くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「悪霊になりたくない!」小野不由美

2011-07-30 08:43:47 | ミステリ・サスペンス・ホラー
つい先日リライト版を読んだところなのですが、つい興味を感じて借りてみました。
小野不由美「悪霊になりたくない!」(講談社X文庫)。「ゴーストハント⑤鮮血の迷宮」の元版です。
どこがどう違うのか。
それを確かめながら読んでみました。小野さんはどういう点を直したかったのか。
まず全体的な傾向としては、「」が消えていますね(笑)。「ありがとう」「はぁい」「開けて」という台詞があるけど、リライトでは取ってある。これは具体的なマークであることもありますが、物語全面が少女向きから一般向けに訂正されているからでしょう。
同様に台詞も直してあります。元版では「あれ?」とひっかかるような表現が何回かあったので新版を見ると訂正してある。今回の一番は大橋さんかな。政治家のもとで働く人にしては
「部屋はここでよろしかったでしょうか」
とレストランのマニュアル敬語みたいな変なことを言う。
そう思って新版を確かめたら、
「部屋はこちらで事足りますでしょうか」となっていました。
ぼーさんと安原さんがゲームについて語る場面もカットされています。安原さんは「DQ」か「FF」の新作が出ていたら大学に受からなかったかもなんて言ってる。
林さんが香港出身ってところは、「中国の方ですか」「そのうち中国に戻りますね」「香港のご出身?」「ええ」となっています。言われてみれば、香港が中国に返還されていなかった頃なのですね。今の知識で読むと齟齬が出そうな気がします。
ちょっと見ただけでも、あちらこちら直してあります。二十年の歳月で、やっぱりものの見方が変わっているのでしょうね。現在の視点で二十年前のことを語るのと、当時の視点でそのとき現在を描くのは、やはり違うのだと感じました。
そうそう、仏教系大学についての話題もおもしろいですねー。これはリライト版にもありますが、花祭りの日に学食では甘茶が出る等、実際にそういう大学に在籍したから出るネタだなーと感心しました。
井村さんの読経は高野山での修行によるものではないとか、三橋氏は中国の導師のような扮装をしていた人だとか、そういう霊能力者にまつわるエピソードは、リライトでずいぶん増えています。
さらに、元版では「二笑邸」となっていたものが、「二笑亭」に直っています。わたしの借りた文庫は三刷ですが、誰かが鉛筆で誤字を訂正している……。
「二笑亭」について、気になったので調べてみたら、東京に昔あった「いきあたりばったりに近い増改築を繰り返した家」なんですってね。ウィンチェスター家は観光名所になっているという話も聞きました。
では、旧版から削除されたものはというと、建物の廊下が傾斜している場面ですね。五度、二十メートルに及ぶ長さだそうです。麻衣たちは水準測定器で計るのかとげんなりしていますね。
あと、慈善病院のほかの施設。まどかがこう報告しています。
「養老院や孤児院、結核療養患者のサナトリウムなんかがあったそうよ」
もっと細かく見ればいろいろあるのでしょうが、一言一句比べるのもどうかと思うのでこんなところで。
もう一冊借りてきているのですが、そのリライト版をまだ持っていないので、買いに行かなくては。

