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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■神のさばきの目的 / 羽鳥頼和

2017年10月07日 | Weblog
2017/8/26放送

世の光の時間です。お聴きくださり、ありがとうございます。羽鳥頼和です。9月の土曜日は4回に渡って旧約聖書のエゼキエル書からお話しします。エゼキエル書にはユダの国がバビロンに攻められ滅亡の危機に瀕している頃、人々がバビロンに強制的に連れて行かれるいわゆるバビロン捕囚の時代に預言者エゼキエルに与えられた神のことばが記されています。

 エゼキエルはもともと祭司としてエルサレムの神殿で働いていました。そんな彼がバビロンに連れて行かれてしまい、そのバビロンで神からのことばが与えられ、預言者として働くようになったのです。

 今日はエゼキエル書の5章で語られていることをお話しします。神はエゼキエルに、自分の頭と髭をすっかり剃るように言われました。そしてその毛の三分の1を町の中で焼き、町の周りで他の三分の1を剣で打ち、残りの三分の1を風に吹き散らすように命じられました。神がエルサレムをこの剃られた毛のようにして裁くというのです。(エゼキエル5章1節、2節参照)

 神はどのように裁くかを教える前にまずどうしてエルサレムを裁くのか教えられました。

 エルサレムはわたしの定めに逆らい、わたしの掟に従って歩まなかった。それゆえ今わたしはエルサレムに裁きを下す。(エゼキエル5章6~8節参照)

 そして神はどのように裁くかを語られました。

 エルサレムの三分の一はあなたの内で疫病か飢饉で滅び、三分の一はあなたの周りで剣に倒れ、周りの三分の一を私は四方に散らす。(エゼキエル5章12節参照)

 エルサレムを滅ぼすことが神の裁きの目的ではありませんでした。四方に散らされた人々は神のことばを思い出し、神に自分の罪を悔い改めるのです。悔い改めに導くことが神の裁きの目的だったのです。

 私たちも神に悔い改めなければなりません。そして私たちはイエス・キリストが十字架にかかって死んでくださって私たちの身代わりとなって神の恐ろしい裁きを受けてくださったことを知らなければならないのです。

 明日は日曜日です。神のことばを聞くために、お近くのキリスト教会にぜひいらしてください。

(PBA制作「世の光」 2017.9.2放送でのお話より )
 
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このサイトは URL名として
 http://yonohikari.biblica.info 
が使えます。。携帯からもこのURLでどうぞ。

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東海福音放送協力会へのお問い合せは、
 464-0044 名古屋市千種区自由ケ丘2-10 自由ケ丘キリスト教会内 電話052-762-2196 へ

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■失望せずに祈ろう / 関根弘興

2017年10月06日 | Weblog
2017/9/1放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
 
 イエス・キリストは祈ることの大切さを教えるために、こんな例え話をされました。

 ある日の真夜中、旅の途中の友人が突然やってきました。しかし食事を出してやろうにも何もなかったのです。そこで彼は別の友達の所に行って「パンを三つ貸してくれ」と頼むのですが、その友達はですね、「面倒をかけないでくれ。もう戸締りもしてしまったし、子どもたちも私も寝ている。起きて何かをやることはできない。」と断られてしまうんです。しかしあくまで頼み続けるならそのためには起き上がって必要なものを与えるでしょう。こんな話なんですねえ。(ルカ 11章5~8節参照)

 ここに出て来る人物はみな友達ですが友達もいろいろですね。真夜中に立ち寄るちょっと図々しい友達もいれば、もてなしのために奔走する友達もいる。また友達だからといって真夜中に起きて何かをやる(なんて)、・・・とんでもない、ま、冷たく断る友人もいたという訳ですね。

 しかしここで問われているのは、あくまでも頼み続けるならそのためには起き上がって必要なものを与えるでしょう、ということなんです。つまり、一度だけで諦めてはいけない。懇願し続けることが大切なんだ、とイエス様は教えられました。

 またイエス様はこんなたとえも話されたんです。

 一人の女性が裁判官に裁判をしてくれるよう執拗に訴え続けました。しかしこの裁判官はちょっと冷たい裁判官で、この女性の訴えを無視していったんです。しかしこの女性がひっきりなしにやってきてはうるさく訴え続けるので、ついに重い腰を上げて裁判をしてやったという話なんです。(ルカ 18章2~5節参照)

 イエス様はこの例え話の後にこう言われました。
 「まして神は、夜昼神を呼び求めている選民のためにさばきをつけないで、いつまでもそのことを放っておかれることがあるでしょうか。」(ルカ 18章7節)
 つまり、意地悪な裁判官でさえしつこく繰り返される女性の訴えに応じたとするならば、まして、愛と憐れみに満ちた神様が私たち一人ひとりの訴えを放っておかれるはずが無いではないですか、と言われた訳ですね。

 イエス様は、「いつでも祈るべきであり、失望してはならない」(ルカ 18章1節)ということを教えられたんです。あなたが祈る祈りを止めてはいけません。失望しないで祈り続けるのです。なぜなら、祈りを聞いてくださる天地を創造された神様がいてくださるからなんですね。

