くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「精神科へ行こう!」大原広軌+藤臣柊子

2010-01-31 05:58:52 | 哲学・人生相談
おお、この人は、「大原さんちのダンナさん」ではないですか! と、購入してみました。「精神科へ行こう!」大原広軌・藤臣柊子(文春文庫プラス。
かつてプロポーズを了承したあとにこの本を渡されて、自分の決断を早まったかと後悔する由軌子さんの様子を読んだので、二重におもしろかった。そりゃ引くわーとも思ってしまいました。
だって飲尿するし(すぐやめたそうですが。彼を誘ったのはもしやみーやんか?)酒飲んで症状をごまかそうとするし。
パニックの症状が辛いのはよくわかるのですが、由軌子さんの書く広軌さんとこの本の著者である広軌さんに差異があるように感じて、そこが不思議でした。 ん? もしかして、藤臣柊子の書くキャラと由軌子さんの書くキャラが違うのかな。人から見た印象がこんなに違うものなのかと思うくらいですが。
藤臣さんは、ライターと組んでのお仕事の多い方ですが、以前青柳由美子さんとのコンビで出た「俺さま私さまってやつは」も、青柳さんのパートの方がおもしろかったので、何もわざわざ組にしなくともいいのになーと思ったり。
今、「大原さんちのダンナさん」(文春文庫)をすごく読み返したいのですが、しまいこんでしまって見当たりません……。でも、とっても楽しい家庭生活を現在過ごされているようなので、パニックディスオーダーで苦しい思いをしたあとに明るい未来がやってくることを読者に伝えているように思います。
風邪を引いたとき病院に行くように、心が病気になったときには精神科に行こう。わかりやすい主張、独自の文体がおもしろいですね。

「デルフィニア戦記画集」茅田砂胡+沖麻実也

2010-01-30 06:14:29 | 芸術・芸能・スポーツ
外伝「ポーラの休日」が収録されているのです。それを読みたいがために買ったといって過言でない「デルフィニア戦記画集」(中央公論新社)。茅田砂胡+沖麻実也。四千円近くしました。とっても麗しいです。
しかし! 本編を読んでからもうはや四年以上経っているため、細かい設定を忘れてしまっています! 読んでいるうちに、関係性は思い出すのですよ。アランナとナシアスとか。うわー、シャーミアン! 好きだったよ!
で、シャーミアンとイヴンの仲が進展しないことを歯痒く思ったポーラとアランナが、「惚れ薬」を入手すべく魔法街に繰り出す物語です。そこでトラブルに巻き込まれ、例によってシェラは女装、敵のアジトに乗り込む面々。
楽しく読んだのですが、結局シャーミアンてどうやってイヴンと結ばれたんだっけ? というようなことを思い出せないのです……。
沖さんの華麗なイラスト、茅田さんのインタビューなど、内容も盛り沢山で、設定資料や用語事典もついています。
「暁の天使たち」や「クラッシュ・ブレイズ」を読んでいる立場からいうと、沖さん書き下ろしの「男性版リィ」のイラストは腑に落ちる感じがしますね。
とにかく今のリィたちもこの時代のことは背負っているんだなと思わされつつ。
茅田さんの心の中に、かなり長い時間、金銀黒(リィ・シェラ・ルゥ)がいたんだな、ということも伝わってきます。
とにかく、もう一度読もうかと思うくらい。
「デルフィニア」は抜かりなくうちの図書室に入れてありますので、ゆっくり読み返そうかな。

