くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「サクラ」キム・ファン

2014-02-27 20:59:12 | 自然科学
 この棚は何度も見たんだけどなあ。
 これまであまり関心がなかったんでしょうね。「サクラ 日本から韓国へ渡ったゾウたちの物語」(学研)。このタイトルだけでは素通りしてしまいました。わたしの守備範囲は絶滅危惧種でしたから……。
 でも、先日、どうして「サクラ」というゾウが韓国の動物園に譲られることが不安なのかを、戦争と平和のブックガイド「きみには関係ないことか」に教えられて、にわかに読みたくてたまらなくなったのです。
 キムさんは在日韓国人。ある日、新聞で、宝塚ファミリーランドが閉園するため、ゾウがソウル大公園に譲られることを知ります。
 でも、「サクラ」は韓国では戦時下の日本や軍国をイメージすることが多く、果たしてこの名前で受け入れてもらえるのか。
 キムさんは「統一トラ」の取材でこの動物園を訪れることになり、忙しいなかゾウの展示場所に向かいますが、悲しいかな、どのゾウがサクラなのかわからない。
 日本に戻ってからも、サクラのことが気になって、ネット検索をするのですが、どうも飼育員さん(韓国初の女性飼育員さんだそうです)にケガをさせたらしく……。
 あ、ちなみに「統一トラ」とは北朝鮮から来たトラと、この動物園にいたトラがつがいになって誕生した二世です。
 キムさんは、これまで日本から韓国に渡ったゾウのことを調べます。はじめのゾウは「八万大蔵経」のお礼として足利家から贈られたもの。あまりにも餌代がかかるので島流しになったとか。
 続いては、統治下に日本の動物園から移したのだろうというゾウで、他の地域の猛獣たち同様、餓死させられたのではないかと推測。
 これまで韓国に渡ったゾウは、あまり幸せな生涯とは言えなかったのだと、キムさんは衝撃を受けました。 
 でも、サクラは動物園で愛されていました。なんと、人気者ランキングでも三位。名前もそのままです。
 戦争の爪痕は時間を経てもなかなか癒やされるものではないと感じました。それでも、相互の立場を理解しようとする人々の優しさ。
 わたしたちも、韓国が背負わされたものを知ろうとすることが必要なのではないでしょうか。
 サクラを担当していた飼育員の江草さんが、会いたいけれど、自分が訪れることで混乱が生じることは避けたいと語るところも頷いてしまいます。
 

「人生オークション」原田ひ香

2014-02-26 20:05:27 | 文芸・エンターテイメント
 同時収録の「あめよび」が良かった。何回か読み直してしまいました。
 ラジオのハガキ職人「サンシャイン・ゴリラ」こと平山輝男と付き合っている美子は彼との結婚をイメージしていました。ところが、彼は誰とも結婚する気はないといいます。
 えっ、どうして? と思った瞬間、娘が呼びに来て寝ることになり、それが気になって気になって、夜中まで眠れませんでした……。
 美子は眼鏡屋の販売員で、丁寧な接客ぶりが好評です。輝男はアルバイトをしながら投稿を続けていますが、放送作家見習いのようなことに誘われて、ナイターが雨で中止になったときに放映する番組を作ります。でも、それは彼にとってはかなり屈辱的なことだったというのです。
 美子は何故彼が結婚を拒否するのか納得できず、会う度に彼を責めます。
 ある雪の夜、輝男は「諱」について語ります。自分の郷里には、他の人には伝えない真実の名がある。もちろん、美子はそんなことを聞いたことはありません。
 結婚できないなら、唯一の人にだけ教える諱を知りたい。そう思い込む美子は、子どもの頃に読んだ童話を思い出します。願いを叶えてくれたこびとに、自分の名を当てろと言われた娘が答えるのは「ルンペルシュティルツヒェン」。美子はこの名を、なかなか覚えられません。しかし、輝男はいつの間にか調べている。調べているのに、美子にそれを伝えないのです。
 この不条理なほどの悔しさ。哀切を感じさせるような描写が原田さんの魅力だと感じました。
 ところで、輝男の諱はなんでしょうね。雪の日を彷彿とさせるから、「雪比古」「由紀広」とかそんな感じ?
 眼鏡屋の腕利き検眼員権藤さんが素敵です。ダンスするように測定するんですって。
 ちょうど夫の眼鏡屋に付き合った日でした。出来上がった眼鏡を見て、娘は「それ、お年よりめがね?」と訊いていました。
 

