くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「ぐるぐる猿と歌う鳥」加納朋子

2012-02-29 21:20:26 | YA・児童書
予備知識なしで物語を味わいたいから、人物紹介のページはとばして最後に読んだんです。
そしたら。
「土田冬馬 前の席のデ……/いや、横にでかい同級生」
ツボにはまってしまい、けらけら笑ってしまいました。委員会の集合待ちだったため、生徒に変な目で見られちゃったよ。
加納朋子「ぐるぐる猿と歌う鳥」(講談社)。章題では、後者に「ハミングバード」とふりがながついています。
東京から北九州にやってきた「おれ」(高見森←シンと読む)は、深夜不思議な口笛を聞きます。社宅の屋根に登って、夜の散歩を楽しんでいるらしい少年と、もう一人、心配そうに見つめる小柄な少年。森も同じように屋根に上がり、近づきます。
この野性的な少年が「パック」、小柄なのは「ココちゃん」です。ココちゃんは森の隣に住んでいて、おとなしくて賢い。「心」と書いてやっぱり「シン」と読むのです。
さらに男五人兄弟の竹ちゃん(竹本篤樹)、弟「ギザ十」(哲巳)、以下拓海、直己、陽樹(「あさたなは」には理由あり)外見はお嬢さまなのに方言がきつい十時あや(苗字はトトキと読みます)が加わり、
ある「いたずら」をする物語です。
タイトルの「ぐるぐる猿と歌う鳥」は、トタンの屋根に描かれた落書き。猿を描いた先輩から、「おれ」はあることを引き継がれることになるのですが。
物語の中心は、「パック」の謎でしょう。「真夏の夜の夢」からのネーミングかな。明るさの中に潜む一条の孤独を感じました。パック自身はそれをおくびにも出さないのでしょうが。
もうひとつは、「おれ」の記憶に残る「パンダ公園のあや」は「十時あや」なのか。さらに、ココちゃんが抱える苦悩やら、「佐藤くん」との一件やら、小さな秘密がたくさんあるのですが、これを整理してわかりやすく見せてくれるパックの力が見せ所ですね。
平屋の社宅、トタン屋根、グミの木、といったところから考えると、この物語の舞台は昭和五十年代くらいではないかと思います。「新幹線」や「戦隊ヒーロー」はもうあるので、加納さんの世代をイメージしているのかもしれません。(北九州で育ったそうですし)
方言もいいですよ。「ランドセルからい」(背負いなさい)とか「きなせん」(道路のセンターライン)とか。「~ちゃ」は「~だっちゃ」とは違うといってますが、それは仙台方言かも。わたしも学生時代に九州の方でも「~ちゃ」というと聞いて驚いたものです。
この本に登場する台詞で比較してみると、「食えるっちゃ」「すっぱいっちゃ」は同じように言いますが(アクセントは違う可能性大ですが)、「ストップっちゃ」とか「へんな言葉遣っとーっちゃねー」とか言いませんね。ここで「へんな言葉」扱いされる「ナイショだっちゃ」の方がわたしにとっては自然かも。
とっても楽しかった。森のような活発さは、今はなかなかお目にかかれないかもしれませんね。
現在は大人になったであろうパックから、いろいろと話を聞いてみたいような気がします。

「龍-RON-」結局漫画文庫を買いました。

2012-02-28 20:24:00 | コミック
今、頭の中は「龍-RON-」でいっぱいです。
その後、二十五巻と二十八巻以降をなんとか入手せねばと古本屋を探しまわったのですが、やっぱりないですねぇ……。行くたびに違う本をつい買ってしまう。「獣医ドリトル」六巻までと、「カラフル」と「ドリームバスター」と……。
先日、古川の書店で会計を終えたわたしに、夫が
「二十一巻で完結してる」と、漫画文庫を示すではないですかっ。
ええ、買いましたよ。十五巻から二十一巻まで。でも、十四と十八が欠けているのです。ううう……。気長に探します。
馬賊になるというイメージが強かったので、なんだか道教のお寺に修行に行ったのには驚きました。
ていが撮影する映画の内容にもびっくり。女性監督だから、しっとりした作品にするのかと思っていたんですが、なんと冒険活劇!
その主人公を演じる雲龍が、子供ながらひねくれていて、わたしは日影さんが気の毒でならない……。
龍とていの娘の和華と、スタジオに閉じ込められる場面、とてもはらはらしました。
印象的なのは、鳳花の死の部分ですね。執拗に命を狙う□徳豊。龍は彼を親友と呼び、その言葉に□は涙をこぼすのです。
順番が前後して申し訳ないんですが、小鈴がとても哀れでした。卓磨との心のすれ違いが。龍が自分との思い出を忘れてしまったこともショックでしょうが、ていから彼が生存している事実を打ち明けられなかったこともかなりつらいように感じます。
ストーリーから離れて、当時の事情をある程度知っている人から見れば、田鶴ていという女優さんは、スキャンダルを起こしながらもカムバック。そして、単身満洲(まんがでは「満州」ですが)に渡り、現地に住む中国人と結婚。その後映画監督に、というプロフィールに見えるのでしょうか。
これから二人がどうなるのか、それが気になって気になって、一気にラストまで読みました。思ったよりアッサリ……と感じたんですが。
これが、すさまじいほどに脳裏に焼き付くのですよね。ふと、映画のカットバックのように、あのエンディングが浮かびあがる。成功した雲龍が自分の映像に涙する場面、小鈴のもとに和華の息子(展開からいうと父親はインドの方なんでしょうね)が訪ねてくる場面、龍の消息を知る文龍、ロケットセンターの科学者として働く冬馬、そして、寄り添う二人の影。
とても、記憶に残る演出だと思います。
この前、ブータン国王が訪日し、自分の中の「龍」について話したというエピソードを思い出しました。様々な場面に「龍」がちりばめられていると思ってはいましたが、ここにも、ですね。
人類が生んだ星。科学の力を、今度は平和に利用することなのかもしれません。(原爆との対比ですね)
思うに龍の人生は、次々に襲う苦難との戦いの道であるようにも思われます。ほんの一場面として描かれていますが、ダライ・ラマに随行したり。チベットも戦禍がひどかったでしょうし。
近くの本屋では全く漫画文庫も売っておらず、悲嘆に暮れるわたしです。早く全巻読んですっきりしたい。
わたしがこの作品と出会ったのは、ていが女学校の友達に竃掃除の様子を見られる場面です(「灰かぶり=シンデレラ」ってことですかね)。おそらく二十年くらい前。ずっと読みたいと思いながらも、余りの長編ぶりに怖じけづいていたのですが、でも、買った甲斐がありました。コミックスと文庫まぜこぜですが。
まあ、わかってはいたことですが、装丁や版型が違っても気にはしませんね。
わたしは「愛書家」ではないんだと思います。

「虹の家のアリス」加納朋子

2012-02-27 21:49:35 | ミステリ・サスペンス・ホラー
家はその人のことを写す鏡なんだそうです。うーむ、わたし片付けが苦手なので、相当比較対象がよろしくないような気が。加納さんは奇麗好きなんでしょうね。
「虹の家のアリス」(文藝春秋)です。シリーズ二作め。可憐な助手だった安梨沙が、ちゃっかりした一面を見せていく。自転車操業だった仁木探偵事務所も、徐々に安定しそう、かな?
彼女のバックボーンがわかるにつれて、人間関係なども考えさせられます。
相手が自分をどう見るか。それによって理想的な人物像をあてはめられる。物分かりがよくて、賢い安梨沙には、それが苦しいながらもむげにはできないのでしょう。家を出たことで、それが変わっていく。
ラストで自分の本当の気持ちを仁木に伝える場面が印象的でした。その前に、世界が「不思議の国」のように見えるという部分もあり、その小説を読み返してみても、「チロ」という白い犬は重要な役割のようですよ。
「猫の家のアリス」の、ABC殺人事件に見立てたネット犯罪の話がおもしろかった。獣医の遠山先生が素敵です。十匹以上の猫を飼うのは大変そうですね。
ミセス・ハートをはじめとした奥様たちや、仁木の息子と娘の背景も紹介されて、世間が広くなったような気がします。
優しかった英一郎がなぜひねくれてしまったのか、とか気になることはまだあるのですが、ひょっこり続編が出たりしませんかね?
単行本は、横井司氏による作品論と、加納さんへのインタビューが収録されています。それによると、「螺旋階段」のテーマは「夫婦」、「虹の家」のテーマは「家族」だとか。
図書館のはしごをして、結構加納さんの本を収集してきました。古本屋にもまわりましたよ。とりあえず在庫は六冊。さあ、読むぞー。