「ちょちょら」畠中恵

2011-07-27 05:20:49 | 時代小説
亡き兄にたいして劣等感を抱く次男坊、間野新之介。ひょんなことから多々良木藩の江戸留守居役を勤めることになりました。ご家老が主君に「平々々凡々々」と紹介してしまうほどにいたって普通の新之介。果たして無事に役目を遂行できるのでしょうか。
まあ、畠中恵ですから、それほど悲惨なラストにはならないだろうと推測するのですが、新之介本人には不本意かもしれないラストでした。
タイトルの「ちょちょら」(新潮社)は、弁舌で相手を煙に巻くお調子者というような意味らしいのですが、新之介その人を表すわけでもないような気がしました。留守居役全体傾向というか。それを最も具現化しているのは、岩崎でしょうね。
一見そのような調子のいい存在でありながら、実は藩の内情を第一に考える彼ら。兄が留守居役だったため、その後任として割り当てられた新之介ですが、ずいぶん長い間、茶坊主の接待も役目上の付け届けもおろそかになっていたことを知り、愕然とします。
その金を用立てられなかったために、もう一人の留守居役は職を辞して出奔、兄は自刃したのでした。
結果的に兄を死に追いやったのはご家老だ、と叫ぶ新之介。その金を惜しんで、さらに重い「お手伝い普請」をすることになったのです。
借金をしてなんとかその事業が終わっても、実情が火の車であることは否定できません。それなのに、今度は印旛沼の干拓事業をするはめになるだろうという話が、新之介のもとに飛び込んできます。なんとか打破する手だてはないのか。考えに考えたすえ、出した結論は……。
わたしはこれ、お仕事小説だと思うんです。畠中さんは政治家秘書の活躍を描く小説も書いていますが、こちらはお江戸のお仕事。
作中のお菓子もすごくおいしそう。とくに、表立って登場したわけではないけれど、妹さんの腕には助けられています。
それから、留守居役のみなさんの団体活動ぶりは「若様組」を連想させるのですが、いかがでしょうか。一人ひとり多分特徴的なんでしょうが、今回だけではあまり区別がつかないかな。
兄もこの仲間たちとだったら、自ら命を絶ったりしなかったのでは。
わたしは羊羹を持って立っているご老中の場面が好きですね。

「走れビスコ」中場利一

2011-07-26 04:58:14 | 文芸・エンターテイメント
わざわざスーパーまで、ビスコのパッケージを見に行きました。だって気になるやん。
結構かわいい系統の子なんだよね。童顔でつぶらな瞳。幼稚園のころから「ビスコ」と呼ばれる江口リツコが主人公です。中場利一「走れビスコ」(幻冬舎)
ビスコ(文中は一人称で「ワタシ」)は大阪の菓子製造業「モリキ」(業界八位)に勤務する新人ですが、先輩のビトーさんや上司の皆さんの叱咤の中で成長していきます。
ふとひらめいたアイディアで、ヒット商品を生み出すビスコですが、同期採用のユリちゃんはそれがおもしろくないよう。すぐ愚痴を言ったり人を羨んだりあてにしたりのユリちゃん、自分の役に立ちそうな人にべたべたとくっつくようになっていきます。ビトーさんの彼(不倫だけど)もそれにひっかかり、二人は一触即発!?
働くということの意義を考えるようになるビスコと、私欲を優先させようとするユリちゃん。
「ウチも働いてます」というユリちゃんに、
「オマエは動いているだけや」というビトーさんの台詞が考えさせますが、その後も相変わらず……。
最初はきつくてお局様のようなビトーさんに辟易するのですが、ラストではきっと彼女が大好きになるでしょう。
そして、一見かわいらしいユリちゃんに、なんともいえない寒々としたものを感じると思います。
「女のコ」であることを前面に押し出し、手練手管を使い、わざとらしい策略を用い(海女さん事件とか)、そして最後には予想外の人事に見舞われるユリちゃん。でも、名目上は出世だから気にならないのかな。
おもしろいのは、ポルシェを愛するビスコの父と兄、そして伝説のエンジニア鈴木さんのあたりですかね。
働くということ。様々な職業にそれぞれのやり甲斐があるのです。
わたしももっと考えていかないとなあ。まだまだ「動いてるだけ」なのかもしれませんね。

