goo blog サービス終了のお知らせ 

 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■喜びと感謝をあふれさせる人生 / 岩井基雄

2016年04月08日 | Weblog
2016/4/8放送

 世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。

 今日は旧約聖書のの詩篇97篇から、「喜びと感謝を溢れさせる人生」と題して、神様の前を歩む人生の幸いを共に考えてみましょう。

 この詩篇97篇はイスラエルのバビロン捕囚からの回復を歌ったものだと考えられています。神の民イスラエルにとって自分の国が滅ぼされ、敵の国に捕囚となるという屈辱的な出来事から(バビロンの)王様の憐みによって回復し、元の地、神様の約束の地へと戻って来るということはどれほどの喜びと感謝の時だったでしょうか。

 詩篇の97篇の11節と12節をお読みします。
 「光は、正しい者のために、種のように蒔かれている。喜びは、心の直ぐな人のために。正しい者たち。主にあって喜べ。その聖なる御名に感謝せよ。

 そもそもイスラエルの国が滅ぼされ敵の国へと引いて行かれることになったのは民の罪のためでした。彼らの内側は腐敗しており、まことの神様から離れて偶像礼拝に走ってしまっていたのです。この捕囚は彼らに対する神様の裁きでもありました。しかしこの屈辱的な苦しみの中で彼らは悔い改めへと導かれ、その心は徐々に正しい信仰の姿勢へと整えられて行ったのです。それらのすべてが神様の憐みであり恵みでした。バビロン捕囚は神の裁きであると共に、神様からの守りの時であり、罪の悔い改めによる喜びと感謝を回復する時となったのです。私たちもまた周りの状況によって一喜一憂することがありますね。しかしその問題は私たちの外側にはなく実は内側にあるのです。私たちの心がまっすぐに神様に向けられ、自分の罪を認めて悔い改め、神様の前の正しいあり方を回復する時、喜びと感謝の歩みが始まっていくのです。その時、私たちの人生は状況に左右されることのないまことの喜びと感謝に満ちたものとなるのです。

 あなたも神様に喜ばれない過ちや罪を心から悔い改め、神様の愛と恵み、赦しと正しさと大差を受け取りませんか? そして神様への感謝を表し、神様を賛美して歩んでみませんか? もう一度詩篇をお読みします。

 「光は、正しい者のために、種のように蒔かれている。喜びは、心の直ぐな人のために。正しい者たち。主にあって喜べ。その聖なる御名に感謝せよ。
                 (詩篇97篇11節、12節)

(PBA制作「世の光」2016.4.8放送でのお話しより)

******

 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。
こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし、日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。
PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

******

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする