くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「けさくしゃ」畠中恵

2013-04-30 05:41:24 | 時代小説
 主人公は柳亭種彦。「偽紫田舎源氏」の戯作者です。
 まだそんな売れっ子になる以前、戯作を書き始めた頃の物語ということになっております。畠中恵「けさくしゃ」(新潮社)。
 種彦は二百俵取りの旗本で、本名は高屋彦四郎知久。愛妻勝子とともにのんきに暮らしていました。そこにやってきたのが、版元として身をたてたいと考えた絵草紙屋山青堂。さる狂歌の連で種彦が披露した「猫又の謎解き」が的を射ていたことから、戯作を書いてもらえないかと頼みに来たのです。
 そこに同行してきた手代の長介は、思い合った娘と団子屋をするから店を辞めるつもりらしい。七両で繁華な場所に団子屋を開けるわけはない、騙されてはいないかと種彦が言い出して大騒ぎ。
 多少の齟齬はあっても、戯作が真実を言い当てることがある。種彦は、事件の中心になるものをそうやって考えていくようになります。
 文箱に入った和歌から子どもの父親を推理したり、謎の覆面作家について考えたり。種彦や勝子がその覆面作家と誤解されててんやわんやの騒動があったり。大阪の版元ともめたり、女形の殺人事件の犯人として芝居にかけられて非常に迷惑を被ったりもします。
 わたしが好きなのは、覆面作家として活躍しながらも今後作品を世に問えなくなった直子です。旗本石川伊織の妻としては戯作者にはなれない。それでも物語を作らずにはいられない。そんな直子のために、種彦は勝子や山青堂とともに戯作の会をやろうと提案します。今の文芸サークルでしょうか。
 書かずにはいられないその想いとか、なにごともないところから設定を組み立てていくのが好きなところとか、親近感があります。種彦は現実にあったことをもとにして作るタイプだから、ある事件をもとに合作しようとするあたり、おもしろかった。
 なにしろ中間の善太が悪者と対峙したあとひらりと塀に飛び乗ると言い出して、善太本人を慌てさせます。それに感化された種彦の語りも思いもよらない方向へ……。
 この善太が、格好いいんですよ。どうも秘密がありそうだと訝る種彦。
 畠中作品はほんのりしていていいなあ。 

「私にふさわしいホテル」柚木麻子

2013-04-29 05:18:48 | 文芸・エンターテイメント
 た、確かに「木」が四つも入っています。柚木麻子「私にふさわしいホテル」(扶桑社)。
 仙台の書店で見て気になっていたのですが、このたび地元図書館で見つけました。
 デビュー作を同時受賞したのが、元アイドル島田かれんだったために全くスポットが当たらず、単行本すら出してもらえない中島加代子。年に一度、文豪が愛したという「山の上ホテル」に宿泊して原稿を書いています。もちろん自腹。
 そこに大学の先輩遠藤(大手出版社の編集)が現れ、加代子の作品にあれこれ言ったあげく、ちょうどこの上の階に売れっ子の東十条宗典が缶詰めになっていると話します。
 東十条の原稿が落ちれば、遠藤に預けている自分の作品が文芸誌に載るはず!
 そう考えた加代子は、メイドに変装して彼の部屋に出向いていきます。
 とにかく破天荒な加代子と、振り回される周囲の人々がおもしろくてたまらない。筆頭は東十条ですが、文壇のドンファンとまで呼ばれる彼がどんどん加代子にしてやられ、サンタの格好をさせられるわ文学賞の審査員を欠席するはめになるわ。でも、冷え切った家庭は加代子によって回復し、作品も若い頃のみずみずしさを取り戻すんです。
 この様子を見ていると、ラストで自分が完全に引き立て役だった島田かれんを映画の「ヒロイン」に抜擢するのは、実はいい話なのかと思ったりもしたんですが。
 やられた。
 こいつは一筋縄ではいきませんね。読解力のない人間には「ヒロイン」だと思われてしまうという登場人物についての話が印象的です。「『吸血鬼カーミラ』の姫川亜弓級の演技力がない限り、美弥子を主役にするのは難しい」は的確すぎる!
 かつてわたしも、遠藤周作の「最後のキリシタン」を読んだときに、主人公は信仰を貫いた男の方ではないのではないかと指摘されたことがあります。(高校生の頃なので細部は忘れていますが……)
 ここでかれんと比べられるのは、冴木裕美子。加代子の親友で、劇団員として活動してきたのだそうです。
 ここにはほんの数行しか登場しませんが、読み終わったらぜひ第一話を読み返してくださいね。遠藤先輩が忘れられないといった、シャンパンのコルクで割れてしまった壺事件、割ったのは裕美子です。で、加代子の小説に出てくるサークルの広告塔、ミス・キャンパスも彼女ではないかとわたしは思うんです。(劇団「てんや☆わんや」の稽古場にもいますよ)
 作中には宮木あや子とか島本理生も出てきますが、いちばんいい役なのは朝井リョウでしょう。この日、新聞広告に柚木さんの新刊が紹介されていて、朝井リョウがコメントしていたんですが、仲良しなんでしょうかね。
 加代子のペンネームを、わたしはなかなか覚えられなかったんですが、作家としてよりはその人間性に惹かれるものがあるのかも。
 

