くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「あがり」松崎有理

2015-08-30 20:41:32 | 文芸・エンターテイメント
 松崎さんのデビュー作。単行本の装丁が爽やかで素敵なんです。でも、読んだのは文庫。「翼を持つ少女」の後ろにこの文庫の広告が出ていて、「えっ、文庫になってたの!」と衝撃をうけ、さっそく書店に走ったのですが、かなしいかな、確かに創元SF文庫は在庫が少ない……。推理文庫に埋もれる感じで十数冊。そして、「あがり」はありませんでした。
 がっかりして図書館に回ったのですが、なんとそちらにはありました! ブラヴォー!
 
 今まで松崎さんの作品を二冊読んでいますが、今回「あがり」を読むまで、文体を意識したことがありませんでした。そのくらい、仙台の地名とかストーリーとかに目を引かれていたんだと思いますが。
 まず、学生たちは駅に移動する際「大型旅客車両」に乗ります。階段ではなく「昇降機」を使い、お昼は「電磁波調理器」であたためます。
 子どもたちが肉屋で「じゃがいもの小判揚げ」を買ったのが非常においしそうだったので、わたしも今夜は作って食べました。
 
 「ぼくの手のなかでしずかに」が好きなんですが、読んでいると反実仮想の街並みが気になってしかたがない。これは、「水時計」のあたり? この書店は、「T書店」? でも、今はどちらもないし、違うかしら?(携帯電話が他の作品に出てくるので、舞台は現在なのでしょう)
 「ゆきわたり」って、「H」のことかと思ったんだけど、描写からいうと違うみたいだし、他の読者はもうないようなことを書いていました。地図があるけど、わたしは極度の方向音痴でどこだかわからないよ!
 
 ごめんなさい。話を戻します。
 どうやら難病を抱えているらしい数学の研究者。ある老舗書店で、数学に関心のある可愛い女性と知り合います。彼女は、この街に短期研修に来ている図案設計者だそうで、その日から、毎日そのあたりで落ち合って夕食をともにするようになります。
 数学者は、友人に教えられた論文をもとに、夕食のみを食べる減量に取り組むようになるのですが、思わぬ副作用が……。
 不老長寿とは、子孫を残す必要性のないものなのだという思考に、はっとさせられます。

 「幸福の神を追う」は、文庫に新しく加えられた作品で、わたしはこれも好き。実験動物であるシマリスに一目惚れした学生の逃避行です!
 万が一在来種と繁殖してしまったら一大事だと慌てる研究室。それなのにラジオ番組の尋ね人コーナーに情報を求める電話をする学生。携帯着メロ「おらほさきてけさいん」。地下鉄から「遠久新川駅」への乗り換え接続についてはちょっと考えてしまいましたが、これは仙山線ですね。松崎さんは三条や国見に住んでいたことがあるそうなので、これまた親近感がありました。
 
 松崎さんの文章が冴える「へむ」。地下通路に住む「へむ」たちの動きがユーモラスで素敵です。
 この「永遠の転校生」少女がほけかんの女医ですよね。少年はどうなったのか?
 こういうふうに物語はつながっているのでしょうか。「ミクラ」と「蛇足軒」を読み直したいです。

「異人館画廊」谷瑞恵

2015-08-29 19:02:47 | ミステリ・サスペンス・ホラー
 わーい! 「異人館画廊」(集英社オレンジ文庫)シリーズ第三作「幻想庭園と罠のある風景」です。
 恩師に頼まれて図像術の絵をリスト化することにした千景。離島に住むコレクターは、庭園にブリューゲルのモチーフを散りばめたいのだが、何かが足りないと感じている。それは何かと尋ねられるのですが、「イカルス」を題材とした不吉な連想が浮かんで……。
 さらに、その庭園を設計したのは千景の父であることがわかります。彼女は両親と確執があり、そのことで不安定になることを心配する透磨。
 庭園の主であるコレクターには、出来の悪い息子もいて。
 
 ネタバレになってしまいますが、実は庭園は「イカルス」を求めた題材ではないことに千景は気づき、コレクターにそのことを告げます。
 でも、それって婉曲的にいえば、父も千景を疎んじていたわけではないということでは? 穿ちすぎ?
 続きも楽しみです!