「ドアの向こうのカルト」佐藤典雅

2014-02-23 20:48:28 | 哲学・人生相談
 通常、どこで買った本なのかということは覚えている方です。でも、なぜかこの本については覚えていない。迷った末に買ったことは覚えているんですけどね。
 佐藤典雅「ドアの向こうのカルト 九歳から三十五歳まで過ごしたエホバの証人の記録」(河出書房新社)。
 読んでいたら、なんだか学生時代エホバの人との遭遇がやたら多かったことを思い出しました。引っ越した翌日、「イワツキですー」とやってきて、前の住人の知り合いかと思ったら宗教だった。つばの広い帽子をかぶって、女の人二人連れで、時々公園などでミーティングして……あったあった。宗教勧誘が多い時期は、友人と架空の宗教に入っていることにしたほどです。あー、オウムのチラシがポストにあったこともあります。一緒にアルバイトしていた子が駅前で勧誘していたという話に愕然としたことも。
 で、その間に母が証人から「ものみの塔」を受け取っていることが分かり、反対したのですが、本人は「聖書の勉強なの」と言っていたのも。なんだかやけに立派な装丁の本まで受け取っていました。わたしは当時プロテスタント系の女子大に通っていたのですが、宗教学の時間にイエスについてどう思うか訊かれて、「世直し集団として水戸黄門に似ている」と口走るようなタイプです。(使徒がいることくらいしか似てないかもしれないですね、今思えば)
 まあ、いつの間にか母のもとにチラシがくることもなくなっていました。近所に王国会館があったらしいですが、今は民家です。ああ、でも国道沿いにはあるから、活動として廃れたわけではないのでしょうね。
 筆者の佐藤さんは、お母さんが熱心に誘われて受信。「二世」として活動し、本部で製本の仕事をしたり講話をしたりとかなりのステイタスについていたのですが、ふと疑問に思うようなことが拭い去れないまま苦悩します。
 聖書にみんな書いてあるとはいうけれど、解釈の問題であることも多い。根拠としてあげられていることが間違っている。楽園がくることを期待して、この世の中を「エホバの福音」と「サタンの妨害」としてしか見ない。いろいろなことが矛盾しているのに、それについては触れないような部分に、怒りを感じているように思いました。
 例えば彼は大学への進学を希望していました。クリエイティブなことが好きなので美大はどうか、と。しかし、証人たちは楽園がやってくるなかでは無駄なことだと言い、世俗にまみえることを嫌います。諦めて働くことにするのですが、その数年後、高等教育は否定しないとの見解が出され、それまでとは価値観が一転。転職も大学を出ていないという理由で不採用にされます。
 ある日、マインドコントロールから解放されたような体験をします。それまで悩みに悩んできたものが集約化したのかもしれませんね。その結果、妻、子、両親、妻の両親、弟家族、と次々に改心していくことになります。
 わたしと佐藤さんは、ほぼ同年代。同じような時代の波を感じていると思います。(彼はほぼアメリカで過ごしているので、そうそう同じではないかもしれませんが)
 それにしても、矢野顕子さんがこちらの熱心な会員と知って驚きました。佐藤さんの送別会を子どもたち主催で(とすると、坂本美雨?)してくれたそうです。
 読んでいて、ああ、自分も同じように考えていたなと思うようなことがありました。楽園を希求するのは現世利益ではないかと感じているところなんですけど。
 様々な宗教が、楽園(天国とか)を前に審判が下されると言っていますが、宗教が求めてくるのは、なにもかもを捨て去ること(欲や煩悩からの脱却)ですよね。楽園を求めるのはいいの? それも欲じゃない?
 話変わりますが、今日、息子が早退してきました。(授業参観日だった)インフルエンザだそうです。あー、もうそんな季節なんですね。早くよくなれー。

