモデルも、わかります。ついでにいうならば、この物語は現在ではないような気がします。作者が実際に高校生だった頃の仙台がイメージとしてあるのではないでしょうか。G高は移転し、B高は共学になっているというのもそうなんですが、この作品、携帯電話が出てこないのでそんなふうに思いました。
 「かなりや」は西條八十の歌です。描かれる人々は、自分の存在意義を疑っている、つまり「歌を忘れて」いるのです。舟を出して彼らを救う物語だと感じました。

「ビブリア古書堂の事件手帖4」三上延

2013-02-23 14:50:37 | ミステリ・サスペンス・ホラー
 発売日、仕事帰りにうきうきと本屋に寄って買ってきました。三上延「ビブリア古書堂の事件手帖4 栞子さんと二つの顔」(メディアワークス文庫)。今回のテーマは、江戸川乱歩!
 わたしも「少年探偵団」夢中になったクチです。ポプラ社版ですが。しかも、女子大生の頃だったので、借りてくるのが恥ずかしい(笑)。でも、講談社版の全集や、この本で取り上げられている「江川蘭子」も読みましたよ。あ、むろん高い本ではなく企画ものの文庫です。リレー小説で、メンバーも大御所揃いでした。
 稀代の乱歩コレクションが手に入るチャンスが舞い込みます。本に詳しい人に、ある謎を解いてほしい。亡くなった人が大切にしていた金庫を開けたいのだが、三重ロックになっていて、鍵とキーワードが揃わないと開けることはできない。
 本宅では厳しい教育者、別宅では膨大なコレクションと過ごすいたずら好きな人。鹿山明という男性について様々な人が話をするのですが、そんな多彩な顔を持っている。
 彼がキーワードとした言葉は何か。金庫には何が入っているのか。
 栞子と大輔は鹿山邸を訪れるなかで、家族には殊に厳しく接していたことやヒトリ書房の井上との関わりを知っていきます。そして、失踪したはずの母・智恵子が現れ……。
 「クラクラ日記」があっさり見つかってびっくりしたんですが、文香の行動も結構驚きました。栞子さんは頑なで、大輔もその影響を受けているのではないかと、後半を読んでいるとわかります。志田さんてば、そんな大事なことを隠していたのね!
 ネタバレを避けようとすると、どうしても感覚的なことしか書けないのですが、わたしとしてはこの物語のロマンス的な部分に目を引かれました。中には一筋縄ではいかないものもあるでしょう。大輔と栞子だけでなく、慶子と鹿山、井上と直美。特に無骨な井上が何度も書いたうえで出さなかった手紙の束が、胸を打ちます。
 乱歩が好みそうな隠し場所や、古本エピソードもおもしろい。
 それにしても、1から4まで実際に費やした時間はそう長くないんですね。坂口夫妻の赤ちゃん、まだ生まれていないし。
 「孤島の鬼」を読み返したくなりました。小林信彦の「冬の神話」も興味あるなあ。
 今回いちばんのポイントは、デートに誘う少年に切り返す栞子さんです。断りっぷり最高です!
 いや、わたしも栞子さんと話してみたいな。十時間くらい、いける気がします。古本分からないことの方が多いかもしれないけど。
 ともあれ、次作も楽しみです。

 

「虚像の道化師」東野圭吾

2013-02-22 21:06:24 | ミステリ・サスペンス・ホラー
 「虚像の道化師」(文藝春秋)、「ガリレオ7」です。
 正直に言って、「○笑小説」の「ガリレオ」版みたいでした。いや、けなしてるわけではないんですよ。でも、現段階では実現していない機械がトリックだったり、なんだか説明がましい謎解きだったり、ちょっと残念なんです。確かにこれを描写でやったら冗長になるし短編の規制もあったのだろうとは思うのですが。
 なんか湯川が劇団のファンクラブ特別会員っていうのも、妙な感じでしたね。
 新興宗教の教祖が、思念の力で教団幹部を殺害に導く。捜査に当たった草薙は、彼から同じように念を送ってほしいといいますが、警察では全く効果がない。何か条件があるのでは? 例によって湯川に相談をすることになりますが。
 今月は草薙の姉が登場したり、二人がバドミントン部最後の独身者であることが語られたりするんですけど、一体彼らは何歳なんでしょう。同級生がある町の首長、花嫁は十三歳下。もう四十を過ぎているんですかね。確か福山雅治は四十四歳だったかと。
 相変わらず、わたしには湯川の声が福山で聞こえます。映画で一回しか見たことはないんですけどね。
 今回は内海薫がしょっちゅう出ていましたが、あの若い刑事さんはいなくなってしまったのですか。間宮さんも、もう少し癖のある人物だったような気がするんです。「容疑者X」では湯川が過去を引きずり、「聖女の救済」で草薙が傷心と、いろいろあったはずなんですが、昔のカラーに戻ったようにも感じました。
 芝居をテーマにした「演技る」の終末が「虚像を追い求める人生もあるということだ」となっています。現実世界とは違う演技の世界を、湯川は窓に映る花火にたとえて話したのでしょう。
 わたしは湯川って、もっとシニカルな人だと思っていたんですが、「心聴る」で草薙のライバル北原刑事に語る言葉で印象が変わりました。
「検証することもなく、ただ自分の考えや感覚と合わないからというだけの理由で人の意見を却下するのは、向上心のない怠け者のやることだ」
「人の意見に耳を傾け、自分のやり方や考え方が正しいのかどうかを常にチェックし続けるのは、肉体的にも精神的にも負担が大きい。それに比べて、他人の意見には耳を貸さず、自分の考えだけに固執しているのは楽だ。そして楽なことを求めるのは怠け者だ。違いますか」
 わたしも、湯川准教授に教えを乞うたような気持ちです。怠けないように、頑張らないと。