「ルルとララのレシピカードブック」あんびるやすこ

2012-02-22 22:26:10 | 工業・家庭
あんびるやすこ「ルルとララのレシピカードブック」(岩崎書店)。すごいかぁいらしーので、買ってしまいました。
「ルルとララ」のシリーズ、読んだことはないのですが、「二代目魔女のハーブティー」なら読みました。おもしろかった。音楽家の両親の公演について旅暮らしをしていた女の子が、魔女の家に受け入れられるまでが描かれています。一生懸命な主人公に感激。「ルルとララ」も読んでみますね。
そこに載っているレシピを再録したというカードブック。女の子たちはこれを切り離してクッキングするのですね。
そういう造りなので、シール綴じ製本です。そのうちばらばらになるかも。でも、自分が中学生だったころ、お菓子のレシピを夢中で写したことを思い出したので、つい。当時は調理機具も持ってなかったのに、なぜあれほど集中したのでしょう。
ただ、今思うのは、きちんとした説明を手書きで写すのは、自分にとってかなりプラスだったということです。手軽にコピーしたりパソコン打ちしたりはできない。レシピというのは、順序に従って作業手順を示すわけですから、詳しく客観的に書いてある。
少しずつ頭にしみこませながら書き付けることで、文を書くという下地ができたようにも思います。
それに、イメージしたことをものによっては立体的に再現できるんですよね。オレンジジュースとヨーグルトをシェイクしたドリンクとか作ったなあ。
今、なかなか子供に料理をさせる機会はないように思います。うちの子もホットケーキとクッキーの種は作れるけど焼けない。こういう本から憧れの気持ちが生まれて、調理につながっていくといいですよね。
何を隠そう、もう一年以上前に買ったんですが、このごろ娘がよく見るようになってきたので、ちょっと楽しみにしています。

「螺旋階段のアリス」加納朋子

2012-02-21 22:27:50 | ミステリ・サスペンス・ホラー
最近の小中学生で、「不思議の国のアリス」をきちんと読んだという子は珍しいかも。
全体的に名作と呼ばれる本の出版点数は引く、学校図書館の本は古い。そして、一応在庫のある本を入荷するのは珍しいのです。てっきりあると思っていたのにないってこともざらですけどね。
アニメーションのリライトなら読んだという向きもありますが、加納さんはものすごく読みこんでいるのですね。わたしはなにしろ小学生向きの文学全集で読んだきり。もっぱら安梨沙と仁木の会話の身内的な親しさを楽しませていただきました。
「螺旋階段のアリス」(文藝春秋)です。続編が早く読みたーい。
職場では順調に出世をしていたであろう仁木さんは、会社の転職募集企画に申し込みます。一念発起して、「私立探偵」になろうと決めたのです。
しかし、依頼者は本当に来るのか。机でうとうとしたところに、うら若き乙女が猫とともに現れて、パートタイムの探偵になりたいと言い出す。
二人で日常の謎を解いていく物語で、わたしはこういう趣向、大好きなのです。
旦那さんの遺した貸し金庫の鍵。浮気を疑われる妻の行動。鍵のかかった地下倉庫で鳴り続ける電話。他愛のないお使いを頼む奥さんの真意は? そして、探偵なのに、ベビーシッター? 等々、こういうこと、実際にあるかもと思わせる展開がおもしろい。
ちょっとした事件の謎解きもいいのですが、安梨沙や仁木の家庭環境が徐々に明らかにされていくことが興味深いです。
どう見ても高校生くらいなのに、「二十歳は過ぎている」とか「結婚して二年」とか「離婚した」とか言う安梨沙。父がブランドものの子供服会社の社長らしいことと、存在感のある猫を飼っていること、そして、とても綺麗好きで、お茶をいれるのが抜群にうまいこと。仁木にわかるのはそのくらいでしょうか。
会社を辞めて探偵になり、安梨沙と事件に向き合ううちに、仁木は自分の家族についても考えることが多くなったようです。
また、この物語は、お人形として育った女の子の自立もテーマのひとつのように思います。彼女の思惑を、周囲の男たちが誤解するのもまたなんとも、作為的ですよね。