「ナガサレール イエタテール」ニコ ニコルソン

2013-04-28 05:18:39 | コミック
 地元ものは大好きなんですが、読み切れるのかちょっと不安でした。表紙を見た感じでは絵に特徴があって、どうも苦手のような。
 ニコさんの出身は県南の山元町。東日本大震災で家が被災し、お母さんとおばあさんに連絡がつかなくなります。津波にさらわれそうになりながら、タンスに捕まって踏みとどまり、二階で震えながら一夜を過ごしたとのこと。避難所におじさんが迎えにいき、川崎の家で過ごすようになりますが、おばあさんはどうしても家に帰りたいといって聞きません。
 家を立て直したいと考えますが、実はリフォームしかできないことも判明。ほりごたつをつけたいとか居間を残したいとか話しているうちに、お母さんの癌が発見されます。
 波乱万丈ですね。突然お母さんが、別れた夫(ニコさんの父)は外国人と再婚したのでハーフの弟がいると言い出したのにもびっくりしました。
 このお母さん、娘に名前で呼ばせていたそうです。うーん、結構呼び方って大きいと思うんですよ。思春期だと普段「ママ」なんて呼んでいても隠そうとする場合が多い。最近はそうでもなくなってきているかもしれませんが。(このごろ中学生男子でも自分のことを名前で呼ぶ子が増えています……)
 震災後まもなく、情報収集するニコさんが見つけたのは、中学生のツイッターでした。テレビ番組は録画できているのかとか、明日は部活ないらしいとか意外とのんきなことが書いてあったそうです。うーん、なんかわかります。なかなか切羽詰まらないというか(笑)。
 周囲は大変なんですけど、彼らはどうしてもしてもらう立場のことが多い。家を建てる当事者になったニコさんの実感と似ているかもしれないと思いました。