 (PBA制作「世の光」2017.9.1放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでも、ちょっときてみました、いいですか? と言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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■十戒 -自由への励まし26 / 大嶋重徳

2017年10月05日 | Weblog
2017/8/31放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 大嶋重徳です。

 聖書には十戒と呼ばれる神と人との間に結ばれた約束があります。十戒を始めとして聖書のことばは、人間を縛りつけるものではなく自由へと導くためのことばなのです。十戒第三戒は「主の御名を、みだりに唱えてはならない。」(出エジプト記20章7節、申命記 5章11節)と命じていて、相応しい神様の名前の呼び方があるのだと教えています。キリスト教会の礼拝プログラムは相応しい神の名の呼び方を求めて作られたものです。教会の礼拝に行かれた時、そのプログラムの意味を思いながら礼拝に出ていただけたらと思います。

 礼拝では、「主の祈り」を祈ります。主の祈りは私たちに「アバ、父よ」と呼んでよい神様の名前を思い起こさせてくれます。私たちが信じる神様は祈りを聞いてくださる神様で、私たちに祈りの生活を生み出してくれる神様です。主の祈りは、以前も学びましたように、イエス様が父なる神に祈っておられた祈りであって、三位一体の神様の交わりに入れられていく祈りです。主の祈りはふさわしい神の名の呼び方を教えてくれます。もし私たちが祈ることができない日にも主の祈りを口にすればふさわしい主の名を呼ぶ呼び方ができているよと神様は私たちの祈りを受け取ってくださるのです。

 続いて牧会祈祷があります。牧会祈祷は牧師が聴衆のために地域や世界のために神様に執り成して祈る祈りです。イエス様の弟子のパウロが祈ってくださいと何度も繰り返したように、私たちは祈られることが必要です。私たちは誰かに祈られずに信仰の歩みを歩んで行くことなどはできません。そして祈られる大切さを知った者たちは誰かのために祈ることができるようになるのです。キリスト教会が週の半ばに祈祷会を持つようになったのは、この祈り合う大切さが私たちの生活には欠かせないからです。

 そして聖書朗読と説教です。プロテスタント教会の礼拝の中心は説教です。礼拝における中心に位置する神のことばの説教こそ私たちの生活の中心に置かれるべきです。世の光でも聖書のメッセージがあります。聖書のことばを聞くとき私たちは朝ごとに生きている意味を思い起こし、人生の意味を受け取ることができます。聖書のメッセージこそふさわしい神様の名前の呼び方を知ることができるのです。

 世の光のメッセージを聞くと元気が湧いてきます、というお手紙をよくいただきます。聖書の説教こそ私たちをのびやかに自由へと押し出してくれるものです。今朝も私たちがラジオの前で聖書のメッセージを聞くとき、私たちは元気に一日を歩んで行くことができるのです。

  ( PBA制作「世の光」2017.8.24放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。


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■あなたの内には神の霊が宿り / 福井 誠

2017年10月04日 | Weblog
2017/8/30放送

世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井誠です。今日のバイブル・メッセージは「あなたの内には神の霊が宿り」です。ヨナ書1章9節を読んでみましょう。
 ヨナは彼らに言った。「私はヘブル人です。私は海と陸を造られた天の神、主を恐れています。」

 今日はヨナ書を見ていきます。著者のアミタイの子ヨナの墓は今もナザレからカナへ行く途中に残っていると言われています。ヨナは預言者学校の指導者であり、衰退したイスラエルに回復と繁栄を預言していました。実際、ヨナの時代、イスラエルはヨナが語った通りに領土を拡大し繁栄していたため、大変人気を得た預言者であったようですねえ。そんなヨナに神はイスラエルの敵アッシリヤに対するメッセージを託されます。「悔い改めて神を信じなさい」というメッセージです。

 この時代、アッシリヤはいよいよ力を増し加える北の強国でした。アッシリヤが征服民に行なった拷問と虐殺の残虐さはよく知られ恐れられていましたし、この野蛮な強国が近い将来イスラエルに侵略して来る脅威は誰もが感じているものでした。というのも、ほぼ同時代の預言者イザヤ、ホセアもアッシリヤがイスラエルを滅ぼすことを預言していたからです。実の所、イスラエルの人々はアッシリヤの脅威におびえていたのですね。

 そのような状況で、神はヨナに、イスラエルの敵アッシリヤが神の怒りによって滅びないように悔い改めを促すメッセージを伝えるために遣わすのです。もしニネベが神の前に悔い改めれば神はニネベを惜しみこれを滅ぼさない、と。アッシリヤなど滅びてしまえば良いと思っていたイスラエル人の感情を逆なでするような預言ですねえ。イスラエルを愛するヨナは宣教の任務を放棄して、主の御顔を避けて逃げ出した、とあります(ヨナ書 1章3節参照)。ヨナが逃げていったタルシシュへの道はニネベとは全く逆の道です。しかし神はそんなヨナをニネベに向かうようにし向けていくのです。