「龍-RON-」二十七巻まで

2012-02-20 20:21:12 | コミック
二十七巻まで読みました。ただ、龍とていの再会を描いたと思われる二十五巻がない! 消化不良です。
ていと所帯をもつと決めた龍ですが、紆余曲折あってなかなかうまくいかないのです。大道芸をしたり砂金探しをしたり飛行機の会社に関わったり。
ていはていで人気女優さんになってしまう。そのなかでスキャンダラスなことを新聞に書き立てられたことが原因で、出演の機会が閉ざされることになります。
誰か一人だけを愛する訳ではなく、同じようにほかの人に心を引かれることもある。龍は幼なじみの小鈴、ていは映画関係者に慕わしい気持ちを抱く場面があるのですが、二人の心は深くつながっている感じがします。
それが顕著なのは、龍が記憶を失い、中国をさまようところでしょうか。混沌とした靄の向こうに、ていの姿が浮かぶことがある。このとき龍は自らを「ロン」と名乗り、中国語で話しています。なにしろ母親は中国人ですし外見的にも支障ないのでしょう。
それでも、ていの名や、必死に父に呼びかける声が耳に残っているのですね。
また、ていはニュース映画で龍の姿を見て、生きている希望をつなぎます。しかし、それは一方では苦しみでもある。彼がもう生存していないなら、自分も命を絶つことを選ぶのに、と独白する部分、とても胸が痛い。
鳳花の正体はある程度予想がついたのですが、その生い立ちはやはり酷でしたね。でも、わたしはツァオくんが好きなの……。
紅龍の組織は、非情なんだと感じます。それはこの二人だけではなく、紅子にしてもそう。
紅子と一磨との関係は、恋愛というより「同士」的な意味合いを強く感じます。一磨も紅子も、お互いの素性を知っていて隠していた。秘宝は公開されるべきでないという考えは、たしかにその通り。
さて、幾度も繰り返し描かれるていの演出力。映画監督として活動することになるのでせうか。わたしは演劇ものが好きなんですよね。ドラマに情熱を傾ける人々の姿が素敵です。
村上さん自身も、演出を大切にされているように思いました。ドラマチックなコマ割り。見開きで印象的なのは、ある公園での龍とていのすれ違い。鯉を見るていの側を、通り過ぎる龍。気配を感じて振り返るてい。すごいなあ。
残りの巻をどこで入手するべきなのか。古本屋のあてがない……。
記憶喪失の龍が、高級な家をあてがわれた場面も印象に残ります。連れの少年は気後れしてか床でしか眠れないのに、彼は非常に堂々としている。そういう生活が身についているように。
うーむ、一泊十二万円するロイヤルスイートの部屋を見学する機会があったのですが、そんな豪勢なところに泊まれるのは彼のようなブルジョアジーなのかしら。

「龍-RON-」村上もとか 四巻まで

2012-02-18 16:58:15 | コミック
物語とは、やはり「試練」を描くものですね。村上もとか「龍-RON-」(小学館)。いつか通しで読みたいと思っていたので、非常に満足しながら読んでおります。
今まだ四巻までしか読んでいませんが、古本屋で二十七巻までは買いました。(でも一冊欠け)
聞くと四十冊近くあるとか……。入手できるのかしら。
主人公の押小路龍が、「武専」に入学するところからストーリーは始まります。名家の跡取り息子に生まれながら、龍は将来は武道家になりたいと思っている。
そこで教師を務める内藤から、卑劣な剣だと言われた龍ですが……。
なぜタイトルが「RON」なのか。それは彼の出生の秘密と関わり、武道の天才的な能力もそこに起因する。衝撃を受けた龍ですが、それを肯定している。その姿を見て朝鮮人の男の子が心を開く。
わたしは、この作品を雑誌連載(父がもらってきた)で知ったのですが、もうその頃「てい」という女性との恋が周囲の反対から結実せずに苦悩する場面だったために、このあたりを読んでいないのですよー。
お坊ちゃん育ちで磊落な彼は、困難に合いながらも粘り強く立ち向かう。友情に篤く、いつしか同級生のリーダーとなっていきます。
突きという得意技をもちながら気が弱くていつも逃げることを考えている石川。頼れる友人黒川は、郷里の富豪から援助を受けて入学。冷静で技術の高い高階とのライバル関係もいいですね。
彼らと激しい稽古を繰り返しますが、先輩からの嫌がらせめいたしごきに弱音を吐く者も多い。龍は食事をおごったり家から出て下宿に一緒に入ったり。へこたれそうな友人たちも、そんな彼に励まされながら頑張りますが、龍はあることから柔道の四年生百鬼(なりき)から目をつけられます。
この苛酷な一年間がみっちりと描かれるのですが、進級して先輩というしがらみがなくなると「ていの日記」であっという間に上級生になってしまう(笑)。
男爵家の跡取りでもある龍の周りには、様々な力をもった人々が集まります。
印象的だったのは、特高の刑事が「安重根」について語る場面でしょうか。
安重根のお墓が市内にあるので。それから、ちょうど同じ日に春日ゆら「先生と僕」③を読んだら、伊藤博文の暗殺事件に関する漱石の思いが書かれていたことも。
そのほかには、「獣医ドリトル」(三巻まで)とか「図書館の主」②とか、「OZ」の完全収録版に書き下ろされた短編とかを読みました。井上きみどり「わたしたちの震災物語」についても、いろいろと考えることがあったのですが、それはまた日を改めて。

