くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「頭のうちどころが悪かった熊の話」安東みきえ

2011-08-31 21:17:12 | 文芸・エンターテイメント
どうしてこの本が売れたのでしょうか。著者が安東みきえでなければ、わたしなら手に取らないかもしれません。
「頭のうちどころが悪かった熊の話」(理論社)。寓話的な物語なんですが、このところアトリーだのファージョンだの読んでいたので、あんまりおもしろいと思えず……。安東さん、もっといい話いっぱいあるのに、どうしてこういう本で名前があがるのでしょう。
なんだかやたらと売れていて、図書館には本がなく、しかも続編っぽい「アルマジロ」の本も出ている。帯は梨木香歩さんの推薦で「ずっと短編集が出版されるのを心待ちにしていた」と書いてあります。この年の四月に朝日新聞に出た書評からの引用だそうですが、奥付によると八月時点でもう七刷。
梨木さん、どの作品を読まれたのでしょうか。「胸のすくような思いと驚きは忘れられない」とのことです。この本に収められた作品かどうかはわからないのですが。
というのも、わたしがイメージする安東作品と、この大人の寓話ともいえる作品との間に多少のギャップがあるように思ったからです。
こういう教訓的な話が、嫌いなわけではありません。哲学的な思考で、誰かに紹介したくなるような物語だと思います。音読をしてもストレートに伝わりそうです。カラスが木のすきまをシラサギだと思いこみ、実際にやってきたシラサギと友達になったにも関わらず口が悪くてなかなか素直になれない「ないものねだりのカラス」や、ヤゴとオタマジャクシとの友情を描く「池の中の王様」なんか楽しく読めました。
ただそこに「マグノリア」や「星の花が降るころに」のような繊細さとは違う世界がある。わたしは安東さんのこのデリケートなきらめきが好きなので、どちらかというと類型的でどちらかというとどっしりとしたこの物語に違和感を覚えるのです。
同じ作者なんですよね。
わたしはレディベアと暮らし続けるこの熊、かなりものすごいと思いました……。

「氷の花たば」アトリー

2011-08-29 21:48:17 | 外国文学
アリソン・アトリー「氷の花たば」(岩波少年文庫)。中学校読書指導の小幡章子さんのおすすめを図書館で探してきました。訳は石井桃子・中川李枝子。(分担はどうなっているんでしょうね)
こういう話は好き。おすすめ通り「木こりの娘」から読んでみました。とてもロマンチックで、童話の魅力にあふれた素敵なお話です。
森で生まれ育ち、裁縫で身を立てることにしたチェリーは、暖炉の火の中に金色の熊の姿を見つけます。水を求める熊は、イラクサで上着を縫うように語り、また火の中へと戻っていきます。イラクサは古城の跡地に生えており、チェリーは言われる通りに作業を始めました。上着を縫い上げると、次は桜の花を使ったドレスを頼まれます。時折側にやってくる熊に、心をときめかせるようになるチェリー。
自分が中学生のとき、民話や伝説の本をよく読みました。こういうテイストは、心に残りますね。
ある程度物語の型というのは決まっているので、おそらくイラクサの上着は変化した王子を人間に戻すもの(「白鳥の王子」好き)で、ドレスはチェリーの花嫁衣装だろうと想像はつくのですが、町に住むおばあさんが、自分が娘のころも火の中に金の熊を見たと言ったのには驚きました。
物語の型でもうひとつ。「麦の子 ジョン・バーリーコーン」は小さ子の伝承から作られていると思いました。子供のいないおばあさんが、道で拾ったイースターエッグ(と思われるたまご)から生まれた子供はジョン・バーリーコーンと名乗り、「見る見る大きくなり、二、三ヵ月で三フィート(約九○センチメートル)の高さに」なるのです。
「竹取物語」を連想してしまいました。かぐや姫は生まれたときに三寸なんですけどね。
「七面鳥とガチョウ」も、「ブレーメンの音楽隊」を連想しますね。
で、どうもこの物語を読んだことがあるような気がしてしかたない。「メリー・ゴー・ラウンド」とか、記憶にあるように思います。ハードカバーかな。
「氷の花たば」にしてもそうですね。敷石の上のバスケットの場面、覚えています。これも「美女と野獣」のパターンですが、窮地を救われた代償にと嫁ぐことになる娘は、相手のことをありのまま愛する点が素敵です。(わたしは野獣が王子になってしまうのが不満だったので……)
ああ、でも熊は王子になってしまいますけどね。
異種結婚ものの民話、中学生のころによく読んだので、おそらくこの本もその一冊だったのでしょう。
おもしろかったので、そのうち「時の旅人」を読みたいな。