「ゴーストハント⑤鮮血の迷宮」小野不由美

2011-07-24 20:52:38 | ミステリ・サスペンス・ホラー
耳鼻科に行きました。
でも、蓄膿症じゃなかった。どうも歯肉炎じゃないかと。歯槽膿漏ですかね。もう一度歯医者に行くべきなのか。それとも、その可能性を見過ごす歯医者に通い続けていいものなのか、迷います。一時期よりは楽になりましたがね。
肉体が不健康なときは、自分だけ不公平な感じがするものです。でも、「浦戸」とは共感し合えないな。
小野不由美「ゴーストハント⑤鮮血の迷宮」(メディアファクトリー)。どうしてもあのラストの「浦戸」が、バスタブに入っているあの表情が、いなだ詩穂さんの絵で浮かんでくる衝撃の回です。
でも、ですね。今回読んでみてびっくりしたのは、「浦戸」は結構後半になってからしか出てこない。
前半ずーっと家のことが描かれます。わたしは心ひそかに、小野さんの重要なモチーフのひとつは「家」(「館」)ではないかと考えているのですが、この作品は顕著な例ですね。(極端にいえば「ゴーストハント」は「家」と「学校」の因縁を描く物語ではないかとも思います)
外側と内側に測量上の落差のある洋館。行方不明になった若い人たち。集められた霊能者たち。壁一面に描かれる「助けて」「死にたくない」の文字。
怖い。
こんな迷路みたいな家、わたし(すごい方向音痴)なら何もなくとも迷子確実です。でも幸い(?)若くはないので餌食にはならないで済むかと思うのですが。
ドラキュラ伝説と、エリザベト・バートリとの混同など、ゴシック風のエッセンスもあります。
ところで、この巻で気になったのはもうひとつ。「浦戸」が経営していた「美山慈善病院」。
「施設に入るのは無料で、食費も無料。収入がない人には生活必需品の支給まであったらしいの。その施設にいれば、衣食住の心配はいらないってわけね」
「その代わり、働ける人には病院の掃除や雑用、敷地内の整備なんかを手伝わせていたらしいけど。これは鉦幸氏が別の場所に持っていた孤児院や救貧院でも同様のシステムだったみたい」
こんなふうにまどかさんが語ります。「大盤振る舞いの慈善事業」とも「すごくサービスのいいところ」とも言っている。
だけどこのあたり、わたしにはどうも納得できないというか……。いや、ストーリーには全く関係ないんですが、「患者作業」って、傍目から見るといいシステムなんでしょうか?
誠に勝手な連想なのですが、わたしはこの慈善病院の説明でハンセン病療養所を思い出しました。ここに暮らす人々の手記を読むと、「患者作業」がいかに過酷で苦痛だったかがよく出てきます。だって自分も病人なんだよ。
まどかさんの話によると、介護人も多かったそうなので、わたしの考えすぎだとは思いますが、入院患者なのに作業をしなくてはならないのはやっぱり辛いよな、と。
無料だからしかたないというご意見もあるかもしれませんが、後半で実は料金返納の義務はあったことも明かされる。
孤児院はもちろんですが、この病院も救貧院も若い人限定なのかしら。それとも人集めのために、一定のバランスが取れるような構成になっているのかしら。
でも、「浦戸」がなんの見返りもなく年寄りを救済するとは思えないので、やっぱりそうなのかも。
彼の腹心たちが何を考えていたのか、そして、別荘番の男性が姿を消したのは何かあったのか。
この解決されない闇のような疑問が、この物語にさらに暗い影を投げ掛けるように思います。