「母性」湊かなえ

2013-04-27 19:04:43 | ミステリ・サスペンス・ホラー
 昨日、生徒に休日の過ごし方を訊かれたんです。
「うーん、子どもと遊んだり本を読んだり……」
「子どもとどんな遊びをするんですか」
 そこで、ふと気づいてしまいました。同じ部屋にいるけど、遊んではいないな……と。大体わたしは何か読んでいて、子どもは二人で話しているかゲーム。し、しまった。母として駄目じゃん!
 だもんで、夜は娘を抱きしめて寝ましたよ。
 湊かなえ「母性」(新潮社)。湊さんの小説を読んでいるととても嫌な気持ちになるのに、なぜか次から次へと読んでしまう。しかも、今回は珍しくハッピーエンドで後味悪くないのに、それが不満なんて、どうなのか。
 二階の窓から転落した女子高生。事故か自殺か。発見した母親のコメントは、「愛能う限り、大切に育ててきた娘がこんなことになるなんて信じられません」
 その記事を読んだ若い英語の教師は、この事件に興味をもち、前任高でその子を教えていたという同僚の国語教師を誘って、居酒屋に向かいます。
 もう途中からこの人が何者なのかは予想がつくのですが、なにしろ湊さんだし、そのあとどんでん返しがあるものと思って読んでいたんですけどね。
 「夜行観覧車」のときもそうでしたが、母親と娘では同じものを見ていても解釈が違うんですよね。でも、二人ともいわゆるツンデレで、相手には愛してほしいと思っている。どちらもおばあちゃんが大好き。周囲を見る目も同じなんですけどね。でも、思ったようには人は動かない。
 全体をリルケの詩が彩り、母親になってもなお自分の母を求めてやまない女性と、その娘の手記が交互に描かれます。リルケを好きだったのは、妻の母親。彼女こそ自分の理想の女性だと思った田所も、根本的なところでは亡くなったおばあちゃんを慕っていたのかも、と思ってしまいます。
 彰子さんのオルグの話が興味深いですね。読者は絶対騙されていると分かるんですよ。でも、読み進めると、田所のお母さんも水晶玉を買わされていることが分かる。
 ところでわたし、最近十時前に眠くなる毎日で、朦朧とした中で読んでいるために伏線を飛ばしてしまったのでしょうか。娘の名前が最後になって明かされるのは、何か意味があるのでしたかね?
 ワインの瓶と二時間ドラマの話は、ちょっとおもしろかった。

「心を整える。」その2

2013-04-24 05:06:36 | 芸術・芸能・スポーツ
 本を読むとき、補助知識が必要になります。例えば長谷部さんのプロフィールやサッカーの海外リーグ、チームメイトはどんな人なのか、そういうこと。でも、わからないままでもあんまり影響はないというか。
 きっと分かる人にとっては、この本、さらにおもしろいんだと思います。文章の向こうに見える景色が、わたしとはまるで異なるような気が。
 わたしもこれまで、スポーツ選手の書いた(語った)本は結構読みました。サッカーであれば澤さんの本も二冊。ライターの方の構成による部分は大きいと思います。もちろん、選手個人の魅力が上回るのですけど。
 で、この本のように「生き方」を説く本は少なくありません。でも、他の本とは違うものがある。
 「読書は自分の考えを進化させてくれる」「読書ノートをつける」が非常におもしろかった。ここに登場する本を集めてフェアができますよ。本田宗一郎、斎藤茂太、松下幸之助、姜尚中、太宰治、沢木耕太郎……。二十代男性でそこまで読む人は、読書家といえるのでは。しかも、現在はドイツに住んでいて。さらにニーチェに孔子ですよ。「直にして礼なければ、すなわち絞す」なんて、目を向ける人初めて見ました。
 ミスチルの曲ベスト10とかも書いてあって、普通の自己啓発本とはひと味違います。(ついでに言っておくと、挙げられた曲でわたしは一曲しか知りません)
 ブログをやっている、と書いてあったので。
 検索してみましたよ。見も知らないサッカー選手の公式サイトを見るなんてことがあろうとは。自分でも驚きです。
 写真がいっぱいあるわけでもないし、今後自分がサッカーの試合を深夜まで見る日がくるとは全く思いませんが、本としての魅力はかなり大きいと思います。他のサッカー選手の方の本を続けて読むかと言われたら、多分読まないとも思うんです。長谷部さん個人のプレーも、おそらくはニュースで見るときにチェックするくらいか、と。
 なにがそんなにおもしろかったのか、と言われたら、やっぱり文章でしょう。構成がいい。前回、清水さんと陶芸の話を出しましたが、その文の中に目立たないけれど支えるものについて、そしてスポーツ選手の身体づくりについてを書き込める力量に感心させられます。
 ぜひ、二冊めを。同じスタッフで作ってくれるといいなぁ。