「カルトの子」米本和広

2011-08-28 10:30:58 | 哲学・人生相談
再読。米本和広「カルトの子 心を盗まれた家族」(文藝春秋)。
オウム、統一協会、エホバの証人、ヤマギシ会、ライフスペースといったカルト宗教の、とくに子供たちに焦点を当てて書かれています。
宗教を自分の意志で選択するのは、その人が決めたことなのだからしかたがないのかなと思うのですが、生まれた子供にとってもそこが充実した場所なのかどうかはわからない。とくに誰かを頼らなければ生きていけない子供にとっては、生き地獄になってしまうかもしれません。自分ではどうしようもない。嫌だと思っても助けてくれる人もいない、そんな環境のなかで次第に人間らしさを失っていく子供たちが、不憫でなりません。
親とともに入信した子供たちは、引き離されて自分たちの集団生活を余儀なくされます。世話係はいうことをきかないといって乱暴し、やっとの思いで脱走してもまた送り返される。罰として繰り返される暴力。世間を知らないままに生きてきて、もう取り返しがきかない頃に突き付けられる社会的な現実。
幸せになるために、ユートピアを求めて、理想を追求し。それぞれが何かしら思うことがあったのでしょうけれど、カルトに入った人々は幸せそうには見えません。
舞い上がってしまった妻は、心理的に抵抗のある夫を強引に説き伏せます。自分とともに入信しなければ離婚するという人はかなり多いようです。かくして子供を巻き込み、一家でカルトにはまってしまう。
しかし、多額の献金と矛盾に満ちた戒律にも気がつかないまま、しわ寄せは否応なしに子供たちに向かうのです。
数年前に読んだときには、ただ子供を取り巻く劣悪な環境に唖然とするばかりでしたが、今回は「結婚と宗教」がポイントになるような気がしました。
統一協会が合同結婚式を行っていることは有名ですが、ヤマギシでもカップリングは役員がしているようですし(研鑽結婚)、そのために若い女性と壮年の男性という組み合わせが多いそうですよ。(離婚、再婚が多く、男性は若い女性を好むため)
夫婦を離婚させて新しい組み合わせを提案する教祖もいるらしい。
そこまでして、一体どんな天国に行くつもりなんでしょう。そして、そこで誰と過ごすのか。
心が離れてしまった家族たちには、様々な障害が顕在化します。不登校、リストカット、パニック。子供たちは、そのなかで生きていかなければならないのです。
自分はその思想に浸りきっている親が、子供を組織の施設に入れる。たまにしか顔を見ることもできない。そのうえ、これ以上あの組織で過ごすのは嫌だという子供に、素晴らしさがわからないのだと嘆息する。
読んでいると、子供たちがどんどん感情を削ぎ取られているのがわかるのです。親を信じられないのは、本当に辛いこと。
「親ももうちょっと、自分が体験してもいないのに、やったらいいとか言うのはやめて欲しい」「親が係を信頼しすぎて、本当のことを知らなさすぎると思うときがある」
学校を新設したいという要望に際して、実態調査のために作られたアンケート。怒りに満ちた言葉が満載でした。「絶対学校はできて欲しくない」「入りたくないのに親の意思などで勝手に入れるのはいけないと思う」
「チャイルド・アビューズ」という言葉について書いてありました。「虐待」という言葉に訳すことが多いですが、「子どもに対する度を超えた支配権の行使」という意味だそうです。
確かにいずれのケースも、子供の権利を奪う。価値観の相違を知らないまま、子供たちは生きていくのです。矛盾を抱えて。
親たちは気づかないのでしょうか。信じ続けることで蝕まれていく子供たちを。