「トリックのある部屋」松田道弘

2010-01-29 05:37:51 | 芸術・芸能・スポーツ
やっぱりいいですよー、松田道弘! 古本屋で発見したトリックとミステリの名作を紹介した本、「トリックのある部屋 私のミステリ案内」(講談社文庫)を読みました。
たいへん残念なことに、今松田さんの本を入手するのは結構困難ではないかと思います。この十年でなんとか三冊読んだのですが……。奇術にまつわる本のコーナーを丹念に探すしかないですかねぇ。
で、この本は松田さんがトリックという視点から紹介するミステリ案内です。巻末に索引がついているので数えてみますと、八十冊あまりの書名があげられていました。五十音順なので「アクロイド殺し」で始まり、「われはロボット」で終わります。ミステリのほかにも、SF作品もありましたね。
松田さんはこのリストには絶版になった例も多いのではないかと記していますが、それから早二十五年、その中で生き残るのは古典といわれる作品でございましょう。
印象に残るものとして、「宇宙戦争」「メアリー・カンスタブルの手形」そして、チェスタトンの短編が読みたくなりました。
ホロウェイ・ホームの「老人」は、「名短篇、ここにあり」に紹介されていたエピソードが! (「あしたの夕刊」です)
普通の読書案内と違い、トリックに焦点をあてているわけですから、頭の体操のような問題も多数取り上げられています。
「もしかりに旅客機がアメリカとカナダの国境線の真上に墜落したとしたら、生存者はどちらの国に埋葬されるでしょうか」なんてーのが。

いかさまをした男に腹を立てて退席した紳士に、同じ賭場にいた人が、
「イカサマにたよるのは、きまってゲームのへたな連中です。うまいプレーヤーはイカサマをやらなくても勝てます。イカサマ師はイカサマの成果を過大評価していて、イカサマで勝った以上に負けているのに気づいていないのです」というエピソードが、なんだかおもしろいですね。
アガサ・クリスティが書いた脚本を忠実に描いた映画「情婦」を見てみたいな。
松田さんはこの邦題もよろしくないとお考えのようです。原作「検察側の証人」(「アガサ・クリスティ探偵名作集7 果物いっぱい、日曜日」収録 各務三郎訳 岩崎書店)を読んでみました。
子供むきの装丁なのですが、物語を手軽に味わうには悪くないと思います。なるほど、これはやられる! オーストリアの女優に乾杯です。そして、読後になんとも言えない深淵のようなものが浮き上がってくるのがすごい。
読書案内ですが、トリックメインのため、疑問をきれいにといてくださる松田さんです。でも、オチを聞いても読んでみたいんだよなー。
とりあえず、「われはロボット」を借りてみました。

「こちら北国、山の中」三上亜希子

2010-01-28 05:41:40 | エッセイ・ルポルタージュ
兼業農家の長女に生まれたので、小学生の時分から手伝わされてきました。出荷していたのは米とレタス。レタスをセロファンのシートで包むなんか得意中の得意です。
今後レタスをご購入の際には、どのような包み方をしているかご覧ください。お弁当を包むときのように、まず上下を折り込んでから、左右をとめますね。そのとめ方に注目です。
中にはテープでとめたりだんご結びにしている人もいるでしょう。しかし、わたしは言いたい。左右の部分をまとめてくるくるとねじり、あいた隙間に差し込むのが美しいと!

そんな訳で、岩手の農家に嫁いだもと都会っ子のアキさん(三上亜希子さん)の日記「農家の嫁の事件簿 こちら北国、山の中」(小学館)を楽しく読みました。
実は今現在も農家の嫁ではあるのですが……。
わたしはあまり手伝いをしていないな、と肩身の狭いような気がしてなりません。
アキさんは、そりゃまめに仕事をして、さらにその記録をかわいいイラストとともにブログに書きこんでいるのです。カメラ画像さえも送れないわたしとは雲泥の差!
さらに季節の山菜を中心にしたメニューまで写真入りで解説されています。
さらりと読めますが、その背後には手間と時間が充分にかかっていることを知っているので、感心させられました。
ほだ木の種埋めもしたなあー。でも、遠い昔のことなので、臭かったかどうかは覚えていません。田植えも足をとられて大変だよね。腰は痛いし。苗床を洗うのばっかりやってましたよ。
そうそう、じゃがいもは長靴で種芋を植える場所をはかるんだよね。さもない板を畝たての物差しにている、というのもよくわかります。
釜津田という場所は岩手の北の方だそうですが、宮城と似ている部分もあれば、はー、そうなんだーと思わされる部分もあり、おもしろく読めました。