「三人小町の恋」田牧大和

2013-02-20 05:41:04 | 時代小説
 ふっと図書館で目を引いたのです。「三人小町の恋 偽陰陽師拝み屋雨堂」(新潮社)。取り出してみたら、カバーがスカイエマさんだった。わたしは彼女の絵がとても好きなんです。ついつい借りてしまいました。
 雨堂というのは、吉次という若い男が扮する陰陽師です。安倍晴明の傍流の末裔という振り込み。もちろんそんな力はないのですが。彼が二十歳のときに拾い子をしたのがおことという娘で、現在は十二歳。弟子役として吉次を助けています。また、天才的な戯作者甲悦が加わって、事件を解決していきます。
 三人小町とは、味噌屋の娘お栄、大工の娘お加奈、料理屋の娘お陸を指します。揃って油売りの伍助は自分の思い人だと言い張り、明神様近辺で噂になっている「丑の刻参り」で狙われているのが誰なのかを探ってほしいというのです。思い詰めた雰囲気なのに、どこかちぐはぐな三人。喧嘩をしてみせるけれど、仲はよさそうです。おことはまず小町娘たちの住まいを訪れることにしますが……。
 お陸の家は流行りの料理屋だったのに、暗い翳りがあるように見えて、おことは通りがかったご隠居さんに尋ねます。つっけんどんで嫌な感じを与えるお陸が、少し前までは評判の看板娘だったこと、どうも子供には言いたくないような事件があったようなことを探り出しました。
 弥一という男を、お陸は好いていたらしい。でも、何かがあって壊れてしまった。
 痛快です。甲悦の芝居の仕掛けあたりがおもしろかった。おときさんにちょっとはらっとさせられましたが、この残りページ数で大どんでんがえしはないだろう、と。
 何もかも知っている素振りのクールな吉次がたまりませんね。実は吉次よりもずっと霊媒体質の文太や、おことの手下として動く末吉、吉次の育ての親だという医者夫婦など、まだ続きがありそうで楽しみ。 
 本屋に走ってみましたが、出てはいないようです。ちょっとがっかり。
 でも、気になる時代小説が現れたことは間違いないですね。