「舞妓Haaaan!!!」宮藤官九郎

2011-07-22 09:49:34 | 文芸・エンターテイメント
歯が痛いのです……。親知らずが虫歯になっていると言われて抜いてからもう一ヶ月、それなのに痛みは引かない。痛くない日もあるのです。でも、このところはずっと痛い。歯医者に行ったけど、悪いところはないと言われます。眠れないのでやっと痛み止めを飲むようになりました。
友人1……蓄膿症のために歯が痛み、発熱もあったと語ります。
友人2……抜いた親知らずの根が残っていてかなり腫れ、総合病院で手術したと語ります。
ある筋からの情報によると、蓄膿症は小鼻のあたりを押すと痛いらしいとのことなので、ぐりぐりしていたら大分楽になりました。耳鼻科にいかないとなー。
この一ヶ月、PTAバレーがあって修学旅行があって、授業参観日があって、弁論があって研究授業をやって県中総体の引率で、夜は地域のお祭りの準備と、なんか忙しかったのでそのせいでしょうか。
で、ぐりぐりしながら読んだのは、修学旅行の帰りのバス(台場から学校までバス利用でした)で見たDVD「舞妓Haaaan!!!」のシナリオ(宮藤官九郎・角川書店)。
普段映像に興味がないせいか、免疫もなく見入ってしまいました。
その直前に行ったフジテレビでは、スタジオ見学もしたのですが、「メントレG」の大道具の裏に、「宮九か○○(忘れました)にでも送ったら」と書いてありましたよ。
宮藤ドラマをちゃんと見るのははじめてかと思いますが、「グループ魂」のノリで繰り出す阿部サダヲの台詞まわしと、多彩なキャストで楽しめました。
堤さんがやっぱり恰好いいなーと思うんですが、ちょっと高校生の役は無理があったような……。
その点からいえば、サダヲさんはみょーに無理なくこなしていて、もう四十だというのに(あっ、この頃はまだ若いのか? 五年くらい前?)、すごい。
修学旅行の自主研修で、グループのメンバーにおいていかれ、京都の街中を走り回るうちに舞妓の小梅さんと出会って、すっかり舞い上がる鬼塚(サダヲ)。
で、このシーン、研修旅行で男女のグループを組んだら、自分以外はみんなカップルで、ディズニーランドで(本当は「つくば博」だったようです)おいてきぼりにされたと言っていた(出典「妄想中学ただいま放課後」)ことから描かれているのかな、と思いました。シナリオのあとの対談では、高校の頃のエピソードを語っていましたがね。
すっかり舞妓さんに熱をあげた鬼塚は、インスタントラーメン製造の会社で働きつつも、京都で舞妓さんの写真を撮りブログにアップするなど、活動をしていました。そのページには「ナイキ」と名乗る不審な人物が気に障るコメントを入れるため、激怒する鬼塚。
京都支社(かやくしか作っていない)への転勤が決まり、舞い上がった鬼塚は恋人の富士子と別れ話をはじめます。
京都にやってきた彼は、お茶屋遊びが「一見さんお断り」であることを知らされて愕然。なんとか夢を叶えたいと、社長の鈴木に取り入ろうとしますが……。
近くにいたらすごい迷惑な人であろう鬼塚。彼を一途に思って、自分も舞妓になるべく京都にやってきた富士子。その面倒をみることになった舞妓の駒子。「ナイキ」としてホームページを荒らしていた、プロ野球選手の内藤。この四人を中心にしてストーリーは展開します。
内藤をライバル視する鬼塚は、彼の転職に合わせて次々と職を変えますが、最終的に市長選挙で終了します。内藤は当選、鬼塚は落選。復讐に燃える鬼塚がダルマに細工するのですが、このシナリオと映画では演出が少し違いました。
シナリオって、映像を見た後でないとなかなか読む気にならないのですが、ほかの方はどうなのでしょう。
ちなみにうちの校長は宮藤の恩師。

「はとの神様」その2

2011-07-21 15:43:38 | 文芸・エンターテイメント

潔癖性で癇が強く、外から帰ったみなとにドアノブを入念に拭かせ、鳩を触ったと知るや手を五回も洗わせ、つねに「臭い」と言い、汚れた衣類に腹を立て……。連れ子の浩太が泣けば頬を叩いてさらに泣かせ、さらにこの子がいるから働けない、幼稚園に入れてほしいと訴える。やがて手がかからなくなった頃に、念願のお仕事を始めた麗子さん。そこで、道を誤ります……。
こういうヒステリックな女性、後半にもう一人登場するのです。関口尚ってこういう人を書くのがうまいよね。
子供だった三人が、二十五年経ってどう成長したのか。周囲はどう変わったのか。
この二部構成は、なんだか悟とみなとを近しい存在のように感じさせてくれます。淡い恋ともいえるユリカはどうなったのか。あんなに盛んだった鳩レースが衰退したのはどうしてか。(悟の考えとしては「携帯の電磁波」と「鳥インフルエンザ」が大きな要因になっているのではとのこと)
子供の頃に考えていたことは叶えられたのか。ということにたいし、悟は父親同様のシングルファザーになったことを語ります。一人の人を愛し続けたいと考えていたはずなのに、気がつくと父親と同じことをしていた。そして、不登校の息子に、深い愛情を感じている。
痛ましいのは、子供の頃に大好きだったホットケーキを、この息子に作ってやるまで、悟が避けて暮らしていたという事実です。
明日はホットケーキを焼こうね。メイプルシロップをたっぷりかけて。
そんな約束をしたはずなのに、出て行ってしまった母。悟の重苦しい記憶に、なんともいえない失望が残ります。
自分も母親として考えてしまいました。例えば息子と明日ホットケーキを焼こうと約束したとする。たしかに、言われたことをいつも守るわけではないかもしれません。でも、その日で最後なのだったら。
そう考える先に、そこで一緒にケーキを作ってしまったら、ずるずると出ていけない自分も見えるように思います。そこに留まっても、同じことの繰り返しになることも。
ホットケーキミックスは、まぜすぎない方がおいしいそうですよ。だけど、わたしはミックス使わないので、知っても無駄な知識かも……。
子育てのビジョンはないけどピジョンはある。そういう悟の朗らかさ、結構いい。不登校の子との関わりって、様々ですね。それは、毎日登校してくる子にしてもそうなのですが。
秋になったら、上空を見上げて、鳩のレースを探してみたいと思います。