「新しい道徳」藤原和博

2012-02-17 05:27:22 | 社会科学・教育
公立高校の出願日。待ち時間にこの本を読んでいました。藤原和博「新しい道徳」。
ちくまプリマー新書はいつもおもしろい。全部読んでるわけではないけど。この本も、読みはじめたらするすると納得しながら読んでしまいました。
道徳って、いろんなアプローチがあると思うんです。副読本を使うのが一般的だけど、グループワークをしたりエンカウンターをしたり。授業検討会をしても、A先生は書くことを重視(自分と向き合うため)し、B先生は書けない子もいるんだからとにかく話し合いが大事という。以前、アサーショントレーニングの授業をしたのに、「葛藤させるように」と講評があったのには驚きました。なんでもディベートに持ち込もうとする方もいるんですね。
藤原先生といえば、「よのなか」。わたしも日本語についての単行本を持っています。
民間人校長として赴任した中学校で、「よのなか」理論をどう推し進めたかが具体的に書かれますが、突き詰めると、学校教育には「情報編集力」が必要とされるということが伝わってきます。
「情報編集力」とは何か。対比されるのは「情報処理力」(正解を競う。頭の回転の速さが勝負)です。社会との関係性の中での対応力、正解ではなく「納得解」が求められ、蓄積してきた知識、経験、技術のすべてを動員して自分にとって納得できる答を探していく。
だから、また詰め込み教育にシフトチェンジするのは間違いだというんですね。学力とか教育とかの話題になるとフィンランドのことが紹介されることが多いですが、こちらは総合的な学習によって向上が見られた例なんですって。
一年生から計画的にこの手法を学習し、自主的な勉強の態度を醸成する。「正解が一つではないテーマ」を考えていく訳ですね。
「ハンバーガー店をどこに出店すれば儲かる店になるか」
「自転車放置問題はどうすれば解決するか」
「誰にも迷惑をかけない自殺だったら許されるのか」
紹介されているエンカウンターも、「いままでの人生とこれからのイメージを人生曲線に描き、苦しかったことや嬉しかったことを含め、重要なエポックを振り返る」
「『風が吹けば桶屋が儲かる』式の推論エンジンを鍛えるために、現代版の『風が吹けば桶屋が儲かる』をいくつも書き出してみる」なんて、ユニークでやってみたいような作業ではないですか。
失敗談を語るのもおもしろそう。作文のマナーを練習し、「失敗」を活き活きと語る素材として振り返るのだそうです。
卒業試験もあって、「ハンバーガーの価格は、これから上がると思うか? 下がると思うか? その理由とともに記せ」(30~100字、約三分)というような自分の意見を書く問題を十二問出題するそうです。
そのほかにも、いじめの問題やジェンダー、新しいものと古いものなどの考察があり、目から鱗です。
「国語」のテストって、単なる知識の確認になってしまってはいけないなと、このごろよく考えるのです。ある程度は致し方ないけれど、クイズと変わらない出題が多いのは嫌だな。
これも「情報編集力」を考える一つの手がかりにしてみたいと思います。「思考停止状態」は、やっぱり解除しなきゃね!