「ヨメさんは萌え漫画家」こげどんぼ*

2013-02-19 05:24:20 | コミック
 土曜日、部活の帰りに本屋に寄ったら、このまんがのPR見本が置いてあって、おもしろかったんですが、とりあえず衝動買いはしないようにしようと(本当か?)、そのまま帰りました。
 日曜日、買い物に行ったら娘が「謎解き姫は名探偵」というまんがを買ってほしいというんで、それならわたしも、と買ってしまいました。「ヨメさんは萌え漫画家」(マックガーデン)。
 で、月曜日。
 あー、もう二巻が読みたくて仕事帰りに本屋に行きましたよ。ふはははは。楽しかった。やっと今日になって気づいたのは、「こげどんぼ*」さんなんですね。「とんぼ」だとばかり思っていました……。
 漫画家の仕事をしているうちに、自衛隊にとっても詳しくなったどんぼさん(と呼ばせていただく)は、幹部自衛官の太郎さん(仮名)と知り合い、様々なイベント(もちろん自衛隊のイベントです)に参加して(もちろんどんぼさんが積極的に参加するのです)、親しくなります。結婚することになった二人なのですが、実は、漫画家であることを秘密にしていたため、なかなか言い出せません。
 ……あれ? なんか違うな。筋としては間違ってないんですが、これだと彼女が目指している実写化(「…こんな話だっけ?」というレベルのラブストーリー希望だそうです)みたいじゃないですか。
 結婚式では自衛官の制服を熱望し、こだわりから「帽子取るの禁止!」といっておきながら、それだと招待客に花嫁が霞んで見えるのではないかと恐れたり、迷彩服(仕事着)を洗ってと言われて興奮したり、非常にマニアックなんですが、そういうことをみんなに分かるように描くってーのは難しいんですよ。「飾緒」って、これで初めて知りました。(右肩から胸の前に垂らす飾りひもだそうです)
 五月の沖縄で華々しく式をあげるつもりでいたら、大震災で太郎さんは駐屯地から戻ってこられなくなり、引っ越しやら準備やらチャリティ活動やらでどんぼさんも大忙し。さらに、当日の沖縄には台風が接近中!
 でも、挙式を終えてホッとした二人。二巻は新婚生活編です。
 ただ、機密事項が多いためにネタ作りが苦しいとのこと。射撃に行ったり、ジムに行ったりする(広島やローマにも)ことが紹介されていました。呼び方も「彼」から「旦那」になってます。
 防衛大の学祭に行った話がおもしろかった。教え子が在学中だなーと思って。
 そういうわけで、これはお仕事まんがではありません。けど、自衛官という仕事に興味が出ると思いますよ。どんぼさんの熱い思いが素敵です。続きも読みたいな。巻末の太郎さんからの挨拶が、わたしは好きです。

「今日もいい天気」山本おさむ

2013-02-18 05:51:04 | コミック
 先日ラジオで、ある新聞社の方が話されていたことが頭から離れません。世論調査をしたところ、原発賛成の人が六割を越え、反対は四割未満に止まっているそうなのです。たった五ヶ月前はその割合は逆だったと言います。選挙のときに、反・脱・卒をスローガンにしていた政党が敗れたからといって、原発問題がクリアーになった訳ではありません。福島の方々は今も苦しい思いをされているのだと思います。
 帰りたいけれど、生活を再生できる可能性が日に日に少なくなっていく。その現実に、どうやって折り合いをつければいいのでしょう。山本さん、この続きも読みたいです。
 「今日もいい天気」(双葉社)。先月、福島に家を買って埼玉の仕事場と行き来しながら暮らす毎日を描いた「田舎ぐらし編」を読んで、今回の「原発事故編」が発売になるのを待っておりました。
 わたしは山本おさむさんのまんがをほとんど読み、このテーマを皆さんにも共感してほしいと学校図書館にできるだけ配架してきました。重度重複の障がいを描いた「どんぐりの家」、ろう学校はどうして甲子園予選に出場できないのか「遥かなる甲子園」、「わが指のオーケストラ」、もちろん「そばもん」も愛読していますよ。
 今回この作品では、山本さんの憤りがストレートに描いてありました。それまでの平穏な暮らしが、音をたてて崩れてしまう。奥さんは翌日、愛犬を連れて埼玉まで車を走らせて脱出。放射線のニュースを見るたびに、自分は逃げてしまったのだと地元の人に申し訳ない気持ちでいっぱいになる様子……。
 被災地から遠くなるほど、その事実からも遠ざかっていくのでしょうね。もう福島の問題が「過去」である人たちもたくさんいるのでしょう。でも、それでいいの? 活断層の問題も遅々として進まない除染作業も、各原発にプールされている使用済み核燃料も、またどこで同じようになるか予測できると思うのですが。
 山本さんは、東京電力の対応や政府、そしてプロパガンダの発言を取り上げて怒ります。始めは騙されたふりをして、自分に安全だと言い聞かせたかった。でも、違う。福島で暮らす人、福島で農産物を作っている人、子供のことを守りたいと一時避難を選択した人、避難勧告を受けて仮設住宅に暮らす人、彼らの思いが、本作から溢れ出ているのです。
 なぜ原発を受け入れてしまったのか。もう半世紀も前の決断を、引き受けることになった現実。出稼ぎに行かずに済むようになった、町には奨励金が出た、誰のための建設なのか、誰かの苦しみの上に建つ原発で、誰が「得」をするのか。
 原発には反対です。声をあげ続けていくことが必要なのだと重ねて思いました。
 一見、もとの暮らしに戻ったように見える日常ですが、わたしたちはあの地震の前には戻れません。
 あと二十日余りで二年経ちます。でも、二年しか経っていないのです。隣県であるわたしたちも、作物の放射線測定をしています。なんでもかんでも拒否するわけにはいかないけれど内部被爆がひっそりと進行している可能性はあります。わたしにも、子供たちにも。
 山本さんの葛藤は、わたしたちと同じです。