北森鴻

2010-01-27 05:35:34 | 〈企画〉
北森鴻が。
ショックです……。

自分の好きな作家が亡くなるのはとても辛いですね。先日の多島さんの失踪もそうだったけど、北森さんはまだ若いのに……。香奈里屋の工藤さんが香奈さんを助ける物語がいつか読めるものと思っていただけに、ショックが大きいです。
「メイン・ディッシュ」や「孔雀狂想曲」のようなコメディ、民俗学の豊富な知識を堪能する那智先生のシリーズ(狐目の男のエピソードが読みたかったっ!)、旗師冬狐堂、京都裏ミステリー案内等、いろいろな物語を紡いできた北森さん。
作中に出てくるお料理のおいしそうなこと。そして、真似して作ってみたいと思わされること、比類なしでした。
グルテンの天ぷらや根菜のスープ煮、アルコール度数の違うビール、桜飯、次から次に饗されるメニューと、品のいいミステリが大好きなのに……。
いちばん好きなのは、「香奈里屋」のシリーズだと思います。岩手で萬鉄五郎にまつわる謎を解いたこともありましたね。ハートウォーミングでありつつも、結構シビアな工藤さん。バーテンダーの彼との関わりもよくて、わたしも一緒に店にいて、ゆっくりと時間を過ごしているような。

「蜻蛉始末」のような本格的時代もの、「メビウス・レター」のトリッキーな展開、本当に引き出しの多い方で、新刊の発売が楽しみでした……。
まだ読んでいない作品が何点かあります。でも、もう有限なんだなあ。
すごくすごく残念です。ううう……。

※ ここまで何も見ないで書いたので、間違いがあったらすみません……。

「走っけろメロス」ほか

2010-01-26 05:26:28 | 〈企画〉
その後冷静に考えたら、前田塁「小説の設計図」(青土社。全文「メロス」みたいな調子なら買うのになあ)と、久世番子の漫画で「メロス」のキャッチコピーを考えるというテーマの作品があることも、思い出しました。何の本だったかなー。「番線」? 探したんだけどみつからない……。
そうそう、「東北怪談の旅」には一部創作も交じっているという噂を聞きました。あの話もそう? 地元の昔話を調べてみたところ、共通したものは結構あるようではあるのですが。

では、「走っけろ(はっけろ、と読みます)メロス」について。鎌田紳□さんが津軽弁で語る「メロス」です。CDブック(未知谷)。
書き出しは、「メロスはうっておごった」。
車でずーっと聞いていたのですが、津軽の昔話のような不思議な感覚がある。
最近三回も音読したので、原文とのクロスオーバーがあり、鎌田さんがどのように捉えて方言に直しているのかが感じられてとても楽しかったのです。
「友」は「けやぐ」、「おくれてはならぬ」は「おぐいればまね」、「やんぬるかな」は「しかだねえ」。「ああ、待ってらびょん」ってのもすごいな。
いちばん好きなのはフィロストラトスです~。
「もう、まねごせ。むだであれし。走っけるのァ、やめでけへ。もう、あの方ば助けるごとァ出来ねのし」
「ああ、あんだはおせがった。うらみすじゃ。ほんのわんつか、もうちょっとごま、はえくてあれば!」
なんて言うんだよ。ふはははは。
最初は「邪知暴虐」とか「嘲笑」とかの漢語を意訳してくれないかな、と思ったんだけど、二度三度と聞くうちにこれはこれでいいんだな、と感じるようになりました。太宰の持ち味を殺さないようにうつしかえている。津軽弁のリズムでメロスが走っていく様子を存分に伝えています。
トラックが一つしかないので、おもしろい部分を抽出して聞かせられないのが残念です。
「魚服記」も収録されているのですが、こちらは未読なので音声でどのくらい捉えられるのか試しています。全体を把握できたら原文を読む予定。津軽弁から入る太宰文学!(笑) なんかパラドックスを感じるのでは、と期待して。
普通、文学好きの人は、青年期に太宰にかぶれるものですが、わたしはいっこうにそんなことはなく。かえって「人間失格」を読んで「確かに失格だよなあ。最初から裏切られる前提で、誰のことも信じてないしなあ」と考えていたものですので、知らない話がいっぱいある。
ただ今回「メロス」を音読してみて、やっぱり音声言語にむいた文章だと感じました。句読点に注意して読むといきいきした表現が効果的なのがわかるのです。計算された文章で、ものすごくうまい。
わたしは「メロス」が好きではなくて、自分のことを「真の勇者」とか「わたしだからできたのだよ」とか自画自賛していてそれはどうなのかとずっと思っていたのですよ。こんなことを言うのは、エセ勇者としか思えないでしょ。でも、この物語は、そんな英雄気取りの男が、約束を果たすために努力して「真の勇者」になる過程を描いたものだと今は思います。