「童話作家はいかが」斉藤洋

2011-08-24 04:58:10 | エッセイ・ルポルタージュ
斉藤洋さんの怪談が大好きなわたし。図書館で見つけました。「童話作家はいかが」(講談社)。
斉藤さんが講談社児童文学新人賞に応募してデビューを果たし、その後の作品をどのように作ってきたかを語ります。ユーモアたっぷり。講義を聞いているようです。
著作が多いので、おそらく斉藤さんの本の一割くらいしか読んでいないかと思われるわたしですが、今回著者紹介文を見てはじめて、亜細亜大学で教鞭をとっていらっしゃることを知りました。しかも経営学部教授、さらに科目はドイツ語。
でも言われてみればドイツ的な作品も思い浮かびますし(「ドローセルマイヤーの人形劇場」)、「ひとりでいらっしゃい」のシリーズは大学の研究室が舞台です。語り口の軽妙さは、普段しゃべることを意識している方だからなのだと納得できる。
「ルドルフとイッパイアッテナ」で新人賞を受賞したとき、いつも仕事で「斉藤先生」と呼ばれていたので、「斉藤さん」と呼ばれて面食らったうえ、担当編集者から「あなたね、新人賞を取ったくらいで作家になれると思ったら、大まちがいよ!」と言われたのだそうです。このあたり、結構こだわっていて、この場面が何回か出てくるのですが、理由がラストで明らかになります(笑)。
具体的な作品づくりについて、挿絵について、プロットとテーマとの関係などなど、話題は多岐に渡りますが、わたしが最も印象的だったのは、自分の文章の一言一句をおろそかにしない態度。端的にいえばどこに読点をつけるのかまで吟味して執筆しているということですから、「ここをこうなおしていただければ、すぐにでも出版できるんですけどねえ……」と言われた瞬間に原稿を取り返してしまう。
わかります! わたしもどう表記するか考えて書いているつもりなんですが、おたよりや通信票の文章を直されるとムッとしてしまう。指導案横書きなんだから読点はコンマにしろ、といわれてかなりごねたんですが、人によっては許してくれない。
あと、モンゴルから来日したご夫婦を紹介されて、旦那さんが絵かきだから本を出版したいとの相談にのった話がおもしろい。奥さんが文を書くはずだったのに、いつの間にか斉藤さんが書くことになっていて、しかも「そのモンゴル人はある日、ふいっと奥さんを日本においてモンゴルに帰ってしまい、けっきょく絵も日本人が描くことになってしまったのだ。/え? 日蒙親善はどこへ行ったの?」
爆笑してしまいました……。「少年は砂漠をこえる」という物語だそうです。
章ごとに教訓がついているんですが、ここのはこれ。「国際化は言うほど楽ではない」
それから、「どうやったら、お話を思いつかないでいられるんです」と聞き返したくなるというあたりも楽しい。それまでにもいたるところで、斉藤さんがいかに空想の翼を広げて物語を作るのかを感じさせるパートが見えるので、非常によくわかります。
新人賞に応募しようと考えたとき、分量の参考にしようと買った本が劣悪だったため、これなら自分で書く方がいいだろうと考えたとのこと。
あ、ちなみにラストは、この本を作るきっかけになったあの編集者さんとの会話です。「※このあとがきに出てくる編集者は実在の人物です!!」が、なんともいえない味を出していて、素敵ですね。

