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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■罪がおおわれる / 羽鳥頼和

2013年07月13日 | Weblog
2013/7/13放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 羽鳥頼和です。学校での出来事です。休み時間が終わった生徒たちが教室に戻ってきました。先生が教室に入った時、ひとりの男の子が窓から教室に入ってきました。先生はその子に注意しました。するとその子は先生に言いました。「先生。窓から入ることは悪いことだってわかってるんだけど、僕の心の中で、やっちゃえやっちゃえ、っていう声が聞こえるんだ。」と言ったのです。これが私たちの心ではないでしょうか。大人たちはもっとたちが悪いかもしれません。大人は、分かっちゃいるけどやめられない、と言いますから。

 実は似たようなことが新約聖書のローマ人の手紙で語られています。

 「私は、自分でしたいと思う善を行なわないで、かえって、したくない悪を行なっています。・・・それは私の内に罪があるからです。」(ローマ人への手紙7章19節、20節参照)と。

 聖書は自分の内にある罪について真正面から取り上げています。分かっちゃいるけどやめられない、と諦めません。むしろ解決しなければならない大きな問題として取り上げているのです。詩篇32篇は自分が犯した罪を隠して黙っていることの苦しみをこのように語っています。

 私は自分の罪を隠して黙っていた時、私はうめき疲れ果ててしまいました。それは神様の手が私の上に重くのしかかり、私の心は夏の日照で干上がったように渇き切っていたからです。

 しかしこの詩篇の作者は、自分の罪を神様に包み隠さずに告白した時、神様が自分の罪を咎めることをやめてくださった、と語っています。その事をこの詩篇の作者は「罪が覆われる」とも表現しています。イエス・キリストの十字架による救いは、まず神様が罪を赦してその罪は覆われた者となるのです。そして詩篇の作者はそのように罪を覆い隠された人に対する神様のことばを記しています。

 「わたしは、あなたがたに悟りを与え、行くべき道を教えよう。わたしはあなたがたに目を留めて、助言を与えよう。」(詩篇 32章8節)

 罪は覆い隠されます。神様は罪を赦してくださいましたが、人にはまだ罪があるので罪を犯してしまう可能性があるのです。神様はそのような根っからの罪人に行くべき道を教え、正しい者として生きることができるように知恵を与え、罪を犯さないで歩むことができるようにアドバイスを与えてくださるのです。

 あなたも神様の助言である聖書のみことばを聞きに、お近くのキリスト教会にいらしてください。

(PBA制作「世の光」2013.7.13放送でのお話より )
 
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東海福音放送協力会へのお問い合せは、
 464-0044 名古屋市千種区自由ケ丘2-10 自由ケ丘キリスト教会内 電話052-762-2196 へ

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 明日は日曜日です。ぜひお近くのキリスト教会にいらしてください。

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