「オディールの騎士」茅田砂胡

2010-01-25 05:40:00 | ファンタジー
また誘拐です。
でもおもしろかった。シリーズがしばらくお休みになるそうで、総まとめのような意味もあるのでしょうね。今までのエッセンスがちょこちょこ出てきたり、さらにその前のあれやこれやを思いおこさせるくすぐりもあって、楽しく読みました。
やっぱりケリーはいいよぉ。今回は久々にダンも出てきて、そのつながりにしみじみしました。
「オディールの騎士」(Cノベル)です。前回バカンスを約束したケリーとジャスミンは、惑星バラムンディで過ごしています。ジャスミンにケリーが水着を見立てていたことが、思わぬ誤解を産んで、とあるトラブルに巻き込まれていくのですが……。
自分を表現するとはどういうことか。子供を所有物としか見ない親は虐待をしているのと同じ。助けてほしいときに救いを求めることができるのはまず自分。
そんなたくさんのメッセージが詰まった物語でした。
茅田さんははじめ、ダンの物語として構成を練ったそうですが、やっぱりケリーの物語であるように感じます。例によって、文明の中で技術を失っていく人間たちや、人脈で彼らの身分の高さが知れる水戸黄門的部分が現れ、ジンジャーが現れ、金銀狼につながり、というパターンなのですが、これまでほどは気になりません。パーティーで幻の酒について求める場面はどうかと思ったけど。
「ダンは嘆息した。(略)連邦警察に追われ、連邦軍に追われながら、互角以上に渡り合って決して捕まらなかった。海賊王と呼ばれたその人は、ダンにとって絶対の英雄だった」というあたりは非常にぞくぞくいたします。
今回はヴァレンタイン卿が実は恐ろしい人だということもわかり(笑)、にやにやのうちに幕、という感じです。
実年齢ということを考えると困惑することがあるのも気にはなりますが。(この点で考えると、いちばんまっとうな人はダンですよね……)
長く生きる彼らは、実世界では幽霊のようなものなのです。宇宙生活者としての位置しか表明はできません。でも、実際にはかなり優遇されるポジションにあります。やっぱり「水戸黄門」っぽいよなーと思わないでもないですが、新たなシリーズが帰ってきたときにまた魅力的であってほしいと思っています。
オディールのビフォーアフターが見たかったような気もするなー。