「はとの神様」関口尚 その1

2011-07-20 22:02:35 | 文芸・エンターテイメント
「今日の絵は予想される帰還ルートのうち、岩手と宮城の県境あたりを描く。ベッヒャーたちが一関市から栗原市に差しかかるとき、西に栗駒山が見えるはずだ。この季節、栗駒山にはまだ斑に雪が残っている。それを背景にして飛ぶベッヒャーを描きたかった。
天気図から予想してベッヒャーたちがそのあたりを通過するのは午後一時くらいになるだろう」
「仙台を越え、さらに南を目指した。ここからはふたつのコースに分かれる。阿武隈高地が立ちはだかっているためだ」
午前五時ちょうどに稚内を飛び立った鳩たちが、午後一時にはもう宮城まできている!
この本を読んで、なんともいえないノスタルジアを感じました。でも、現在とも陸続きの郷愁です。過去(一九八五年)と現在(二○一○年)との物語が交錯する、やわらかな物語でした。
関口尚「はとの神様」(集英社)。
先日、クラスの女の子と「関口尚はいいよね」という話をしたんですが、これを読んでいっそうおすすめしたくなりました。
レースが行われるのは春と秋。だから、今はシーズンオフなんですね。ただ、レース鳩がゴールデンウイーク中に飛翔しているかどうかあまり気をつけてみたことはないように思います。
ただ、言われてみればかつて特定の時間、特定の場所を旋回する様子を思い出します。あれは、トレーニング中だったのですね。
わたしが子供の頃、鳩レースはたしかにポピュラーな趣味でした。足輪をつけた鳩をよく見たし、「レース鳩アラシ」という漫画もあった。そういえば最近見ませんね。近所に鳩舎のある家はありますが、あの高いところに上っていって掃除やら世話やらをすることも、この本ではじめて知りました。
鳩レースとは何ぞや。
そのことを問いかける二人の主人公(みなと・悟)の交互の語りで物語はすすみます。レースへのスタンスが違い、帰還を祈るみなとと、祈らない悟の思いが描かれるのです。
祈る・祈らないにこだわるのは、少年の頃に「はとの神様」はいると信じた二人が手ひどく裏切られたため。必ず帰還すると祈った鳩が、戻って来なかったからでした。
しかし、この少年時代のパートがたいへんよいのです。二人とも友達づくりが下手で、家庭的にも鬱屈を抱えている。そんななかで出会ったハーフの美少女(ユリカ)と、彼女の鳩(ライツィハー)。
遠くへ行きたいというユリカとともに、二人は悟の家の長距離トラックに乗り込みます。
当然のように旅の途中で発見されてしまうのですが、迎えにきたはずの悟のお父さん(ジローさん)が、三人を稚内に連れていってくれることになったのです。
これまで父親を好きとはいえなかった悟。旅を通して新しい発見をします。そして、みなとも、長い間言えなかった不満を、語れるようになる。
二人は全く違う性格ですが、父親に対する不満といなくなった母親への思慕という点では共通しています。どちらの両親もタイプは違うのですが。
みなとの母親は早くに亡くなり、父親は二十二歳の麗子さんという女性を連れてきます。この人がただ者ではない……。