全国学力・学習状況調査 国語

2015-08-26 21:27:27 | 〈企画〉
 第一問を見て、愕然とするわたしです。
 まんがの形でスピーチの問題があるのです。発表役の女の子が「さじ」と言ったことで、聴衆の二人は疑問をもちます。
「さじってなんだろう」
 えっ……。
 ということは、出題の方は全国の中学三年生は「さじ」を知らないとお考えなのですね?
 まあ、これが問題というわけではないのですが。(ちなみにうちの五年生の娘も知りませんでした……)

 5月に実施された全国学力・学習状況調査。今日新聞に分析が発表されていました。
 そのテストで高得点を取ることよりも、問題がどのような意図で作られているのかを授業に反映することが必要だと研修で言われたことがあります。
 今回の問題を解いてみて感じたのは、「ある程度著名な文学には触れさせておいてほしい」「比較・対象して自分の意見を持ってほしい」「資料分析と考察の力をつけさせてほしい」というところでしょうか。
 ストレートに出ていたのは「むじな」ですよね。八雲の「怪談」を実際に手にとっている中学生は少ないかもしれません。(「平家物語」に絡めて紹介はしますが)
 ラストの一文がある方がよいかどうか、書く問題としておもしろいと思いました。
 「むじな」の最後の部分は、八雲が付け足した部分だそうです。その効果について自分の考えを書く。(個人的には「ある」方が書きやすいと思います)
 
 その後、「形」と元になった説話を比較する授業をしたのですが、発表を聞くとやはり、対応させて比べるといろいろ新しい発見がありますね。そこに、読み方が反映される。
 中でもなるほどと思ったのは、「説話では羽織とかぶとを譲ったあと、敵が中村はいないと思って戦っている。だから、戦場には『形』を身につけた武者がいない」という意見でした。
 ビジュアル的な読み方だなー、と感心したわけです。わたしは先に読んだ話の残像に引っ張られているせいか、イメージし直していなかったと気づかされました。
 
 まんがも出題されていましたが、「竹取」や「風の又三郎」といった定番といわれる作品を読んでほしいということでしょうね。これまでも「蜘蛛の糸」「ユタとふしぎな仲間たち」などが出題されています。
 思考は言葉によって構築されます。多様な語彙に触れられるように仕掛けていかなければならないと感じました。
 

「ふしぎの国のバード」佐々大河

2015-08-25 05:36:01 | コミック
 山形に行くに当たって、何冊か「予習」をしたうちの一冊。佐々大河「ふしぎの国のバード」(角川書店)。
 イザベラ・バードの「日本紀行」は、かつて友人がおもしろいと言っていたので、まずはまんがから、と読んでみました。
 バードさんって、来日する前も世界を旅していたのですねぇ。
 一巻では残念ながら山形まできていませんが、今はずいぶん失われてしまった日本文化をこうやって記録してもらったことは貴重だったと思います。

 佐々さんがうまいのは、この紀行文のポイントになるところを抜き出すのが、非常に客観的であるということです。
 「日本紀行」は、当然ですが記録者のイザベラ・バードの視点で描かれています。手紙を再録した部分が多いそうで、本来の読者はバードの近親者(後に旅行記の読者であるイギリスの人々も含む)ですよね。
 まんがは、バードという女性を外側から見ています。(まあ、これは紀行文とまんがとの視点の特徴ともいえると思いますが)
 当時の日本の姿に衝撃を受ける彼女の様子を、その先の未来に住む日本人が見ているという構造になるわけです。
 その最も象徴的なものは、日本語の書き文字ではないでしょうか。
 達筆な墨書でバードのわからない言葉を話す日本人たち。いえいえ、彼女のみならず、わたしたち現代日本人の大概には今、読めない字として書かれていると思います。(ただ、わたしも一応崩し文字の勉強をしたことはあるのですが……この表現が例えば伊藤の通訳と対応するように書いてあるかどうかは保証できません)
 バードとともに、わたしたちも「知らない」日本を訪ねることになるのです。

 さらに、「日本紀行」(わたしが読んだのは講談社学芸文庫の上巻)を読んでみると、バードの日記をどのように読んでどのように組み立てているのかがわかってきます。
 なんでもないようなところが、効果的にまんがにされている。確かに、こういう出来事のあとにバードが妹に向けて手紙を書いたのだなと感じるように。

 水車を見て「自動洗米機」があちこちにあると書いていたり、どこに行っても人にじろじろ見られたり、新潟の「流れ灌頂(かんじょう)」や家々の大黒天のお札について記したり、いろいろ興味深いです。
 山形では蔵に泊まったそうですよ。
 