熊谷達也講演会

2010-01-24 06:15:33 | 〈企画〉
感想文は「悪の根源」なんだってよ!
読書のあとには苦しいことが待っている。そう思うと本を自発的に読む子は減ってしまうのではないか。いっそのこと、「あらすじ」を書かせるようにしてはどうだろう。あらすじを書くことで頭の中が整理されてくるし、書く内容もひとりひとり違う。これはもう不思議なことに、同じ本を読んでいても、共感を覚えたり感動したりする部分はみんな違うのだから。
ってーようなことを熊谷さんは言ってました。でも、わたしは読書感想文には思いいれがあるので、これからもやめるつもりはありません。書くことを通して思考する手段やツールはいろいろなものがあっていい。読み比べたり(まわし読みをしてコメントをつけます)清書したりするなかで、自分の考えを伝える方策を探ることが大事だから。
それにしても、驚きました。熊谷さんが中学校で数学の教員をしていたのは知っていたのですが……どうも一年ほど同じ管内にいたらしいので。ということは、あの人やあの人と知り合いなのか? と思いながら帰ってきました。
熊谷達也講演会。「書物の力、物語の力-読書体験がもたらすもの-」という演題でした。熊谷さん自身は読書体験をすばらしいものと特別視して捉えない方がいいのではないか、というご意見。ただ、読書をすることは頭の中でイメージ化するために、想像力が高まる。人間は視覚に頼る動物だけど、活字によって再構築することは大きい。また、文脈を読み取る力も、生きる力、支える力として機能するということを、ご自身の体験に照らして語ってくださいました。
熊谷さんが高校時代夢中になったのは、バイク・ハードロック・本だそうで。で、それは今でも好きなものとして大切な存在。だけど、急に好きになった訳ではなく、素地があるそうです。いちばん影響をうけたのは、小さい頃にお母さんが話してくれた昔話。このあたりの話、「マイ・ホームタウン」を思い出しました。お父さんは高校の先生だったそうです。(そういえば、あの作品のお父さんは、インテリっぽかったなー)
小さい頃に自分で紙を切って表紙をつけて、本を作る遊びに凝っていたんだとか。そんなふうに「幸福な読書体験」をしていたとは思えないほど、現在は資料読みが読書時間の八割にもなってしまい、仕事にしてしまった苦しみを味わっているとのことです(笑)。
読書をすることでしか得られない楽しさを感じさせるために、大人にできることは環境を整えること。そして、大人自身が読書を楽しむことではないか、というお話でした。

バンドを始めたから髪を伸ばしはじめた。まずはかたちから、というような話術も楽しかったですよ。
ただ、熊谷さんの考え方は商業ベースに乗った本としての捉えの部分が大きいようにも感じました。図書室のディスプレイなども、公共施設より「売れている本屋さん」を参考にするべきでは、とのこと。
前半にあったパネルディスカッションを含め、いろいろと考えさせられました。
ふと、わたし自身は本を読むときに映像化もするけれど、それよりも音声として受け取っている部分が大きいのではないかと思ったり。

「伝説のプラモ屋」田宮俊作

2010-01-23 06:22:09 | 工業・家庭
ほんとうは昨年中に読み終わるはずだったのですが。
「朝読書用」の本として選定してしまったため、冬休みで一時中断していました。持って帰ってもよかったんだけど、これが短時間に読むのにいいんですよ。教室向きなので、あえてそのまま。買ってからかなり長い間放っておいたので、これはお蔵入りかと思ったこともあるのですが、「田宮模型の仕事」がとってもおもしろかったことを思うとやっぱり諦める訳にはいかず、教室で読み始めたら、いい具合に読めました。
短いエピソードが連ねてあるので、五分十分という区切りには最適。田宮俊作氏の語りがまたいいのです。
「伝説のプラモ屋 田宮模型を作った人々」(文春文庫)。教材模型を作っていた静岡の小さな工事が、世界の「タミヤ」として躍進していく様を、関わった人々のエピソードとともに綴る一冊です。
なんといっても冒頭の、奥様の話がすばらしいのです。危うく泣きそうになったではないですか。一家を支えてきたお母さんが亡くなり、俊作さんは結婚することになります。新妻である奥様が、弟たちの母がわりとしてサポートしていくのです。「母がいたから、父は仕事に専念できた。そして私は、彼女がいるから、ずっとタミヤと模型のことだけを考えていられる」
この文にこめられた万感の思い。いいですね。