 

「六本足の子牛」森住卓

2014-02-22 16:35:21 | 社会科学・教育
「きみには関係ないことか」で気になった本を読むべく、図書館で探しました。
 ところがまあ、ないんですね。ふだん日本人の名前しか検索しないので、翻訳ものをどう探したらいいのかよく分からない。在庫なしとの結果に何度もがっかりして、結局森住卓さんの「六本足の子牛」(新日本出版社)を借りました。閉館ぎりぎりです。
 先日の「X年後」上映会場でも、セミパラチンスクの写真集を見せていただいたのですが、時間がなくてさらっと目を通したくらいです。でも、衝撃的でした。
 核の脅威は、すぐには目に見えない。じわじわと、ひたひたと、迫ってくるようなそんな恐怖です。
 カザフスタン共和国のある村で、六本足の子牛が生まれたと聞いた森住さんは現地に向かいます。放射能の影響で、奇形の牛や馬が生まれるようになった。有数の牧草地だったこの地、もう名馬の産地だったことも過去になります。村での結婚式、そして出産の取材から、森住さんは女性たちが自分の子どもが無事であるのかどうかを不安に思うことを知るのでした。
 この本には、「六本足の子牛」の写真はありません。具体的なものではなく、それをメタファーとしたなにかを伝えたかったのだと思います。
 現在、福島原発とその産廃処分場をめぐる問題があります。スキニングを受けたことなどもありますが。
 でも、やはり目に見えない不安はなくなりません。わたしたちは騙されてはいないのでしょうか。どんなに都合のいいことを言われても、結果的に処理できないものをそのまま受け入れるのはできないでしょう。
 わたしたちの子どもたち、その子孫たちに、責任を押しつけていくしかないものは、便利だからというだけで手を出すべきではないと思うのです。

「政と源」三浦しをん

2014-02-20 05:05:25 | 文芸・エンターテイメント
 し、失敗しました……。夜ご飯におもちを食べたというのに、そのあとチョコレートバウムも食べてしまい、胃が重いのです。なんか源さんがやたらと食べるからだよ! そういえば、お雑煮も食べていましたよね。チーズをのせたのもおいしそうです。昔はベーコンのせたのも好きだったなあ。
 三浦しをん「政と源」(集英社)です。もうちょっと前だったら、ゾウが見せ物になった逸話の部分これにしたのに。(今日は何の日カレンダーのことです)
 水路を舟で運ばれたんですってよ。それに絡めた源の思い出話が秀逸です。花枝の愛犬ロクがいい味出しています。
政というのは、元銀行員の有田国政。源とはその幼なじみの堀源二郎です。こちらはつまみかんざしをつくる職人で、残り少ない髪の毛を赤だのピンクだのに染めています。弟子(徹平)の彼女まみちゃんが染めてくれるんだって。
 国政の妻は、ある日娘の家に行くといったまま帰ってこないので、結果的に一人暮らし。妻を亡くした源二郎も一人暮らし。幼なじみの気安さから行き来しあう二人です。
 掲載はなんと、「cobalt」。あ、あの少女小説誌に、おじいさん二人がメインの連載を持つとは! で、でも、さすがに単行本にまとめるのですね。コバルト文庫じゃないんだ。
 愛読した少女の皆さんにとってはどうだったんでしょう。
 さて、政も源もわたしの父親と同世代でございます。源二郎さん、ふんどしを愛用とのことですが……。職人さんだから? わたしの知る範囲で、愛用されている方は、祖父(九十七歳)の友人くらいなんですけど。(ご本人は「クラッシックパンツ」とおっしゃってました)
 でも、若者から見て、おじいさんってこんな感じなのかな。まあ、二人とも粋で、いつになっても悩みがあって、恋の思い出もあったかい。
 わたしはクロスワードをコピーしてハガキに貼るエピソードが好き。
 男ふたりって、三浦さんにとってのテーマなのかな、とも思いました。

