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メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

山本周五郎 「青べか物語」

2019-07-16 10:01:17 | 本と雑誌
青べか物語 山本周五郎 著  新潮文庫
 
山本周五郎(1903-1967)は、まだ物書きとしてはこれからで、手探りをしていた1928年~29年、浦安に住み、そこの人たちと交流していた時の顛末、おそらくその時のメモを下敷きにして書かれた、短編集形式の物語である。
とはいえ、知らないで読むと、そこにいた時からそんなに経たないうちに書かれたものと思ってしまうが、実際に刊行されたのは1960年、山本がもう大家になってからである。
 
実際と照らしあわされると困るのか、浦安は浦粕、利根川は根戸川など、容易に読み替えできる名称にしているのは、ほほえましい。
文章自体は私でもなじみのない単語が多少あるせいもあって、読みやすいわけではない。そして、話によっては現在の常識、道徳規範からするとそうとうかけ離れているにもかかわらず、土地の人たちは時間とともに受け入れていき、忘れていく、といった人間関係と時の流れが、私としてもはじめてのタイプであった。
 
作家としての山本の相手との距離の置きかたは文章にも現れていて、たとえば話のやりとりで、相手がこう言ったと書いて、そのあと「私」はどう言ったというのが普通だが、ここでは単に「私がこたえると」だけである。その中身をすべて正確に想像し補えるわけではないが、ここは流してしまっても、そう困るわけではないし、書き手の立場をはっきり出すのはかえってなめらかでなくなる、ということはあるだろう。
 
このなかでは、普通の感覚ではひどい目にあい、これはつらい人生だったなと思うけれど、当人たちはそうも思っていない、というたぐいの話がいくつかあって、みごとな長編になるものではないところに、人の真実が、と結果として感じさせるものになっている。
 
山本周五郎はほとんど読んでなくて、今後いくつかと思っていたところ、先にアップした「作家との遭遇」(沢木耕太郎)で、山本が作家として立っていくプロセスにおいて本書を論じていたのを読み、まずはと手に取って見た(上記収録の文章はこの文庫の解説である)。予想と違って、少し手こずったけれど。