「心を整える。」長谷部誠

2013-04-23 20:52:24 | 芸術・芸能・スポーツ
 本校図書室に昨年ポプラディアを配架したのですが、それ以前の百科事典を調べたところ、最新が昭和57年発行という恐ろしい状況。思わず同僚に愚痴ったら、
「あ、僕、まだ生まれてません」
 と言われちゃいましたよ……。
 で、この先生がサッカー日本代表の長谷部に似ていると評判なんです。とはいえ、わたくしサッカーには全く興味ないもんですから、「ふーん」くらいに思っていました。
 それなのに、つい買ってしまった「心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣」(幻冬舎)。
 でもって、これがすごくおもしろかったんですよ。
 わたしはビジネス書はほとんど読みません。この本の造り(特に帯を見ると)、自己啓発系ですよね。で、そういう本に特有の自慢話が、嫌いなんです。
 が。
 繰り返します。この本はおもしろかった。明日から中学生に片端しから声をかけて読んでみないかとすすめたいほど。とりあえずコピー取って、掲示板に貼りますが、うううん、どの項目を紹介するか迷う!
 自分でいちばん印象深いのは、「眼には見えない、土台が肝心。」ですね。なんだか相田みつをみたいなタイトルですけど。こういうエッセイを、書けるサッカー選手がいるのか、と非常に驚きました。
 スポーツトレーナーの清水さんという方を紹介するところから始まります。後段になると、陶芸に誘われる話題が出てくる。長谷部さんの作った茶碗を見て、陶芸家の先生は「芯がしっかりしている。ぶれない子だね」とおっしゃる。どうしてそう思うのか。「高台を見てほしい。飾り気がないけれど、すごくしっかりしている」
 こういうエピソードを自分で語るのは、実は難しい。本文に何度か「上から目線にならないように」気をつけていると書かれていますが、そのさりげなさが文章を魅力的にしています。
 自分自身の時間をしっかりとるとか、迷ったときは難しい道を選ぶとか、読んでほしい部分が本当にたくさんあるんです。
 多分わたしは、この本を手に取った人とは入り方が全く違う(筆者を知りませんからね)と思うんですが、いやー、もう語りたくて仕方がない。
 ということで続きます。

「お友だちからお願いします」三浦しをん

2013-04-22 20:49:16 | エッセイ・ルポルタージュ
 今日の帰りにスーパーに寄ったら、不意に桃がのった杏仁豆腐が食べたくなりました。おそらく昨日読んだいただきもののものすごくおいしい桃と、夢で黙々と杏仁豆腐を切る話が頭に残っていたのでしょう。
 三浦しをん「お友だちからお願いします」(大和書房)です。ふと時間があるときに、ぱっと本を開いて読むにはうってつけなんですよね、三浦さんのエッセイ。おなじみの弟さん、ご両親、お友だちのあんちゃんといったメンバーに、楽しく過ごさせていただきました。
 レギュラー連載と違って、新聞や雑誌に改まって書いたものだという話ですが、いやいやいやいや、どこから読んでも三浦しをん。途中で止まっている別なエッセイも完読したくなる爆発力です。(言い訳しますが、読みかけの方は再読です)
 なんで身辺にそれほど強烈な出来事が重なるんでしょうかね。いや、それも三浦さんの語り口が読ませるのですよね。お蕎麦屋さんでチャンネル変えられちゃったり、アパートに雀のひなが落ちてきたり、友人が地下鉄でいちゃつく男子を目撃したり、という事例以上に三浦さんの「考察」の部分がわたしにはおもしろい。
 例えば、花粉症について。花粉症であることをコミュニケーションの手段だと考える項があるんですが、これが「月を見ると全身に毛が生える」というアレルギーだったら恐ろしく孤独だろうと感じるっていうんです。この感じ方が独特ですよね。誰かと症状について語り合いたくとも、狼男だから逃げられてしまうっていうんですよー。
 わたしの弟は、花粉症が世間に認知される前から発症しており、原因がわからないままあちらこちらの病院にかかっておりました。誰とも分かち合えない。しかも、弟以外家族にアレルギー持ちはいまもいません。
 ほかにも青森にキリストの墓を見学に行くとか旅先でお母さんに悩まされるとか、いろいろエピソードはあるのですが、「走れメロス」の感想文を書かせる講座を担当したときに、メロス以外の登場人物になりきってその遭遇を書いてみては、と提案したら劇になったり絵になったりしたというところが、わたしには興味深かった。
 これ、実は年齢のマナーについての前振りなんですけど。
 本を読むって、自分の関心に引きつけての解釈が多いのかも。無理やりですかね。

