♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して72年、
PBA『世の光』を文字で 

■十戒 -自由への励まし26 / 大嶋重徳

2017年10月05日 | Weblog
2017/8/31放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 大嶋重徳です。

 聖書には十戒と呼ばれる神と人との間に結ばれた約束があります。十戒を始めとして聖書のことばは、人間を縛りつけるものではなく自由へと導くためのことばなのです。十戒第三戒は「主の御名を、みだりに唱えてはならない。」(出エジプト記20章7節、申命記 5章11節)と命じていて、相応しい神様の名前の呼び方があるのだと教えています。キリスト教会の礼拝プログラムは相応しい神の名の呼び方を求めて作られたものです。教会の礼拝に行かれた時、そのプログラムの意味を思いながら礼拝に出ていただけたらと思います。

 礼拝では、「主の祈り」を祈ります。主の祈りは私たちに「アバ、父よ」と呼んでよい神様の名前を思い起こさせてくれます。私たちが信じる神様は祈りを聞いてくださる神様で、私たちに祈りの生活を生み出してくれる神様です。主の祈りは、以前も学びましたように、イエス様が父なる神に祈っておられた祈りであって、三位一体の神様の交わりに入れられていく祈りです。主の祈りはふさわしい神の名の呼び方を教えてくれます。もし私たちが祈ることができない日にも主の祈りを口にすればふさわしい主の名を呼ぶ呼び方ができているよと神様は私たちの祈りを受け取ってくださるのです。

 続いて牧会祈祷があります。牧会祈祷は牧師が聴衆のために地域や世界のために神様に執り成して祈る祈りです。イエス様の弟子のパウロが祈ってくださいと何度も繰り返したように、私たちは祈られることが必要です。私たちは誰かに祈られずに信仰の歩みを歩んで行くことなどはできません。そして祈られる大切さを知った者たちは誰かのために祈ることができるようになるのです。キリスト教会が週の半ばに祈祷会を持つようになったのは、この祈り合う大切さが私たちの生活には欠かせないからです。

 そして聖書朗読と説教です。プロテスタント教会の礼拝の中心は説教です。礼拝における中心に位置する神のことばの説教こそ私たちの生活の中心に置かれるべきです。世の光でも聖書のメッセージがあります。聖書のことばを聞くとき私たちは朝ごとに生きている意味を思い起こし、人生の意味を受け取ることができます。聖書のメッセージこそふさわしい神様の名前の呼び方を知ることができるのです。

 世の光のメッセージを聞くと元気が湧いてきます、というお手紙をよくいただきます。聖書の説教こそ私たちをのびやかに自由へと押し出してくれるものです。今朝も私たちがラジオの前で聖書のメッセージを聞くとき、私たちは元気に一日を歩んで行くことができるのです。

  ( PBA制作「世の光」2017.8.24放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。


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