「逆転ペスカトーレ」仙川環

2011-07-19 23:11:16 | ミステリ・サスペンス・ホラー
「逆転ペスカトーレ」(祥伝社)仙川環。
「この経済小説がおもしろい」という本の紹介を読んで借りてみました。
脂肪分のうまみをレセプターと組ませることで、これまでの調味料とは異なる味わいを感じさせることのできる薬品UMZが開発された。中国産野菜の暴言問題(実はメディアが故意に編集したもの)で窮地に立たされた会社にとって、起死回生となるこの薬品を流通させるためにはどのような手続きが必要なのか。
また、本来はこちらがストーリーのメインなんですが、派遣社員をやめたばかりの「あきら」が、姉のみゆきに頼まれて亡父の遺したレストランを切り盛りする話。
この二つの物語が、重なり合った構成になっています。
UMZサイドから見れば、リサーチのためにこのレストランを実験として使ったわけです。そのためにシェフを送り込み、調味料のふりをしてUMZをふりかける。
ところが、問題が二つ。シェフの料理に心酔した女性料理人がレシピを研究しようと手元を凝視し、思うようにふりかけることができないこと。そして、実験台のメニューとなるペスカトーレが、ネットで話題になってしまったことです。
ひそかな実験のつもりだったのに、ペスカトーレを食べたいという人が集まり、話題性のために売れるのか、味わいが好まれるのかわからないのでは話になりません。
女性料理人の目が気になるから、ここではなく単独の店にしてほしいと頼んでも会社はうんと言いません。彼女を辞めさせるようにしむけた結果、事態はますます困ったことに……。
頭を抱えるシェフに比べ、実験に気をよくしたからか会社はUMZの量産を提案しますが……。
UMZって、「うまいぞー」ってことですかね(笑)。
常連のおじいさんも、食物ライターのお兄さんも、ペスカトーレを食べたがります。どうも癖になる味らしい。コックの大場くん(喧嘩っ早い)によれば、まずいけどうまいんだそうです。彼の舌はかなり敏感で、的確に味を見分けます。
わたしもイタリアンは大好き。トマトソースパスタがとくに好きですが、ペスカトーレってたべたことがないなあ。今度食べてみようかしら。でも、きっとアラビアータとか生ハムのパスタを頼んでしまうことでしょう。
シェフに言わせれば、これから先どんな食物が流行するとしても、ペスカトーレはすたれない(言い回しは若干違いますが、本が手元にないのでニュアンスで)。要するに、ペスカトーレは永遠に不滅ですってことですよね。
エンディングの姉妹と亡き父親との思い出が、じわりと胸に迫ります。
ただ、主人公は調理師免許を持っていないように思うのですが、厨房に立っても大丈夫なの?(ローストビーフと新しいペスカトーレ担当)
それから、姉のみゆきにげんなりしたり、他の人の嫌な部分も彼女と比べれば我慢できるというような描写がちょこちょこ出てきますが、そんなに嫌な女としては書かれていないような気もするのですが。
研究者も、自分が家族と来店している店を実験台に選ばなくともいいんじゃないのとも。
それにしても、このUMZのくだりを見て、ビック錠の「ブラックカレー」ネタを連想したのはわたしだけですか。(「味平」だっけ? 「一本包丁満太郎」?)