「桜ほうさら」宮部みゆき

2013-04-21 19:24:36 | 時代小説
 当地ではまだ桜は五分咲きでございます。仙台では満開らしいですが。
 この物語の舞台にも、咲き初めの桜のもとで花の精かと思うような娘を見つける場面がありますね。和香という娘です。切り髪で、身体半分が痣のように赤くなっている。人前に出るのを厭い、頭巾をかぶっているそうです。
 染み入ります。宮部みゆき「桜ほうさら」(PHP)。
 冤罪のために自害した父。背後には何があるのか。江戸に出てきた古橋笙之介は、貸本の写しをつくる仕事をしながら情報を得ようとしますが、なかなかすすむものではありません。江戸の留守居役東谷の根回しで富勘長屋にすみこみ、近くの人々と慣れ親しんでいきます。
 しかし、笙之介に隠されていたことが後半次々と明らかになっていく。最も衝撃的なのは、父を陥れたのがほかでもないあの人だった、ということです。
 中心的な大筋のほかに、漢字なんだろうけど読めない暗号文を知りたいという「三八野愛郷録」、育ての親のもとから出奔する娘を描いた「拐かし」というエピソードが入るのですが、これがまたうまい具合に絡んでくるんですよ。さすがは宮部さん。
 特に三八野藩御用係長堀金吾郎がいい。宮部さんは少年を描くのがうまいといわれますが、わたしはそれ以上に「おじいさんを描くのがうまいよなぁ」と思うのです。うなぎや〈とね以〉の貫太郎への語り「そなたの父が真に望むことはどちらであろう」がラストで生きてくる。
 そして、父の言葉「嘘というものは、釣り針に似ている」。
 しみじみと、胸に迫ります。こんなことを語れる父を、母の里江は認めようとしません。「悍馬」にたとえられる気性が、直接表面に出てこなくても、全体に色濃く影を落としている
 そういう点ではそえばあさんも同じですよね。笙之介に「ささらほうさら」という言葉を教えてくれます。いろいろあって大変だという意味なんですって。
 実は、読みながら「江戸を斬る」の再放送を見たのでなんとなくイメージがくっついている部分があります。人情ものであり、捕り物活劇の部分もあり、非常にぜいたくなつくりですよね。
 文字というものについても、考えさせられました。現在よりも肉筆の手跡が、かなり重視されていたのでしょうね。わたしは習字がからっきしなので……。
 