「ヒロインを探せ」ほか 杜野亜紀

2011-08-23 05:30:33 | コミック
なんで間の巻が抜けてるんだよーっ。とくに「天使からのラブレター」と「最後のバースデー」がないのは痛恨。古本屋を探したけど、十年以上前のコミックスだからか、なかなか見つかりません。気になるなあ。真奈美との対決を読みたーい。
杜野亜紀「神林&キリカ」シリーズです。二十冊以上あるコミックス、実家で見つけた分です。
推理作家の神林俊彦は「レディーX」シリーズで人気を博しています。映像化が決まり、撮影見学に行ったときにアイドルの川本キリカと知り合います。かわいいのは演技で、実際は度胸のある江戸っ子であるキリカ。現場で殺人事件があり、二人はそれを解決します。
以来、なにかと事件に巻き込まれ、そのたびにお互いの言葉に触発されて次々と謎を解いていくことになるのです。
キリカは実は養女で、父親が友人から託された子供でした。妹の晴子は、闊達なキリカに羨望を抱えていましたが、神林の一言で救われ、彼を慕うようになります。
映画で共演したことから、望月祐樹という若手俳優が二人にちょっかいを出してくるのですが、神林は彼の二面性に全く気づきません。義母の織田雪江(雪絵だったかも。有名な舞台女優)になにやら複雑な思いをもっているようですが……。
雪江はかつて恋人だった天野と映画を作る活動をしていました。が、若くして天野が亡くなり、二人の間の子供も死産したため、舞台一筋に生きてきたのです。望月芸能の社長から、是非にと請われて結婚していますが、彼に対する愛情はありません。
天野が残したライナーノーツから、友人の大沢(著名な映画監督)は今こそこの作品を映像にしようと考え、ヒロインにキリカを抜擢するのですが、アイドルとしての殻を捨てたくないキリカは躊躇します。神林はそんなキリカに自分らしい行動をしてほしいと突き放しますが……。
大きな筋がきがあるけれど、このシリーズがおもしろいのは、短編としての魅力があるからだと思います。トリックや登場人物、彼らの抱く思いが濃やかに描かれていて、何度ぼろぼろ泣いたかわかりません。
天野が唯一遺した、フィルム。自分と天野の形見である映像を、雪江はある手段で焼いてしまいます。そこには、キリカと雪江が実の親子であることが記されている(天野は死産と偽り、川本にキリカを預けたのです)ため、公開してはならないと咄嗟にとった行動です。
雪江さん、辛くない訳がない。どうにもごまかしようがないと知って、迷う暇はなかったのでしょう。彼女は、キリカを庇ったのです。
でも、キリカにとっては、愛する人の思い出さえも自分のスキャンダルの前には消してしまえる冷酷な人に写った。
迷ったキリカ。祐樹からはプロポーズされますが、返事を保留したままイギリスへ向かいます。
ここから日本に戻るときの話がいいんだなー。アレクセイさんから、「きみは、すごい女優だ」と言われるシーン、何度思い出しても目頭があつくなります。
演じるとは。見る人の心を震わせる演技とは。
わたしは演劇ものが好きなんでしょうね。杜野さんのほかの作品を立ち読みしてみましたが、このシリーズより好きにはなれませんでした。晴子が好みです。