「はやく名探偵になりたい」東川篤哉

2012-02-15 23:17:05 | ミステリ・サスペンス・ホラー
烏賊川市を舞台に、探偵鵜飼杜夫と助手の流平の活躍(?)を描く短編集「はやく名探偵になりたい」(光文社)です。
カバーのよしもとよしともの絵が絶妙!
ここに紹介されているキャラクターの大半が「犯人」なのは確信犯でしょうか。少なくともビーグル犬のモモは意味ありげですよね。
わたしは「七つのビールケースの問題」で、流平がヤッターマンのようにトラックにすがりつくシーンが忘れられません。
なんというか、東川さんの文章はコミカルで、情景が目に浮かぶ。
それにしても、「名探偵になりたい」のは、誰? 流平? 鵜飼は自分のことをそんなふうには言わないような気がするんで。(もう名探偵だと思っていそう)あ、「妖怪人間」?
まあ、どの話も脱力的に笑えるのですが、やっぱりワインに酔った「マーくん」とお友達の「アイちゃん」が印象深いです。
今回は朱美さんの出番はないんですね。
鵜飼さんの犬好きには共感。わたしも滅多に触れず、寂しい思いをしているので、チャンスがあるときにはなでまわしてしまいますねー。ただ、なかなか機会はない。
本屋では東川さんの本、平積みになっていますね。うーん、烏賊川市シリーズよりも学園ものの方がおもしろいかな。どうも、わたしにとって「ユーモアミステリー」って学生が主人公のようなイメージが強いようです。岬兄悟とか?(タイトルなんだっけ) せい子と宙太郎?(作者誰だっけ) コバルト育ちだからでしょうか。
でも、「ディナーのあとで」がブームになることを考えると、大人も好きなんですよね、このジャンル。

「とっておき名短篇」北村薫・宮部みゆき編

2012-02-14 05:46:08 | 文芸・エンターテイメント
「山頂の広場の太鼓が鳴りやむと、太陽や月は永久に光を失ってしまうため、族長の一家は絶えず交替で太陽を叩き続けていた」
見えてしまう。この村の風景と、族長の一族の姿が。背後で重低音のように流れる太鼓のリズム。これだけの文でしかないのに、彼らが背負う宿命が。
もしかすると、太鼓をやめてしまっても、太陽も月も変わりなく輝いているかもしれない。昼も夜も、規則正しく鳴らされていく太鼓。連綿と続いてきた、その一族の最後の一人……。
そんなイマジネーションを一瞬にして脳裏に浮かび上がらせるのですよね。すごい実力!
飯田茂実「一文物語集」の一節です。こういう作品が108話!(やっぱり煩悩の数なんでしょうか……)
「月からかかってきた呼出電話なのだから、こんなに何時間もただ泣いていたのでは通話料金がかさんで破産してしまうとわかっているのだけれど、十数年間忘れられずにいた恋人の声をいつまでも聴いていたくて、どうしても受話器を置けずにいる」
「城の地下室に設置してある城の模型を揺すってみると、たちどころに足もとの床がぐらぐら揺れるとわかって面白くなった王子は、次に模型を足で踏みつぶしてみた」
「その生き物は闇をこねて造るしかなく、朝が来るといつも未完成のまま溶け消えてしまう」
「一枚ごとに日時と場所を記録しながら、二千万枚をめざして、都会のビルの窓ガラスをパチンコで割っている」
もうこの文たちのためだけにでも買う価値はあると思うんです。北村薫・宮部みゆき編「とっておき名短篇」(ちくま文庫)。
前半は軽くさくさくと読めます。既読の作品もあるんですが、巻末対談でまた違う見方が堪能できるのが楽しい。
「酒井妙子のリボン」、単行本で読んだときはすうっと読み流したのに、実はこの話者は「中村雅楽シリーズ」の中心人物竹野記者であることが明かされ、なんか複雑な気分。
持ってるんですよ文庫! でも、一話しか読んでいない……。
実録ものが二本続けて入っていますが、わたしには読みづらかった。清張と大岡昇平なんですが。
「悪魔」(岡田睦)もインパクトあります。小学三年生担任の若い木本先生が、庄田くんという男の子に掻き回される、というか。たしかにこれは「あくま!」だな、と。ちょっと救いのない話ですね。
同僚が意地悪く腕をつねるシーンが印象的です。
でも、もっとも衝撃的な作品は、最後の「異形」でしょう。これを、北杜夫が描いたんですよね。ひょえー。「楡家の人びと」途中で挫折したよわたしは。
一人秋の山に登る喬は、山小屋で「花岡」と名乗る人物と出会います。「山高」の生徒で、数日前まで「松高の寮」にいたというんですね。
シニカルな花岡の態度に不穏なものを感じる喬ですが、な、なんと……。
きょーれつです。ぜひ読んでください。でも好みじゃなくても怒んないでね(笑)。