「禁断の魔術」東野圭吾

2013-04-18 22:12:36 | ミステリ・サスペンス・ホラー
「科学を制する者は世界を制す」
 「猛射つ」のメインキャラ古芝伸吾の父の言葉です。他の作品に比べてこの作品は長いんですが、教師としての湯川が見られる新鮮な物語でした。
 そうだよね、湯川は大学の先生なんだよ、と今更ですが。ちょっと前の「真夏の方程式」を読んだときも、科学の魅力を少年に伝える湯川に、これまでに見せなかった表情を見たと感じたんですが、今回も古芝くんに対しての行動が温かくて、なんともホッとしてしまいました。
 だって、東野圭吾って教員が嫌いだったでしょう。(はっきりあとがきで書いている本もありますからね)
 それが、教師としての湯川を描く。もちろんそれは理想化されているからこそなんでしょうけど、そして、直接の教え子というわけではなくて同窓の後輩にかつてあるアイデアを授けたというきっかけではあるからですが、「探偵ガリレオ」で登場したばかりの頃に比べて人間的に丸くなった感じがしました。
 この「禁断の魔術」(文藝春秋)でシリーズ八作めになるそうですね。テレビドラマも続編が放映中とか。(テレビ見ないんで……。コンビニのフェアと生徒の話で知りました)
 古芝は、両親なきあとに面倒をみてくれた姉を失います。その背後に大物政治家の影が見える。湯川を慕って、彼の勤める帝都大学に進学した古芝でしたが、奨学金の出どころがその政治家であろうことを厭い、退学。復讐を誓います。
 その「武器」となるものがレールガン。新入生勧誘デモンストレーションのために、湯川が指導した「実験装置」でした。
 「猛射」というのは東野さんの造語? まあ、充電の関係で一日に一度しか試せない実験装置なんですけどね。でもその威力は凄まじい。復讐の機会を待つ古芝自身も、レールガンを象徴した人物だといえます。彼が心を許す工場の娘由里奈が可愛らしい。
 それにしても、岸谷くんが久しぶりに登場して嬉しい。最近内海薫にスタンスを奪われつつあったので。有能な部下が二人もいる草薙、頼もしいですね。 
 他の短編は、マジックを超能力めかして使うホステスが登場する「透視す」、戦力外通告をうけたプロ野球選手の「曲球る」、そして、ふたごの姉妹に関わる「念波る」(おくる、なんて読めない!)ですね。
   
 
 

「読まずにはいられない」北村薫

2013-04-15 19:20:21 | エッセイ・ルポルタージュ
 そうですよねぇ、読まずにはいられないんです。わかります。
 わたしは北村さんの小説よりも、多分エッセイの方が好きなんでしょう。おもしろかった作品をあげていくと、「ミステリ12ヶ月」とか「自分だけの一冊」とか乱歩の肉声が入ったCDつきの本とかいろいろ思い出すんです。「謎物語」も「謎のギャラリー 本館」も幾度となく読み、もともとは高校の国語教師だったバックボーンをかみしめてしまいます。「スキップ」とか「ターン」とか「六の宮の姫君」といったところも好きですね。
 だからこの本も、発売当初から気になって気になって。でも、千七百円もするんですよ。痛い。見つけるたびに逡巡していましたが、やはり図書館には入れてもらえました。北村薫「読まずにはいられない」(新潮社)。
 北村さんが書いてきた文章を丁寧に集めています。前半は国内外のミステリに関わる文章。解説とか。
 びっくりしたのは、北村さん、創元推理新人賞の下読み選考をしていたのですね。しかも、自ら志願して。さらに、その担当作品には、近藤史恵さんと貫井篤郎さんのデビュー作が入っていたというものすごい偶然。わたし、「慟哭」の文庫を持っていたんですっ、だから、この文章も読んだはず。(「凍れる島」は今も持っています。読み終わってないけど)
 それだけでなく、ブランドの「招かれざる客たちのビュッフェ」も澤木喬「いざ言問はむ都鳥」も持っていました。南伸坊「仙人の壺」も読んだ。ただ、冷静に考えると角川文庫の「本格ミステリライブラリー」で北村さんが「ジェレミー・クリケット事件」を取り上げていて、一般的に文庫化されているものよりもこちらの方が好みだとおっしゃっていたので読み比べるために買ったんでした。(しかも、その作品しか読んでいない気がする「招かれざる客たち」)
 懐かしい文章も入っているので、「円紫さん」時代は覆面作家だったこととか、旧知の折原一さんの前である作家さんが「北村薫」を見たと言い張る場面とかおもしろかった。
 いろんな本に関わる話があるんですが、わたし、「おどるばか」の話は読んだことがあるように思うんですよね。初出は文藝春秋らしいですが……。
 冒頭の「高校生の文章表現」に書いたコラムがとてもいい。「海はまっさお」「最初の一行」、コピーしておきたいくらいです。
 え? それなら思い切って本を買えっていうことでしょうか。文庫化希望。