「読書感想文の書かせかた」若林千鶴

2011-08-22 05:04:58 | 総記・図書館学
若林先生、弟子にしてください!
すごーく楽しく読みました。「読書感想文を楽しもう 本と子どもを結ぶ読書感想文の書かせかた」(全国学校図書館協議会)。
感想文は「学習方式の一つ」という主張と、段階を踏んだ指導法が詳しく書いてあります。ひとつひとつ納得できる。
とくにおもしろいのは、転勤してきた学校で、改築の間図書室を音楽室として使うといわれ、準備室を利用して本の貸し出しをすることになるパート。
準備室にはここ数年で買ったと思われる本が段ボールに入ったまま。しかも、書架にあるのはまんが本がメイン。
カバーが外された状態の図書を見て、愕然とする場面も。わかるわかる! 某サービスセンターを利用すると、整備してくれるのですがなぜかカバーを外すのですよね。担当が整備できない場合はしかたないとは思いますが、カバーがないと本は傷むし魅力は半減するのでわたしはカバーの上からラベルを貼ります。
ある学校でカバーだけ別に保管してあったので、かけ直していいかと聞いたら、「分類のラベルが見えなくなる」と反対されたことがありました。でも、上からつけ直すかNDCの場所がはっきり決まっていれば問題ないと思うんですけどねー。
若林先生は、図書委員とともに活動を始めます。読書感想文は本選びから。そのためには学校図書館を魅力的に運営しなければならない。
本を読んだ感想にマーカーを入れ、各自の意見をまとめたものを配布するのもおもしろい。さらに、生徒が選んだ本と感想文から、次のおすすめの一冊を紹介するというのも頭が下がります。コメントを入れるのは青いペンで、というアイディアも、今年からやってみようと思いました。
では、感想文の書かせかた、ちょっと要約してみます。
○読書感想文の基本パターンを例示する
○ワークシートでまとめる(主人公や作品に関わりのある人物、印象に残った出来事、自分自身の変化、発見、これからの生活に生かすこと)
○感想文テーマのしぼりこみ(キーワードになる言葉も提示する)
○提出は夏休み中に
「概念崩し」の授業や、集団読書の手法、原稿用紙の使い方など、非常に懇切丁寧です。参考になる。
原稿用紙について、「改行したときに1字下げという約束を忘れている子どもたちが多い」とおっしゃいます。その理由はメールでのやり取りにあるのではないかと推測されていますが、わたしも段落ごとに1字下げてこの原稿を書いているのですが、ネットではなぜかそれが反映されない……。
読書感想文の季節になると、国語科は大忙しです。それぞれの先生方に指導の仕方があるかと思いますが、原稿の足りない部分を補い、誤字を訂正し構成を整える作業をすることが必要になります。
ただ、特定の数人がコンクールで賞をとる以上に、学習集団の底上げは大切だと思います。ある程度誰でも感想文の体裁をつけることができる。その目標を目指すためにも、若林先生の提言はすばらしい。
県の審査会に何度か行かせてもらいましたが、感想文のポイントのひとつは、本の選定。「よくこんな本でこれだけ書けるなー」という作品もありますが、歓迎はされません。
その点、この本にはブックリストもついています。至れり尽くせり!
あ、ネットからの安易な書き写しへの警告もありました。ルールに則る参考引用はともかく、盗作はダメですよ。

「三つの名前を持つ犬」近藤史恵

2011-08-21 06:17:36 | ミステリ・サスペンス・ホラー
近藤さん、ある意味ウルトラCです!
このところノワールな感じのラストが多かったので、ちょっとびっくりしました。ラスト残りのページがこれだけなのに、ちゃんと終わるのかとドキドキしたんですが(笑)、なんとハッピーエンド。ほんとに? でも、納得できるので、まあいいでしょう。ちょっとお伽話的な面もありますしね。
「三つの名を持つ犬」(徳間書店)。ナナ、ササミ、エル。これがこの犬の名前です。ミックスで、白い毛がふわふわ。首のまわりに襟巻きをしているような感じだそうです。かわいい。犬好きの心を刺激しますね。
エルという犬との生活を描いたブログが人気となり、モデル(元レースクイーン)としての仕事が増えた都。テレビ出演という話も舞い込み、順調に暮らしている毎日でしたが、イベント会社の社長(既婚)と会って帰宅したところ、エルが死んでいたのです。
それは、都がちょっと注意すれば防げたはずの事故。このことが明らかになれば、自分の人気も仕事もなくなる。そう思った都は、エルの死をなんとか隠し通そうとします。
これまで撮りためた写真をアップし、仕事先には最近エルの調子がよくないからとキャンセルし。
でも、このままでなんとかなるはずがないと思いつめているとき、エルにそっくりな犬がいるというメールが届くのです。ホームレスがリヤカーで連れて歩いている、と。
都は、なんとかその犬を自分のものにしたいと思うようになります……。
自分の保身ために人のものを手に入れたいと思った都が、どんどん窮地に立たされていく物語です。そのなかで「償う」ことを考えていく。
中盤から視点が江口という男に変わるので、都自身の考えに直接触れることはできませんが、モデルとしてのキャリアよりも犬を重視したいという思いが、切々と感じられる。
都がどんなことを考えているのかを知らないまま、江口は彼女に引かれていきます。しかし、彼女を恐喝して金を引き出すつもりのグループに目をつけられ……。
実は、ふとしたことから都は自分の愛人を殺してしまうのです。あの日会わなければ、エルは死なずにすんだという思いもあったのかもしれません。事実を隠蔽するために、都のとった行動は死体をフリーザーに隠すこと。そして、なんとか処分しなければと考えているときに、ペット葬儀をしている人と知り合います。
前半で都がどんな窮地に立たされていくかを語り、後半では江口に視点を変えて、彼女がどんな危うい場所にいるかを語る。
江口は親の遺産を使い切り、振り込め詐欺の末端要員として糊口をしのいでいる男。ちょっとした記事から、都の連れている犬が、知り合いのホームレスの犬「ナナ」であることに気づきます。念のためにブログをさかのぼってみると、明らかに「ナナ」と前の犬が入れ代わっているのがわかる。友人と二人で都を恐喝しようとたくらみますが、うまくいきません。
しかし、ナナが江口になついていることを知った都は、彼に心を許していくようになります。彼女に引かれながら、悪事の片棒も担ぎそうになる江口。読んでいる方はハラハラです。
都の潔さと犬への愛情、そして江口の目が覚める瞬間が心地よい作品でした。