「道徳の時間」呉勝浩

2015-08-24 05:06:18 | ミステリ・サスペンス・ホラー
 「道徳の時間」(講談社)。タイトルが非常に気になります。
 第61回江戸川乱歩賞作品です。
 ビデオジャーナリストの伏見は、妻がかつて世話になった陶芸家の葬儀に出向きます。そこで息子の友希が同級生を殴ってしまい、居合わせた父親(チンピラ風)にからまれます。
 やがて、陶芸家の住んでいた山小屋に、「道徳の時間を始めます。殺したのは誰?」という落書きがあることが発見され、町で横行しているいたずらとの関連が囁かれます。兎を入れたダンボールが車道に置かれていたときには「生物の時間を始めます」、女の子を接着剤のついた鉄棒にぶら下げたときは「体育の時間を始めます」という言葉が残されていた。
 そこに、同じ町で十三年前におきた殺人事件が絡んできます。
 小学校の講話会、三百人の聴衆の前で、教え子だった青年が講師を刺殺。青年は取り調べで黙秘を貫き、「これは道徳の問題なのです」と一言。 伏見は、この事件を映画にしたいという越智という女性を紹介され、カメラマンを引き受けます。撮影するうちに、彼女の隠している意図に気づき……。
 
 選評を読むと、応募作品から結構改稿したことが伝わってきます。
 過去の事件と現在の事件が結びつかないとか、「驚愕というより脱力を誘う殺人の動機の提示」とか、広げた風呂敷をうまく畳めていないとか、審査の先生方のコメントが興味深いです。
 でもまあ、確かにこの動機は? と思わないでもないですが。
 途中で越智の正体の想像はつくのですが、そこを先回りして潰すのはうまいと思いました。
 あと、退職した先生が宮本を褒めて、「教えるのではなく、学ばせる」というのは非常に効果的なフレーズだな、と。わたし自身がそうできているかどうかも振り返ってしまう言葉でした。
 それを新任二年でできるのはすごい。
 だから、宮本のその後の人生には同情してしまいます。大筋とは関係ないですけどね。
 ちなみに、この犯人向の書いた小説を、皆さん読みたいですか? 

「翼を持つ少女」山本弘

2015-08-23 04:24:59 | ミステリ・サスペンス・ホラー
 山本弘といえば、「トンデモ本」。
 そういうイメージが強くて、小説自体は初読みです。「翼を持つ少女 BISビブリオバトル部」(東京創元社)。
 ビブリオバトルでSF?!(山本さんがSF作家であることくらいはわかっているので)
 と思ったら、主人公の片方伏木空がすごいSF好きなのでした。内容的には学園小説ですが、空がなんとか同級生の武人にSFを読ませたい! と思うことも小説の大きな流れです。
 武人の家は造り酒屋で、亡くなった祖父の遺した書庫がある。そこにはSF作品がずらりとそろい……。空にとってはまさに垂涎の的。毎週本を借りにくるのです。
 武人自身は、兄の影響でノンフィクションしか読みません。空のことも、どちらかといえばSFの話ばかりされるのに閉口していたのです。
 そんな二人の交互視点で物語は進みます。だんだん距離が縮まってくるのが楽しい。

 そして、なんといっても部員たちのビブリオバトルぶりがおもしろい! わたしなら武人が選んだ本(ザビーネ・キューグラー「ジャングルの子」)に投票するなー、とか。一本木蛮懐かしい!(でもこのまんがは知らない)とか「クウガ」、見てないけど気になるなーとか、松永和紀「メディア・バイアス」なる本を出していたのね! とか、「バーナード嬢」の一巻を実は探しているんだけど見つからないんだよねとかそういうことを一緒になっておしゃべりしている感覚で読んでいました。

 自分でもビブリオバトルやってみたいなあ、と思わされますよねぇ。わたし、ガイドブック持っているのですが、まだ授業に取り入れたことはないんです。
 山本さん、「トンデモ本」を紹介されているくらいですから、もともとブックトークはお好きなんでしょうね。
 それから、若い世代にSFがなかなか定着しないことを嘆いてらっしゃいますが、それはなんかわかる気がします。わたしも、ブログのカテゴリーに「SF」って設定していないですよね……。
 前半読んだ段階で、早くも続編が読みたくなりました。わたしは個人的には他校の加治木くんが素敵だと思いました。ジョン・ハンター「小学四年生の『世界平和』」も読みたい!(翻訳が苦手なわたしにしては二作も読みたくなるなんて珍しいですよ)

「新潮日本文学アルバム 斎藤茂吉」

2015-08-22 13:04:51 | 近代文学
 新潮日本文学アルバムといえば、わたしが高校生のころから図書館には定番といわれるシリーズ。わたしも川端の無表情で犬を抱っこする写真を始め、文士のみなさんの素顔をたびたびこの本から見せていただきました。
 しかし、こんなに一冊を熟読したのは初めてです! そのくらい魅力に溢れているのです!
 