 教えられるのは神がいかなる人の滅びをも望んでおられないことですね。人間というものは救われるべき人を選びやすいものです。この人は神に愛される資格があるとかないとか。しかし神はすべての人が救われることを望んでおられます。全ての人を愛しておられる神の大きな愛に心を開いて歩むものでありたいものですね。

(PBA制作「世の光」2017.8.30放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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■娘たちの相続地 / 板倉邦雄

2017年10月03日 | Weblog
2017/8/29放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。今日は「娘たちの相続地」という題でお話ししましょう。民数記のお話しも今日で最後になりました。ラジオの前の皆さん、長い間の忍耐をありがとうございます。

 さて、民数記の最後は主なる神様の女性たちへの優しい眼差しを見て終わりたいのです。所で、ヨセフの子孫の内でゼロペハデと言う人がいました。所が、彼には男の子がいなくて、子ども5人は全員女の子でした。そこで問題が起こったのです。もし5人の娘たちが全員ヨセフ部族以外の他の部族へと嫁いでいったならば、娘たちの相続地は父親の相続地すなわち先祖からの相続地は取り上げられて嫁いだ先の部族の相続地に加えられてしまうからです。

 そこでヨセフの部族長たちはモーセと民の長老たちの前にやってきて相談しました。指導者モーセは主なる神様に伺いを立てました。そしてモーセは主なる神様のことばに従ってイスラエルの人々にこのように語ったのです。

「ヨセフの子孫の部族の言うところは正しい。ゼロペハデの娘たちについて主なる神様が命じられた事はこうである。『彼女たちはその心にかなう者に嫁いでよい。ただしその父祖の部族の一族にのみ嫁がなければならない。そうすればイスラエルの人々の相続地は部族から部族に移るようなことはないであろう。イスラエルの人々は部族の相続地を堅く保つべきだからである。』」

 何と深い配慮に満ちた主なる神様のおことばではありませんか。まず女性たちに対しては自分の心にかなった男性の元へ嫁いで良いと言われました。自分の思う人に嫁ぎたいですよね。一昔前まで、家のために嫁ぐ女性は多かったのですから。もう一つは、先祖たちの相続地を守っていくと言うことと、男の子を持つ人と女の子を持つ人との不公平さを無くしてゆこうとする主なる神様の知恵を見ることができます。

 聖書のことばです。
 「あなたがたのうち、知恵に不足している者があれば、その人は、とがめもせずに惜しみなくすべての人に与える神に、願い求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。
       ヤコブの手紙 1章5節

  (PBA制作「世の光」2017.8.29放送でのお話より )

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■愛の教育者 津田梅子 / 岩井基雄

2017年10月02日 | Weblog
2017/8/28放送

 世の光の時間です。お元気ですか? 岩井基雄です。第四週の月曜日は、歴史の中を歩んだクリスチャンの生涯から学んでいますが、今日は女性に愛の教育を届けた津田梅子について学んでみましょう。

 1871年明治4年、岩倉具視が導く欧米使節団の一行にあどけない少女の姿がありました。それが最年少の女子留学生、6歳の津田梅子でした。東京府士族であり教育者でもあった津田仙の次女として生まれた梅子は6歳で世界を見るチャンスを得、ワシントン郊外のランマン夫妻のもとで現地の初等そして中等教育を受けます。またキリスト教にも触れ、聖書が語る神様の愛も教えられた梅子は8歳の時に自分の罪を認めキリストを信じる信仰を持ち、洗礼を受けました。自立心旺盛であった梅子は人に流されず、神の前を歩む一人の女性として成長し、幼子のような信仰を貫きます。17歳で帰国した彼女はショックの連続でした。特に女性の置かれていた過酷な状況に涙し、女性の地位を高めたいとの思いが募ります。伊藤博文の勧めで華族女学校の教師になりますが、理想の学校を作りたい、と彼女は再度アメリカに留学します。留学先のブリンマー大学で質の高い少人数教育を受けたことがその後の梅子の教育観に繋がります。帰国後も華族女学校などで教える傍ら、27歳の時アメリカにヘレン・ケラーを訪ね、立ち寄ったイギリスではナイチンゲールとも会見します。キリストの愛をもって活躍する女性たちの姿に感動した梅子は1900年明治33年、後の津田塾大学となる女子英学塾を創設し、神の愛を基盤とした女子教育を始めるのです。個性を重んじる少人数教育、女性としての全人教育を訴え続けた梅子はあらゆる困難の中にあっても神に信頼し、真の愛の教育を目指し続けました。幼い頃に持った神への信仰と愛は彼女の使命を支え続けたのです。

 聖書のことば
  「子どもたちを、わたしのところに来させなさい。止めてはいけません。神の国は、このような者たちのものです。
     新約聖書 マルコの福音書 10章14節

   PBA制作「世の光」2017.8.28放送でのお話しより)

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