「夢を跳ぶ」佐藤真海

2011-08-20 11:17:33 | 芸術・芸能・スポーツ
スポーツ関係の書籍コーナーに気になる本をみつけました。佐藤真海「ラッキーガール」。この方は、パラリンピックの陸上代表で、どうも宮城出身らしい。写真をみるととてもはつらつとしていてチャーミング。
片足を病気のために切断していて、それでも自分を「ラッキーガール」と呼べる強さに心引かれたのですが、まだ借りないままです。
そのかわりというのも変ですが、真海さんの別の本を見つけて買ってみました。「夢を跳ぶ パラリンピック・アスリートの挑戦」(岩波ジュニア新書)
手術で足を失った日のことから、この本は始まります。そして、見開きのページには「今ではこんな笑顔でいられるようになった」という素敵な写真が載っています。
わたしはそれほどスポーツに詳しくないので、真海さんの実績やこの本に登場するアスリートの方のこともあまり知りません。河合純一さんの手記を読んだくらいかな(でも三冊は読んでますよ)
真海さんのプロフィールをみると、ちょうどわたしとは一回り年が違う。わたしが新任のころに教えた子たちと同じ年回りです。
気仙沼から仙台育英に進学。早稲田大学の二年生で骨肉腫を発病。右足の膝下を失い、復学したものの目標も見失って失意の中にいたとき、ディサビリティスポーツと出会い、走幅跳びを始めます。
初参加した国際大会がパラリンピックアテネ大会で、成果は九位。本気でこのスポーツと向き合おうと挑み続けた四年間の記録です。
義足。ただでさえ装着して自由に動かすことは難しいであろうと思います。数年前に義足でマラソンに挑戦する方のエッセイを読んだのですが、足の付け根がすれて痛くなることも多いと聞きました。
スポーツ義足はその本の写真にも載っていましたが、黒い大きな「ノ」の字のよう。かなり細やかな調整が必要だそうです。
そのサポートをしてくれるのが、臼井さん。記憶違いかもしれませんが、前述のマラソンランナーの方のケアをされていた方ともしかして同一人物?(印象が似ているんですが)
真海さんは、大学卒業後サントリーに入社します。北京大会にも出場したいという目標を持った彼女ですが、仕事と両立するのは厳しかったといいます。なにしろ、スポーツ選手として入社したのではないものですからね。
サントリーはスポーツ活動に力を入れてきた会社。真海さんの願いは通じて、仕事と練習とが存分にやれる環境を作ることができてきました。
夢をもち、それを叶えるための熱意がある。真海さんのバイタリティに感心します。
そんな彼女に学校で経験を話してほしいという依頼がきます。「福祉」というテーマで総合的な学習の時間を組むことになった小学校。真海さんの話を聞いたあとは、自分たちのテーマを広げて活動したことがわかります。すごい。バリアフリーとかディサビリティスポーツとか義足装具士についてとか、方向付けるのは中学生でもちょっと苦労するところですからね。
卒業式の日、真海さんを囲む子供たちの笑顔。いいですねー。
そして、わたしが気になったのは、久しぶりに気仙沼に戻った真海さんが、町並みが変わった様子に驚きを感じるところでした。
いや、本文とは関係ないんです。
このとき以上に、きっと現在は町が変わっている。そう思うと、ぎゅっと締め付けられるような気がする。
気仙沼という町。それほど多く訪れたわけではありません。でも、おそらく今は、わたしの知っている町並みではないのでしょう。
真海さんのお母さんが、また素敵なんです。前をむいて歩いていけるように励ましてくれたその言葉が、次はまた誰かの支えになると思います。
「神様はその人が乗り越えられない試練は与えない」