 茂吉本を読むようになって、まず最初に茂太さんの「回想の父茂吉 母輝子」を読んでおいてよかったなぁ、と思いました。
 嵐山光三郎の「文人悪食」もこの本を種にしていますし、茂太さんが父の留学した地を巡った写真が、こちらの文学アルバムに紹介されています。
 年表で見てきたことが厚みをもつというか。これまで断片的に捉えてきたことがぴったり収まったというか。
 なぜ茂吉は斎藤病院の跡取りとして上京したのか。
 わたしはずっと、成績が優秀だったためだと思っていたのですが、実は血縁もあった。茂吉の母と斎藤紀一の父はいとこで、茂吉はこの方から凧絵を習っていたそうです。
 また、近くの和尚さんも茂吉を後継者にと、習字や学問の手ほどきをしてくれたとか。
 少年時代の茂吉はすっきりとした顔立ちで、結構どこのクラスにいても違和感のない感じがします。
 漱石も映っている集合写真もありました!(英語を教わったようです)
 伊藤左千夫や島木赤彦、土屋文明……たくさんの文士が登場します。
 若い頃から文壇の中心にいた人なのだなと感じました。

 衝撃を受けたのは、昭和二十六年の文学勲章伝達式の写真です。光田健輔、柳田国男、西川正治、武者小路実篤、初代中村吉右衛門。
 著名文学者が三人叙勲していることにも驚きましたが、光田健輔がこの年に受けていたとは……。(ハンセン病関係の本を読むとよく出てきます)
 わたしにとって、茂吉は「ひげ」のイメージが強いのですが、この本を見ているとひげがない時期もよくあることに驚きます。
 とてもおもしろい一冊でした。

「ほそ道密命行」田牧大和

2015-08-19 04:59:53 | 時代小説
 山形路を行くのだから、と芭蕉ものを借りて来たんですが、なんとこの「ほそ道密命行」(徳間書店)、松島で終わっている!
 でもまあ、「おくのほそ道」好きなんで、旅行から帰って読んでみました。
 しかしこうやってみると、わたしって地元びいきすぎますよね。「おくのほそ道」関連の本(ダンボールひとつ分くらいある)仙台から松島までの旅程は繰り返し読んできたのに、深川から福島、北陸方面はさっぱりです。
 この物語は、芭蕉を曾良が守っていく構成です。いわゆる「芭蕉隠密説」なのかなと思っていたのですが、それを逆手にとった感じ。
 わたしは田牧さんの本を結構読んできたと思うんですが、入り込むのに時間がかかりました。
 水戸と柳沢が敵対しているのはわかります。曾良が吉川神道の始祖・惟足から芭蕉の様子をさぐれと潜り込んまされたのも、本来の目的よりも芭蕉の人柄にひかれているのも納得です。
 芭蕉庵を出たは杉風の斡旋で家移りしますが、注文した矢立てを取りに行った曾良が賊に追われ芭蕉と離れ離れに。そのとき行きあった船頭の働きで事なきを得ますが、旅の先々でこの男と何度も出会うことになり……。
 わたし、権謀術数は苦手なのかもしれません。敵だと思われる集団が三つあると、どこが手を結んでいるのか、本当に味方はどれなのかが混乱してきます。

 この前、英語の先生が「息子に時代小説を勧められて読んだけど、時代考証とか漢字用語がさっぱり分からなくてすすまない!」と言ってたんですよね。
 それはわたしが外国ものを読む時と同じ、(人物紹介を見直さないとわからない)という話をしたんですが、背景がわからないと流れもつかみづらいと感じました。
 それにしても、梅丸(犬)の正体(!)が衝撃的でした。えー、わたしはその展開好きになれないな。しかも、最終決戦の場が瑞巌寺って、ここの襖絵が非常に好きなわたしにはやっぱりちょっと残念な感じがします。

 ところで、宝島社のムック「入門松尾芭蕉 おくのほそ道」も買ったのです。
 訪れたばかりの封人の家を見てみたら、尿前の関とセットになってました。結構距離はあると思うんですが。でも、句とのかかわりがあるからしかたないのかな。
 また、芭蕉隠密説を裏付ける根拠として、なんと宮城と岩手では現地で詠まれた句がない(作品にあるのはすべて後日つけ加えられたもの)なのだというんですよ。本当に!?
 山寺芭蕉記念館では、実際には松島のことを詠んだ句「島々や千々に砕きて夏の海」があるけど、「おくのほそ道」には採用されなかったと書いてありましたよ。(この出典も知りたいところです)
 「おくのほそ道」ますます奥が深いですね。
 