「かがみのもり」大崎梢

2011-07-16 09:55:22 | YA・児童書
新任の中学校国語教師・片野厚介は、教え子の笹野と勝又からきらびやかなお宮を見つけたと話されます。そこは立入禁止の山の洞窟で、花鳥風月を象った金の彫刻や狼の像があり、冒険を夢見る二人はすっかり魅了された様子。
ブログに発見の経緯を綴るうちに、うろんなメールが入ってくるようになります。それは十数年前に近隣で我が物顔に振る舞った新興宗教の一派で、どうやら再び息を盛り返すつもりのようで……。
大崎梢「かがみのもり」(光文社)。なぜこの題名がひらがななのか、なんとなくわかります。
主人公の厚介は自転車通勤。教科書や辞書も持ち歩く律儀な人です。(この鞄、結構重要)
隣県の神社の三男という設定で、わりと一般の人が知らないような知識をもっています。お宮の細工の写真や造りで、即座にどんなものなのかわかり、専門用語も把握している。
神とは何か。そのようなことも含みながら物語は展開し、大崎さんらしい大団円を迎えるのです。
ヒーロー志望の中学校男子二人はもちろん、宮司、娘のひろ香、他校生で教団関係者の娘らしい「レオナちゃん」、同僚の先生方(副校長もいるので結構大きい学校のようです)、そしてふとしたことで知り合った調査員の与木。
主人公よりもこの与木の方が、実は恰好いい。クールガイです。でも、なにやら秘密がありそうな。
ひろ香の祖父が騙されて売ってしまった奥宮。「レオナ」の父親とは。隠されていた箱に何が入っているのか。彼女に近づく浅黄の目的は?
様々な謎が絡み合い、スリリングな物語が展開します。その中で厚介は、結構真面目に6時間めまで授業をしてからトラブルに巻き込まれたり(笑)。
この実生活と地続きのリアリティがいいですね。
エンディングは夏休み前の期末テストと、季節感もちょうどよく、爽快でした。
現在と過去の重なり合いや、二人の少女とその父親の思いが、とても心に残ります。

教科書展示会その2

2011-07-15 05:36:35 | 〈企画〉
S社。資料編が別冊でついています。これはおもしろい。これだけでも欲しい。各章の扉も工夫されています。
でも、全体として幼い。中学生って能力差が大きく出る時期ですが、もうちょっと視点が高めでもいいような気がしました。
穂村弘とかあさのあつこの作品が掲載されています。やっぱりそのときそのときの話題作家が選ばれるのですね。
読んでいて噴き出したのは、二年生で学習する「メロス」について、三年生で逆説めいた文章が現れること。北川達夫「『文珠の知恵』の時代」です。でもわかるー。
G社。一言でいうならマニアック。一年生のラインナップだけでも、吉田健一「Water」だしセヴァン・スズキのスピーチだし、北村薫に小林恭二に星野弘美。すごーい。アンソロジーならわたしの好みなんですが。ちなみに三宮麻由子さんの文章が採用されているのもここです。
読みものとしておもしろいけど、教えるとなると困る部分もあるかなあ。
K社は、もう時間切れで大慌てで読んだのですが、スイミングコーチ平尾伯昌さんの文章がよかった。「言葉の上達は競技を上達させる」のだそうです。
ここの読書案内には、近藤史恵さんの「サクリファイス」がありました。おおっ。
どの会社も読書案内を充実させようと頑張っています。読書単元だけではなく付録としてもページがさかれている。ちょっと過去の課題図書の紹介が多いのは残念です。もっとおもしろいのがある、と思わされることもあるので。
実際に感想文の話題などしてみると、中学生って本を読まないのだろうかと不安になることもあります。
ライトノベルしか読まない子もいますが、「ライトノベル」がわからない子もいる。
さてT社。思い切り教材が入れ代わって、漢詩が三年生から二年生に移動。反対に論語は二年生から三年生に。収録語句もかわります。メディアリテラシー学習が一年生に、絶滅動物にまつわる論説文が三年生に。「卒業ホームラン」と「字のないはがき」が三年生から二年生へ。「ごはん」はなくなり、向田さんのエッセイを比べ読みできなくなりました……。
あっ、CDジャケットづくりも一年生だ。ポップスになじみのない子もいるのでは……。そういう興味が出るのは中学時代かと思うのですが、一年生って個人差がありませんか。数年前、あるクラスの男子は「校歌くらいしか知っている歌はないのですが」と言っていて困惑したので。
小泉武夫、池上彰、あさのあつこ等の新しい教材があり、「坊っちゃん」と「形」が復活。
さらには鴎外(本字が出ない)の「最後の一句」。
伝統的な国語文化を学ばせるということなんでしょうね。
それから、中島みゆき「永久欠番」もなくなりました。
各社の詩歌も一変しています。こういう俳句を授業で取り上げるのは結構骨が折れると思うのですが、どうなんでしょう。
「この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉」三橋鷹女