「羽州ものがたり」菅野雪虫

2011-08-19 05:07:36 | YA・児童書
おもしろい。でも、大人としてはちょっと物足りない。
言葉の選択にこの時代のものとは思えないものがあるんですよ。漢語が多すぎる。貞観十五年(873)から元慶三年(879)の羽州という設定なんですが、都ならともかく「腕力」「事情」「組織」「反乱軍」「信用」「交渉」……。「通事」って江戸時代にできた言葉では? 違う?
ま、でも本来なら土地の訛りと都言葉が入り交じるということになっているので、現代の語り部が全部「翻訳」しているものとして読みました。理屈っぽいですが、そのときの言葉にない概念はまだ通用していないとわたしは思っているので。
それから、奥方の桜が、絵巻についてこんなことを言い出すのにも困惑したのですが。
「伝記や戦記、御伽噺、何でもあるわ。(略)都中から探して面白そうなものを買ってきたのよ」
あーのー、売ってないと思います……。
絵巻が売り物になるのはもっとずっと先。平安時代だって印刷なんかできません。自分が楽しむために写本するのです。
この時代、まだかな文字も発達していないはず、基本的に物語は口承ではないかと。しかも伝記?(「史記」の本紀みたいな感じなんでしょうか?)誰のことが書いてあるの? 戦記にしても、まだ武士の世の中ではないので、あるとは思えない。「竹取物語」と同時期に、今では消えてしまった物語たちがあったという解釈にしておきますが、納得がいかないなあ。言葉(文字)によってしか、確立されないものがあるのだというようなことはわかるのですが。
ついでに、このころの十六はもういい歳なので、カラスとも春名丸とも友情以上の関係をもたないムメに疑問を感じます。竹取の翁は、平均寿命からみると三十代だったらしいといいますよ。十六ならもう子供産んでいるはずだってば。
でも、子供むきファンタジーとしては、最高におもしろい。都に焦点が当てられる時代小説が多いなかで、秋田を題材に描く菅野雪虫さんの思いが感じられます。中学時代に読んだら夢中になったと思う。
「羽州ものがたり」(講談社)です。
羽州の村長の娘ムメは、都からきた春名丸を助けますが、一緒にいたカラス(無口で獣のように無骨な少年です)がけがを負ってしまいます。このことで親しくなった三人は、春名丸の父・春風や母の桜に見守られて、楽しい半年を過ごしますが、任期の関わりで離れ離れになる。
次にやってきた城司は冷酷で、村長たちは謀叛を計画。そこでカラスが従うようになったのが盗賊のジオだが、ムメには彼を信じることができず……。
ただ、菅野さんにしては書き込みが足りないんだと思います。あれ? もっとドラマチックでもいいんじゃないのかなと思う場面がいっぱいあった。
まず、隻眼の鷹アキ。この伏線だったらもっとストーリーにからまないと……。それだけ? と肩透かしを感じます。(実際、あらすじをまとめてみても、全く触れずに紹介可能なんですよね)
それに、カラスのことももう少し背景が見えてもいい。いわゆる「山の民」なのでしょうか。なぜ一人で里にいるのか。傷の治りが早いのにも理由はあるのか。
この本の分量としては、人物が多すぎです。いちいちスポットを当てる必要はない。当てるなら、ちゃんと見えるように当ててほしい。成功例としては、ジオの手下のクレかな。この人はいいです。幼少期にムメも春風から武術を習ったという伏線も、後半で見せ場になります。カラスの落とした釣り針の小道具もいい。
いろいろと気になる点は他にもあるのですが、基本的には好きな世界です。だからこそ、言葉認識や社会事象のあからさまな間違いが惜しい。思想としても、現代人が演じる時代劇みたいな感じで、もったいない。
ところで、ムメが水を与えた兵士、「桃生」の人だそうです。ムメは、それが奥州の地名だと知っている。これも……当時の女性としては特殊なのでは。そういえば、春名丸が簡単な地図を書いて、羽州と都と九州(博多だっけ?)の位置関係を伝える場面も……。
ありなんでしょうか、これ。