タミヤが世界に進出していく過程で関わってきたたくさんの「職人」たち。起死回生を狙ったパンサー戦車を発売するために取材し、金型をとり、パッケージを作り、一方ではセールスに走り、ファンサービスを行い……という一つ一つに、関わってくる人がたくさんいるのですね。
金型というと、星野博美さんがお父さんについて書いた「100円の重み」を思い出します。寸分の狂いも許されない、職人の腕の確かさを求められる世界。そして、初期のパンサー戦車の金型が、社員の手によって発見された、というのもほほえましいです。
タミヤに関わってきた人々のことを、なるべくたくさん紹介したいというこの本ですが、購買層の嗜好が変化していくなかでどう展開していくかということが今後の課題のようです。
活字から離れ、作る喜びからも遠ざかりつつある若者。ちまたに出回るコピー商品。「便利は不便の始まり」と考える俊作さんは、出来上がりを待つときめきも失おうとする現在から未来に向けてを考えています。模型文化をどう伝えるのか。
わたし自身はプラモデルには興味ないのですが、やっぱりすぐに既製品を求める風潮には抵抗があります。たくさんの人々が支えている文化、時代とともに変遷するのはしかたないのですが、やはり残さなくてはならないものがあると思います。
B29の模型は作りたくないという部分を読んだときふと思ったのですが、今の中学生は「ビーにじゅうきゅう」と読む子が多い。これからは戦争を知らない世代が、戦争のことを伝えていかなければならないのですね。そして、時間をかけて作り上げていく喜びも、大切にしたいと思いました。

「謎の転倒犬」柴田よしき

2010-01-22 05:52:09 | ミステリ・サスペンス・ホラー
「謎の転倒犬」だってよ! なんじゃそら?
そう思った方も多いことでしょう。柴田よしきが創元クライムクラブから出した単行本のタイトルです。副題は、「石狩くんと㈱魔泉洞」。
いやまあ、この妙ちくりんなタイトルを見たら、すかさず「謎の転校生」を思い出すのが人情というもの。(そうでもない?)
もくじにはこんなタイトルがずらりと。「時をかける熟女」「まぼろしのパンフレンド」「狙われた学割」「七セットふたたび」。うわあ、そういう意図でございましたか、とさっそく読みはじめた次第です。
主人公の石狩くんは、就職活動がままならない大学生。マスコミ志望だけど、どこにもひっかからない。でも借金があるのでバイトをすることになり、ある新築ビルの絨毯をひく仕事をすることになります。重い絨毯をたるみなくしくのは重労働。なんでもさる占い師のアドバイスによって、急遽直すことにしたのだとか。
徹夜明けの石狩くん、町で件の占い師摩耶優麗(まやゆうれ)と知り合います。しかも、自分の借金の原因が、パソコンとデジカメとスーツを買ったことからだということを初対面なのに指摘される。さらに、8時に魔泉洞(占いの館です。株式会社化している)に来るように言われます。はじめは行かないつもりだったのですが、バイト代を盗まれてしまい……。
こういうどたばたコメディ、好きですね。柴田さんは作品ごとに明暗がかなり異なるのですが、これはかなり明るい方。ハナちゃんシリーズより明るい。
なし崩しに魔泉洞に入社した石狩くんですが、この会社には謎がいっぱい。人気占い師摩耶優麗の年齢は? 経歴は? そして会社の総務部長兼経理部長兼金庫番兼ご意見番兼参謀兼ボディガードでもある宇佐美儀一郎との関係は?
さらに宇佐美から「十勝くん」と呼ばれるようになり、転職の機会を探るも優麗からは、その性格はマスコミに向いてないと一蹴。
コミカルな中にもひやりとした深淵が覗くこともあり、とてもおもしろい。
占いとはカウンセリングであり、人間観察である。服装や持ち物が、その人のことを雄弁に語る。魔泉洞で働くうちにそんなことに気づいていく石狩くん。優麗は占い師であると同時に名探偵でもあるのです。でも、推理の結論を示すと劇的に衝撃を与えるものの、種を明かすと、そんなことかと思うことが多いのだとか。
うーん、これはホームズを意識してます?
ところで、124ページに「それ依頼、その占い師とは手を切ったらしいの」って……。「以来」ですよね?