「ヨコハマ物語」「偉大なるしゅららぼん」

2014-02-19 07:20:32 | コミック
 週末は雪で、息子の矯正の先生が来られなかったので天袋からマンガを引っ張り出して読み返しました。久しぶりに「ヨコハマ物語」(講談社)。この作品が読みたくて、中学生のときにフレンドを買っていたんです。
 どこから買い出したのかもはっきり覚えています。四巻に収録されている回ですね。わたしはお卯野が好きなので、三浦しをんか誰かが受け身でよくないと言っていてびっくりしました。
 なんというか、フェミニズム的視点で見たらそうかも知れないけど……。万里子がかなり破天荒なので、二人ともそうだったら物語として成り立たないと思うんですよ。時代設定も明治だし。二人の対照的な生き方を描いていると思います。
 森太郎に会うために砂漠を越えるシーンが好き。そのあとジムに、トビーはイメージじゃないと言われるあたりも。 
 それから、山本おさむ「そばもん」も出してきたんですが、何冊か別なところにしまい込んであって、不完全燃焼気味です。もっと読みたい。冷やし布屋や花巻を食べてみたいのです。
 さらに、夫が買ってきた「偉大なるしゅららぼん」の漫画版(作画は関口太郎)を四冊一気に読み、原作を借りてこようと思いました。映画化するそうですね。涼介も淡十郎も写真を見た限りイメージ合わない気がするんですが。
 ところで、おばさんにくっついて韓国に行っちゃった「師匠」は、原作ではどこかにつながるのですか? なぜ「パタ子さん」なのかもよく分からなかった。
 漫画では棗くんがかっこいいですね。わたしは万城目さんの本はエッセイしか読んだことがないんです。
 

「一冊の本が学級を変える」多賀一郎

2014-02-18 05:20:18 | 書評・ブックガイド
 朝読書に課題を設けてはどうかと言われたんですよ。
 でも、ジャンルを選ばずに好きな本を読むのが、朝読書ですよね? 集団読書用のテキスト以外だと、「坊つちやん」と「星の王子さま」、「いちご同盟」が二十冊ずつあるくらいです。だいたい予算だって年間十万円ちょっとしかないのに、どう用意しろと? とりあえず、「坊つちやん」の文庫を古本屋で四冊買いました。わたしが自腹切るのでしょうか。
 あとは芥川とか、O・ヘンリーとかどうかなと思うものの、訳者によって印象が変わるので悩みます。
 「一冊の本が学級を変える クラス全員が成長する『本の教育』の進め方」(黎明書房)。著者の多賀一郎さんは私立小学校の先生として三十年以上お勤めになったのだそうです。
 クラスで本を読んで聞かせたりお話をしたりした経験をまとめてくださったのですが、子どもたちが本の話題に興味をもつ様子が描かれていて、楽しい。
 対象が小学生なので、わたしにとっては少し食い足りないようにも思うのですが、いまどきの中学生はこのあたりの本も読んでいないかも……。読書経験は、かなり個人差が出てきてしまうのですよね。だからこそ、わたしも「おはなし」やブックトークをなるべく入れるようにはしているのですが、先日は「親指姫」も知らないと言われてがっくりです。
 多賀先生は子どもの頃、非常に悩んでいたことを、「次郎物語」を読むことで払拭できたとおっしゃいます。悩みというのは、自分の考え方を変えることで解決の糸口が見つかるものですよね。「実は、彼を取り巻く状況は、なにも変わっていません。ただ、自分の考え方が、目の付けどころが、変わっただけなのです」
 その通りです。わたしも、本でいらいらした気持ちを落ち着かせてもらうことがあります。自分の気持ちを何かに集中させることで、気持ちの切り替えができるのかもしれません。
 本の「読み方」をナビゲートできるのは、国語教師の醍醐味かもしれません。あっ、息子にもいろいろ紹介し始めた今日この頃です。頑張ります。