新潮文庫解説目録 その2

2015-08-18 19:52:33 | 〈企画〉
 ベスト10の続き。
 佐藤多佳子「サマータイム」。少女小説のみずみずしさが随所に出ていてすごく好きです。
 杉浦日向子「百物語」。この作品の圧倒的な存在感。わたしは新潮社の単行本(三巻本)で持っているのですが、江戸の空気とか人々の息づかいが感じられて、非常に引きつけられるのです。わたしは説話とか掌編が好きなので、繰り返し読んでしまいます。
 三浦哲郎「白夜を旅する人々」。この作品に巡り会えたことは、わたしにとって幸せなことでした。模試で出題されたんですよ。読みたくてリクエストしたんですが、やっと大学図書館で借りられました。卒論も書いたので、自分で持っている文庫は付箋と書き込みがびっしりです。れんが好き。全体を包む寂しさと優しさが魅力だと思います。
 宮部みゆき「火車」。謎に迫っていく大きな波のような流れがいい。このラストに不満を感じる人もいると聞きましたが、これは追い求めてきたターゲットがやっと顔を見せるところで終わるのがポイントだと思うのです。官報を探る妻の様子に衝撃をうけるシーンは忘れられません。
 山口淑子・藤原作弥「李香蘭 私の半生」。戦時中の満洲のことを知りたくて。李香蘭という存在の大きさや、彼女を取り巻く人々の姿に非常に緊迫した思いを感じました。特に日本人であるという証明をしなければならない場面。その後、渡辺はま子のCDを買って、歌も覚えましたよ。

 本当は二十冊選んだのですが、ちょっと多すぎるので絞りました。
 以前、百冊選んで「新潮文庫の百冊 わたし版」をしたことがあるのですが(なんて暇なんだろうと思ったでしょ?)、この目録でみるとわたしが好きなあの作品がもうないよ! と衝撃を受けることが。
 井上夢人の「ダレカガナカニイル……」は絶版なの? 三浦さんの文庫は「白夜」と「ユタ」と「忍ぶ川」の三冊のみ? 「退屈姫君伝」と「退屈姫君 海を渡る」だけしかないけど、間の作品読まないと人物のからみがわからないんでは?
 文庫も移り変わり早いんですね。
 松本修「どんくさいおかんがキレるみたいな 方言が標準語になるまで」を読んでみたいです。

新潮文庫解説目録

2015-08-17 23:13:47 | 〈企画〉
 今年、新潮文庫は創刊百年だそうですね。文庫解説目録もグラビアで特集していました。
 大正三年からのベストセラーが紹介されていて、初期は「はつ恋」「ハムレット」、昭和三十年「野菊の墓」「悲しみよ こんにちは」、四十年代は「点と線」「塩狩峠」、その後「かもめのジョナサン」とか「砂の女」「剣客商売」、平成に入って「羊たちの沈黙」、「レベル7」、「沈まぬ太陽」「博士の愛した数式」「ソロモンの偽証」と続きます。
 先日、芥川賞にかかわる本を読んだためか、受賞作品がよく読まれていた時代からどんどん取り上げられている作品のジャンルがエンターテインメント的になってきているなと感じました。
 
 試しに、この目録にある作品で自分がどれくらい読んだことがあるか数えてみました。(出版社は別でも作品を読んだことがあればカウント。「屍鬼」などの連巻は一冊としますが、「剣客商売」などは分冊)
 およそ三百冊。うち、厳選十冊をあげてみます。

 嵐山光三郎「文人悪食」。語り口がおもしろいんです。啄木とか谷崎とか、普段のイメージとは全く違う文豪たちの姿に新鮮な感動を覚えます。
 岩村暢子「普通の家族がいちばん怖い」。食生活をリサーチしていく中で家庭の主婦たちの意識が変遷していく姿に笑ってしまいますが、読み進むうちにその要素が自分の中にあることに気づいて愕然。
 上橋菜穂子「狐笛のかなた」。布教用に文庫本を持っているほど好きなんです。が、新潮についての文章でこんなこというのもなんですが、単行本が好き。どこの図書室にも入れてきました。そして、おすすめの本を聞かれるたびにプッシュしてきました。
 川端康成「掌の小説」。高校時代に文芸部の先輩に勧められました。川端はこういう感覚的なショートショートがうまいんですよ。「ありがとう」とか「竜宮の乙姫」とか「心中」とか、忘れられません。
 川津幸子「100文字レシピ」。ハンディでかつおいしい。手軽に挑戦できるのも楽しいです。このシリーズがすごく好きで、出る度に買ってしまいます。
 続きます。