「人生相談始めました」蒼井上鷹

2011-08-17 20:42:30 | ミステリ・サスペンス・ホラー
蒼井上鷹にはまる直前、仙台の書店で発見し、結局買わないでしまった本です。およそ数ヶ月ぶりにその本屋に行ったのに、売ってない!
愕然として同系列の店に行ったらありました。
で、買った足で古本屋に行ったら、ここでも売っていた……。
まあいいです。早速読みましたとも。「人生相談始めました」(PHP)。
急な階段を上った先にあるバー「モーさんの隠れ家」。マスターの「モーさん」は先代から店を譲り受け、まじめに営業中。
しかし、このところ彼になにやら相談する人が多くなり、さらには友人の稲田がタウン誌の人生相談コーナーをやらないかともちかけてきて……。
モーさんの頼りにするのは、亡くなった父親がメモしていた相談の数々で、これが役にたつようなたたないような……。
「貸したお金を返してもらえず困っています」「子供が何を考えているのか、さっぱり判りません」「カレシがいるのに他にも気になる男の人ができてしまいました」「前の恋人から貰ったものを捨てずに使っていたら、今の恋人と喧嘩になりました」
バーの常連客たちは多種多様な悩みを抱えてやってきます。なかでもわたしが気になる人は二人。銀行員の花園さんと、バーテンダー志望の高津くんです。
花園さんは腰が引くて優しい人。前任者の貸付けを回収しようとして連帯保証人のもとを訪ねますが、彼の夢に共感したところから思いもよらない秘密が……。
その後もいろいろあって再登場となり、ラストにはこれまた重要な役目が与えられます。キミも急いで太るんだっ、とアドバイスしたくなりました。
高津くんは、バーテンダーが駆け落ちしていなくなった補充として雇うつもりだった青年ですが、「黒すぐり」に目がない。たまたま店にやってきたお客さんを見て逃げ出しますが、彼は三年前に家出した自分の息子だと話します。しかし、ここにもある事情が。
キャバクラの女の子にすぐ夢中になってしまう本間くんもなかなかすごい。
そうそう、「レニ」のマスターも出てきます。ただ初代なのか次の人なのかわからないなー。奥さん帰ってくるっていうから二代目かしら。
それにしても、ココ先生を逆恨みしてのやり口はかなり残忍。モーさんは彼の誤解をときますが、一度はそうしようとした人と、また同じように付き合えるなんて、すごいですよね。お互いに……。
始めは客の悩みを聞く立場だったのに、だんだんモーさん自身の悩みも増えてきます。「ネットでデマを流され、迷惑しています」
どんなデマかというと、モーさんの店でドラッグが取引されているという噂。それを調べるために現れた向山多美という女刑事に、新しいアルバイトの野乃はライバル心を刺激されてかモーさんの恋人のふりをし始めます。
多美は電気屋の向山の従妹で、実は彼がドラッグの所持で捕まったと知らせにくるのですが。
そのため、多美は担当を外されたと語り、向山がかつてドラッグをしていたことを告げるのです。
「ずっと昔に。でもとっくにやめたはずでした」
わたしの記憶違いかもしれませんが、身内に犯罪者がいても警察って採用されるんでしたっけ?
かなり歪んだ人格の方も珍しくありませんが、今回は女性陣のアクの強さを感じました。野乃か多美か。モーさん、結構受難です。