「きみには関係ないことか」京都家庭文庫地域文庫

2014-02-17 21:58:03 | 書評・ブックガイド
 震災に関するブックガイドも読んだのですが、同じ棚にあった「きみには関係ないことか」(かもがわ出版)が印象的だったので、こちらを紹介しましょう。京都家庭文庫地域文庫連絡会編。サブタイトルは「戦争と平和を考えるブックリスト‘03~‘10」です。これが第5集とのこと。これは、図書館に一冊ほしい。戦争をテーマに読書させるには、最適です。とりあえず自分の読みたい作品をリストアップしたら、大きめの付箋紙四枚になりました……。
 「なぜ、子どもが兵士に?」「語り継ごう、アジア侵略の事実」「日本国憲法を学んでみませんか」「自分の意見をもつために」といったテーマごとに関わりのある書籍を紹介しています。わたしが気になるのは、「戦争は暮らしを変える」の「引き揚げ」という項目です。写真集「小さな引揚者」(飯山達雄・草土文化)、「中学生の満州敗戦日記」(今井和也・岩波ジュニア新書)、「塩っぱい河をわたる」(野添憲治・福音館書店)「扉を開けて」(守田美智子・新日本出版社)「降ろされた日の丸」(吉原勇・新潮社)「旧満州開拓団の戦後」(和田登・岩波ブックレット)が取り上げられています。
 わたしの父親とその両親(祖父母)は、満洲からの引き揚げです。食糧難の折に、自分たちは我慢して息子に弁当を買ってやったのに、ご飯粒を落としたところに(家を失った)子どもたちが群がってきて、父はおもしろがってさらにこぼしていたという話を、聞いたことがあります。
 小さなエピソードはよく耳にしたのですが、なぜ満洲にいたのか、どういう暮らしだったのか、知らないでいる部分が大きいように思います。引き揚げのとき叔父は生まれて間もなくだったはず(上司から「寅男」と名づけろと言われたのを、曖昧にして帰ったと言ってました)、かなり苦労したのでは……。
 割と地続きのような作品を好むわたしですが、あれこれと見ているうちに外国が舞台の作品に目を引かれていました。「ライオンとであった少女」(バーリー・ドハーティ)「バーバラへの手紙」(レオ・メーター)「サラの鍵」(タチアナ・ド・ロネ)「わたしは忘れない」(ヤエル・ハッサン)。それから、キム・ファン「サクラ」(学研)。
 「サクラ」は日本の動物園から韓国に譲渡されたゾウの名前です。キムさんは、このゾウの行く末を心配して様々な調査をし、韓国でこのゾウと面会を果たすのだそうです。
 すぐそばにコラムがついているのですが、なぜキムさんはこの名を懸念したのか。それは、韓国で占領下にサクラの木を植えることを強要されたからだと説明がありました。心の拠だった槿の木を切らされたところもあるのだとか。
 戦争というくくりだけでなく、労働させられる子どもの問題や、放射能の問題も取り上げられます。森住卓さんの写真集(「セミパラチンスク」等)や米沢富美子「猿橋勝子という生き方」(岩波書店)も、読んでみたいと思いました。
 しばらく図書館をハシゴしたい……。(まあ、いつもしてますが)

