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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■「祈り」とは / 岩井基雄

2012年09月21日 | Weblog
2012/9/21放送

 世の光の時間です。変わりありませんか? 岩井基雄です。キリスト教会で使われている用語には分るようで分りにくいことばがありますよね。今日もちょっと分りにくいキリスト教用語を学んでみましょう。

 今日は「祈り」についてです。祈りということばはとても身近なものですね。辛い時や苦しい時また自分の願いを叶えて欲しい時、私たちは誰に向かって祈るのか分からなくても自然に祈ります。他の動物たちと違って祈り心を持つ私たちはどこかで神様への求めや渇きを持っているのでしょうね。

 ではキリスト教の祈りは他の祈りとどう違うのでしょうか。一般的に祈りは神や神聖視する対象との意思疎通であり、自分の考えや願いをその対象に届けることと言われます。聖書が語るキリスト教の祈りは時間も空間もすべてのものを創造された全地全能の神様との交わりです。神様に捧げる祈りとは自分の思いや願いをすべて御存知の神様にお任せし本当の平安と生きる力を受け取る不思議なそして静かな交わりなのです。

 新約聖書に次のようなことばがあります。
 「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」 新約聖書ピリピ人への手紙4章6節、7節。

 聖書が語る神様への祈りは心配や思い煩いを捨て、願いや思いのすべてを感謝と共に神様にさらけ出し人知をはるかに超えた神様の平安を豊かに受け取る時なのですね。神様はあなたの心を静めて神に向かい祈るということを待っておられます。どんな短い祈りも、ことばにならないうめきのような祈りや叫びも神様は全部受け取って聴いていてくださり、そしてあなたの心に不思議な平安と生きる力を与えてくださるのです。

 あなたも聖書が語る神様に「神様」と祈ってみませんか? どんなことばでも願いでも良いのです。神様はあなたとの静かな交わりを待っていてくださり、喜んでくださる方です。そこにあなたの本当の平安と力があるのです。

  (PBA制作「世の光」2012.9.21放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。
こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし、日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。
PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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