「ルリユール」村山早紀

2014-02-16 06:24:15 | 文芸・エンターテイメント
 図書館に帯が紹介されていなければ、見過ごしてしまったでしょう。
 村山早紀「ルリユール」(ポプラ社)。児童文学作家として人気の高い村山さんですが、ああ、よくわかります。とても繊細で美しい物語でした。
 中学生の瑠璃は、叔母の初盆のために母の郷里に向かうのですが、家族はみんな都合があるというし、なんとかひとりで行くためにともらった地図が役に立ちません。絵の上手な母さんの手書きなんです。記憶って、ちょっとあてにならないところがありますよね。
 でも、なんとかおばあちゃんの営む食堂に着きます。が! おばあちゃんは階段を落っこちて入院することになったとか。
 途方に暮れる瑠璃ですが、さらに落ち込むことになるのは、翌朝、裸足で外を歩いたらしい痕跡があったこと。幼い頃の夢遊病が再発したらしいと青くなりました。
 夢で見たような場所があるのかと探しに出ると、すっかり同じ洋館を見つけます。黒猫が七匹。赤い髪の外国人女性。彼女は、クラウディアと名乗り、ここは「ルリユール黒猫工房」と呼ばれる場所だと語ります。
 チキンラーメンが大好きなクラウディア。ずっとそればかりではと心配になった瑠璃は、レモンバターのパスタを作ることに。
 亡くなった画家が最後に送ってきた「宝島」の修復や、災害で失った家族の写真を集めたスクラップブッキング、そして瑠璃自身の思いを製本など、素敵な本がそこかしこに現れます。わたしが好きなのは、「星に続く道」という章。少年時代の親友との格差を感じ、次第に疎遠になってしまった男が、かつて彼の部屋から盗んでしまった図鑑「天文と気象」。再会した彼に、返したい。なくなったページもあるし、弟が落書きもしてしまった。ただ、彼のお父さんが書いてくれた名前は残したい。
 そんなぼろぼろになった図鑑の修復を、しかも明日の朝までなんて不可能だと瑠璃は思うのですが、クラウディアはにっこり笑って、「とっておきの火蜥蜴の膠」を使うから大丈夫だというのです。
 はっきりいえば、クラウディアは魔女です。でも、使うのは現実的な技術と作業なのです。古本屋から同じ図鑑を買ってきて、分解して。糊付けだけが間に合わないから、そこで魔術を使うのでしょうね。
 「みつみねのやまいぬのすえ」については、狼の本や三峯神社の神主さんに取材したマンガを読んだのでイメージできていたんですが、伏線としてどうつながるのかはちょっとよく分からなかった。続編があるってことでしょうか。
 魔法と科学の比較とか、叔母さんの性情とか、いろいろなエッセンスがちりばめられていて、おもしろいですよ。

「あんな『お客』も神様なんすか?」菊原智明

2014-02-15 09:42:58 | 産業
 菊原智明「あんな『お客』も神様なんすか? 『クレーマーに潰される!』と思った時に読む本」(光文社新書)。『お客』には「クソヤロー」とルビ振ってあります……。図書館で背を見ただけでは分からなかった。(クレーマーと書いてあるのだと思ったんですね)
 タイトルしっかり見ていたら読まなかったかもしれません。
 でも、たいへんおもしろい一冊でしたよ。おすすめです。
 本文自体落ち着いているので、どうしてこんな題名にしたのか悩むところですが、菊原さんが後輩の営業さんから言われた言葉をそのまま使っているようです。全体で、その疑問に答えるような形式になっています。
 菊原さんはもともとトヨタホームの営業をされていた方(現在は経営コンサルタントで、関東学園大学の講師)で、本人によれば、入社以来営業成績は最下位。ところが、クレームを逆手に取る新しいスタイルを考案したことでトップに! この方法、なんとお客さん訪問すらしなくてもいいという、それまでの営業方法すら覆す画期的なものなのです。
 予告ハガキを出す。「お役立ち情報」というレターペーパーを送る。これをシリーズ化する。という流れ。お客様のお名前と、一言コメントは自筆で、とか、クレームであがった内容を中心に一枚め、二枚めには解決法と分けて作成とか、いろいろテクニックはあるんだそうですが。
 でも、読み物としておもしろいのは、断然その前のクレームのやりとりでしょう。四六時中作業を凝視する施主の父親とか、ついでに買い物をしてきてという奥さん。商談では何もいわず、メールで「納得できない」といってくる夫婦。自分に都合のいいように解釈してしまう人もいるそうです。
 「床鳴り」に関しての相談に、よくあることだからと返事をしたら、説明をする間もなく、「前の家の床鳴りがひどかったからわざわざ建て替えたんですよ?!」と怒り出した方の話を読んで、わたしも何気なく答えたことで誤解を与えたことがあるなあ、と思いました。
 人と人との関わりですから、誤解されることや不快に思われることもあるのが現実です。お互いを解ろうと努力することや誠意を持って接することが大切だと思いました。